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恐怖
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「……ドリカ嬢。何を勘違いされているのか知りませんが、この場にいる令嬢はみなディアナ嬢の友人ですわ。それに、アリフォメン侯爵の妻にはディアナ嬢しか考えられません。あの方が変わられたのは、ディアナ嬢のおかげ……その事実はとうに社交界に広まっていましてよ?」
セレスト様の言葉に、私とお姉様ふたりが硬直する。
それぞれ別の意味で。
私のおかげでエルヴィスが変わった……って。
それはたしかに私も一因かもしれないけど……彼が変わったのは、彼の勇気によるものだと思う。
社交界でそんな噂が流れていたなんて。
「ディアナに友人……? 嘘よ、この陰気な妹に友人なんているわけがないでしょう!?」
「……お言葉が過ぎますわよ、ドリカ嬢。ディアナ嬢はとても優しくて面白い方なのです。友人を貶されて黙っているほど、わたくしは優しい人間ではありませんの」
「伯爵令嬢の分際で何を……!」
セレスト様とその周囲の令嬢たちに冷ややかな視線を向けられ、お姉様が狼狽える。
まずい……あまり騒ぎを大きくしては。
とりあえず落ち着いてもらおう。
「あの、お姉様……ここは人目もありますし、」
「あんたは黙ってなさい!」
急にお姉様が動いたかと思うと、その手を振り上げた。
……殴られる!
私は咄嗟に目をつむった。
実家にいたころ、何度も味わった苦痛。
反射的に私は痛みに耐えようとしてしまった。
――だが、いつまで経っても痛みは襲ってこない。
恐るおそる目を開けると……目の前に大きな影があった。
「……エルヴィス?」
「よかった、間に合った。けがはないか?」
お姉様の腕を、エルヴィスが受け止めていた。
よほど急いで会場を走ってきたのか、息を切らしている。
私がこくりとうなずくと、彼は安堵したように笑った。
それからエルヴィスは私を後ろに庇う。
お姉様に厳しい口調で詰め寄った。
「……どういう了見だ、ドリカ嬢。俺の妻に手を出すとは」
「い、いえ……誤解ですわ、アリフォメン侯爵。私はただ妹の頭を撫でようと……」
「それにしては……ずいぶんと俺の腕に衝撃が伝わったが」
「わたくしも、ドリカ嬢が撫でようとしていたとは思えませんわ。会話の流れから見て、ドリカ嬢を宥めようとしたディアナ嬢が、殴られかけていたと思います」
エルヴィスの援護に回るように、セレスト様が言葉を紡ぐ。
他の目撃者も同様にうなずいた。
味方がいてくれて、私の恐怖も和らぎ始める。
同時に感じている違和感があった。
エルヴィス……すごく勇敢に振る舞ってくれている。
本当は衆目に晒されることが嫌でたまらないはずなのに、私を庇うために自分自身を奮い立たせているんだ。
それなら私も……勇気を出さないと。
「お姉様。先程から、お姉様の振る舞いは見るに堪えません。もう少し令嬢らしく振る舞ってくださいませんか?」
「なっ……!? あんた……!」
私の言動が予想外だったのか、お姉様は目を白黒させる。
今まで反撃なんてしたことがないから。
一拍置いて、お父様とお母様が駆けてきた。
「ちょっと、何の騒ぎなの!? どうせまたディアナが迷惑をかけたのでしょう!?」
「……やはりというべきか。アリフォメン侯爵閣下……少し予定を変えましょう。いまこの瞬間、『計画』を起こしても構いませんかな?」
お父様に対してエルヴィスはうなずく。
計画……お父様がお母様とお姉様を離縁するという計画だろう。
本当は夜会の後、大公閣下の目前で離縁を公表することになっていたけど。
事態がここまで大事になってしまっては、計画を早めるほかないだろう。
「行こう、ディアナ」
エルヴィスに連れられて私はその場を後にする。
