22 / 31
幸せに導いて
しおりを挟む
夜会の前日。
私はこの上なく緊張していた。
久々にお姉様とお母様と会うことが怖くて、そして明日どうなるのか不安で不安で。
深夜、眠ることもできずに屋敷の中をふらつく。
気づけば屋敷のいちばん東、書斎にたどりついていた。
本がたくさんあると落ち着く。
私の孤独を紛らわしてくれるのは、いつも本という友達だったから。
「あら……?」
人影が見えた。
あれは……エルヴィス?
こんな深夜に何をしているのだろう。
盗み見れば、本を熱心に読んでいる。
読んでいるのは――領地経営の指南書。
表紙がすごくボロボロになっていて、今にも頁が抜け落ちてしまいそうだ、
「……エルヴィス」
「!?」
声をかけると彼はビクリと肩を震わせ、慌てて本を後ろにしまった。
「あ、あぁ……ディアナか。こんな深夜にどうしたんだ?」
「明日の夜会に緊張して、眠れなかったんです。エルヴィスも?」
「そうだな。俺も緊張していて寝つけなかった。その……うまくやれるか、かなり不安だ。もちろんディアナを落胆させるような結果にはしない。大丈夫……大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、エルヴィスは何度も『大丈夫』と唱えた。
その様子を見ていると、あまり大丈夫ではなさそう。
「領地経営の本を読んでいたんですね」
「……なんだ、見られていたのか」
エルヴィスは苦笑いしながらボロボロの本を見せた。
「子どものころに読んでいた指南書だ。こういうときには、こう対処する……なんて綴られているが。あまり参考になるものではないな。理論と実践は違うんだ」
彼の言葉には実感が籠っている。
ひたむきに歩んでいた過去は、大きな失敗によって否定されてしまった。
私は漠然としか知らないけど、その傷心は察するに余りある。
「また……領主様としての活動を?」
「…………いや。俺のような無能が政に携われば、待っているのは民の滑落だ。懐かしさを感じて読んでいただけだよ」
「エルヴィスは……無能なんかじゃありませんよ」
エルヴィスは無能じゃない。
日常の節々で豊富な知識を見せてくれた。
私や使用人の方々を思いやる優しさがあった。
広大な庭園で花々を枯らさないように気を配る管理能力があった。
「俺は民を救えなかった。俺が領地を治めるよりも、他の人が治めたほうがいい。それでも無能じゃないと……言えるのか?」
「私、エルヴィスに出会えて本当によかったと思います。たとえエルヴィスが自分を無能だと思っても……私はあなたに救ってもらったから。私にとっては、誰よりも頼れる夫です。きっとエルヴィスなら立派な領主様になれるって、そう思うんです」
「…………俺が、ディアナを救った?」
民を救えなかったとしても。
私のことを救ってくれた。
それに例の疫病は話を聞く限り、エルヴィス以外の人が領主でも打つ手がなかったはずだ。
単なる不幸……といっては亡くなった方々に失礼だけど。
エルヴィスのせいでは決してないのだ。
「そして、明日にはお父様のことも救ってくれます。それから私をもっと幸せにしてくれて、もっともっと救ってくれます。使用人のみなさんもエルヴィスに感謝しています。それに、庭園で生きる花々だってエルヴィスに感謝しているに違いありません。きっと気づいていないだけで、あなたは本当にたくさんの人の支えになっているんですよ」
「……誰かの支えになれたことなんて、役に立てたことなんて……ないと思っていた。ただ引き籠っているだけで、邪魔になっているだけで」
「それでいいんですよ。エルヴィスはエルヴィスらしく、自分の思うがままに振る舞っていればいいと思います。領主様の仕事がしたければしてみればいい、ガーデニングや読書に耽りたいのならばそうしていればいいのです。私はそれだけで、幸せにしてもらっていますから。これまでみたいにデートして、一緒に花を愛でて、好きに生きましょう」
「……好きに、生きるか」
エルヴィスは困ったように瞳を伏した。
ええと……私の想いを正直に伝えすぎて、困らせてしまったかな?
「ご、ごめんなさい。その……いま言ったことは本当ですけど。あまり気にせず、心の片隅にでも留めておいてください」
「いや……心の真ん中に留めておくよ。ありがとう、ディアナ」
今までに見たことのないような、晴れやかな笑みでエルヴィスは笑う。
そんな彼の笑顔を見ていると、不安も和らいできた。
「そろそろ寝ますね。おやすみ、エルヴィス」
「ああ、おやすみ」
私はこの上なく緊張していた。
久々にお姉様とお母様と会うことが怖くて、そして明日どうなるのか不安で不安で。
深夜、眠ることもできずに屋敷の中をふらつく。
気づけば屋敷のいちばん東、書斎にたどりついていた。
本がたくさんあると落ち着く。
私の孤独を紛らわしてくれるのは、いつも本という友達だったから。
「あら……?」
人影が見えた。
あれは……エルヴィス?
