管理官と問題児

二ノ宮明季

文字の大きさ
上 下
1 / 83
1章

1-1 就職管理局は、国民の為の職場である

しおりを挟む
 俺、ジギタリス・ボルネフェルトが務める就職管理局は、国民の為の職場である。
 普通課と、魔法精術課まほうせいじゅつか、魔法開発課の三つの部署があり、それぞれの部署のトップは次期国王候補の二人だ。
 こういった面も相まって、巷では横暴に振る舞う就職管理局の職員――就職管理官も多いと聞く。だが、俺の周りには、寧ろその逆の者が多いくらいだ。
 皆が皆そうであればいいのだが、大きな組織となると、全員が同じ方向を見据え、謙虚な心で仕事に臨む、というのは難しいのだろう。

「いや、だから!」

 俺の目の前に立つ男――クレソン・トレーガーさんも、俺の周りにいる者の例にもれず、横暴ではない者。その上真面目。
 それ故に、今大声を出してしまったのだろう。直後に「しまった」とばかりの表情を浮かべ、口元に手を当てた。
 仕事に真っ直ぐだからこそ、こうして同僚である俺とぶつかる事もある。
 彼は声を潜めて俺に近づいた。だが、一瞬にして注目を浴びたのも事実。
 何しろここは、就職管理局魔法精術課の、一番人の出入りがはげしい、それほど地位の高くない者が集まる部屋。
 沢山の机や、あちこちに山積みになっている書類。「あいつはどこだ」だの、「そっちのチームはどうだ」だのといった声が、ひっきりなしに飛び交う。
 けれども、そのどれとも違う大きな声は、どうにも目立った。

「僕としては、こっちの話を、あっちの問題と照らし合わせればいいと思ったんですけど。どうして真逆の事を行ったんですか」

 だが、注目を集めたのは一瞬。
 声を潜めて続きを話すクレソンさんと、その相手の俺の事を気に留める者は、直ぐにいなくなった。

「私としましては、このやり方の方が、効率がいいのではないかと思いました」
「それにしたって、一言さぁ」
「一言声を掛けた方が宜しかったですか?」

 視線を向ければ、俺よりも遥かに背の低いクレソンさんは、一瞬怯む。深緑色の目に「不安」も宿った。完璧を求めるが故に、これもよくあることだ。

「むしろ一言も声を掛けないのは、宜しくないとは考えなかったんですか?」
「はい。私の一存で進めてもいいと、上司に伺っておりましたので」
「バンクシアさんから?」
「はい、バンクシアさんから」

 彼の「不安」は、やがて「安心」へと変わる。

「まぁ、バンクシアさんが良いっていうなら……」
「このまま進めても?」
「構いませんよ。ただ、責任はジギタリスさんにある事をお忘れなきよう」

 俺のやり方に納得はいかないらしいが、俺の父の名前の前では、それは納得となった。先程の「不安」が「安心」へと変わったのと同じように。
 同僚のクレソンさんは俺と同じ18歳。三人一組で動く事の多い管理官の中で、俺と同じチームになることの多い人物だ。
 と、いうのも、管理局内には、確定しているチームと、都度編成される管理官が在籍する、通称大部屋チームと呼ばれるものが存在している。その大部屋チームに、俺もクレソンさんも属しているのだ。
 さらに、この二種のチームをまとめあげるトップに君臨するのが、俺の父であるバンクシア・ボルネフェルト。王族を除けば、事実上、現場組を取り仕切る一番上の上司と言う事になる。
 彼と俺の違いは様々だが、一番大きいのはバンクシアさんに対する信頼だろう。
 確かにバンクシアさんは仕事が出来る。枚数無しでありながら、純粋に実力だけで十二枚の管理官ツヴェルフライトゥングにまで上り詰めている事もあってか、自身の部下も「実力さえあれば下の者の立場を上げていく」という考え方。
 それ故に、それなりに支持も受けているようだ。この、クレソンさんのように。
 ただ、どうしても俺は……父に良い感情を持つことが出来ないまま、18歳になっていた。

「ところで、お話は以上ですか?」

 俺がクレソンさんに尋ねると、彼はコクリと頷いた。

「では、私はこの書類をナスタチウムさんの所に持って行きます」
「はい。僕も仕事の続きをします」

 こんな会話ばかりしていると、段々と身体の内側から乾いていくようだ。
 誰にも気づかれぬよう、こっそりとため息を零し、沢山の人でひしめき合う部屋を後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

補助魔法しか使えない魔法使い、自らに補助魔法をかけて物理で戦い抜く

burazu
ファンタジー
冒険者に憧れる魔法使いのニラダは補助魔法しか使えず、どこのパーティーからも加入を断られていた、しかたなくソロ活動をしている中、モンスターとの戦いで自らに補助魔法をかける事でとんでもない力を発揮する。 最低限の身の守りの為に鍛えていた肉体が補助魔法によりとんでもなくなることを知ったニラダは剣、槍、弓を身につけ戦いの幅を広げる事を試みる。 更に攻撃魔法しか使えない天然魔法少女や、治癒魔法しか使えないヒーラー、更には対盗賊専門の盗賊と力を合わせてパーティーを組んでいき、前衛を一手に引き受ける。 「みんなは俺が守る、俺のこの力でこのパーティーを誰もが認める最強パーティーにしてみせる」 様々なクエストを乗り越え、彼らに待ち受けているものとは? ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも公開しています。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

処理中です...