お姉様は困惑して叫んだ。
「ちょっと、どこに行くのよ……!」
「スリタール子爵家の者にも同席してもらいたい。アリフォメン侯爵家当主として、大公閣下の御前で話さねばならないことがある」
セレスト様の言葉に、私とお姉様ふたりが硬直する。
それぞれ別の意味で。
私のおかげでエルヴィスが変わった……って。
それはたしかに私も一因かもしれないけど……彼が変わったのは、彼の勇気によるものだと思う。
社交界でそんな噂が流れていたなんて。
「ディアナに友人……? 嘘よ、この陰気な妹に友人なんているわけがないでしょう!?」
「……お言葉が過ぎますわよ、ドリカ嬢。ディアナ嬢はとても優しくて面白い方なのです。友人を貶されて黙っているほど、わたくしは優しい人間ではありませんの」
「伯爵令嬢の分際で何を……!」
セレスト様とその周囲の令嬢たちに冷ややかな視線を向けられ、お姉様が狼狽える。
まずい……あまり騒ぎを大きくしては。
とりあえず落ち着いてもらおう。
「あの、お姉様……ここは人目もありますし、」
「あんたは黙ってなさい!」
急にお姉様が動いたかと思うと、その手を振り上げた。
……殴られる!
私は咄嗟に目をつむった。
実家にいたころ、何度も味わった苦痛。
反射的に私は痛みに耐えようとしてしまった。
――だが、いつまで経っても痛みは襲ってこない。
恐るおそる目を開けると……目の前に大きな影があった。
「……エルヴィス?」
「よかった、間に合った。けがはないか?」
お姉様の腕を、エルヴィスが受け止めていた。
よほど急いで会場を走ってきたのか、息を切らしている。
私がこくりとうなずくと、彼は安堵したように笑った。
それからエルヴィスは私を後ろに庇う。
お姉様に厳しい口調で詰め寄った。
「……どういう了見だ、ドリカ嬢。俺の妻に手を出すとは」
「い、いえ……誤解ですわ、アリフォメン侯爵。私はただ妹の頭を撫でようと……」
「それにしては……ずいぶんと俺の腕に衝撃が伝わったが」
「わたくしも、ドリカ嬢が撫でようとしていたとは思えませんわ。会話の流れから見て、ドリカ嬢を宥めようとしたディアナ嬢が、殴られかけていたと思います」
エルヴィスの援護に回るように、セレスト様が言葉を紡ぐ。
他の目撃者も同様にうなずいた。
味方がいてくれて、私の恐怖も和らぎ始める。
同時に感じている違和感があった。
エルヴィス……すごく勇敢に振る舞ってくれている。
本当は衆目に晒されることが嫌でたまらないはずなのに、私を庇うために自分自身を奮い立たせているんだ。
それなら私も……勇気を出さないと。
「お姉様。先程から、お姉様の振る舞いは見るに堪えません。もう少し令嬢らしく振る舞ってくださいませんか?」
「なっ……!? あんた……!」
私の言動が予想外だったのか、お姉様は目を白黒させる。
今まで反撃なんてしたことがないから。
一拍置いて、お父様とお母様が駆けてきた。
「ちょっと、何の騒ぎなの!? どうせまたディアナが迷惑をかけたのでしょう!?」
「……やはりというべきか。アリフォメン侯爵閣下……少し予定を変えましょう。いまこの瞬間、『計画』を起こしても構いませんかな?」
お父様に対してエルヴィスはうなずく。
計画……お父様がお母様とお姉様を離縁するという計画だろう。
本当は夜会の後、大公閣下の目前で離縁を公表することになっていたけど。
事態がここまで大事になってしまっては、計画を早めるほかないだろう。
「行こう、ディアナ」
エルヴィスに連れられて私はその場を後にする。
お姉様は困惑して叫んだ。
「ちょっと、どこに行くのよ……!」
「スリタール子爵家の者にも同席してもらいたい。アリフォメン侯爵家当主として、大公閣下の御前で話さねばならないことがある」
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