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2章 氷王青葉杯
7. 正面煽り・無自覚煽り
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リオートがカガリと交戦を始めたころ、レヴリッツは森の中を疾走していた。
視界は木陰により暗くなっているが、彼にとって暗闇など何の障害にもならない。
『リオートくんがカガリさんと交戦を開始しました。レヴリッツくん、前方にミラーさんがいるので注意してください』
「了解です」
すでにミラーの気配は捉えている。また、少し先には魔力の奔流が渦巻いていることもわかっている。
おそらく罠だろう。しかし、レヴリッツは前方に敵の罠があると知ってなお前進を止めない。
地雷があるなら踏みに行く。
「こんにちはー!!」
敵の魔力が渦巻く領域へ踏み込み、全身に魔装を纏う。
彼の体表に装着された魔力が、弱化魔術の罠をレジスト。堂々と敵の領域へ侵入したレヴリッツに呆れながら、ミラーが姿を現す。
「俺の罠なんて警戒にすら値しないか。さすがは新人杯の優勝者だね」
「ミラー先輩、魔術が主な戦術ではないでしょう? この場に展開された罠も、あくまでカモフラージュだと思いますけど」
「ん……すでに俺の戦法も見破られてるのかい? こりゃとんでもない新人が来たなあ……」
ぼやきながら、ミラーは黒いローブを脱ぎ捨てる。
表出したのは真っ黒な腕。彼の右腕だけが漆黒に染まっていた。呪術師が持つ、俗に「呪腕」と呼ばれるものだろう。
「いいですよね、呪術。言いにくいですけど……じゅずつ」
「そうそう。噛むと視聴者に馬鹿にされるから、俺は割り切って「curse」って発音してるよ。そっちの方がかっこいいし」
呪術は魔術とは大きく性質が異なる。
代償が必要であったり、強い負の感情が必要であったり……色々とよくないイメージが根強い。しかし、そんな呪術もバトルパフォーマンスでは立派な戦術の一つ。
昔から続いている悪いイメージも徐々に払拭され、今日では魔術と遜色ない立場を築いている。
「で、僕の相手はミラー先輩だけですか?」
「俺だけじゃ不満か? 欲張りだねえ」
「先輩に言うのも失礼ですが、僕は満足できる闘いがしたいのです。ミラー先輩が僕を満足させてくれるなら文句はありませんよ」
「ふむ。では、期待に応えてみせよう」
ミラーは距離を保ったまま、魔力の放出を始める。
レヴリッツは刀を抜かないまま、その場で立ち尽くす。妨害は行わない。相手の技を見て、その上で全てを斬り捨てるのが彼の本懐なれば。
ミラーの周囲の空間が変質する。
魔力の高まりと共に、大気が黒く染まる。
息苦しいほどにねばついた空気が拡散し──
「──領域展k」
「それはアウトです先輩!!」
「……アウトか。結界を張らせてもらうよ。
『呪術──《苦悶領域》』」
刹那、半円状の暗黒が空間を切り取った。
ミラーを中心にして広がった魔力が、ドーム状の領域を生成。二人を取り囲むように戦場が出来上がった。
「これは……まさか、独壇場ですか?」
独壇場。
一部のバトルパフォーマーのみに許された領域の生成。比類なき意志力によって独自の空間を形成し、自身に有利な戦場を創造する離れ業である。
独壇場を使いこなせるのは、プロ級の中でもほんの一握り。アマチュア級のミラーが扱えるとは思えないが……
「いやいや。本場の独壇場はもっと凄いよ。俺が創ったのは、あくまで単純な領域さ。
……で、この領域の中だとレヴリッツ君の能力が大幅に弱体化するはず、なんだけど……成功、してる……よな?」
瞳を輝かせてピンピンしているレヴリッツに対し、ミラーは一抹の不安を覚える。
瞬間、レヴリッツは胸を抑えてうずくまった。
「ぐ……ぐわあああぁああっ! ナ、ナンダコレハー!
