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フロル教
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数時間後。
シャンフレックはアルージエの様子を定期的に確認しに行っていた。
特に状態が悪くなることもなく、今は安らかに寝息を立てている。
そして自室にて。
サリナから報告を受けていた。
「敷地の確認をしたのですが、侵入できそうな場所は見つかりませんでしたよ」
「そう……まあ、塀でもよじ登れば入れないことはないけれど。考えられるところとしては、賊に襲われたアルージエが公爵家に逃げ込んで……その先で倒れたとかかしら」
「となると、やはりフェアシュヴィンデ公爵領に賊が……」
騎士団を動かし、掃討に向かわせる必要があるだろう。
治安維持に力を入れていただけに、今回の件はショックが大きい。
正直、婚約破棄されたことよりもつらい。
「そういえば、アガンさんが怒ってましたよ? あんな得体の知れない男を家に入れるなんて……って」
「アガンは良くも悪くも保守的な人なのよ。昔から家に仕えているだけだって、変化を恐れるのでしょう」
誰に反対されようとも、シャンフレックはアルージエを助けるつもりだ。
アルージエだけではない。他の領民が倒れていても同じことをする。
「今日やろうと思っていた予定は、とりあえず明日に回すわ。アルージエのぶんの夕食も作るように言っておいて」
「承知しました」
サリナは一礼して去っていく。
その後、すぐにシャンフレックは自室を出た。
***
「あら、起きてた?」
客室に入ると、アルージエはベッドから出て窓の外を眺めていた。
オレンジ色の夕陽が窓から射し込んでいる。
「シャンフレックか。おかげさまで元気を取り戻した。定期的に様子を確認し、水も持ってきてくれたようだな。きみの気遣いには本当に痛み入る」
「傷は大丈夫?」
「ああ。ほとんど治ったようだ」
思わず耳を疑った。
まだ傷を診てから数時間しか経っていない。
アルージエの頭の包帯は取れており、傷を確認したところほぼ完治していた。
「は、早くない……?」
「僕も驚いている。どうやら、あの医師殿の手腕はかなりのもののようだ。あとで礼を言っておかねば」
「い、いや……消毒して包帯を巻いただけなんだけど」
おそらく、アルージエの治癒速度が異常なのだ。
突っ込もうと思ったシャンフレックだったが、アルージエが先に行動を起こす。
「ああ、そうだ。これを見てくれ」
アルージエはシャンフレックに歩み寄り、とある物を手渡した。
金色のつなぎに、先端には独特な円錐形状の珠がついている。
シンプルな意匠だが、高貴な雰囲気を感じさせる。
「これは……フロル教のロザリオ?」
フロル教。
世界最大の宗教だ。
この国や周辺に暮らす人間は、ほとんどがフロル教の信徒である。
もちろんシャンフレックや貴族、王族たちもフロル教の影響を受けており、政治の中心になっている。特に高位の神官ともなると、人の域を外れた奇跡を使いこなすという。
「ポケットに入っていた。まあ、これが身元の証明になるわけではないが」
「さすがの賊も、ロザリオを盗むのは罰が当たると思ったのかしら。大切に持っておくといいわ。きっと神様があなたの記憶も取り戻してくれる」
ロザリオをアルージエに返す。
とりあえずフロル教の信徒であれば、多くの国で受け入れてもらえる。
教義では万民の平等を謳っており、どの国も信徒を拒むことはできないのだ。
「後日、教会にも案内するわ」
「頼む。なんだか……祈らなければならない気がするんだ。きみがフロル教を敵視している人じゃなくて良かったよ」
記憶を失う前は信心深い教徒だったのだろうか。
彼はロザリオを大切にしまった。
「ところで、お腹は空いていない? もうすぐ夕食の時間なのだけれど、よかったら一緒にどう?」
「む……公爵令嬢と、素性の不明な人間が食卓を共にするなど。……あまりよろしくないのでは?」
「別にいいのよ。今は家族がみんな出ているから、気にしなくても」
それに、アルージエの食事マナーを見ることで階級の特定も進むかもしれない。
シャンフレックは少しでもアルージエの情報を集めようとしていた。
「では、お言葉に甘えよう。料理か……僕もできる気がするな」
「そうなの? それなら、今度使用人と一緒にやってみるといいわ。記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない」
焦る必要はない。
