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2章
2-9 ……子供、だろうか?
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そういえば、二本目を使えとか何とか言ってたな。俺は、二本目を使ったらクルトさんの勝ちだ、とは、一言も口にした覚えはないが。
「ただいま。金ならしっかり頂いて来たぞ」
「お前いつから居たんだ?」
あぁ、スティアさんが居た事にも気づいていなかったんだな……。評価はどうしようか。これは困った。
「模擬戦を始めて直ぐの辺りから、ずっといらっしゃいましたよ」
「え、そうなのか!?」
「ああ、私はずっといた。無駄にお前の声も大きいし、精霊が教えてくれるものでな。お前が双剣使いと戦いたがっていた話は知っている」
俺がいつから居たのかを教えれば、スティアさんもどこからここに居たのかをクルトさんに話した。
「だが、これでは二本目を使わせても、結局は一本と戦ったのと変わりはあるまい」
「え? ……あー! そうじゃん! もう一回やろう、頼む、もう一回!」
……子供、だろうか?
「い、いえ、それはちょっと……。仕事中ですし、さすがにもう一回というのは」
俺は必死に言葉を選びながら、やんわりと断る。
二回目をやったら、調書にどちらの評価を書けばいいのかがよく分からない。いや、仮に二回目の方がよければ二回目の物を書くだろうが、二回目の戦いが一回目よりも悪ければ目も当てられない。
それに何より、今日の場合は特にそうだが……時間が足りない。
実技の調書を終え、何でも屋に帰った後が恐ろしくてたまらないのだ。特に、ネモフィラさんがどんな事をやらかしているのかが。
「我儘を言うな。クルトの、こいつよりも遥かに弱かった事に納得がいかないという、個人的な感情に付き合わせるのは酷と言うものだろう」
「な、なんだと! お前だってこいつよりはるかに弱いだろうが!」
「そうかもしれないが、案外お前よりも出来るかもしれないぞ」
ふふん、と、スティアさんはクルトさんを挑発するような笑みを浮かべた。
「へー、面白いな。んじゃあ、お前もやってみろよ。どうせこいつは調書を取りに来てたんだ。お前だって実技が必要だろ」
「ふん、いいだろう」
あぁ、俺が口を挟む間もなく話が進行していく。
実技に関してはどの道やる事ではあるし問題はないのだが、最近こんな事ばかりだ。
スティアさんはニヤっと笑ってこちらを見ている。
「で、調書を取りに来ると言う話はいつから決まっていた?」
「一週間ほど前には既に連絡しておりましたが」
「全く、どうしてやろうか」
「その台詞、シアも言ってたけどお前が言うとより物騒だな」
確かに同じような言葉をネメシアさんも言っていたが、スティアさんがどことなく邪悪に見える笑みを浮かべたせいで、印象がまるっきり変わってしまった。
この件に関しては、クルトさんに全面的に同意したい。スティアさんが言うと物騒だ。
「まぁ、いい。とりあえずは先に私と御手合わせを願おうか」
「……少々お待ち下さい。今、クルトさんの評価を書いてしまいますから」
相手のペースに巻き込まれそうになるが、俺は仕事の為にここに来ている。
「評価?」
俺が調書の戦闘能力の項目にペンを走らせていると、クルトさんが背伸びをして覗き込んで来た。
……見ているからといって、おまけは出来ない。俺は心のままに『C+』と書いた。
「なぁ、それ、最大は?」
背伸びしたまま、クルトさんが尋ねる。