こんな深夜に何をしているのだろう。
盗み見れば、本を熱心に読んでいる。
読んでいるのは――領地経営の指南書。
表紙がすごくボロボロになっていて、今にも頁が抜け落ちてしまいそうだ、
「……エルヴィス」
「!?」
声をかけると彼はビクリと肩を震わせ、慌てて本を後ろにしまった。
「あ、あぁ……ディアナか。こんな深夜にどうしたんだ?」
「明日の夜会に緊張して、眠れなかったんです。エルヴィスも?」
「そうだな。俺も緊張していて寝つけなかった。その……うまくやれるか、かなり不安だ。もちろんディアナを落胆させるような結果にはしない。大丈夫……大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、エルヴィスは何度も『大丈夫』と唱えた。
その様子を見ていると、あまり大丈夫ではなさそう。
「領地経営の本を読んでいたんですね」
「……なんだ、見られていたのか」
エルヴィスは苦笑いしながらボロボロの本を見せた。
「子どものころに読んでいた指南書だ。こういうときには、こう対処する……なんて綴られているが。あまり参考になるものではないな。理論と実践は違うんだ」
彼の言葉には実感が籠っている。
ひたむきに歩んでいた過去は、大きな失敗によって否定されてしまった。
私は漠然としか知らないけど、その傷心は察するに余りある。
「また……領主様としての活動を?」
「…………いや。俺のような無能が政に携われば、待っているのは民の滑落だ。懐かしさを感じて読んでいただけだよ」
「エルヴィスは……無能なんかじゃありませんよ」
エルヴィスは無能じゃない。
日常の節々で豊富な知識を見せてくれた。
私や使用人の方々を思いやる優しさがあった。
広大な庭園で花々を枯らさないように気を配る管理能力があった。
「俺は民を救えなかった。俺が領地を治めるよりも、他の人が治めたほうがいい。それでも無能じゃないと……言えるのか?」
「私、エルヴィスに出会えて本当によかったと思います。たとえエルヴィスが自分を無能だと思っても……私はあなたに救ってもらったから。私にとっては、誰よりも頼れる夫です。きっとエルヴィスなら立派な領主様になれるって、そう思うんです」
「…………俺が、ディアナを救った?」
民を救えなかったとしても。
私のことを救ってくれた。
それに例の疫病は話を聞く限り、エルヴィス以外の人が領主でも打つ手がなかったはずだ。
単なる不幸……といっては亡くなった方々に失礼だけど。
エルヴィスのせいでは決してないのだ。
「そして、明日にはお父様のことも救ってくれます。それから私をもっと幸せにしてくれて、もっともっと救ってくれます。使用人のみなさんもエルヴィスに感謝しています。それに、庭園で生きる花々だってエルヴィスに感謝しているに違いありません。きっと気づいていないだけで、あなたは本当にたくさんの人の支えになっているんですよ」
「……誰かの支えになれたことなんて、役に立てたことなんて……ないと思っていた。ただ引き籠っているだけで、邪魔になっているだけで」
「それでいいんですよ。エルヴィスはエルヴィスらしく、自分の思うがままに振る舞っていればいいと思います。領主様の仕事がしたければしてみればいい、ガーデニングや読書に耽りたいのならばそうしていればいいのです。私はそれだけで、幸せにしてもらっていますから。これまでみたいにデートして、一緒に花を愛でて、好きに生きましょう」
「……好きに、生きるか」
エルヴィスは困ったように瞳を伏した。
ええと……私の想いを正直に伝えすぎて、困らせてしまったかな?
「ご、ごめんなさい。その……いま言ったことは本当ですけど。あまり気にせず、心の片隅にでも留めておいてください」
「いや……心の真ん中に留めておくよ。ありがとう、ディアナ」
今までに見たことのないような、晴れやかな笑みでエルヴィスは笑う。
そんな彼の笑顔を見ていると、不安も和らいできた。
「そろそろ寝ますね。おやすみ、エルヴィス」
「ああ、おやすみ」
33
お気に入りに追加
1,312
あなたにおすすめの小説
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
竜帝は番に愛を乞う
浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる