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罪と糾弾

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 「フレーナが……生贄に捧げられただと……?」

 メアの話を聞いたクレースは愕然とする。
 生まれ故郷であるシシロ村に生贄文化が存在することなど知らなかったし、無情にもフレーナが選出されたことが信じられなかった。

 「なぜだ! 命神様が人を食うお方ではなかったから助かったものの……一歩間違えばフレーナは死んでいたではないか!
 なぜ若い村人のフレーナを犠牲にしようとしたんだ……?」

 怒りと困惑を滲ませた声で、クレースはトリナとシーラに迫る。
 だが、二人は答えなかった。
 正直に答えるわけにはいかなかったのだ。

 しばしの沈黙の後、クレースはフレーナに視線を移す。
 彼は『どうしてお前が』とでも問うように見つめていた。

 もう隠せない。
 それに隠したくない。
 せめてクレースはシシロ村に騙されないように。

 「……クレースが出て行った後、私は差別の対象になったから。村の中でずっと虐められていたの。
 ほとんど仕事は押しつけられていたし、誰も助けてくれなかった。お父さんとお母さんは処刑されて、一人で暮らしてた……ずっと一人で」

 フレーナの告白は衝撃的なものだった。
 初めて彼女の境遇を知ったクレースとアイネロは、まるでこの世の出来事とは思えない事態に耳を疑う。

 だが、メアが否定しないということが何よりの証拠。
 このままではシシロ村の非道が明るみになる。
 そう考え、成り行きを見ていたトリナが口を挟む。

 「違うわ! フレーナが差別されたのには理由があるのよ!
 フレーナの両親は村に疫病を持ち込んで、多くの人を苦しめて殺したの!」

 トリナはその言い分が通ると思っていた。
 彼女にとってはシシロ村という場所だけが世界。
 ゆえに、世界を汚したフレーナの一族は糾弾されるべきだと考えていた。

 対してクレースは異なる。
 彼は村を出て王都を見聞し、そして良識を得た。
 閉塞的なシシロ村に囚われずに物事を見ることができる。

 「だからと言って、フレーナを差別してもいい理由にはならん! フレーナのご両親を処刑してもいい理由にもならん!
 お前は……お前たちは、かつて友として過ごしたフレーナを見捨てたのか!」

 激怒に身を任せ、トリナの腕を掴むクレース。
 今の彼に制止の言葉は届かなかった。
 前に立ち塞がったシーラも軽くいなされる。
 純粋ながらも人情に厚く、だからこそ非道を許せない。

 彼がトリナに今にも殴りかかろうとした、そのとき。
 動きがぴたりと止まった。

 アイネロがいつしかクレースの隣に立ち、彼を止めていたのだ。

 「いけません、クレース。あなたの怒りはもっともだが、立場を考えなさい。あなたが何か問題を起こせば困る方がいる」
 「……そう、だな。俺が暴力沙汰でも起こせば、お嬢様が悲しむ。すまんアイネロ」

 クレースは苛立ちを抑えて手を離した。
 だが、トリナは今の一語を聞き逃さなかった。

 「お嬢様って……誰?」
 「おや、知りませんか? クレースには婚約者がいるのです。王都スーディアの侯爵令嬢、デマリ嬢との婚姻を控えていまして。いま大事を起こせば、何かと問題でしょうから……僭越ながら止めさせていただきました」
 「うそ……」

 かねてよりクレースの恋人の地位を狙っていたトリナ。
 しかしアイネロの一語により、彼女は目的を失した。
 そしてクレースと共に王都へ赴くという野望も。

 そもそもフレーナを狙ってドレスを奪うという計画も、クレースに近寄るためだった。
 すべてご破算だ。

 「さらに申し上げますと、あなたがたは命神の眷属であるフレーナ様に手を出しました。神への不敬はロクミナ王国において重罪となることはご存知でしたか?」
 「っ……!」

 トリナとシーラの顔が青ざめる。
 何か言い繕わなくては……だが言い訳が浮かばない。
 絶望の色濃い沈黙が続く。
 どんどん沈んでいく空気に、メアが耐えきれず口を挟んだ。

 「なあ。そろそろフレーナを帰してもいいかな? 邪石の回収も済んだことだし、俺はフレーナと神殿に帰りたいんだけど」

 疲弊しきったフレーナを見て、メアは我慢ならなかった。
 早く神殿に帰って不安を洗い流してあげたい。
 トラウマの対象となっている人間に接することほど、辛いことはない。
 フレーナは今すぐにでもトリナたちから離れたいはずだ。

 「ああ、どうぞ。アメ様だか命神様だか……どちらかわかりませんが、後ほど謝礼を用意します。ご協力いただきありがとうございました。
 それと、これは邪石の件とは関係ないのですが。王国法に基づき、シシロ村の者を処罰する可能性があります。フレーナ様にも事情聴取という形でご協力いただきたいのですが、構いませんか?」

 王国法において、無断で人を処刑することは重罪となる。
 一件を聞いてアイネロはシシロ村の村長を処断する腹積もりだった。

 「……だそうだ。フレーナ、どうする?」
 「はい、構いません。私でお力になれるのならば」

 シシロ村の悪環境が改善するのならば、フレーナは協力する。
 それに村長たちには痛い目に遭ってほしいという思いもあった。
 これが本音だ。

 メアはフレーナの背をそっと押す。

 「よくがんばったな……行こう。帰ったらまた、二人でゆっくり過ごそうな」
 「ありがとうございます……メア様!」

 結局、またメアに助けられる形となってしまった。
 だが、それでいいのかもしれない。
 メアの優しさに甘えて、フレーナもメアに尽くして。
 そうやって生きていくことができたら幸せだ。

 フレーナは去った危難に胸をなでおろした。
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