嫌われ令嬢が冷酷公爵に嫁ぐ話~幸せになるおまじない~

朝露ココア

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寡黙な公爵様

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 マイアはジョシュアと共に朝食を囲んでいた。
 背後ではアランやセーレたち使用人が控えている。

 黙々と。
 ジョシュアは食事を進めていた。そんな彼にアランが何やら耳打ちする。
 ジョシュアは何やらしばらく渋面していたが、おもむろに口を開く。

 「マイア嬢。今日は仕事がある。家を離れなければならない」
 「承知しました。ジョシュア様はお忙しいですものね。
 私がお力になれることがあれば、何でもおっしゃってください」

 元々、ジョシュアが仕事に集中するための契約結婚だった。
 彼が仕事を遂行することが最優先だ。マイアとしても、公の場で妻として振る舞うこと以外に役割は求められていない。

 それなのに、ジョシュアはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
 しかし口ごもってしまい、再びの沈黙が訪れる。

 「……」
 「……」

 マイアは男性との会話経験がほとんどない。
 そしてジョシュアは無口な性格。堅物公爵と呼ばれるだけはある。
 この二人が揃えば、こうして沈黙した場になるのは必然だった。
 その沈黙を破ろうと、マイアは一念発起する。

 「あ、あの……ジョシュア様。このお家は、とても素敵な場所ですね」
 「素敵?」
 「はい。使用人の皆さんは親切にしてくださいますし、料理はとてもおいしいですし、浴場は気持ちいいですし。本当にこんな場所に私がいてもいいのかと、思わず疑ってしまうほどです」
 「安心するといい。ここが君の居場所だ。気に入ってもらえたなら、いつまでも居てくれて構わない」

 『いつまでも』──そんな言葉に、マイアは眩暈がした。
 こんな天国のような場所に、大した責任も負わず暮らしていいのだろうか。

 「……そういえば。マイア嬢の趣味は?」
 「しゅ、趣味ですか……えっと。お料理、でしょうか」

 何を言えばいいものか、マイアは悩んだ。
 趣味と呼べるものがない。
 趣味をやるだけの金を与えられていなかったから。

 ここは実家で手伝いをさせられていた料理と答える。
 作った料理を食べることは許されていなかったが。

 「そうか。家庭的なのだな」
 「すみません……」
 「なぜ謝る。君は必要のないことでもあやまるきらいがあるな。
 どんな趣味だろうと素敵なものだ。誇っていい」

 ジョシュアはマイアのあらゆる部分を肯定してくれていた。
 まったく覚えのない感覚に、マイアは思わず酔いそうになる。

 「ジョシュア様のお好きな食べ物って何ですか?
 嫌いなものとかはありますか?」
 「そうだな……甘いものが、好きだ。こう言うと笑われることが多いが」
 (か、かわいい……!)

 照れながら言うジョシュアを見て、マイアは悶絶してしまった。

 「わかりました。それでは、今度フルーツの料理をお作りしますね」
 「ありがとう。楽しみにしている」

 他愛のない雑談。
 されどマイアには何よりも楽しい時間だった。

 ***

 「俺は仕事へ行ってくる。マイア嬢は……ああ、そうだな。
 セーレと買い物に行ってくるといい」
 「買い物、ですか?」
 「実は今度、夜会があってな。そこで俺の妻として君を紹介することになる。夜会に必要なドレスや宝飾品など、好きに買ってきてくれ。不便があればセーレに相談するように」
 「わ、わかりました!」

 ジョシュアは頷き、セーレに目配せした。
 それから立ち上がってコートを羽織る。

 「今日は帰りが遅くなるかもしれない。仕事が忙しいこの時期はあまり一緒にいられないが……いつか俺と買い物に行こう」
 「はい! いってらっしゃいませ!」

 マイアは笑顔でジョシュアを送り出す。
 買い物と言われても。何を買えばいいんだろうか。
 まったくの無知なのでセーレを頼るしかない。

 「そういうわけで、マイア様。お買い物に行きますか?
 別に今日でなくとも構いませんが」
 「え、ええ…今日行くわ。セーレ、頼りにしているわよ」
 「承知しました」

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