クルシイーッヒ!(棒)」
「よ、よし! 効いたぞ!(困惑)」
本当は魔装でミラーの領域をレジストしていたのだが、レヴリッツは大袈裟に反応しておく。練習試合でも視聴者が観ている前提で演技を。
実はミラーもレヴリッツに生半可な呪術が効かないことなど、初対面で気づいていたのだが。
「……もしも俺たちが公式大会で当たることになったら、この段取りでいくからよろしくな」
「あっはい。で、この後はどうしますか?」
「まあ、この後はレヴリッツ君が弱体化して苦戦してるフリをしつつ……俺は上手い具合にイキって負けるから。正直、俺なんかじゃ逆立ちしても君には勝てないしね」
実力の見極めは重要だ。
バトルパフォーマーには、相手の力を正確に見抜く能力が求められる。一年間バトルパフォーマーとして過ごしてきたミラーは、とうに相手の力を見抜く「眼」を養っていた。
この「眼」なくして、界隈で生き残ることは不可能だ。
相手の力量を見抜けない限り、相手をコケにして炎上したり、ケビンのようなゴシップ系に潰されたりする。自分よりも才能のある新人が現れれば、媚び諂うのもやぶさかではない。
「じゃあ、バトルパートは省略して……僕の勝ちってことで?」
「ああ。それじゃ……君の本気を見せてもらおうか。一応ね」
「了解です。まあ、本気かどうかはわからないですけど……」
バトルパフォーマンスのために演技をするが、ミラーとて武人である。
才ある者の技は学びたい。
故に指南を欲する。ミラーの想いを受け止めたレヴリッツは静かに抜刀。
「一撃で」
「やってみろ、新人」
ただ一刀にて斬り伏せる宣言。
ミラーは魔力を全開にして防御へ回し、魔装を纏う。
眼前のレヴリッツは刀を下げたまま、ゆったりと佇んでいる。
ゆらり、ゆらり……身体を揺らし、まっすぐにミラーを見据えて。
(なんだ……? 魔力を発していない、魔術でもなく呪術でもないが……何かが歪んでいる?)
一瞬、ミラーは目に塵でも入ったのかと勘違いした。
しかし、まばたきを何度しても歪みは消えない。レヴリッツの身体が明滅しているのだ。
ゆらり、ゆらりと。
水面のように揺れ続ける。徐々に不定に、朧に。
「劣悪に──」
ぼそりとレヴリッツが呟く。
これより放つは、竜殺しの技ではない。人を殺める技でもない。
「──《虚刀幻惑》」
消える。
レヴリッツの姿が掻き消え、気がつけばミラーの背後を取っていた。
魔力を一切介さない転移。
そのような技は聞いた事も、見た事もない。
「こりゃすげえ……」
痛みなくミラーのセーフティ装置が作動する。
患者に苦痛を与えない凄腕の医師のように、レヴリッツの技は惚れ惚れする出来を誇っていた。斬られたことにすら気づかなかった。
「お疲れ様です!」
軽く挨拶を告げられ、ミラーはバトルフィールドから退場した。
ー----
『レナさん。カガリさんがリオートさんを撃破、ミラーさんがレヴリッツさんに撃破されました。カガリさんは敵陣タワーへ向かっており、レヴリッツさんがこちらのタワーへ接近中です』
「わかった。イクヨリ君は防衛を頼んだよ。レヴリッツ君がこちらのタワーを制圧する前に、ペリシュッシュ先輩が守るタワーを制圧する」
レナは木々の間を駆け抜け、Oathのタワーへ接近していた。
この戦略戦はスピード勝負となる。レヴリッツがイクヨリの守護するタワーを制圧する前に、カガリとレナがOathのタワーを制圧しなければならない。
レナの存在はペリに感知されていないはずだ。
ジャミング魔術。バトルフィールド各所に設置されたカメラの映像を妨害し、レナの姿を映さないように細工している。
「もうすぐ森を抜ける……イクヨリ君、カガリちゃんの位置は?」
『まもなくタワーへ突入するようです。2対1でペリシュッシュ先輩を倒し、勝利しましょう』
「了解……!」
この闘い、勝ちは近い。
さすがのペリといえども、2対1の状況では長くは持たないはず。カガリに続く形でレナもタワーへ侵入すれば、五分と続かずに制圧可能だ。
レナが森林地帯を抜け、平野へ出た瞬間のこと。
