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1章
1-1 就職管理局は、国民の為の職場である
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俺、ジギタリス・ボルネフェルトが務める就職管理局は、国民の為の職場である。
普通課と、魔法精術課、魔法開発課の三つの部署があり、それぞれの部署のトップは次期国王候補の二人だ。
こういった面も相まって、巷では横暴に振る舞う就職管理局の職員――就職管理官も多いと聞く。だが、俺の周りには、寧ろその逆の者が多いくらいだ。
皆が皆そうであればいいのだが、大きな組織となると、全員が同じ方向を見据え、謙虚な心で仕事に臨む、というのは難しいのだろう。
「いや、だから!」
俺の目の前に立つ男――クレソン・トレーガーさんも、俺の周りにいる者の例にもれず、横暴ではない者。その上真面目。
それ故に、今大声を出してしまったのだろう。直後に「しまった」とばかりの表情を浮かべ、口元に手を当てた。
仕事に真っ直ぐだからこそ、こうして同僚である俺とぶつかる事もある。
彼は声を潜めて俺に近づいた。だが、一瞬にして注目を浴びたのも事実。
何しろここは、就職管理局魔法精術課の、一番人の出入りがはげしい、それほど地位の高くない者が集まる部屋。
沢山の机や、あちこちに山積みになっている書類。「あいつはどこだ」だの、「そっちのチームはどうだ」だのといった声が、ひっきりなしに飛び交う。
けれども、そのどれとも違う大きな声は、どうにも目立った。
「僕としては、こっちの話を、あっちの問題と照らし合わせればいいと思ったんですけど。どうして真逆の事を行ったんですか」
だが、注目を集めたのは一瞬。
声を潜めて続きを話すクレソンさんと、その相手の俺の事を気に留める者は、直ぐにいなくなった。
「私としましては、このやり方の方が、効率がいいのではないかと思いました」
「それにしたって、一言さぁ」
「一言声を掛けた方が宜しかったですか?」
視線を向ければ、俺よりも遥かに背の低いクレソンさんは、一瞬怯む。深緑色の目に「不安」も宿った。完璧を求めるが故に、これもよくあることだ。
「むしろ一言も声を掛けないのは、宜しくないとは考えなかったんですか?」
「はい。私の一存で進めてもいいと、上司に伺っておりましたので」
「バンクシアさんから?」
「はい、バンクシアさんから」
彼の「不安」は、やがて「安心」へと変わる。
「まぁ、バンクシアさんが良いっていうなら……」
「このまま進めても?」
「構いませんよ。ただ、責任はジギタリスさんにある事をお忘れなきよう」
俺のやり方に納得はいかないらしいが、俺の父の名前の前では、それは納得となった。先程の「不安」が「安心」へと変わったのと同じように。
同僚のクレソンさんは俺と同じ18歳。三人一組で動く事の多い管理官の中で、俺と同じチームになることの多い人物だ。
と、いうのも、管理局内には、確定しているチームと、都度編成される管理官が在籍する、通称大部屋チームと呼ばれるものが存在している。その大部屋チームに、俺もクレソンさんも属しているのだ。
さらに、この二種のチームをまとめあげるトップに君臨するのが、俺の父であるバンクシア・ボルネフェルト。王族を除けば、事実上、現場組を取り仕切る一番上の上司と言う事になる。
彼と俺の違いは様々だが、一番大きいのはバンクシアさんに対する信頼だろう。
確かにバンクシアさんは仕事が出来る。枚数無しでありながら、純粋に実力だけで十二枚の管理官にまで上り詰めている事もあってか、自身の部下も「実力さえあれば下の者の立場を上げていく」という考え方。
それ故に、それなりに支持も受けているようだ。この、クレソンさんのように。
ただ、どうしても俺は……父に良い感情を持つことが出来ないまま、18歳になっていた。
「ところで、お話は以上ですか?」
俺がクレソンさんに尋ねると、彼はコクリと頷いた。
「では、私はこの書類をナスタチウムさんの所に持って行きます」
「はい。僕も仕事の続きをします」
こんな会話ばかりしていると、段々と身体の内側から乾いていくようだ。
