城に忍び込んだ平民ですが、なぜか冷酷な王子に愛情を注がれています

朝露ココア

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離宮を飛び出して

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猫になればテオドールも外に出ることができる。
その提案を受けたとき、彼は懐疑的な表情を浮かべていた。

「俺が市井に出る……か。俺の顔を知る者などいないから、街に出ても俺が王子だと気づく者はいないだろう。だが、この離宮を留守にするのは不安が残るな」

しばし腕を組んで考え込んだ後、テオドールは結論を下す。

「まあ、いいだろう。一度は外に出てみたいと思っていたのだ。貴様の提案に乗ってやろう」

「わぁ……ありがとうございます! それではさっそく……」

ミレイユは小袋からビンを取り出す。
テオドールは魔法薬を手に取り、興味深そうに眺めた。

「ふむ……猫化の薬か。高価な物ではないのか?」

「いえ、材料はすぐに買いそろえられる程度のものです。作るのにはちょっと技術が必要ですが、高価な薬ではありませんよ」

「では、いただこうか」

「どうぞ!」

すでに薬効はミレイユが猫になることで検証済みだ。
テオドールは躊躇することなく薬を喉に流し込む。
瞬間、彼の姿が光に包まれ――佇んでいたのは白い猫。
美しい毛並みに、気品を兼ね備えた碧の瞳。

「か、かわいい……!」

愛くるしさについ飛びつきそうになったミレイユの腕を、テオドールはぴしゃりと払いのける。
彼は気安く触るなとでも言わんばかりに低いうなり声を上げた。
気位の高さもまた猫らしい。

テオドールに続いてミレイユも薬を飲む。
もはや慣れたものだ。
黒猫と化したミレイユはテオドールに近づき、ゆらゆらと尻尾を揺らす。

唯一の難点は言葉による意思疎通ができないことか。
ただしミレイユの意図は伝わったようで、テオドールは黙って後ろをついてくる。
そして二人は塀を飛び越え、街へと駆け出すのだった。

 ◇◇◇◇

人間に戻った二人は、大勢の人で賑わう繁華街を歩いていた。

「活気があるな。しかし、人気の多い場所はどうにも落ち着かん」

しきりに周囲を見渡すテオドール。
静かな離宮でずっと過ごしてきた彼が、いきなりこんな場所に駆り出されたら無理もない反応だ。
彼の顔を見ても王族だと気づく人はいない。
……が、美しい顔立ちに振り返る人は多かった。

「……見られているな。まさか俺の正体が気取られているのか?」

「いえ、そういうわけではないと思います。殿下……着替えた方がいいかもしれません。その服を着ていると、ちょっと繁華街では目立つかと」

テオドールが着ているのは白い布地に銀糸を編みこんだローブだ。
さすがに平民街では見ない上等な服なので、そのせいで目立っている節もある。
とにかく彼は存在感があるのだ。

「そうだな。適当に見繕うとしよう」

ミレイユとテオドールは露店を巡り、ちょうどいいサイズの服を探す。
フードつきの黒いローブを見つけたので、テオドールはそれを上から羽織った。
顔も隠すことができて都合がいい。

「これで目立たぬようになったか?」

「はい、大丈夫です。それでは行きましょう!」

「ところで……どこへ行くんだ?」

「どこへ……ですか? えーっと、殿下が行きたい場所なら何でもです。ご要望があれば案内しますので、遠慮なくお申し付けください!」

テオドールは考え込んだ。
彼としては初めて外に出ることができて新鮮な心持だが、王都に何があるのか全くわからない。

「そうだな……腹が減った。貴様が知る店へ連れて行ってくれ」

時刻は昼時。
ちょうどミレイユもお腹が空いてきたころだ。
だが彼女にはひとつ懸念があった。

「う、うーん……私が行きつけのお店、安いお店なんですけどお口に合うでしょうか……?」

「いつも余り物の食事ばかり運ばれてくるのだ。たまに弟の嫌がらせで毒が入っていることもあるしな。どんなにマズい料理でも、俺が普段食べている料理と比べればマシだろう」

「では、ご案内します! こちらです」

テオドールはあらかじめハードルを下げてくれた。
しかし聞けば聞くほど、彼の環境を憂いてしまうミレイユだった。
きっと自分が同じ環境で育ってきたら、とうに絶望していたに違いない。

ミレイユは繁華街を進み、日ごろから通っている食堂へ向かった。
安くて美味しいと評判の店だ。
給料が少なく、わずかな金銭を魔法薬の実験に注いでいたミレイユを支えてくれた頼もしい仲間でもある。

「おや、ミレイユちゃん! 久しぶりだね」

食堂に入ると恰幅の良い、ひげを伸ばした店主が声をかけてくる。

「こんにちはー。お昼食べに来ました!」

「ここ最近は顔を見てなかったけど……って、ん? ミレイユちゃん、後ろの人は知り合いかい?」

店主の視線を受けたテオドール。
彼はフードを被ったまま優雅に一礼する。

「ミレイユの知己です。以後、お見知り置きを」

「お、おう……貴族様みたいに丁寧なあいさつだな。ウチの飯は美味いから堪能していけよ!」

店主から豪快に背中を叩かれたテオドールは顔をしかめた。
殿下になんということを……とミレイユはひそかに顔を青ざめる。

「す、すみません……ここの店主さん、元気な人で」

「構わん。今までに見たことのない類の人間だな。興味深い」

不敬な態度を取られたのに、テオドールはむしろどこか楽しそうだった。
相変わらず表情はないが、声にいつもと違う色が滲んでいる。
店の一角に二人は腰を落ち着けた。

多くの人で賑わう周りの席。
テオドールは彼らの様子を眺めて呟いた。

「活気があるな。これがわが国の民の暮らしか」

「王都の方は賑わっていますね」

「その言い方は含みがあるな。まあ、俺も城の文書を盗み見て政情は知っているが。父上が倒れて以来、この国の治世は徐々に乱れている」

「そうですね……私もお仕事で地方へ行くことがあるのですが、地方ほど荒れている印象があります」

「放置しておけば王都も危ういだろう。早いところ父上の病を治すか、優秀な後継ぎを王座に据えるか……俺が憂いたところで仕方ないが」

テオドールは正しく国勢を見ている。
離宮に籠もっていながらも、国内の状況は理解していたのだ。
それでも彼が政治に携わることはできないし、国が荒れていく光景を見ていることしかできない。

「私、殿下はすごい方だと思います。それなのに政治に手を出せないのは、もったいことではないでしょうか?」

「俺は……できることなら、民のために力を尽くしたいがな。それは叶わぬ願いだ」

彼が吐き捨てるように言った瞬間、料理が運ばれてきた。
ミレイユのお気に入りのメニュー……パンとポタージュだ。
テオドールは話題を逸らすように料理へ目を向けた。

「さて、食事にしようか。こういった場所で食事をするのは初めてのことだから、不適切なマナーがあれば指摘してくれ」

「マナーなんて基本ありませんよ。楽しく、美味しく食べればそれでいいのです!」

「フッ……そうか。では、貴様と共に楽しい食事をするように心がけよう」

王族の口に合うかどうか不安なミレイユだったが、テオドールは何も気にする様子なく料理を食べてくれる。
二人は他愛のない話をしながら食事を終えた。
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