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呪縛からの解放
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トビアスの目覚めは一晩で屋敷中に知れ渡った。
その日は主人の弟御の目覚めを祝い、宴が開かれることに。
トビアスも自分の身に起こった出来事を次第に理解し始めたようで、落ち着きを取り戻しつつある。
宴会で楽しそうに話すレナートとトビアスを眺めているクラーラ。
壁際で様子を見守る彼女に、ジュストが話しかけてきた。
「クラーラ様」
「あら、ジュスト様。どうかされたの?」
「お礼を申し上げに。此度はレナート様に協力し、トビアス様を目覚めさせていただきありがとうございました。きっとクラーラ様の支えなしには、この結果は得られなかったでしょう」
まだ少し赤いジュストの目元。
彼もまた感涙を流したのだ。
幼少期、よくハルトリー兄弟と三人で遊んでいたというジュストの感動は、きっとレナートに匹敵するものだろう。
「ええ、誇らしいわ。レナートの婚約者として、しっかりあの人を支えてあげられたもの」
「はい。そしてレナート様も……ようやく呪縛から解放されました。これを機にあの方もより頼もしい辺境伯になってくれるでしょう」
弟を目覚めさせようと焦燥に駆られる不安も、眠らせたままにしておくことへの罪悪感も、レナートはもう感じる必要がない。
運命の枷から解放された彼は、きっと前を向いて進んでいくことだろう。
失った時間は取り戻せないが、また新しく時間を紡いでいけばいい。
その時間の片隅にクラーラもいられたら幸いだ。
◇◇◇◇
魔術の工房でクラーラは夜の庭園を眺めていた。
宴が終わった後、少し静かな場所で過ごそうと思った次第。
今日はずいぶんと賑やかな一日だった。
呪縛から解放されたレナートにトビアス。
ジュストやカーティスをはじめとするハルトリー辺境伯家の使用人たち。
そしてロゼッタのおかげで集った元リナルディ伯爵家の使用人たちも。
実家で孤独に過ごしていたころと比べて、かなり関係性が広まったように思う。
「これからが楽しみね」
辺境伯の婚約者としての役目は始まったばかり。
ようやくスタートラインに立てた……そんな心持だ。
ここで気を抜いてしまっては元も子もない。
レナートと共に奮起し、より辺境伯領を栄えさせていく必要がある。
「ああ……やっぱりここにいたのか」
「あら。もう引き上げてきたのですか?」
工房の入り口がそっと開き、レナートが入ってきた。
彼の顔は心なしか赤い。
酒のせいだろうか。
「宴が終わった後も使用人たちが浮かれててさ……夜が明けるまで長引きそうだったんだから、こっそり抜け出してきたよ。今まではこんなに大規模なパーティーは開けなかったけど、クラーラが使用人を連れてきてくれたおかげで上手くいってるよ」
ハルトリー家が賑やかになったという実感を持っているのは、クラーラだけではない。
レナートもまた変化に戸惑いつつも順応しようと奮闘していた。
「……クラーラ。ええと……まあ、君が来てくれてから色々とあったが。とりあえず君のおかげで問題は片づいた。改めて礼を言わせてもらう」
「こちらこそ。私なんかを婚約者として迎えてくれてありがとうございます」
「そういう謙虚なところも好きだよ。それで……思ったことがあるんだ。しがらみも消えて、すてきな婚約者もいてくれて、今の俺は誰よりも幸せだ。だから、その幸せに相応な辺境伯を目指そうと思って」
レナートの瞳に宿る強い意思。
それは夜闇の中でも煌々と輝いて、潰えることはない。
その輝きをまっすぐに見つめながらクラーラは耳を傾けた。
「領地から出ることのなかった俺だが……少し社交にも励んでみようと思う。どうだろうか?」
「ええ、いいと思います。辺境伯として社交は避けられないものだし」
彼の『呪い』は消えた。
欺瞞が渦巻く社交界に立つ資格……それを同時に得たのだ。
だがクラーラは心配でもあった。
レナートはあまりに純粋すぎて、社交界でやっていけるのだろうかと。
もちろんクラーラも社交の経験が豊富なわけではないけれど、だからこその憂慮である。
「そのときは私も隣にいます。というかあなたを一人にするのは心配ですし」
「ははっ。俺も自分が心配だよ。だから君がそばにいてくれると……うん、すごく心強い。そして俺も君を守ってあげられるから。困った時はいつでも頼ってほしい」
「ふふ……わかりました。頼りにしてるわね、私の婚約者様?」
そう言うとレナートは再び俯いた。
わずかに覗く彼の顔は、どこか歯痒そうだ。
「なんていうか。君がこちらに好意を寄せてくれているのに、俺が好意を示すのは恥ずかしいと思ってしまう。これは直した方がいいよな……?」
レナートの顔が赤いのは酒のせいではない。
たったいま目の前にいる、誰よりも愛しい婚約者に接しているからこそ。
頼りにしてくれ……と言った矢先に恥じらうのは、レナートとしても自分が情けなかった。
「愛というのは言葉にしなくても伝わるものですよ。……もちろん、言葉にしてくれた方が嬉しいけれど」
「そうだよな……うん。クラーラ、愛してるよ。そして――どうか、これからもずっと俺の隣にいてほしい。俺も君を手放したくない」
逸らした視線を戻し、彼は真剣に言い放った。
率直な告白を受けてクラーラの胸は高鳴る。
「もちろん。その言葉が『嘘』じゃないことを祈っています」
