管理官と問題児

二ノ宮明季

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2章

2-4 くれぐれも失礼の無いようにお願いします

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 一週間と一日後に、クヴェルの『何でも屋アルベルト』に調査に行く事になった。
 一日分は、あの日忙しさと指導に追われ、連絡が一日遅れたから、だ。
 制服は夏服に変わり、初夏の気候を肌で味わう。強い日差しが、むき出しの腕を焦がすようだ。
 衣替え早々だらしない格好をしたフルゲンスさんを朝から注意したのだが、彼は全く気にした様子もなく、鼻歌交じりに「サーセン」と謝るだけ。どうも、何でも屋に行けると浮かれているようだ。

 何でも屋の所長の息子――ベルさんとフルゲンスさんは、幼馴染らしい。久しぶりに会えるのが嬉しいのは分かるが、果たしてこの調子でしっかりと調査出来るのか。
 いや、心配事はそれだけではない。
 既に何件か行った調査で、様々な人の神経を逆なでしまくった要注意人物であるネモフィラさんを連れて行かなければいけないと言うのは、頭痛の種以外の何物でもなかった。

「お天気が良くて、気分が良いですわ」

 ネモフィラさんは呑気に歩く。隣で俺は、ばれないようにひっそりとため息を吐いた。
 ようやっと何でも屋の前までたどり着くと、フルゲンスさんはいそいそと帽子を目深にかぶる。何をやってるんだ、こいつは。
 いや、別に悪い事をしている訳でもない。今注意する必要はないか。

「では、今からドアをノックしますが、くれぐれも失礼の無いようにお願いします」
「ウーッス」
「わかっておりますわ!」

 フルゲンスさんは多少の態度の悪さとナンパが問題だけど、それよりも格段に迷惑をかけるネモフィラさんは、全く分かってないんだよな……。
 トントンと、何でも屋のドアをノックする。

「就職管理局です」

 名乗れば、中からは「ど、ど、どうぞー」と、様子のおかしい所長さんの声が聞こえた。何か、あったのだろうか。
 俺は首を傾げながら、ドアを開けて中に入る。
 俺の後ろを、ネモフィラさんと帽子を目深に被ったフルゲンスさんが続く。
 中には、不自然に視線を外す所長さん、ソファーに横たわるアルメリアさん、他、ベルさん、クルトさん、ネメシアさんがいた。一人、足りない?

「お久しぶりです。皆さん、その後お加減はいかがでしょうか?」
「ジスさん! 俺はもうすっかりいいぞ」

 疑問を持ちつつも帽子を取りながら尋ねれば、ベルさんが明るい笑顔で答える。
 ちょろちょろとネモフィラさんが俺の隣まで来たかと思うと、彼女はベルさんの胸元を見た。
 明らかに枚数の確認。俺は先に「枚数を確認するのは失礼に当たる事が多い」と注意していたはずだが、一体何を聞いていたのだろうか。
 後でしっかり注意をするしかあるまい。
 ただ、この職場が比較的上手く言っている証拠かのように、クルトさんがこの枚数確認の行為に対してむっとした表情を見せた。これに関しては、安心した面もある。

「オ、オレもすっかり元気だ!」

 が、それも一瞬。ハッとしたように彼は慌てて声を張り上げた。
 別に慌てる必要は無かったのだが、質問に答え忘れた、とちょっと焦ったのだろうか。

「あたしも問題ないけど、今問題なのは……」

 クルトさんに続き、ネメシアさんも答えたが、言葉尻を濁す。彼女の視線は、ソファーで横たわるアルメリアさんに向けられていた。
 確かに、今この場で一番調子が悪そうなのは、アルメリアさんだろう。
 普段から顔色の良い方ではないが、今日の顔色は真っ白を通り越して真っ青になっている。なまじ美しいだけに、調子の悪い表情と言うのは迫力があるように見えた。

「アルメリアさん、大丈夫ですか?」
「今日もなんとか生きてます」
「それは……えぇと、よかった、です?」

 生きているのなら、よかった、のか?
 俺は咳払いと共に、「ところで」と話を変えるべく所長さんに向き直る。

「一人足りないようですが」

 先程からの疑問を口にすれば、所長さんは明らかに不審な挙動で「えー、あー」と必死に濁している。
 これは、もしや……調査の日を、忘れていた?

「も、もうちょっとしたら帰って来るはず、だからー。えーとー」
「所長、忘れてたんだよー! どうしてやっちゃう? どうやらかしちゃう?」
「シッ! シア、言わないでお願い!」
「もう出ちゃった」

 ネメシアさんの発言で、俺の予想は当たっていた事を知る。やっぱりか……。
 アルメリアさんのこの状態から察するに、本来なら口を酸っぱくして話してくれる役の人が不足していた、という所だろうか。
 所長さんは明らかな愛想笑いを浮かべて、小首を傾げる。
 うーん、嬉しくは無い。が、ここで責めても仕方がないだろう。

「……もうすぐ帰って来る、という言葉を信じますね」
「う、うん、お願いします。それより! うん、それより! 昇進したんだね! おめでとう!」

 所長さんは、俺の胸についた階級章に気が付いていたのだろう。必死の話題転換を切っ掛けに、所員の視線が一斉に俺の階級章に集まる。
 ちょ、ちょっと居心地が悪い。

「おかげさまで、前回の大忙しでの功績が認められて階級を頂きました。見ての通り、六枚の管理官ゼクスライトゥングを名乗る運びとなりましたが、これまで以上に邁進して参りますので、どうぞ今後ともよろしくお願い致します」

 とにかく何とか切り抜けなければ、と、ひっそりと感じた居心地の悪さをおくびにもださず、俺は淡々と話して頭を下げた。
 ベルさんは「良かった」だとか「流石」だとかと口にしたが、きっかけは俺の功績だけではない上に、体の良い厄介者の押し付け所と化しているのだ。
 しかしまぁ、「おめでとう」と言っているものを無下には出来ない。

 そんなに昇進に関して驚いていたのか、クルトさんは目をまん丸くしてこちらをじっと見ていた。何だろうかと思っていると、僅かに開いた口から「にゃ」と小さな声が出ていた。
 ……ベルンシュタイン家で、語尾ににゃをつけた事でも思い出したのだろうか。
 あの時は怖がらせまいと必死に考えてああなったのだが、何故今思い出したのか。
 クルトさんは比較的分かりやすいが、時々読めない。

「君が昇進したからメンバー変わったのか」
「えぇ、まぁ……そう、ですね」

 所長さんは、時計とドアと俺を忙しなく見ている。大方、中々スティアさんが帰って来なくて焦っているのだろう。

「新しくなりましたし、メンバーを紹介しても宜しいですか?」
「うん、お願い」

 仕方がない。少しだけ時間を伸ばそう。俺は問題児二人を紹介する事にした。

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