管理官と問題児

二ノ宮明季

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1章

1-23 怯むな、行くぞ!

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 街外れ。治安があまりよくないとされる路地裏。
 その一角に、元は教会であったはずのさびれた建物が一つ。
 建物の中には複数の人の気配。集中して数える。
 一、二、三……おそらくは十七人。

「やれ」

 この場で一番上となる、バンクシアさんの指示。
 これにアガスターシェ・エルフ・ケルステンさん――バンクシアさんの直属の部下で、六枚の管理官ゼクスライトゥングの男性局員が小さく頷くと、開戦の合図となる魔法を高速で描き、元協会へと打ち込んだ。
 これもあらかじめの計画の一つだ。
 地響きと轟音をたて、崩れる外壁。 なんだなんだと飛び出してくる面々は、先の資料通りの人物だ。
 すぐにバンクシアさんが走り出し、残党のうちの一人を羽交い絞めにして、敵に見せつけた。

死を刻む悪魔ツェーレントイフェルを信仰しているな?」

 静かな、けれども迫力のある低音は、地をも振るわせる。

「――就職管理官だ!」
「殺せ!」
「あいつらさえいなければ!」

 一人、人質に取られているとは到底思えぬ様子で、総勢十七名……いや、一人捕らわれているので十六名は、銘々に武器に手をかけた。

「やれ!」

 合図はバンクシアさんのものだ。
 彼は剣を抜くと、拘束していた敵を放り投げ、そのまま斬り伏せる。本来ならば、俺と同じく双剣使いなのだが、先日腕を怪我したばかりだからだろう。一本しか抜いていない。
 それでも圧倒的な強さで、返す刀で残党のうちの一人の首に突き刺した。
 勢いよくあふれた血が、真っ白な制服を汚す。

「怯むな、行くぞ!」

 これが、敵味方どちらの言葉だったのかは怪しい。だが突き動かされるように。どこか頭の芯は冷えているのに熱を孕む様に、俺は俺にかかってきた敵の剣を片手の剣で受け流したまま、別の敵の胸を薙ぐ。
 呪文が聞こえる。こちらのメンバーの中に、カサブランカ様の双子従者の弟にあたる精術師がいるので、彼のものだろうか。
 強烈な風が、強烈な「生きていたもの」の臭いを運ぶ。
 生臭い。
 いくつもの魔法がはじけ、光が点滅する。目がくらみそうな点滅する光と、視界を遮る吹き出す赤。
 怒号なのか悲鳴なのか。それすらもあやふやなまま、無我夢中で敵に向かう。
 ここにいるメンバーは、誰一人として信用出来ない人はいない。ペンステモンさんとノラナさんは、ここまでの現場は初めてだが、それでも普段はうまく立ち回っていたはずだ。
 つまり、今一番気にかけるべきは、己が周りにとって邪魔にならないようにする事と――敵を殺す事だけ。
 強化した金属と、強化した金属が嫌な音を立てる。

「――くっ」
 力任せに振るわれた剣を受ければ、別の敵に魔法を向けられている。きらきらとした魔法を放つ前の光は、危険信号となって伝わった。
 すんでのところで避ければ、俺が今までいたところに火柱が立っていた。
 敵も味方も関係ない。いや、敵にとっては、か。
 烏合の衆だから、というのは、おそらく理由ではない。彼らを結ぶのは死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの存在。
 自身のルールに則った行動の多い殺人鬼。それに憧れ、悪意をくすぶらせているのなら――彼らもまた、悪魔だ。模倣の悪魔エピゴーネントイフェルという名前の通りに。
 倒さなければならない。なんとしてでも。

「マロウ!」

 ふと、仲間の名前が聞こえ、つい視線を動かした。
 その人はバンクシアさんの直属の部下にあたるチームの一人。複数回刃物を突き刺された痕と、おかしな方向に曲げられた首。あれは……もう助からない。すでに息はないかもしれない。
 悲しいがあの人の事は後だ。
 名を呼んだのは、その人と同じチームのラークスパーさんだったのだろう。彼は顔を顰め、痛ましい表情をしていたが、やがて前を向きなおした。
 そう、助からないと判断したのなら――切り捨てなければ自分がやられる。

