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ユリスの熱弁

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 王室にて、ユリスは懊悩していた。

 「……やはり政務が終わらない。俺の見立てでは、シャンフレックが協力してくれてすぐに終わるはずだったのに」

 まさか断られるとは。
 そして教皇の婚約者になったという。

 ユリスには未だにあの一件が信じられない。
 本当に例の若者が教皇なのか?

 「ユリス様ー! 今いいかしら?」
 「アマリス……どうしたんだ?」

 天井を見上げるユリスに、アマリスが走り寄ってくる。
 側近は王城を駆け回るアマリスを怪訝な目で見ていた。

 ドタドタと足音を立て、実に品がない。
 以前それとなく注意した側近がいたが……アマリスは逆上。
 ユリスも彼女に同調して、その側近は左遷されてしまった。
 だから周囲は誰もアマリスの無礼を注意できない。

 「今度、誕生祭があるでしょう? ユリス様とデートしたいと思って!」
 「ああ、そうだな! ぜひともデートしたい!
 ……のだが、父上は外出を許してくださるだろうか」

 未だにユリスの外出禁止令は解かれていない。
 国王はこの婚約破棄事件をどうにかしようと、今もなお抵抗を続けているのだ。

 少なくとも山積みの政務を終わらせなければ、国王が外出を認めることはないだろう。ユリスはどうにか他人に押しつける手段を模索していた。

 「やはりシャンフレックにやってもらうしか……」
 「ねえ、ユリス様!? もうその人の名前を呼ぶのはやめてよ!」
 「あ、あぁ……すまない。誕生祭までには外に出してもらえるよう、父上に交渉してみる。楽しみに待っていてくれ」
 「本当!? 楽しみだわ!」

 アマリスが政務に協力してくれれば、少しは楽になるのだが。
 恋人には口が裂けてもそんなことは言えない。
 ユリスにも王族としてのプライドがあったのだ。

 「新しいドレスも買ってほしいわ! 気になるアクセサリーもあるし……」
 「そ、そうだな。ああ……」

 実を言うと、ユリスは金もなくなっていた。
 父が激怒したせいで、湯水のようにアマリスに貢いでいた金も止められてしまったのだ。やはり誕生祭までに国王の許しを得るしかないだろう。

 シャンフレックは商才があり自分で金を稼いでいたたので、物や金銭を要求してくることもなかった。
 まさかアマリスがここまで金のかかる女だとは。

 ユリスは立ち上がり、側近に命令する。

 「ちょっと外に出てくるよ。おい、仕事やっとけよ」
 「はい……」

 側近は渋々といった様子で頷く。
 騒動が起きてからというもの、ずっとユリスの代行で政務をさせられている。
 部下の不満に気づくこともなく、ユリスは部屋を出て行った。

 ***

 ユリスが窓の外をぼんやりと眺めていると、長身の男が通りかかった。
 紺色の髪を後ろに束ねた、長身の美青年。

 名をデュッセル・ヘアルスト・ヒンメルという。
 この国の第一王子であり、ユリスの腹違いの兄だ。

 「兄上! 本日は城を離れる予定だったのでは?」
 「フェアリュクトが急に領地に帰った。数日で戻る予定だというので、予定を先延ばしにした。急ぐ公務でもないからな」

 彼はフェアリュクトと昵懇じっこんの仲である。
 デュッセルとフェアリュクトは、ヘアルスト王国にて並び立つ両雄、戦友として名が知られていた。

 長い付き合いで、フェアリュクトが急に仕事を放棄するなど数えるほどしかない。デュッセルものっぴきならない事情があるのだと察していた。
 そういえば目の前の弟は、フェアリュクトの妹に婚約破棄を言い出したのだと思い出す。

 「新たな婚約者はどうだ。私はまだ顔を合わせていないが」
 「はい。とても懇意にしております」
 「そうか。シャンフレック嬢よりも逸材とは思えんがな」

 城の者からも、アマリスに対する悪評を聞いている。
 彼女と顔を合わせたことはないが、デュッセルは婚姻に懐疑的だった。
 ユリスとアマリスの婚姻が成立するとは思えない。

 いかんせん前の婚約者であるシャンフレックが優秀すぎた。

 「い、いえ……能力や血筋の問題ではありません! 愛があるかどうか、それが大事なのです」
 「ふっ……青いな。まあ、学ぶといいさ」

 悪女にひっかかるのも一つの経験。
 デュッセルはそう考えていた。

 だが、国に損失をもたらすことは許されない。
 何かユリスとアマリスが不穏な動きを見せれば、すぐに対処する。

 「兄上。どうか父上に取り合ってはいただけないでしょうか。せめて誕生祭の日だけは……婚約者と幸福に過ごしていたいのです」
 「ふむ。父上の怒りはもっともだ。独断で婚約を白紙とし、あまつさえ自らの後ろ盾となる公爵家を裏切った。当然の処断ではないか?」
 「し、しかし……一度決めてしまったからには戻れません! これから円満な関係をアマリスと築くためにも、兄上の協力が必要なのです!」

 ユリスの熱弁に、デュッセルは瞳を閉じた。
 自分は弟の気持ちがわからない。
 貴族や王族ならば、自分の愛ではなく民の安寧を考えるべきだ。愛は婚約が決まってから徐々に育めばいいと思っている。

 だが、フロル教の教義に照らせば……愛する者と時間を過ごすこともまた大切だ。
 彼は王族であると共に、敬虔なフロル教徒でもあった。

 「──いいだろう。ただし、期日までに課せられた政務は終わらせることだ。また、アマリス嬢のマナーに関してよろしくない噂を耳にする。せめて淑女らしい振る舞いを彼女に教えるように。王城の外にアマリス嬢と出るからには、王族の婚約者らしい振る舞いをしてもらわねば」
 「ありがとうございます……兄上はやはり話のわかる方だ! 必ず政務は終わらせます。では、父上によろしくお願いいたします」

 ユリスは恭しく頭を下げ、自室へ戻って行った。
 あの謙虚さを兄や親以外にも示してくれればいいのだが。

 「ふむ……ま、ダメだろうな。フェアシュヴィンデ嬢がどれだけ偉大な存在だったのか、ユリスの奴は思い知ることになるだろう。一応父上と交渉はしてみるが……」
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