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3章 猛花薫風事件

20. ペリペリマジック総集編

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 熱い。
 ひたすらに暑く、熱い。

 バトルターミナル、中央闘技場。
 ペリシュッシュ・メフリオンは舞台へと続く通路で息を呑んでいた。

 「いやちょっと……あの、視聴者多くないですか?」

 協会の公式チャンネルでは、『ペリシュッシュ・メフリオン昇格戦』として配信が行われている。昇格戦はバトルパフォーマーにとって一世一代の大舞台。業界では最も衆目を集めるイベントだ。
 公式チャンネルで配信されることもあって、視聴者が多く集まる。今回はアマチュア界の大物が昇格するということもあり、とりわけ視聴者が多かった。闘技場にも席の空白がないほどの注目度だ。
 合計で約十三万人。

 これほどの大人数を前にしてのパフォーマンス……緊張は並々ならぬものだ。
 だが──

 「やりますよ私は(震え声)」

 そう、やるしかないのだ。
 進路しか彼女には見えていない。

 『皆さま、お待たせいたしました!
 これよりペリシュッシュ・メフリオンのプロ級昇格戦を開始いたします!』

 通路の先からアナウンスが響き渡る。
 ああ、もうすぐ……闘いが始まる。準備は十全に整えた。
 声援も十分に受け取った。

 方針を転換してから人気は少し落ちたけど、努力して盛り返す。アンチスレにも自演で擁護を書き込んだ。あらぬことを書き込んだ輩には情報開示を請求した。
 やるべきことは……全部やった。

 『それでは挑戦者の入場です!
 東側、ペリシュッシュ・メフリオンー!』

 名前が呼ばれた。足を踏み出す。
 通路に吹き抜ける熱風を肩で切り、舞台へ飛び込む。銀色の髪を靡かせて、正面を見据えて歩みを進めた。

 一気に視界が開ける。眩い白光と共に、巨大なバトルフィールドが姿を見せた。
 ペリは中央まで進みながらぐるりと周囲を見渡す。天空に浮かぶドローンの隙間から、Oathの面々と……隣に座るエリフテルが顔を覗かせた。
 大丈夫、おねえちゃんは勝つ。視線で訴えた彼女は、正面に向き直る。

 『続きまして、試験官の入場です!
 西側──』

 試験官は、今この瞬間まで知らされていない。
 はたして誰を相手にするのか。誰が相手でも、

 『──イオ・スコスコピィ!』

 「…………」

 誰が相手でも、勝つ。

 ペリの正面から姿を現したのは、セミロングの茶髪を揺らす少女。彼女はゆったりとした足取りで舞台の中央へ上がって来る。
 誰がこんな悪趣味な対戦カードを組んだのか。眼前に立ったイオは……かつてペリと同じチームを組んでいた友人だ。

 「……イオ」

 「ペリシュ、おいすー。なんか草だよね、これ。なんでウチとアンタが当たるのかって……ウチも昨日、めちゃ悩んだんだけどさ。逆によかったかなって」

 「よかった?」

 「そ。ウチさ、プロになってから一年間、ペリシュの配信とかパフォーマンス見てないんよね。なんでアンタがプロへの昇格を拒んでいたのか、なんで今になって昇格しようとしたのか……アンタがどれだけ成長したのか……見せてよ、ね?」

 成長。そう呼べるほどの伸びが、イオと別れてからの期間であったのか。
 実力的にはパフォーマンスをサボっていたぶん、落ちているかもしれない。しかし決定的に変わった点がペリにはある。

 「私、強くなったよ。鋼通り越してダイヤモンドメンタルになったと思う。何万人もの視聴者を前にしたプレッシャーも、アンチの罵倒も、キモい奴の粘着ストーキングも、全部無視できるくらい。
 昔のひたむきで真面目な私はもういないけど……変わった私を見て!」

 「お、なんかすごいやる気じゃん? 久々に見たよ、アンタのそんな顔。
 ──イオ・スコスコピィ」

 イオは一歩下がって、名乗りを上げる。
 名乗り返せば試合の始まり。

 ペリは念入りにパフォーマンス準備が整っていることを確認し、言葉を紡ぐ。
 観客の熱狂の後、わずかに沈黙が流れた。

 「ペリシュッシュ・メフリオン」

 『両者、準備完了です! はたしてペリシュッシュ・メフリオンは昇格を迎えることができるのか……
 ──試合開始です!』

 盛大なフラッシュと共に、試合の開始が宣言される……はずだった。
 ドローンの光が七色に輝き、巨大なモニターに中継が映され、ジェットスモークが上がる……それが昇格戦ならではの豪華な演出のはずだったのだ。