「あいつは助からん。無視しろ」

 おそらく、慣れていないメンバーを思っての事だろう。バンクシアさんが注意を促した。

「でもっ……でもっ、もしかしたら……!」

 震える声の主を、俺はよく知っていた。
 ひやり、と、嫌な汗が背中を伝う。
 斬りかかる敵の剣を受けながら、必死にそちらに顔を向ければ、ペンステモンさんがマロウさんの方へと走り出していた。

「止まれ! 行くな!」

 失ってたまるか。これ以上仲間を失ってたまるものか!
 俺は必死にもう片手で敵の腹を薙ごうとするも、ひらりとかわされる。その上、肩を斬りつけられてしまった。意識が目の前の敵になかったせいだろう。
 いや、どうしてそうなってしまったか、など、どうでもいい。

「うわぁぁぁぁ!」

 叫び声のような、奮い立たせるような声。めちゃくちゃに、まったくの余裕を感じさせない動きで、ペンステモンさんはマロウさんの近くにいた敵へと剣を向けた。

「止まれ! 頼むから、冷静に――」

 俺の声は届かない。どうして、どうして今、俺はすぐにでも止められる位置にいなかったんだ。仲間を信用しすぎたのか。もっと警戒していれば――。
 後悔が頭の中に駆け巡る。
 スローモーションだ。俺からは全て見えていた。
 おおよそ良いとは言えない動きのペンステモンさんの、がら空きの背中に……剣が突き刺さったのを。
 真っ赤な血が、地を這う。ぬるぬるとした、生きていた証が……。

「――の野郎!」
「待て、抑えろ! 抑えてくれ!」

 感傷に浸りそうになった俺は、ノラナさんの低い声に反応して意識を戻した。確認すれば、何名もの人物が殺気をみなぎらせている。だめだ。これじゃあ、ダメなんだ。

「頼む!」

 俺の声は、届かない。俺の声じゃあ、誰にも……。いや、それでも動くしかない。
 ペンステモンさんのかたきとばかりに剣を振るうノラナさんの方へと、俺は敵をかいくぐって近づくと、俺と同じくらいの長身である彼を狙う相手の首を、斬り捨てた。
 恐ろしいほど簡単に、ぽたりと人の首が落ちたのを見て、ノラナさんは小さく息を飲む。
 落としたばかりの首からは、おびただしいほどの血がこぼれていた。

「かかってくるならかかって来て下さい。全員まとめて、私が処分して差し上げます」

 低く、低く。意識して低い声を出し、じろりと周囲に視線を向ける。
 おとなしく、降参するならしてくれ。出来れば早く、仲間を弔ってやりたいんだ……。

「彼だけではない。私もまた、貴様たちを一匹たりとも逃すつもりはないのだから」

 剣が風を切る音。それから、バンクシアさんの声。俺がかばったノラナさんは、腰が抜けたようでずるずると座り込んだ。
 ここから先は、彼を守りながら戦わなくては……。
 いや、大丈夫だ。どうやら残りは三人。三人相手なら……行けるはずだ。
 だが、俺の決意をよそにそいつらのした行動といえば、目配せをして、魔方陣を描くことだった。
 まずい、と、反射的に下を向く。あの形には覚えがあったのだ。
 やはりというべきか、すぐに何であったのかは理解出来た。視界を遮る、真っ白な光。目くらましだ。
 うつむいて目をつむりながら気配を探る。
 三人は同じ方向へと逃げている。このままだと、殺されると判断したのだ。
 少しだけ光が収まれば、俺はすぐにでも追えた。

「クレソンさん、ノラナさんを頼みます」
「はい!」
「ジギタリス、逃すな。確認出来次第すぐに応援に行く」

 この場をクレソンさんに頼み、バンクシアさんの心強い言葉には「はい」と返す。
 そして俺は、人の気配を探りながら、路地を走った。
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