誰にも気づかれぬよう、こっそりとため息を零し、沢山の人でひしめき合う部屋を後にした。
普通課と、魔法精術課、魔法開発課の三つの部署があり、それぞれの部署のトップは次期国王候補の二人だ。
こういった面も相まって、巷では横暴に振る舞う就職管理局の職員――就職管理官も多いと聞く。だが、俺の周りには、寧ろその逆の者が多いくらいだ。
皆が皆そうであればいいのだが、大きな組織となると、全員が同じ方向を見据え、謙虚な心で仕事に臨む、というのは難しいのだろう。
「いや、だから!」
俺の目の前に立つ男――クレソン・トレーガーさんも、俺の周りにいる者の例にもれず、横暴ではない者。その上真面目。
それ故に、今大声を出してしまったのだろう。直後に「しまった」とばかりの表情を浮かべ、口元に手を当てた。
仕事に真っ直ぐだからこそ、こうして同僚である俺とぶつかる事もある。
彼は声を潜めて俺に近づいた。だが、一瞬にして注目を浴びたのも事実。
何しろここは、就職管理局魔法精術課の、一番人の出入りがはげしい、それほど地位の高くない者が集まる部屋。
沢山の机や、あちこちに山積みになっている書類。「あいつはどこだ」だの、「そっちのチームはどうだ」だのといった声が、ひっきりなしに飛び交う。
けれども、そのどれとも違う大きな声は、どうにも目立った。
「僕としては、こっちの話を、あっちの問題と照らし合わせればいいと思ったんですけど。どうして真逆の事を行ったんですか」
だが、注目を集めたのは一瞬。
声を潜めて続きを話すクレソンさんと、その相手の俺の事を気に留める者は、直ぐにいなくなった。
「私としましては、このやり方の方が、効率がいいのではないかと思いました」
「それにしたって、一言さぁ」
「一言声を掛けた方が宜しかったですか?」
視線を向ければ、俺よりも遥かに背の低いクレソンさんは、一瞬怯む。深緑色の目に「不安」も宿った。完璧を求めるが故に、これもよくあることだ。
「むしろ一言も声を掛けないのは、宜しくないとは考えなかったんですか?」
「はい。私の一存で進めてもいいと、上司に伺っておりましたので」
「バンクシアさんから?」
「はい、バンクシアさんから」
彼の「不安」は、やがて「安心」へと変わる。
「まぁ、バンクシアさんが良いっていうなら……」
「このまま進めても?」
「構いませんよ。ただ、責任はジギタリスさんにある事をお忘れなきよう」
俺のやり方に納得はいかないらしいが、俺の父の名前の前では、それは納得となった。先程の「不安」が「安心」へと変わったのと同じように。
同僚のクレソンさんは俺と同じ18歳。三人一組で動く事の多い管理官の中で、俺と同じチームになることの多い人物だ。
と、いうのも、管理局内には、確定しているチームと、都度編成される管理官が在籍する、通称大部屋チームと呼ばれるものが存在している。その大部屋チームに、俺もクレソンさんも属しているのだ。
さらに、この二種のチームをまとめあげるトップに君臨するのが、俺の父であるバンクシア・ボルネフェルト。王族を除けば、事実上、現場組を取り仕切る一番上の上司と言う事になる。
彼と俺の違いは様々だが、一番大きいのはバンクシアさんに対する信頼だろう。
確かにバンクシアさんは仕事が出来る。枚数無しでありながら、純粋に実力だけで十二枚の管理官にまで上り詰めている事もあってか、自身の部下も「実力さえあれば下の者の立場を上げていく」という考え方。
それ故に、それなりに支持も受けているようだ。この、クレソンさんのように。
ただ、どうしても俺は……父に良い感情を持つことが出来ないまま、18歳になっていた。
「ところで、お話は以上ですか?」
俺がクレソンさんに尋ねると、彼はコクリと頷いた。
「では、私はこの書類をナスタチウムさんの所に持って行きます」
「はい。僕も仕事の続きをします」
こんな会話ばかりしていると、段々と身体の内側から乾いていくようだ。
誰にも気づかれぬよう、こっそりとため息を零し、沢山の人でひしめき合う部屋を後にした。
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