 『おっと、これは……どういうことでしょうか!?』

 だが、今回は違う。
 試合開始と同時に全ての電源が落ちた。客席に闇が落ち、一気に視界が閉ざされる。ただ響くのはドローンの飛空音、そして観客のどよめき。
 時刻は夜。陽光もなく、これでは何も見えない。

 「レヴ、これなに……?」

 観客席で観戦していたヨミが隣のレヴリッツに尋ねる。

 「ペリ先輩のジャミング魔術だよ。ドローンがまだ飛んでいるし、モニターも暗闇を映してるだけで機能はしているから、電力を断っているわけじゃない。魔道具によって誘発された……光を吸収し、歪曲させる暗幕だろう」

 相変わらずぶっ飛んだことをする先輩だ。
 レヴリッツは心中で呆れながら時を待った。


 ぱんぱかぱっぱっぱーん!!!!!!!!!!
 やがて間の抜けた爆音ファンファーレと共に、スポットライトが舞台の一点に当てられる。

 「皆さま、本日はご観覧いただき、誠にありがとうございます!
 さてさて、ペリシュッシュ・メフリオンがお送りするマジックショーの開催です!」

 中空に立つペリを、観客たちは呆然として見上げていた。まさに絶句そのもの。
 彼女を浮かせる糸や魔力は見当たらない。

 「これより披露させていただきますのは……『ペリペリマジック総集編』でございます!
 こちらのマジック、助手くんの力がどうしても必要でして……
 おっ、そちらの可愛らしいお嬢さん! お力添えをお願いしても?」

 もう一人、スポットライトを浴びた存在。
 舞台に立つイオは眩い光を浴びて首を傾げた。

 「え、なんこれ……草。ねえペリシュ、アンタってこんな人だっけ?」

 「ありがとうございます! どうやら協力していただけるようですね!」

 「え、マジ頭だいじょぶそ? この一年で何があったん?
 前のアンタは普通に魔術師してたよね。奇術師にクラスチェンジ? てか話聞け」

 とてもじゃないが真剣勝負とは思えない入り。
 これがペリのアイデンティティ。人の話を聞かないのもアイデンティティ。

 ライトを浴びながら、イオはただ武器のチャクラムを構えていた。
 これ、攻撃してもええんかな。バトルパフォーマンスなら相手の魅せ場は邪魔しちゃダメだ。

 「さあさあ、一応こちらの演目……バトルパフォーマンスの最中に披露しております。
 勝敗は肝心かなめの分岐点。わたくしも勝たなければなりません……が!」

 パンパンパン、と客席を照らす光が灯されてゆく。
 まだ暗いが、向かい合う二人を映像で撮影できる程度には明るくなった。観客も問題なく観戦できる。

 ペリはふわふわと地面に着地し──同時、謎の箱が天空より降り注いだ。

 「……!」

 奇襲を警戒したイオだが、箱から何も出て来る気配はなし。
 手足を畳んで一人だけ入れるかどうかと言ったサイズの赤い箱。

 続いて、新たな物体が天から降ってきた。
 合計五本、幅広の剣。

 「え、なんこれ」

 「これより私は……この箱の中に入ります! お嬢様にはそちらの剣を箱に刺していただこうと思うのです……!
 ああ、なんということでしょう! 私は剣に串刺しにされ、輝かしい勝利を失ってしまうでしょう!」

 「すげえ……まるで闘ってる気がしない。やるじゃん、ウチも立ってるの疲れてきたレベル。もしかして嫌がらせしてる?」

 相変わらず話を聞かないペリ。彼女は箱へ接近し、蓋を開けて中をカメラに見せつけた。
 この通り、中には何の仕掛けもない。

 「ご覧のとおり、中には何もございません!
 じゃ、入るんで。あとよろしく」

 ペリは淡々と言い放ち、手足を折り曲げて箱へ突っ込んでいった。
 バタンと蓋が勢いよく閉められる。後に残ったのは静寂のみ。

 「やば。え、あのさ……一応ウチもプロだけどさ、こんな状況になったことないんよね。何万人の前で行動を丸投げされるウチの身にもなってくんない?
 なあなあ、ペリシュー?」

 箱に声を投げかけるも応答はない。
 イオはこの奇術師が恐ろしかった。アマチュアとして同じチームで活動していた頃は、常に万全を期すチームの軍師役だったと言うのに……こんな無様な女へ進化(?)してしまったのだ。

 ペリの人となりを知るぺリスナーからすれば、日常茶飯事の光景。しかし昇格戦は「お客様」が多い。長らくペリと疎遠になっていたイオも「お客様」だ。
 彼女の珍奇な行動に、視聴者の多くは呆然として押し黙った。