「こんにちはー」
「!」
響いた声に反応し、咄嗟に足を止める。
柔らかく鈴のように透き通った声。
いつしか黒髪の少女が背後に立っていた。
「えっと……そうか、君がいたよね。名前はたしか……ヨミちゃん?」
「ヨミ・シャドヨミといいます! レナ先輩、私が止めますよー」
「……」
レナはヨミの佇まいを見極める。
──正直、あまり強そうには見えない。バトルパフォーマーとして、強者を見極める識別眼は鍛えてきた。その眼に従うのならば、ヨミは強者とは言えない。
隙が多く、戦意もない。かといって余裕もない。
「じゃあ勝負しようか。一応、私の方が先輩だし……先手は譲ってあげる。私もタワーに急がないといけないから、あまり長引かせられないけど」
「えっ、ほんとですか!? やったー!」
ヨミの振る舞いは、まるで子供のように無邪気。闘技に身を置いているとは思えない。彼女の所作を見て、レナは思わず警戒を緩めてしまう。
「ねえ、ヨミちゃんって闘いは初心者?」
「はい……養成所で訓練はしたけど、ぜんぜん戦いの経験とかなくて。バトルパフォーマーになる前は、ただの学生でした。でも勝てるようにがんばります!」
意気込みながら、ヨミは中空から武器を取り出した。
彼女が右手に持ったのは……
「……ふ、筆?」
インクが染みていない、一本の筆。
レナは困惑する。まさか筆で闘うわけではないだろう。
変わった武器を扱うパフォーマーは存在するが、筆というのは前代未聞だ。
扇子や鞭、拳で独自性を出す人もいるが、それはあくまでキャラ付け。最低限の闘いができる得物でなければならない。
「ええっと……私が先攻でいいんですよね? じゃあ遠慮なく!」
レナの当惑など露知らず、ヨミは筆を持ち上げる。
ヒュッ──と、横薙ぎに一振り。
「!?」
刹那、レナの足元が溶けた。
草木の広がる地面が歪曲。ドロドロになった地面が青く変色し、円を描き回転する。
まるで水渦。
いつしかレナの足場は、水が渦巻く激流へと変化していた。
「これは……なに!?」
ヨミだけに許された、オンリーワンの能力。
すなわち具現化能力である。
「えい!」
足場を崩されたレナの下へ、ヨミの放った炎球が飛来。
この炎球も魔術によって作られたものではない。ヨミの筆によって創造された炎である。
驚愕と動揺に包まれた意識の中、レナは反射的に術式を編む。
「ッ……《曲術式・腕》!」
身体の重心を足から腕に預け、自身に重力操作を施す。
水が渦巻く足場から転がるように抜け出し、体勢を整える。
ヨミは呑気にレナの動きを静観していた。
静観と言うよりは、レナがどうやって脱出したのかわからずに呆然としていたのだが。
「すごいね。どんな能力なの、それ?」
「あんまり詳しいことはレヴに言うなって忠告されてるんです。ただ、言えることは……『具現化』ですね!」
「具現化?」
「想像したものを創り出すんです。筆があると捗ります! 何でも創造できるわけじゃないですけど……」
ヨミは恐ろしい。レナは再認識する。
戦闘初心者のヨミだが、特異な能力は警戒に値すると。
己の油断を戒め、レナは呼吸を整える。
早期決着を。ヨミは何を仕掛けてくるかわからない。
「じゃあ、私からも仕掛けるよ。《魔装》」
魔力を瞬間的に練り上げる。
レナの戦法は『古武道』。拳にて相手を粉砕する。
古武道の特徴は、魔力の展開が速いこと。一瞬で魔装を完成させ、爆発的な身体強化が可能。
「はっ!」
速度を瞬間強化したレナは、地を蹴ってヨミへ肉薄する。
戦闘初心者では目で追えない速度。背後を取り、一撃で急所を突いて勝利する。
「ひゃー!? はやー!」
「ふぁ?」
レナの拳が空を切る。
紙一重のところで拳は躱されていた。しかし、ヨミはこちらに視線を向けていない。振り返ることなく身を屈め、攻撃を回避したというのか。
「嘘、なんで避けれたの!? 見えてた……?」
「見えてないですよ! レナさん速くてすごいですね!」
ヨミは振り返って笑顔で答えた。
(私、もしかして煽られてる……?)
攻撃を躱された癖に褒められて、レナの脳は困惑する。
たぶん煽りではないのだが、どうしても煽りに聞こえてしまう。
では確認してみよう。
ヨミの回避がまぐれだったのか。レナはもう一度、地を蹴って背後に回り込んだ。
「はっ!」
「ぴゃ!?」
──。
当たらない。
「レナ先輩! 見えないよー! もっと優しくして……」
「…………意味わからん」
全自動回避機能でも付いているのか、この女は。
いっそ無視してタワーまで進んでしまおうか。そう考えたレナだったが、
「──なんか腹立つ」
『レナさん! まだヨミさんとの交戦は終わりませんか!? カガリさんの援護に向かっていただきたいのですが……』
イクヨリから通信が入る。
しかし、レナの返答は。
「無理」
『……はい?』
「私、ヨミちゃん倒すまで進まないわ」
無性に腹が立つし、馬鹿にされている気がする。
ヨミから逃げることはバトルパフォーマーの一員として、誇りが許さない。
なぜヨミが攻撃を回避できるのかは不明だが、とにかく倒さなければならないと感じた。
「レナ先輩……なんか怒ってる!?」
「ふふふ……怒ってないよ? さあ、続きをしようか」
「ひゃ、ひゃい……」
その後、試合が終わるまでヨミはレナの攻撃を躱し続けたという。
視界は木陰により暗くなっているが、彼にとって暗闇など何の障害にもならない。
『リオートくんがカガリさんと交戦を開始しました。レヴリッツくん、前方にミラーさんがいるので注意してください』
「了解です」
すでにミラーの気配は捉えている。また、少し先には魔力の奔流が渦巻いていることもわかっている。
おそらく罠だろう。しかし、レヴリッツは前方に敵の罠があると知ってなお前進を止めない。
地雷があるなら踏みに行く。
「こんにちはー!!」
敵の魔力が渦巻く領域へ踏み込み、全身に魔装を纏う。
彼の体表に装着された魔力が、弱化魔術の罠をレジスト。堂々と敵の領域へ侵入したレヴリッツに呆れながら、ミラーが姿を現す。
「俺の罠なんて警戒にすら値しないか。さすがは新人杯の優勝者だね」
「ミラー先輩、魔術が主な戦術ではないでしょう? この場に展開された罠も、あくまでカモフラージュだと思いますけど」
「ん……すでに俺の戦法も見破られてるのかい? こりゃとんでもない新人が来たなあ……」
ぼやきながら、ミラーは黒いローブを脱ぎ捨てる。
表出したのは真っ黒な腕。彼の右腕だけが漆黒に染まっていた。呪術師が持つ、俗に「呪腕」と呼ばれるものだろう。
「いいですよね、呪術。言いにくいですけど……じゅずつ」
「そうそう。噛むと視聴者に馬鹿にされるから、俺は割り切って「curse」って発音してるよ。そっちの方がかっこいいし」
呪術は魔術とは大きく性質が異なる。
代償が必要であったり、強い負の感情が必要であったり……色々とよくないイメージが根強い。しかし、そんな呪術もバトルパフォーマンスでは立派な戦術の一つ。
昔から続いている悪いイメージも徐々に払拭され、今日では魔術と遜色ない立場を築いている。
「で、僕の相手はミラー先輩だけですか?」
「俺だけじゃ不満か? 欲張りだねえ」
「先輩に言うのも失礼ですが、僕は満足できる闘いがしたいのです。ミラー先輩が僕を満足させてくれるなら文句はありませんよ」
「ふむ。では、期待に応えてみせよう」