「誓って嘘じゃないさ。俺が君に初めての嘘をつくのは……もう少し先になるんじゃないかな?」
レナートは悪戯に笑った。
その日は主人の弟御の目覚めを祝い、宴が開かれることに。
トビアスも自分の身に起こった出来事を次第に理解し始めたようで、落ち着きを取り戻しつつある。
宴会で楽しそうに話すレナートとトビアスを眺めているクラーラ。
壁際で様子を見守る彼女に、ジュストが話しかけてきた。
「クラーラ様」
「あら、ジュスト様。どうかされたの?」
「お礼を申し上げに。此度はレナート様に協力し、トビアス様を目覚めさせていただきありがとうございました。きっとクラーラ様の支えなしには、この結果は得られなかったでしょう」
まだ少し赤いジュストの目元。
彼もまた感涙を流したのだ。
幼少期、よくハルトリー兄弟と三人で遊んでいたというジュストの感動は、きっとレナートに匹敵するものだろう。
「ええ、誇らしいわ。レナートの婚約者として、しっかりあの人を支えてあげられたもの」
「はい。そしてレナート様も……ようやく呪縛から解放されました。これを機にあの方もより頼もしい辺境伯になってくれるでしょう」
弟を目覚めさせようと焦燥に駆られる不安も、眠らせたままにしておくことへの罪悪感も、レナートはもう感じる必要がない。
運命の枷から解放された彼は、きっと前を向いて進んでいくことだろう。
失った時間は取り戻せないが、また新しく時間を紡いでいけばいい。
その時間の片隅にクラーラもいられたら幸いだ。
◇◇◇◇
魔術の工房でクラーラは夜の庭園を眺めていた。
宴が終わった後、少し静かな場所で過ごそうと思った次第。
今日はずいぶんと賑やかな一日だった。
呪縛から解放されたレナートにトビアス。
ジュストやカーティスをはじめとするハルトリー辺境伯家の使用人たち。
そしてロゼッタのおかげで集った元リナルディ伯爵家の使用人たちも。
実家で孤独に過ごしていたころと比べて、かなり関係性が広まったように思う。
「これからが楽しみね」
辺境伯の婚約者としての役目は始まったばかり。
ようやくスタートラインに立てた……そんな心持だ。
ここで気を抜いてしまっては元も子もない。
レナートと共に奮起し、より辺境伯領を栄えさせていく必要がある。
「ああ……やっぱりここにいたのか」
「あら。もう引き上げてきたのですか?」
工房の入り口がそっと開き、レナートが入ってきた。
彼の顔は心なしか赤い。
酒のせいだろうか。
「宴が終わった後も使用人たちが浮かれててさ……夜が明けるまで長引きそうだったんだから、こっそり抜け出してきたよ。今まではこんなに大規模なパーティーは開けなかったけど、クラーラが使用人を連れてきてくれたおかげで上手くいってるよ」
ハルトリー家が賑やかになったという実感を持っているのは、クラーラだけではない。
レナートもまた変化に戸惑いつつも順応しようと奮闘していた。
「……クラーラ。ええと……まあ、君が来てくれてから色々とあったが。とりあえず君のおかげで問題は片づいた。改めて礼を言わせてもらう」
「こちらこそ。私なんかを婚約者として迎えてくれてありがとうございます」
「そういう謙虚なところも好きだよ。それで……思ったことがあるんだ。しがらみも消えて、すてきな婚約者もいてくれて、今の俺は誰よりも幸せだ。だから、その幸せに相応な辺境伯を目指そうと思って」
レナートの瞳に宿る強い意思。
それは夜闇の中でも煌々と輝いて、潰えることはない。
その輝きをまっすぐに見つめながらクラーラは耳を傾けた。
「領地から出ることのなかった俺だが……少し社交にも励んでみようと思う。どうだろうか?」
「ええ、いいと思います。辺境伯として社交は避けられないものだし」
彼の『呪い』は消えた。
欺瞞が渦巻く社交界に立つ資格……それを同時に得たのだ。
だがクラーラは心配でもあった。
レナートはあまりに純粋すぎて、社交界でやっていけるのだろうかと。
もちろんクラーラも社交の経験が豊富なわけではないけれど、だからこその憂慮である。
「そのときは私も隣にいます。というかあなたを一人にするのは心配ですし」
「ははっ。俺も自分が心配だよ。だから君がそばにいてくれると……うん、すごく心強い。そして俺も君を守ってあげられるから。困った時はいつでも頼ってほしい」
「ふふ……わかりました。頼りにしてるわね、私の婚約者様?」
そう言うとレナートは再び俯いた。
わずかに覗く彼の顔は、どこか歯痒そうだ。
「なんていうか。君がこちらに好意を寄せてくれているのに、俺が好意を示すのは恥ずかしいと思ってしまう。これは直した方がいいよな……?」
レナートの顔が赤いのは酒のせいではない。
たったいま目の前にいる、誰よりも愛しい婚約者に接しているからこそ。
頼りにしてくれ……と言った矢先に恥じらうのは、レナートとしても自分が情けなかった。
「愛というのは言葉にしなくても伝わるものですよ。……もちろん、言葉にしてくれた方が嬉しいけれど」
「そうだよな……うん。クラーラ、愛してるよ。そして――どうか、これからもずっと俺の隣にいてほしい。俺も君を手放したくない」
逸らした視線を戻し、彼は真剣に言い放った。
率直な告白を受けてクラーラの胸は高鳴る。
「もちろん。その言葉が『嘘』じゃないことを祈っています」
「誓って嘘じゃないさ。俺が君に初めての嘘をつくのは……もう少し先になるんじゃないかな?」
レナートは悪戯に笑った。
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