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2章
2-7 実技へと移らせて頂きたいのですが
しおりを挟む森の少し開けた場所で足を止める。
さすがに何でも屋の前でやると、近隣の住民に迷惑が掛かるだろう、という配慮から、近くの森の開けた所に場所を移したのだ。
ただの武器での模擬戦なら、多少狭くとも何とかはなるのだが、精術師の場合は精術も使って貰う。そしてクルトさん達は風の精術師。どの程度の規模の精術を使うのかは相手に委ねるが……街の中でやった場合、被害がある可能性がある。
あくまで管理局での仕事であるという事を考えれば、出来るだけそういった類のリスクは避けたい。
俺はクルトさんに名乗って貰い、精霊石、簡単な精術、武器、武器を使っての精術を確認した。
精霊石と武器は写真に収め、更に武器はサイズの計測もする。
簡単な精術と、武器を使った精術、2パターン確認するのには理由がある。精術は、この武器を使う事により、威力が増すからだ。
……全体的に、特に問題は見受けられない。
記録しながら、前回の記録と見比べたが、精術師としての能力が劣っている様子は見られなかった。これが、もしも問題があれば、武器が小さくなってしまったり、精術の威力が十分に発揮されない、などという事になってしまうのだ。
これらを確認するのも、管理官の仕事である。
「では、実技へと移らせて頂きたいのですが、問題は無いでしょうか?」
「問題なんかないどころか、これを待ってたんだっつーの!」
俺は情報を調書に書き込み終えてから尋ねると、クルトさんは待ちきれないとばかりに武器を構えた。申し訳ないのだが、わくわくしている様子が、遠足前の子供にしか見えない。
俺は内心で「子供」だと思ってしまった事を気取らせぬよう、必死に無表情を繕いながら、腰のサーベルを一本抜いた。
「おい、お前」
「何でしょうか?」
「お前、そこにもう一本あるだろ。予備か?」
クルトさんの視線は俺の腰。
どうやら、サーベルが二本ある事を気にしていたらしい。
「いえ、本来は二本で戦います」
「もう一本出せよ」
二本で戦えば、この人の実力を測る前にきっと勝ってしまう。それでは意味がないのだが。
「いえ、実力を測る為のものですので、一本で十分かと思います。もし不十分だと感じた際には、もう一本使わせて頂きます」
仕方がなく、追い込まれれば二本使うと伝えれば、彼は頬を膨らませた。……一本でも加減しないと、簡単に勝ってしまいそうだ。
せめて杞憂であれ、と心の中で願いながら、こちらをじっくりと観察してくるクルトさんの視線を受け止める。
「行くぞ!」
「いつでもどうぞ」
返事をするや否や、俺へと槍が突き出された。俺は最低限の動きで、それを避ける。
クルトさんは、そのまま、二突き、三突きと仕掛けてくるのだが、残念ながらこれらも全て最低限の動きで避ける事が出来た。
直前の身体の動きから、次の行動が簡単に予測出来てしまう。
彼は「むー」と小さく唸ると、今度は先程よりももっと踏み込んで槍を突き出した。丁度、俺の腹を狙う形で。
これでは、話にならない。
俺は後ろには下がらず、サーベルで槍を弾き飛ばした。
やや上部から仕掛けられた突きは、下から掬い上げる様な俺のサーベルの動きに対抗しきれず、あっさりと地面に転がる。
「これで終わりですか?」
俺が尋ねると、クルトさんは驚いた顔をしてピタッと止まった。
どうやら武器を弾かれた衝撃で手は痺れているようだが、それにしたってこの「間」は何だ。
暫く「うーん」と唸った後、急に目を煌めかせる。何か策でも思いついたのだろうか。
彼がそうしてコロコロと表情を変えている間に、草木が揺れる。気配を探れば、その主がクルトさんの妹のスティアさんである事が分かった。
帰って来たらしい。所長さんはさぞホッとした事だろう。
「お前のそれ、魔法でなんか、どうにかしてるのか?」
「ええ、魔法による強化は施されております。尤も、私は魔法使いではないので魔法を使う事は出来ませんが」
クルトさんの質問は、俺の武器についてだ。
管理局から支給されるサーベルは、全て魔法での強化がされている物。クルトさんの武器を弾いた事で、強化の可能性にたどり着いたらしい。
近くでスティアさんが頷いたようだ。観戦しながら的確に情報収集をしている、という訳か。
「これで終わりですか?」
「まだまだー!」
俺が尋ねると、クルトさんは槍の元へと走り、拾い上げると、再度俺に武器を突き出した。
何度も何度も何度も。
先程から何の成長も見られない。俺は全て避けたりあしらったりしながら、クルトさんの顔を見た。
これは、一つの物事に囚われて、別の可能性や方法を忘れている時の表情か。
仕方がない。本気を出して貰う為に、少しつついておこう。
「……クルトさん」
「なんだよ」
「これでよく、前回生き残れましたね。運が良かったのでしょうか」
「なんだとー! 馬鹿にすんな!」
クルトさんは俺の挑発に乗り、苛立った様子で槍を大きく振り被って殴りかかった。
こんな大振りの割にパワーの無い攻撃に、脅威など感じない。俺はあっさりと躱し、彼の振り降ろし終えた槍の上からサーベルで押さえつける。
自然とクルトさんとの距離が近づいた。彼の息は、これだけの事で乱れている。
上手く力を使えていない。
これが、俺の率直な感想だった。
ここまでの模擬戦で、理由ははっきりと見えていた。理由は三つ。
一つ目は実践経験が少ない事。二つ目は純粋に技術が未熟である事。三つ目は、彼が優しすぎる事。
この優しいが問題だ。いや、普通の人間であるのなら、むしろ喜ばしい事なのだろう。
ところがクルトさんは精術師で、シュヴェルツェが出てきてしまっている以上は「戦う可能性の高い人」なのだ。
今の場合の優しい――すなわち、人を傷つけるのを無意識に恐れて、攻撃が鈍っている状態は、いざ実際に戦う場合には、非常に厄介になってしまう部分。
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