ミラーは距離を保ったまま、魔力の放出を始める。
レヴリッツは刀を抜かないまま、その場で立ち尽くす。妨害は行わない。相手の技を見て、その上で全てを斬り捨てるのが彼の本懐なれば。
ミラーの周囲の空間が変質する。
魔力の高まりと共に、大気が黒く染まる。
息苦しいほどにねばついた空気が拡散し──
「──領域展k」
「それはアウトです先輩!!」
「……アウトか。結界を張らせてもらうよ。
『呪術──《苦悶領域》』」
刹那、半円状の暗黒が空間を切り取った。
ミラーを中心にして広がった魔力が、ドーム状の領域を生成。二人を取り囲むように戦場が出来上がった。
「これは……まさか、独壇場ですか?」
独壇場。
一部のバトルパフォーマーのみに許された領域の生成。比類なき意志力によって独自の空間を形成し、自身に有利な戦場を創造する離れ業である。
独壇場を使いこなせるのは、プロ級の中でもほんの一握り。アマチュア級のミラーが扱えるとは思えないが……
「いやいや。本場の独壇場はもっと凄いよ。俺が創ったのは、あくまで単純な領域さ。
……で、この領域の中だとレヴリッツ君の能力が大幅に弱体化するはず、なんだけど……成功、してる……よな?」
瞳を輝かせてピンピンしているレヴリッツに対し、ミラーは一抹の不安を覚える。
瞬間、レヴリッツは胸を抑えてうずくまった。
「ぐ……ぐわあああぁああっ! ナ、ナンダコレハー!
クルシイーッヒ!(棒)」
「よ、よし! 効いたぞ!(困惑)」
本当は魔装でミラーの領域をレジストしていたのだが、レヴリッツは大袈裟に反応しておく。練習試合でも視聴者が観ている前提で演技を。
実はミラーもレヴリッツに生半可な呪術が効かないことなど、初対面で気づいていたのだが。
「……もしも俺たちが公式大会で当たることになったら、この段取りでいくからよろしくな」
「あっはい。で、この後はどうしますか?」
「まあ、この後はレヴリッツ君が弱体化して苦戦してるフリをしつつ……俺は上手い具合にイキって負けるから。正直、俺なんかじゃ逆立ちしても君には勝てないしね」
実力の見極めは重要だ。
バトルパフォーマーには、相手の力を正確に見抜く能力が求められる。一年間バトルパフォーマーとして過ごしてきたミラーは、とうに相手の力を見抜く「眼」を養っていた。
この「眼」なくして、界隈で生き残ることは不可能だ。
相手の力量を見抜けない限り、相手をコケにして炎上したり、ケビンのようなゴシップ系に潰されたりする。自分よりも才能のある新人が現れれば、媚び諂うのもやぶさかではない。
「じゃあ、バトルパートは省略して……僕の勝ちってことで?」
「ああ。それじゃ……君の本気を見せてもらおうか。一応ね」
「了解です。まあ、本気かどうかはわからないですけど……」
バトルパフォーマンスのために演技をするが、ミラーとて武人である。
才ある者の技は学びたい。
故に指南を欲する。ミラーの想いを受け止めたレヴリッツは静かに抜刀。
「一撃で」
「やってみろ、新人」
ただ一刀にて斬り伏せる宣言。
ミラーは魔力を全開にして防御へ回し、魔装を纏う。
眼前のレヴリッツは刀を下げたまま、ゆったりと佇んでいる。
ゆらり、ゆらり……身体を揺らし、まっすぐにミラーを見据えて。
(なんだ……? 魔力を発していない、魔術でもなく呪術でもないが……何かが歪んでいる?)
