城に忍び込んだ平民ですが、なぜか冷酷な王子に愛情を注がれています

朝露ココア

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過去との決別

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ロゼールは怒りに身を震わせた。
また……この男に邪魔をされたと。

「な、なんなのよアンタ……! 前からあたしの邪魔ばかりして!」

彼女を苛立たせている原因はそれだけではない。
ミレイユがこんなに見目の良い男に守られていることも、彼女の神経を逆なでしていた。
どうしてミレイユごときにこんな男が……と不満は隠せない。

「貴様、またしてもミレイユに手を出そうとしたか。いい加減に諦めたらどうだ?」

「どうして? こいつはウチの店員よ。サボっているなら連れ戻すのが筋でしょう?」

「……ならば、貴様の店の主と会わせてもらおう。よいな?」

テオドールは強い語調で言い放った。
有無を言わさぬ迫力に、ロゼールは息を呑んだ。

「ふ、ふん……別にいいわよ。店で待ってるから。逃げるんじゃないわよ?」

ロゼールはミレイユを睨み、文句を言いながら去っていった。
テオドールの腕の中でミレイユはまだ震えている。

「……何もされていないか?」

「は、はい……助けていただきありがとうございました」

「俺とお前の今後について話しに来たのだが……今はそれどころではないようだな。まずは目先の問題から片づけるとしよう」

まだ胸の高鳴りは止まらない。
ロゼールに対する恐怖だけではない。
テオドールと至近距離で接して、ミレイユは動揺していた。

「あ、あの殿下……もう大丈夫です」

「あぁ……すまない。嫌だったか?」

「い、いえ! とても光栄で嬉しくて、とても頼もしかったです!」

「フッ……そうか」

テオドールは安堵したように笑う。
彼はミレイユをそっと離して尋ねた。

「ミレイユが勤めていたという店を教えてくれ。俺が奴らを消してやる」

「け、消すだなんて……でも……」

彼女は躊躇った。
本当にテオドールに全ての問題を丸投げしてもいいのか。
これは自分の問題だ。
自分が蹴りをつけるべき過去で、立ち向かわなければならない呪縛。

しばし悩んだ末、ミレイユは告げる。

「私も一緒に行きます。これは私の問題ですから」

「……無理をしなくてもいいのだぞ」

「いえ、私の願いです。大丈夫、殿下がいてくだされば怖くありませんよ」

「そうか……お前は強いな」

テオドールはそっとミレイユの頭を撫でた。
今は猫でもないのに甘えたくなってしまう。
しかしミレイユは欲望を振り切り、足を動かした。

「善は急げです。さっそく参りましょう」

「心配するな。お前は俺が守る」

 ◇◇◇◇

いつも通い詰めていた薬屋にやってきた。
もはや建物を修繕するお金もないのだろう。
壁はボロボロで、看板は文字がかすれている。

これは給金が払えないわけだ……とテオドールは納得する。
店を経営する母子は金遣いが荒く、ほとんどを自らのために費やしてしまう。
本当に最小限の資金で維持しているようだった。

二人はうなずき合い、店の扉を開く。

「失礼するぞ」

カウンターには店長のシュゼットが座っていた。

「いらっしゃい……って、ミレイユじゃないか! ということは……アンタがミレイユを店に行かせないようにしてる男ってワケだ」

シュゼットはテオドールの顔をまじまじと見つめる。
最初は怒気が籠っていた彼女の表情が、次第に柔らかくなっていく。

「アンタ……かなりいい男じゃないか! ミレイユがこんな男を捕まえるなんて……世の中わからないもんだね」

「貴様の称賛など価値はない」

「それに態度も荒々しくて……なあアンタ、ミレイユなんか捨てなさいよ! ウチの娘の方がずっと気立てもいいし、ロゼールの男にならないかい? そしたらミレイユを唆した件も許してやるよ」

「…………」

あまりの横暴な提案に、ミレイユは閉口した。
何から何まで支離滅裂で、すべてを感情に任せているのがシュゼットだ。

だが、その言葉はテオドールの怒りに触れたようで。

「黙れ。あの傲慢で無能な娘ごときを、ミレイユと比べるな。今日俺がここに来たのは……貴様らを徹底的に潰すためだ」

「潰すって……? 悪いのは無断で欠勤したミレイユだろう?」

「正当な報酬を与えず、悪辣な労働環境で働かせていたことは調査済みだ。それに法律に違反している薬を売っていることもな。そのような店は潰されて然るべきだ」

瞬間、シュゼットの顔色が変わった。
明らかに友好的な態度を示さないテオドールに対し、彼女もまた反抗する姿勢を示す。

「そんなの知ったこっちゃないね。証拠がないだろう?」

「事前に斥候を使い調べさせている。証拠はすでに持っているが?」

「は?」

斥候という言葉が飛び出し、シュゼットの目が丸くなった。
ミレイユも驚きを隠せない。
まさかテオドールは事前にこの店の情報を調べてきていたのだろうか。

「――どうせ嘘の脅しよ。騙されないで、お母さん」

そのとき、店の裏手からロゼールが姿を見せた。
ここまでの会話を聞いていたのだろう。
彼女は腕を組んでテオドールとミレイユを睨みつけた。

「その男ひとりに何ができるって言うの? この店を潰せる証拠も、ミレイユを雇えるだけのお金も……どうせ持ってないでしょ。だってミレイユと一緒にいるくらいだし、しょうもない男に決まってるわ」

決めつけるようにロゼールは言った。
彼女はまだ知らない。
目の前にいるテオドールの正体を。

テオドールはうんざりしたように嘆息し、片手を挙げた。
瞬間。

「な、なんだい……?」
「何よ、こいつら……!?」

店の扉が開き、数名の兵士がなだれ込んできた。
城に忍び込んでいたミレイユには彼らが何者か理解できた。
王国の近衛兵だ。

「俺は第一王子テオドール・グラシアン。偉大なる薬師ミレイユの……親愛なる友だ」
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