23 / 31
念願の夜会(ドリカside)
しおりを挟む
「お父様! ちょっと!」
騒がしくドリカが階段を駆け下りてくる。
スリタール子爵は煩わしそうに顔をしかめた。
「なんだ、ドリカ」
「近いうちに『紅の夜会』があるって本当!? 大公閣下や高位の貴族たちが集まる夜会!」
今までドリカが高位貴族の夜会に招かれたことはない。
子爵という低めの地位であるし、何より夫人とドリカが横柄に振る舞っているため、お呼ばれされることはなかったのだ。
「ああ……アリフォメン侯爵からお招きいただいてな」
「ディアナもたまには役に立つじゃない! お父様、もちろん私も連れて行ってくれるのよね!?」
「……無論だ。お前たちは連れて行かねばならんからな」
ドリカと夫人はその夜会で貴族としての地位を失うことになる。
そうとも知らず、浮かれた様子の妻と娘に子爵は嘆息した。
アリフォメン侯爵に夫人の浮気の証拠と、ドリカと血がつながっていない証拠を押さえてもらっている。
唯一の懸念点があるとすれば、証拠で血のつながりがないことを十分に立証できない点だが……聡明なアリフォメン侯爵家に間違いはないだろう。
この夜会が終わればスリタール子爵は晴れて独立。
ディアナの結婚式も正式に挙げることができる。
しかし、スリタール子爵は娘の結婚式に姿を見せないつもりだった。
これまで娘に苦労を強いてきたのだから、合わせる顔などないと。
「ねえ、お父様! 今回ばかりはドレスを買ってくれるわね?」
「いいだろう。……これが最後になるのだから」
スリタール子爵はぽつりとつぶやく。
しかし、その声は誰の耳にも届いていなかった。
***
夜会当日。
今回の夜会は年に一回きり、国内でも最大級のイベントである。
通称『紅の夜会』という。
集うのは主に伯爵家以上の者。
今こうして子爵家のドリカが来られているのは、奇跡に近い出来事だった。
隣には緊張した面持ちの子爵と夫人が立っているが、ドリカには緊張という感情はない。
いい男がいないかどうか……周囲を見渡す。
「……人がまだ少ないわね」
会場には身分の低い者から入る。
子爵家以下の貴族などほとんどおらず、数名しか見えない。
こちらのことをじっと見つめている赤髪の令息がなんだか不気味だ。
いい男はいないな……と内心で悪態を吐きつつ、ドリカは母に語りかける。
「それにしてもお母様、ディアナもたまには役に立つわよね。こうして侯爵家の親族として、念願の夜会に出られたんだから」
「おほほっ! そうねぇ、紅の夜会に出ることが人生の目標のひとつだったもの。アリフォメン侯爵の温情に感謝ね!」
「『陰険侯爵』……ふふっ。ディアナの顔を見るのが楽しみだわ」
ドリカは不気味に笑った。
『陰険侯爵』と隣り合って来るというディアナ。
久々に妹に会ったら皮肉を言ってやるつもりだ。
まだアリフォメン侯爵からドレスを買うための金ももらっていないし、それとなく催促しなければならない。
内気な夫婦だろうし、自分を目立たせるための踏み台に利用してやってもいい。
どうせディアナにも『陰険侯爵』にも、この夜会に味方などいないのだから。
ドリカの狙いはこの『紅の夜会』で目立つことだった。
***
「アリフォメン侯爵様、及び奥様のご入場です」
伯爵家の貴族が会場に揃ったころ、ようやくそのときがきた。
ドリカはハッと顔を上げる。
会場の入り口から現れたのは、流行のドレスに身を包んだディアナと――
「……え?」
ディアナに寄り添う美しい男性。
燃えるような赤い髪に、切れ長の碧眼。
この場の誰よりも高貴で美しいオーラを放つ美丈夫は、ディアナと仲睦まじそうに腕を組んでいた。
周囲の貴族も驚いたように目を丸くしている。
あの年に一回しか姿を見せない『陰険侯爵』が……大きな変貌を遂げている、と。
ドリカが驚き戸惑う一方、スリタール子爵は淡々と言い放った。
「彼がアリフォメン侯爵閣下だ。妹君の姿も見えるな。挨拶は後でしに行くから、お前たちは不用意に近づいてはならんぞ」
娘と妻に向けて厳しく言い聞かせるスリタール子爵。
しかし、彼の言葉など耳に入っていなかった。
ドリカの心はアリフォメン侯爵に惹かれ、釘づけになっていたのだ。
(ディアナには……もったいない殿方だわ)
すでにエルヴィスの心はディアナしか見ていない。
そんなことも露知らず、ドリカは策をめぐらせた。
騒がしくドリカが階段を駆け下りてくる。
スリタール子爵は煩わしそうに顔をしかめた。
「なんだ、ドリカ」
「近いうちに『紅の夜会』があるって本当!? 大公閣下や高位の貴族たちが集まる夜会!」
今までドリカが高位貴族の夜会に招かれたことはない。
子爵という低めの地位であるし、何より夫人とドリカが横柄に振る舞っているため、お呼ばれされることはなかったのだ。
「ああ……アリフォメン侯爵からお招きいただいてな」
「ディアナもたまには役に立つじゃない! お父様、もちろん私も連れて行ってくれるのよね!?」
「……無論だ。お前たちは連れて行かねばならんからな」
ドリカと夫人はその夜会で貴族としての地位を失うことになる。
そうとも知らず、浮かれた様子の妻と娘に子爵は嘆息した。
アリフォメン侯爵に夫人の浮気の証拠と、ドリカと血がつながっていない証拠を押さえてもらっている。
唯一の懸念点があるとすれば、証拠で血のつながりがないことを十分に立証できない点だが……聡明なアリフォメン侯爵家に間違いはないだろう。
この夜会が終わればスリタール子爵は晴れて独立。
ディアナの結婚式も正式に挙げることができる。
しかし、スリタール子爵は娘の結婚式に姿を見せないつもりだった。