一瞬、ミラーは目に塵でも入ったのかと勘違いした。
しかし、まばたきを何度しても歪みは消えない。レヴリッツの身体が明滅しているのだ。
ゆらり、ゆらりと。
水面のように揺れ続ける。徐々に不定に、朧に。
「劣悪に──」
ぼそりとレヴリッツが呟く。
これより放つは、竜殺しの技ではない。人を殺める技でもない。
「──《虚刀幻惑》」
消える。
レヴリッツの姿が掻き消え、気がつけばミラーの背後を取っていた。
魔力を一切介さない転移。
そのような技は聞いた事も、見た事もない。
「こりゃすげえ……」
痛みなくミラーのセーフティ装置が作動する。
患者に苦痛を与えない凄腕の医師のように、レヴリッツの技は惚れ惚れする出来を誇っていた。斬られたことにすら気づかなかった。
「お疲れ様です!」
軽く挨拶を告げられ、ミラーはバトルフィールドから退場した。
ー----
『レナさん。カガリさんがリオートさんを撃破、ミラーさんがレヴリッツさんに撃破されました。カガリさんは敵陣タワーへ向かっており、レヴリッツさんがこちらのタワーへ接近中です』
「わかった。イクヨリ君は防衛を頼んだよ。レヴリッツ君がこちらのタワーを制圧する前に、ペリシュッシュ先輩が守るタワーを制圧する」
レナは木々の間を駆け抜け、Oathのタワーへ接近していた。
この戦略戦はスピード勝負となる。レヴリッツがイクヨリの守護するタワーを制圧する前に、カガリとレナがOathのタワーを制圧しなければならない。
レナの存在はペリに感知されていないはずだ。
ジャミング魔術。バトルフィールド各所に設置されたカメラの映像を妨害し、レナの姿を映さないように細工している。
「もうすぐ森を抜ける……イクヨリ君、カガリちゃんの位置は?」
『まもなくタワーへ突入するようです。2対1でペリシュッシュ先輩を倒し、勝利しましょう』
「了解……!」
この闘い、勝ちは近い。
さすがのペリといえども、2対1の状況では長くは持たないはず。カガリに続く形でレナもタワーへ侵入すれば、五分と続かずに制圧可能だ。
レナが森林地帯を抜け、平野へ出た瞬間のこと。
「こんにちはー」
「!」
響いた声に反応し、咄嗟に足を止める。
柔らかく鈴のように透き通った声。
いつしか黒髪の少女が背後に立っていた。
「えっと……そうか、君がいたよね。名前はたしか……ヨミちゃん?」
「ヨミ・シャドヨミといいます! レナ先輩、私が止めますよー」
「……」
レナはヨミの佇まいを見極める。
──正直、あまり強そうには見えない。バトルパフォーマーとして、強者を見極める識別眼は鍛えてきた。その眼に従うのならば、ヨミは強者とは言えない。
隙が多く、戦意もない。かといって余裕もない。
「じゃあ勝負しようか。一応、私の方が先輩だし……先手は譲ってあげる。私もタワーに急がないといけないから、あまり長引かせられないけど」
「えっ、ほんとですか!? やったー!」
ヨミの振る舞いは、まるで子供のように無邪気。闘技に身を置いているとは思えない。彼女の所作を見て、レナは思わず警戒を緩めてしまう。
「ねえ、ヨミちゃんって闘いは初心者?」
「はい……養成所で訓練はしたけど、ぜんぜん戦いの経験とかなくて。バトルパフォーマーになる前は、ただの学生でした。でも勝てるようにがんばります!」
意気込みながら、ヨミは中空から武器を取り出した。
彼女が右手に持ったのは……
「……ふ、筆?」
インクが染みていない、一本の筆。
レナは困惑する。まさか筆で闘うわけではないだろう。
変わった武器を扱うパフォーマーは存在するが、筆というのは前代未聞だ。
扇子や鞭、拳で独自性を出す人もいるが、それはあくまでキャラ付け。最低限の闘いができる得物でなければならない。
「ええっと……私が先攻でいいんですよね? じゃあ遠慮なく!」