ゆっくりと、日常の中で記憶を取り戻すことができればいい。
二人は部屋を出て夕食に向かった。
シャンフレックはアルージエの様子を定期的に確認しに行っていた。
特に状態が悪くなることもなく、今は安らかに寝息を立てている。
そして自室にて。
サリナから報告を受けていた。
「敷地の確認をしたのですが、侵入できそうな場所は見つかりませんでしたよ」
「そう……まあ、塀でもよじ登れば入れないことはないけれど。考えられるところとしては、賊に襲われたアルージエが公爵家に逃げ込んで……その先で倒れたとかかしら」
「となると、やはりフェアシュヴィンデ公爵領に賊が……」
騎士団を動かし、掃討に向かわせる必要があるだろう。
治安維持に力を入れていただけに、今回の件はショックが大きい。
正直、婚約破棄されたことよりもつらい。
「そういえば、アガンさんが怒ってましたよ? あんな得体の知れない男を家に入れるなんて……って」
「アガンは良くも悪くも保守的な人なのよ。昔から家に仕えているだけだって、変化を恐れるのでしょう」
誰に反対されようとも、シャンフレックはアルージエを助けるつもりだ。
アルージエだけではない。他の領民が倒れていても同じことをする。
「今日やろうと思っていた予定は、とりあえず明日に回すわ。アルージエのぶんの夕食も作るように言っておいて」
「承知しました」
サリナは一礼して去っていく。
その後、すぐにシャンフレックは自室を出た。
***
「あら、起きてた?」
客室に入ると、アルージエはベッドから出て窓の外を眺めていた。
オレンジ色の夕陽が窓から射し込んでいる。
「シャンフレックか。おかげさまで元気を取り戻した。定期的に様子を確認し、水も持ってきてくれたようだな。きみの気遣いには本当に痛み入る」
「傷は大丈夫?」
「ああ。ほとんど治ったようだ」
思わず耳を疑った。
まだ傷を診てから数時間しか経っていない。
アルージエの頭の包帯は取れており、傷を確認したところほぼ完治していた。
「は、早くない……?」
「僕も驚いている。どうやら、あの医師殿の手腕はかなりのもののようだ。あとで礼を言っておかねば」
「い、いや……消毒して包帯を巻いただけなんだけど」
おそらく、アルージエの治癒速度が異常なのだ。
突っ込もうと思ったシャンフレックだったが、アルージエが先に行動を起こす。
「ああ、そうだ。これを見てくれ」
アルージエはシャンフレックに歩み寄り、とある物を手渡した。
金色のつなぎに、先端には独特な円錐形状の珠がついている。
シンプルな意匠だが、高貴な雰囲気を感じさせる。
「これは……フロル教のロザリオ?」
フロル教。
世界最大の宗教だ。
この国や周辺に暮らす人間は、ほとんどがフロル教の信徒である。
もちろんシャンフレックや貴族、王族たちもフロル教の影響を受けており、政治の中心になっている。特に高位の神官ともなると、人の域を外れた奇跡を使いこなすという。
「ポケットに入っていた。まあ、これが身元の証明になるわけではないが」
「さすがの賊も、ロザリオを盗むのは罰が当たると思ったのかしら。大切に持っておくといいわ。きっと神様があなたの記憶も取り戻してくれる」
ロザリオをアルージエに返す。
とりあえずフロル教の信徒であれば、多くの国で受け入れてもらえる。
教義では万民の平等を謳っており、どの国も信徒を拒むことはできないのだ。
「後日、教会にも案内するわ」
「頼む。なんだか……祈らなければならない気がするんだ。きみがフロル教を敵視している人じゃなくて良かったよ」
記憶を失う前は信心深い教徒だったのだろうか。
彼はロザリオを大切にしまった。
「ところで、お腹は空いていない? もうすぐ夕食の時間なのだけれど、よかったら一緒にどう?」
「む……公爵令嬢と、素性の不明な人間が食卓を共にするなど。……あまりよろしくないのでは?」
「別にいいのよ。今は家族がみんな出ているから、気にしなくても」
それに、アルージエの食事マナーを見ることで階級の特定も進むかもしれない。
シャンフレックは少しでもアルージエの情報を集めようとしていた。
「では、お言葉に甘えよう。料理か……僕もできる気がするな」
「そうなの? それなら、今度使用人と一緒にやってみるといいわ。記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない」
焦る必要はない。
ゆっくりと、日常の中で記憶を取り戻すことができればいい。
二人は部屋を出て夕食に向かった。
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