 「ま、まあ……やったるよ。うん……」

 イオは剣を地面から引き抜き、警戒まじりに箱へ歩み寄る。
 周囲に罠の魔力気配はない。爆発などの奇襲に備え、魔装を展開しておく。

 「それじゃ、いきまーす。いっぽんめー」

 視聴者にゆるりと宣言して、一本目の剣を箱に思いっきり突き刺した。
 客席から悲鳴、どよめきが上がる。イオの感触では何かに剣が触れた気はしない。

 剣は箱の真ん中にぶっ刺さっており、避けるのは難しそうだ。マジックということもあり、種や仕掛けがあるのだろう。
 仮に剣がペリに触れたとしてもセーフティ装置が作動する。
 イオは安心して二本目、三本目、四本目と剣を次々刺していった。

 「おーすげ。右、左、真ん中、下……いろんなとこ刺したけど、ペリシュだいじょぶそ。
 んじゃ、最後の剣ぶっ刺すよー」

 剣を刺すほどに観客も慣れたのか、どよめきも小さくなっていく。
 そろそろ展開を変えたいところ。イオは手早く剣を手に取り、箱のまだ空いてる部分に狙いを定めて突き出した。

 「そいやー。うん、相変わらず何も起こんなくて草。
 まあ、この箱開けてみればわかるんかな? じゃ、いくよ」

 いつまで茶番は続くのか、はたまたパフォーマンス終了までずっとこんな調子なのか。
 まあいいかと、イオは慎重に箱の蓋を開けた。中に人影はない。

 瞬間、無数の光が溢れ出す。
 七色の燐光りんこうが箱より飛び出し……天へ向かって高く射出された。流れ星のように煌めく光は天空にて爆ぜ、大きな花を描く。

 立ち昇った光を観客たちは目を輝かせて凝視し、感嘆の声を上げた。

 「す、すごい……花火だ!」
 「きれい……」
 「すごい演出だな!」

 色とりどりの火花が弾け、輝き、拡散して空を覆う。
 ほとんどの視聴者・観客は綺麗な光景に目を輝かせて興奮していた。しかし、実際に戦場に立つイオは違う感情を抱く。

 「あー……マジかこれ。やばすぎて草」

 普通の花火は、拡散して空に散っていくものだ。しかし視界に広がる花火はどうだろうか。
 爆発した後も天空に渦巻き、次々と連鎖しているのだ。七色の光帯はさながら天女の羽衣。しからば羽衣を纏う天女が必要だ。

 花火が全て爆散し、一つの帯となった後。
 天空に花吹雪と共に舞い降りた奇術師。彼女は光を纏い、カメラに向かってウインクする。

 「以上、『パンドラの箱マジック』でした! 箱から飛び出したのは美しい花火と、勝利への架け橋……!
 さてさて、準備は整いました。次なる演目へ向かいましょう!」

 ペリが纏った七色の帯は、魔力を纏って力へ変える『魔装』の完成系……
 ──《空装》

 イオが咄嗟に箱の中を凝視してみると、底には不可思議な紋様が刻まれていた。魔術には疎い彼女だが、一つ理解できることがあった。
 ペリはこの刻印を用いて魔力の流れを急加速させ、箱の中で魔装を完全構築したのだ。剣をどうやって回避したのかは不明だが……厄介なことになった。

 イオは相手の準備を完全に整えさせてしまったのだ。

 「ふざけてるように見えて、アンタ中々ずる賢いね。……ああ、そかそか。
 真面目さ捨てて、ずるさを手に入れたんだ。おまけに視聴者も楽しませられる演出付き。ペリシュ、おもろいこと考えるなあ……」

 「ふふふ。やっぱりバトルパフォーマンスは視聴者を楽しませることが一番なので。もちろんイオも、私と組んでた時より成長してますよね?
 ……さあ、それでは次の演目です!
 お待たせしました、これよりお見せするは……『バトルマジック』! ここから私、逃げも隠れもいたしません。正面切っての闘いの中でマジックの数々を披露しましょう!」

 ペリは堂々の宣言をして、ゆっくりと地面に降りた。喝采が巻き起こる。
 彼女の周囲に渦巻くは、この上なく凝縮された魔力の帯──《空装》。この難敵をどう攻略するか……イオは思案しながらも不敵に笑う。

 「おっけー。ウチ、本気出すから。言っとくけどウチの本気は……怖いよ?」

 「ふふふ……構いませんとも。本気を上回ってこそのバトルパフォーマンス!
 さあ、華麗に踊りましょう!」

 これより幕を開けるは大奇術の舞台。
 魔術と奇術織り交ざる、熱き戦場。

 両者は高揚に笑い合い、舞台に踊る。
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