これまで娘に苦労を強いてきたのだから、合わせる顔などないと。
「ねえ、お父様! 今回ばかりはドレスを買ってくれるわね?」
「いいだろう。……これが最後になるのだから」
スリタール子爵はぽつりとつぶやく。
しかし、その声は誰の耳にも届いていなかった。
***
夜会当日。
今回の夜会は年に一回きり、国内でも最大級のイベントである。
通称『紅の夜会』という。
集うのは主に伯爵家以上の者。
今こうして子爵家のドリカが来られているのは、奇跡に近い出来事だった。
隣には緊張した面持ちの子爵と夫人が立っているが、ドリカには緊張という感情はない。
いい男がいないかどうか……周囲を見渡す。
「……人がまだ少ないわね」
会場には身分の低い者から入る。
子爵家以下の貴族などほとんどおらず、数名しか見えない。
こちらのことをじっと見つめている赤髪の令息がなんだか不気味だ。
いい男はいないな……と内心で悪態を吐きつつ、ドリカは母に語りかける。
「それにしてもお母様、ディアナもたまには役に立つわよね。こうして侯爵家の親族として、念願の夜会に出られたんだから」
「おほほっ! そうねぇ、紅の夜会に出ることが人生の目標のひとつだったもの。アリフォメン侯爵の温情に感謝ね!」
「『陰険侯爵』……ふふっ。ディアナの顔を見るのが楽しみだわ」
ドリカは不気味に笑った。
『陰険侯爵』と隣り合って来るというディアナ。
久々に妹に会ったら皮肉を言ってやるつもりだ。
まだアリフォメン侯爵からドレスを買うための金ももらっていないし、それとなく催促しなければならない。
内気な夫婦だろうし、自分を目立たせるための踏み台に利用してやってもいい。
どうせディアナにも『陰険侯爵』にも、この夜会に味方などいないのだから。
ドリカの狙いはこの『紅の夜会』で目立つことだった。
***
「アリフォメン侯爵様、及び奥様のご入場です」
伯爵家の貴族が会場に揃ったころ、ようやくそのときがきた。
ドリカはハッと顔を上げる。
会場の入り口から現れたのは、流行のドレスに身を包んだディアナと――
「……え?」
ディアナに寄り添う美しい男性。
燃えるような赤い髪に、切れ長の碧眼。
この場の誰よりも高貴で美しいオーラを放つ美丈夫は、ディアナと仲睦まじそうに腕を組んでいた。
周囲の貴族も驚いたように目を丸くしている。
あの年に一回しか姿を見せない『陰険侯爵』が……大きな変貌を遂げている、と。
ドリカが驚き戸惑う一方、スリタール子爵は淡々と言い放った。
「彼がアリフォメン侯爵閣下だ。妹君の姿も見えるな。挨拶は後でしに行くから、お前たちは不用意に近づいてはならんぞ」
娘と妻に向けて厳しく言い聞かせるスリタール子爵。
しかし、彼の言葉など耳に入っていなかった。
ドリカの心はアリフォメン侯爵に惹かれ、釘づけになっていたのだ。
(ディアナには……もったいない殿方だわ)
すでにエルヴィスの心はディアナしか見ていない。
そんなことも露知らず、ドリカは策をめぐらせた。
33
お気に入りに追加
1,312
あなたにおすすめの小説
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
幼馴染に奪われそうな王子と公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
「王子様、本当に愛しているのは誰ですか???」
「私が愛しているのは君だけだ……」
「そんなウソ……これ以上は通用しませんよ???」
背後には幼馴染……どうして???
“代わりに結婚しておいて”…と姉が手紙を残して家出しました。初夜もですか?!
みみぢあん
恋愛
ビオレータの姉は、子供の頃からソールズ伯爵クロードと婚約していた。
結婚直前に姉は、妹のビオレータに“結婚しておいて”と手紙を残して逃げ出した。
妹のビオレータは、家族と姉の婚約者クロードのために、姉が帰ってくるまでの身代わりとなることにした。
…初夜になっても姉は戻らず… ビオレータは姉の夫となったクロードを寝室で待つうちに……?!
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。
エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。
地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。
しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。
突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
継母や義妹に家事を押し付けられていた灰被り令嬢は、嫁ぎ先では感謝されました
今川幸乃
恋愛
貧乏貴族ローウェル男爵家の娘キャロルは父親の継母エイダと、彼女が連れてきた連れ子のジェーン、使用人のハンナに嫌がらせされ、仕事を押し付けられる日々を送っていた。
そんなある日、キャロルはローウェル家よりもさらに貧乏と噂のアーノルド家に嫁に出されてしまう。
しかし婚約相手のブラッドは家は貧しいものの、優しい性格で才気に溢れていた。
また、アーノルド家の人々は家事万能で文句ひとつ言わずに家事を手伝うキャロルに感謝するのだった。
一方、キャロルがいなくなった後のローウェル家は家事が終わらずに滅茶苦茶になっていくのであった。
※4/20 完結していたのに完結をつけ忘れてましたので完結にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる