無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア

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勘違い

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会場に入った瞬間、嫌な視線が私に降り注いだ。
……お姉様が私の方を見ている。
大丈夫、大丈夫……目を合わせないように。

「大丈夫だ、ディアナ。君は俺が守る」

ささやくようにエルヴィスに言われ、緊張が和らぐ。
そうだ……隣には愛する夫がいてくれる。
だから心配する必要はない。

相変わらずエルヴィスは落ち着かなさそうにソワソワしているが、それでも私を離さないように付き添ってくれている。
大きく姿の変わった『陰険侯爵』エルヴィスに、会場の人たちが啞然としていた。

エルヴィスは真っ先に会場の壁際に寄った。
私も合わせて壁際に立つ。
これから他の高位貴族の方々が入場してくるから、邪魔をしないように。

すぐ近くにはリアさんの姿もあった。
彼女と目が合ったので軽く礼をしておく。
すると、リアさんの隣にいた赤髪の少年が近寄ってくる。
……誰だろう?

「……アルバン」

エルヴィスが苦虫を嚙み潰したような表情で少年を見る。
男性にしては長めの赤髪に、柔和ながらも蛇のようにじっとりとした視線。
彼が従弟のアルバン子爵……?
まだ十代半ばくらいだろうか、ずいぶんと年若い。

ほとんど領地に籠もりきりの子爵で、滅多に姿を見せない人だとか。
エルヴィスに代わって領地経営をしてくれている従弟だという。

「お久しぶりです、エルヴィス様。お元気そうで何よりです。そちらがエルヴィス様のご夫人となった、ディアナ様ですか。僕はソーニッジ子爵アルバン・アリフォメン。以後お見知りおきを」

「こ、こんにちは……ディアナ・スリタールと申します!」

「アルバン……紅の夜会にすら出席したがらないお前が、なぜ来ている?」

エルヴィスは低めの声で言った。
この声は私と初めて対面したときのような、緊張している声色だ。

「え……? いやぁ……よく存じ上げないのですが、おもしろいものが見られるのでしょう? リア様から紹介していただいて、見物しにきたんです」

「……そうか。あまり迷惑をかけるなよ」

「ははっ、もちろんです。エルヴィス様やディアナ様がお困りの際には助け船を出しますが、基本的には傍観しておきますね。では」

そう言うとアルバン子爵はいそいそと隅に戻っていった。
……さっきの会話はどういう意味なのだろう?
私の疑問を感じ取ったようにエルヴィスが言葉を紡ぐ。

「アルバンは知らないフリをしていたが……今回の夜会で起きる出来事を知っているようだな」

「それは……私の実家に関することですか?」

「ああ。スリタール子爵が離縁を公表するという事実を。奴は興味本位で動く人間だ。どこからか噂を嗅ぎつけたのか、それともリアが情報を吹き込んだのか……スリタール子爵夫人とドリカ嬢の没落を見物しに来たのだろう」

エルヴィスは周囲に聞こえないよう、声をひそめて言った。
曰く、アルバン子爵は気味が悪いけど危険性はないとのことで……味方、と思ってもいいのだろうか?
とりあえず最低限のあいさつをするだけに留めておこう。

ある程度の貴族が入場し終えると、スリタール子爵……お父様が近づいてくる。
後ろにはお母様とお姉様の姿もある。
私の体が震えそうになるが、エルヴィスが優しく触れてくれた。

「……ディアナ」

「お父様……お久しぶりです。お母様とお姉様も」

「ごきげんよう、スリタール子爵家のみなさま。ディアナの夫になったエルヴィス・アリフォメンです。日ごろからディアナには世話になっています」

エルヴィスは流れるように優雅な礼をした。
すごい、『陰険侯爵』らしさがまったくない……!
きっと前日に何度も練習してきたのだろう。

「ディアナ、久しぶりね。妹のことがずっと心配で、夜も眠れなかったのよ。元気にしてた?」

「は、はい……お姉様も、お元気そうで……」

ドリカお姉様が笑顔で詰め寄ってくる。
表情は笑っていても、目が笑っていない。
後ろのお母様に至っては、笑顔すら浮かべず私に冷ややかな視線を向けている。

「ねえ、ディアナ。私は高位貴族のご令嬢と仲よくなりたいの。あそこでたくさんのご令嬢が談笑していらっしゃるし……交ざりに行かない?」

「え、でも……」

さすがに不躾ではないだろうか。
たしかに夜会は交流を広げるという目的もあるけど、いきなり話しかけるのは。
私たちの家格は子爵家だし、声をかけられるのを待った方がいい。

けれどお姉様は礼儀など考えていない様子で。
私の手を強引に引っ張る。

「お父様、お母様。少しディアナとあいさつ回りに行ってくるわね」

「ああ。ディアナ、気をつけるのだぞ」

お父様は私に対してのみ『気をつけろ』と言った。
お姉様の狙いがわからない。
たぶんお父様もわかっていないのだろう。

エルヴィスが何かを言おうとしていたが、心配しないでください……と視線で伝える。
ここは大勢の目があるし、お姉様も下手な振る舞いはできないだろう。
エルヴィスはうなずき、お父様との会話に入った。

令嬢がたが雑談している場所に近づくと、一人の令嬢から声がかかる。

「あら、ディアナ嬢。ごきげんよう」

「……! セレスト様、こんばんは」

伯爵令嬢のセレスト様。
以前エルヴィスと出かけたとき、博物館で出会い、夜会で交流を広げた友人だ。
顔見知りから声をかけられて安堵する。
他にもあの夜会で知り合ったご令嬢方の顔も見えた。

「……ディアナ、この方は知り合い?」

「わたくしはビュフォン伯爵令嬢セレストですわ。あなたは……姉のドリカ嬢かしら?」

「ええ、こんにちは。伯爵令嬢ってことは……侯爵家の親族になる私の方が位が高いのかしら?」

お姉様の言葉に場が凍り付いた。
この娘は何を言っているんだ……と。
どの令嬢も困惑してお姉様を見ている。

実際に侯爵家としての地位を得るのは、侯爵夫人となる者だけ。
それどころかお姉様はこれから貴族としての地位を失うというのに。
自分が上の立場だと思い込み、彼女は胸を張る。

「セレスト様、ご友人のみなさま。妹のディアナのことはご存知? きっとご存知ないでしょうね、ディアナはほとんど夜会にも出たことがありませんから」

お姉様は笑顔で言い放つ。
しかし、この場にいる令嬢はみんなセレスト様主催の夜会で友人になった方々だ。
お姉様が私を連れてきたのって……私を貶めて、自分を目立たせるため?

「本当はアリフォメン侯爵家には私が嫁ぐ予定だったんですけど……少し事情があってディアナに譲ってあげたんです。でも、今にして思うと……アリフォメン侯爵様に嫁ぐのは、私がお似合いだと思いません? ディアナと違って私は社交に慣れていますし、振る舞いや外見だって優雅ですもの。みなさまもそう思いますよね?」

お姉様は同調を求める。
しかし場は静まりかえっていた。
私もあまりの恥ずかしさに顔を上げることができない。
沈黙に耐えかねたのか、セレスト様が口を開く。

「……ドリカ嬢。何を勘違いされているのか知りませんが、この場にいる令嬢はみなディアナ嬢の友人ですわ。それに、アリフォメン侯爵の妻にはディアナ嬢しか考えられません。あの方が変わられたのは、ディアナ嬢のおかげ……その事実はとうに社交界に広まっていましてよ?」
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