もう、今日何度目になるかも分からない「子供かな」という心の声が漏れそうになり、必死に飲み込んで「Sです」と答えた。
「その前は?」
「A+です」
「一番下は?」
「Eです」
「つまりオレはどういう評価だ?」
回りくどく全部聞かなくとも、最後の質問だけでよかったのではないだろうか。
「実戦において不安は残るものの、戦いの動きとしてはかろうじて問題は無し。生存の確立としては半分くらいの位置に居る、という事です」
クルトさんは背伸びを止め、しょんぼりと肩を落とすと「マジかー」と悲しそうな声を上げた。心が痛い。
「良かったな、クルト。大体平均と言ったところだろう」
「よくねーよ! オレ、もっと鍛える!」
「その方が宜しいかと」
思わずすぐに返すと、クルトさんは「むっ」と頬を膨らませた。
俺と一つ違いか……。子供のような可愛らしさはあるが、ちょっと心配だ。
俺はクルトさんの調書をしまい、変わりに新しい物を出すと、スティアさんへと向き直った。
「それでは、お名前をお願い致します」
「ツークフォーゲル。スティア・ツークフォーゲルだ」
「ありがとうございます」
名前を確認してからは、クルトさんと同様の事を質問し、武器の計測や写真撮影などもしていく。
そうしている内に、クルトさんの機嫌は直っていたようで、スティアさんがレイピアを出したときなど「相変わらず綺麗だな!」と、なぜか武器を褒めていた。
確かに、透き通るような色合いの刀身に、羽を模した柄は美しくはあったが……なんとも不思議な人だ。
「では、そろそろ実践と行こうか」
クルトさんが武器を褒めた事に、スティアさんは気を良くしたようだ。口の端を上げると、俺に向き直る。
「そうですね」
俺は相槌を打ってから、先程突き刺したままにしていたサーベルを拾ってきた。
精術師って、武器を褒められると喜ぶ傾向でもあるのだろうか。それとも、この兄妹がそうなのか謎だ。
「模擬戦中に必ず精術を使うよう、お願い致します」
「ああ、分かった」
スティアさんは頷くと、俺と距離を取ってレイピアを構える。
「あの、私に二本使え、等とは……」
「言わないな。私はどこかの馬鹿と違って、態々敵を強くする趣味はない」
一応確認すれば、さらっと答えが返ってきた。
普通そうだよな……。それに、模擬戦でわくわくキラキラした目もしないよな。
俺は最初に対峙した時のクルトさんを思い出して、こっそりと息を吐いた。
「どこかの馬鹿とはなんだー!」
「おっと、流石の馬鹿も自覚はあったのか」
「何だとコラー!」
スティアさんはクルトさんを見ながら、鼻で笑う。
一人っ子の俺には分からないが、これが兄妹のコミュニケーション、というものなのだろうか。喧嘩を吹っかけているようにしか見えないのだが。
「ただいま。金ならしっかり頂いて来たぞ」
「お前いつから居たんだ?」
あぁ、スティアさんが居た事にも気づいていなかったんだな……。評価はどうしようか。これは困った。
「模擬戦を始めて直ぐの辺りから、ずっといらっしゃいましたよ」
「え、そうなのか!?」
「ああ、私はずっといた。無駄にお前の声も大きいし、精霊が教えてくれるものでな。お前が双剣使いと戦いたがっていた話は知っている」
俺がいつから居たのかを教えれば、スティアさんもどこからここに居たのかをクルトさんに話した。
「だが、これでは二本目を使わせても、結局は一本と戦ったのと変わりはあるまい」
「え? ……あー! そうじゃん! もう一回やろう、頼む、もう一回!」
……子供、だろうか?