レナの当惑など露知らず、ヨミは筆を持ち上げる。
ヒュッ──と、横薙ぎに一振り。
「!?」
刹那、レナの足元が溶けた。
草木の広がる地面が歪曲。ドロドロになった地面が青く変色し、円を描き回転する。
まるで水渦。
いつしかレナの足場は、水が渦巻く激流へと変化していた。
「これは……なに!?」
ヨミだけに許された、オンリーワンの能力。
すなわち具現化能力である。
「えい!」
足場を崩されたレナの下へ、ヨミの放った炎球が飛来。
この炎球も魔術によって作られたものではない。ヨミの筆によって創造された炎である。
驚愕と動揺に包まれた意識の中、レナは反射的に術式を編む。
「ッ……《曲術式・腕》!」
身体の重心を足から腕に預け、自身に重力操作を施す。
水が渦巻く足場から転がるように抜け出し、体勢を整える。
ヨミは呑気にレナの動きを静観していた。
静観と言うよりは、レナがどうやって脱出したのかわからずに呆然としていたのだが。
「すごいね。どんな能力なの、それ?」
「あんまり詳しいことはレヴに言うなって忠告されてるんです。ただ、言えることは……『具現化』ですね!」
「具現化?」
「想像したものを創り出すんです。筆があると捗ります! 何でも創造できるわけじゃないですけど……」
ヨミは恐ろしい。レナは再認識する。
戦闘初心者のヨミだが、特異な能力は警戒に値すると。
己の油断を戒め、レナは呼吸を整える。
早期決着を。ヨミは何を仕掛けてくるかわからない。
「じゃあ、私からも仕掛けるよ。《魔装》」
魔力を瞬間的に練り上げる。
レナの戦法は『古武道』。拳にて相手を粉砕する。
古武道の特徴は、魔力の展開が速いこと。一瞬で魔装を完成させ、爆発的な身体強化が可能。
「はっ!」
速度を瞬間強化したレナは、地を蹴ってヨミへ肉薄する。
戦闘初心者では目で追えない速度。背後を取り、一撃で急所を突いて勝利する。
「ひゃー!? はやー!」
「ふぁ?」
レナの拳が空を切る。
紙一重のところで拳は躱されていた。しかし、ヨミはこちらに視線を向けていない。振り返ることなく身を屈め、攻撃を回避したというのか。
「嘘、なんで避けれたの!? 見えてた……?」
「見えてないですよ! レナさん速くてすごいですね!」
ヨミは振り返って笑顔で答えた。
(私、もしかして煽られてる……?)
攻撃を躱された癖に褒められて、レナの脳は困惑する。
たぶん煽りではないのだが、どうしても煽りに聞こえてしまう。
では確認してみよう。
ヨミの回避がまぐれだったのか。レナはもう一度、地を蹴って背後に回り込んだ。
「はっ!」
「ぴゃ!?」
──。
当たらない。
「レナ先輩! 見えないよー! もっと優しくして……」
「…………意味わからん」
全自動回避機能でも付いているのか、この女は。
いっそ無視してタワーまで進んでしまおうか。そう考えたレナだったが、
「──なんか腹立つ」
『レナさん! まだヨミさんとの交戦は終わりませんか!? カガリさんの援護に向かっていただきたいのですが……』
イクヨリから通信が入る。
しかし、レナの返答は。
「無理」
『……はい?』
「私、ヨミちゃん倒すまで進まないわ」
無性に腹が立つし、馬鹿にされている気がする。
ヨミから逃げることはバトルパフォーマーの一員として、誇りが許さない。
なぜヨミが攻撃を回避できるのかは不明だが、とにかく倒さなければならないと感じた。
「レナ先輩……なんか怒ってる!?」
「ふふふ……怒ってないよ? さあ、続きをしようか」
「ひゃ、ひゃい……」
その後、試合が終わるまでヨミはレナの攻撃を躱し続けたという。
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