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屋敷に到達してすぐ、トリスタンは再び馬を走らせようとしていた。
「私は学業があるため、すぐに学園に戻らねばならない。ネシウス伯爵にも君を連れ出した経緯を説明しに行く。次の週末には戻ってこられるだろう。父上と母上にはマリーズが滞在する許可を取ったから、何かあれば両親を頼ってくれ」
「あの……お父様に会うのなら気をつけてね。何をされるかわからないから」
「問題ない。……君のお父上がどういう人か、よく理解しているからな。護身の備えくらいはしておく」
人付き合いが苦手でも、社交は得意なトリスタンだ。
両親とも上手く話し合ってくれると思うが。
それに彼は五年分も成長しているのだ。
前のままのトリスタンだと思わない方がいい。
トリスタンの馬車を見送って、アイニコルグ伯爵家に入る。
婚約者だったころは月に一度は訪れていた場所。
一年しか経っていないのに、なんだか懐かしさを覚える。
「マリーズ!」
ロゼーヌと共に屋敷に入ると、階段の上から駆けてくる人が。
彼女は……ウラリーお義母様!
いえ、今はお義母様と言っていいのかわからないけれど……トリスタンの母親だ。
「ウラリー様。お久しぶりです」
「本当に……マリーズなのね!? ああ、よく屋敷に来てくれたわ……! さっきトリスタンから話を聞いたときは耳を疑ったものだけれど。あの大馬鹿息子が勝手にあなたを婚約破棄したと聞いて……この一年間、ずっと心配していたのよ」
「何度かお手紙を送ってきてくださいましたものね。心が疲弊していてふさぎ込んでいたので、お手紙も返すことができませんでした。申し訳ございません」
「ううん、今が元気ならそれでいいのよ。さ、お茶を淹れましょう。何があったのか話を聞かせてちょうだい?」
わたしはお義母様に案内され、応接間に通された。
手紙も返せていなかったから会うのが怖かったけれど、やっぱり優しい人だ。
わたしの好きな茶葉も覚えてくれていて、本当に痛み入る。
お義母様と向かい合い、ここまでの経緯を説明する。
トリスタンが未来の出来事を知っている……という情報は抜きにして。
「まあ、あのローティス伯爵令息にたぶらかされていたの? うちの馬鹿息子も大概だけれど、本当に運が悪いわね……」
「はい。それで新たな婚約者が見つからず、お父様に激怒されてしまいそうで……ローティス伯爵令息と縁を切りたいなんて言ったら、どれほど怒ることか」
「トリスタンにすべて任せておきなさい。あの馬鹿息子が起こした事態とも言えるのだし、本人に後始末をつけさせないとね」
今後、リディオやトリスタンとどのように付き合っていくべきか。
リディオとはもう金輪際関わりたくない。
トリスタンは……まだわからない。
今の彼を知るためには、やはり時間が必要なのだと思う。
「トリスタンは学生として忙しいのですよね? 彼にすべて押しつけても大丈夫なのでしょうか……」
「そうねえ……息子、最近はすごく手際がいいから。学園に入学したあたりから、政務の手腕が見違えるように上達して。忙しい中でも効率的に行動できているのよ」
「政務……彼はすでに辺境伯の仕事を?」
「ええ。夫が病床に伏せっているの。しばらく前から持病が悪化していて……代わりに息子が領地経営をしているのよ」
「アイニコルグ辺境伯が……」
トリスタンの父君、アイニコルグ辺境伯にはお世話になっていた。
あの元気だった辺境伯が病に罹るなんて想像に難い。
トリスタンの政務の手腕が高くなったというのは、時間を遡ったことに起因しているのだろう。
五年後ともなれば、とうに辺境伯を継いで仕事をしているだろうから。
「そろそろトリスタンにも爵位を継がせる準備をしないといけないわね。学園を卒業次第、夫も爵位を譲る気でいるわ。……婚約者もいない息子に継がせるのは不安が残るけれど。ねぇマリーズ、あなたはトリスタンと婚約を結び直すつもりはないの?」
困る問いだった。
思わず口ごもってしまう。
そんなわたしの動揺を察したのか、お義母様から口を開く。
「そうよね、勝手に婚約破棄されて……そんな男と婚約を結び直すなんて無理あるわね。いいのよ、あなたが責任を感じる必要はないわ」
「いえ、違いますよ。別に婚約を拒んでいるわけではありません。今は時間が欲しい……ただそれだけです」
「そう……じっくりと考えてね。あなたの将来は、あなた自身の判断で決めるべきなのだから。この屋敷を家だと思って、ゆっくり過ごしてちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
わたしの判断で……未来を決めるだけの余地が残っているのか?
一年間ずっと夜会に出ても婚約者ができず、最終的にはリディオのような好色漢に騙されたわたしに。
もしも決められるのなら。
わたしはどうするのだろう。
「私は学業があるため、すぐに学園に戻らねばならない。ネシウス伯爵にも君を連れ出した経緯を説明しに行く。次の週末には戻ってこられるだろう。父上と母上にはマリーズが滞在する許可を取ったから、何かあれば両親を頼ってくれ」
「あの……お父様に会うのなら気をつけてね。何をされるかわからないから」
「問題ない。……君のお父上がどういう人か、よく理解しているからな。護身の備えくらいはしておく」
人付き合いが苦手でも、社交は得意なトリスタンだ。
両親とも上手く話し合ってくれると思うが。
それに彼は五年分も成長しているのだ。
前のままのトリスタンだと思わない方がいい。
トリスタンの馬車を見送って、アイニコルグ伯爵家に入る。
婚約者だったころは月に一度は訪れていた場所。
一年しか経っていないのに、なんだか懐かしさを覚える。
「マリーズ!」
ロゼーヌと共に屋敷に入ると、階段の上から駆けてくる人が。
彼女は……ウラリーお義母様!
いえ、今はお義母様と言っていいのかわからないけれど……トリスタンの母親だ。
「ウラリー様。お久しぶりです」
「本当に……マリーズなのね!? ああ、よく屋敷に来てくれたわ……! さっきトリスタンから話を聞いたときは耳を疑ったものだけれど。あの大馬鹿息子が勝手にあなたを婚約破棄したと聞いて……この一年間、ずっと心配していたのよ」
「何度かお手紙を送ってきてくださいましたものね。心が疲弊していてふさぎ込んでいたので、お手紙も返すことができませんでした。申し訳ございません」
「ううん、今が元気ならそれでいいのよ。さ、お茶を淹れましょう。何があったのか話を聞かせてちょうだい?」
わたしはお義母様に案内され、応接間に通された。
手紙も返せていなかったから会うのが怖かったけれど、やっぱり優しい人だ。
わたしの好きな茶葉も覚えてくれていて、本当に痛み入る。
お義母様と向かい合い、ここまでの経緯を説明する。
トリスタンが未来の出来事を知っている……という情報は抜きにして。
「まあ、あのローティス伯爵令息にたぶらかされていたの? うちの馬鹿息子も大概だけれど、本当に運が悪いわね……」
「はい。それで新たな婚約者が見つからず、お父様に激怒されてしまいそうで……ローティス伯爵令息と縁を切りたいなんて言ったら、どれほど怒ることか」
「トリスタンにすべて任せておきなさい。あの馬鹿息子が起こした事態とも言えるのだし、本人に後始末をつけさせないとね」
今後、リディオやトリスタンとどのように付き合っていくべきか。
リディオとはもう金輪際関わりたくない。
トリスタンは……まだわからない。
今の彼を知るためには、やはり時間が必要なのだと思う。
「トリスタンは学生として忙しいのですよね? 彼にすべて押しつけても大丈夫なのでしょうか……」
「そうねえ……息子、最近はすごく手際がいいから。学園に入学したあたりから、政務の手腕が見違えるように上達して。忙しい中でも効率的に行動できているのよ」
「政務……彼はすでに辺境伯の仕事を?」
「ええ。夫が病床に伏せっているの。しばらく前から持病が悪化していて……代わりに息子が領地経営をしているのよ」
「アイニコルグ辺境伯が……」
トリスタンの父君、アイニコルグ辺境伯にはお世話になっていた。
あの元気だった辺境伯が病に罹るなんて想像に難い。
トリスタンの政務の手腕が高くなったというのは、時間を遡ったことに起因しているのだろう。
五年後ともなれば、とうに辺境伯を継いで仕事をしているだろうから。
「そろそろトリスタンにも爵位を継がせる準備をしないといけないわね。学園を卒業次第、夫も爵位を譲る気でいるわ。……婚約者もいない息子に継がせるのは不安が残るけれど。ねぇマリーズ、あなたはトリスタンと婚約を結び直すつもりはないの?」
困る問いだった。
思わず口ごもってしまう。
そんなわたしの動揺を察したのか、お義母様から口を開く。
「そうよね、勝手に婚約破棄されて……そんな男と婚約を結び直すなんて無理あるわね。いいのよ、あなたが責任を感じる必要はないわ」
「いえ、違いますよ。別に婚約を拒んでいるわけではありません。今は時間が欲しい……ただそれだけです」
「そう……じっくりと考えてね。あなたの将来は、あなた自身の判断で決めるべきなのだから。この屋敷を家だと思って、ゆっくり過ごしてちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
わたしの判断で……未来を決めるだけの余地が残っているのか?
一年間ずっと夜会に出ても婚約者ができず、最終的にはリディオのような好色漢に騙されたわたしに。
もしも決められるのなら。
わたしはどうするのだろう。
応援ありがとうございます!
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