「い、いえ、それはちょっと……。仕事中ですし、さすがにもう一回というのは」
俺は必死に言葉を選びながら、やんわりと断る。
二回目をやったら、調書にどちらの評価を書けばいいのかがよく分からない。いや、仮に二回目の方がよければ二回目の物を書くだろうが、二回目の戦いが一回目よりも悪ければ目も当てられない。
それに何より、今日の場合は特にそうだが……時間が足りない。
実技の調書を終え、何でも屋に帰った後が恐ろしくてたまらないのだ。特に、ネモフィラさんがどんな事をやらかしているのかが。
「我儘を言うな。クルトの、こいつよりも遥かに弱かった事に納得がいかないという、個人的な感情に付き合わせるのは酷と言うものだろう」
「な、なんだと! お前だってこいつよりはるかに弱いだろうが!」
「そうかもしれないが、案外お前よりも出来るかもしれないぞ」
ふふん、と、スティアさんはクルトさんを挑発するような笑みを浮かべた。
「へー、面白いな。んじゃあ、お前もやってみろよ。どうせこいつは調書を取りに来てたんだ。お前だって実技が必要だろ」
「ふん、いいだろう」
あぁ、俺が口を挟む間もなく話が進行していく。
実技に関してはどの道やる事ではあるし問題はないのだが、最近こんな事ばかりだ。
スティアさんはニヤっと笑ってこちらを見ている。
「で、調書を取りに来ると言う話はいつから決まっていた?」
「一週間ほど前には既に連絡しておりましたが」
「全く、どうしてやろうか」
「その台詞、シアも言ってたけどお前が言うとより物騒だな」
確かに同じような言葉をネメシアさんも言っていたが、スティアさんがどことなく邪悪に見える笑みを浮かべたせいで、印象がまるっきり変わってしまった。
この件に関しては、クルトさんに全面的に同意したい。スティアさんが言うと物騒だ。
「まぁ、いい。とりあえずは先に私と御手合わせを願おうか」
「……少々お待ち下さい。今、クルトさんの評価を書いてしまいますから」
相手のペースに巻き込まれそうになるが、俺は仕事の為にここに来ている。
「評価?」
俺が調書の戦闘能力の項目にペンを走らせていると、クルトさんが背伸びをして覗き込んで来た。
……見ているからといって、おまけは出来ない。俺は心のままに『C+』と書いた。
「なぁ、それ、最大は?」
背伸びしたまま、クルトさんが尋ねる。
もう、今日何度目になるかも分からない「子供かな」という心の声が漏れそうになり、必死に飲み込んで「Sです」と答えた。
「その前は?」
「A+です」
「一番下は?」
「Eです」
「つまりオレはどういう評価だ?」
回りくどく全部聞かなくとも、最後の質問だけでよかったのではないだろうか。
「実戦において不安は残るものの、戦いの動きとしてはかろうじて問題は無し。生存の確立としては半分くらいの位置に居る、という事です」
クルトさんは背伸びを止め、しょんぼりと肩を落とすと「マジかー」と悲しそうな声を上げた。心が痛い。
「良かったな、クルト。大体平均と言ったところだろう」
「よくねーよ! オレ、もっと鍛える!」
「その方が宜しいかと」
思わずすぐに返すと、クルトさんは「むっ」と頬を膨らませた。
俺と一つ違いか……。子供のような可愛らしさはあるが、ちょっと心配だ。
俺はクルトさんの調書をしまい、変わりに新しい物を出すと、スティアさんへと向き直った。
「それでは、お名前をお願い致します」
「ツークフォーゲル。スティア・ツークフォーゲルだ」
「ありがとうございます」
名前を確認してからは、クルトさんと同様の事を質問し、武器の計測や写真撮影などもしていく。
そうしている内に、クルトさんの機嫌は直っていたようで、スティアさんがレイピアを出したときなど「相変わらず綺麗だな!」と、なぜか武器を褒めていた。
確かに、透き通るような色合いの刀身に、羽を模した柄は美しくはあったが……なんとも不思議な人だ。
「では、そろそろ実践と行こうか」
クルトさんが武器を褒めた事に、スティアさんは気を良くしたようだ。口の端を上げると、俺に向き直る。
「そうですね」
俺は相槌を打ってから、先程突き刺したままにしていたサーベルを拾ってきた。
精術師って、武器を褒められると喜ぶ傾向でもあるのだろうか。それとも、この兄妹がそうなのか謎だ。
「模擬戦中に必ず精術を使うよう、お願い致します」
「ああ、分かった」
スティアさんは頷くと、俺と距離を取ってレイピアを構える。
「あの、私に二本使え、等とは……」
「言わないな。私はどこかの馬鹿と違って、態々敵を強くする趣味はない」
一応確認すれば、さらっと答えが返ってきた。
普通そうだよな……。それに、模擬戦でわくわくキラキラした目もしないよな。
俺は最初に対峙した時のクルトさんを思い出して、こっそりと息を吐いた。
「どこかの馬鹿とはなんだー!」
「おっと、流石の馬鹿も自覚はあったのか」
「何だとコラー!」
スティアさんはクルトさんを見ながら、鼻で笑う。
一人っ子の俺には分からないが、これが兄妹のコミュニケーション、というものなのだろうか。喧嘩を吹っかけているようにしか見えないのだが。
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