21 / 31
囚われの過去(エルヴィス視点)
しおりを挟む
アリフォメン侯爵家嫡男。
次代の領主として俺は期待を一身に受けていた。
期待に応えなくてはならない、誰よりも優れた領主にならなければならない。
努力した。
誰よりも勉強して、作法を学び、父上の仕事にも携わって。
希望に満ちていた……なんて言いすぎかもしれないが、きっと民を幸せにできるのだと思い込んでいた。
両親が事故で死んだ日も、俺は人前で涙を流さなかった。
ひっそりと独りで泣いた。
立派な大人は涙を見せてはいけないから。
幼くして領主を継いで侯爵となり……俺は決意する。
両親に報いるためにも、必ず名君になると。
***
「……疫病?」
きっかけはひとつの報せだった。
侯爵領の辺境の村で、病が流行し始めているらしい。
俺は慌てて過去の事例に目を通した。
ええっと……こういうときはどう対処するべきなんだ?
最後に疫病が流行したのは、今から二百年以上も前か……当時は病が流行った場所を封鎖したらしい。
「いかがなさいますか、エルヴィス様」
「……村を封鎖する」
「それは……」
「もちろん村人たちからの反感は承知している。しかし、これ以上の拡大は防がなくてはならない。ただちに学者を集めて病を研究させよう。対処法を一刻でも早く見つけるぞ」
側近は渋々といった表情で出て行った。
何事も先例に倣うのが一番だ……少なくとも講義ではそう習った。
たった今、この瞬間までは。
俺が最も賢明だと勘違いしていたんだ。
***
「…………俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ……」
俺が殺した。
呑気に封鎖している間に、病は拡大してしまった。
村人のほとんどが死に絶えて……俺が殺したんだ。
俺が無能だったから民は死んだ。
正解なんて今もわからない。
けれど……俺が能無しだという厳然たる事実は明らかになった。
もうずっと自室に籠り切りだ。
早く……執務室に戻らないと。
領主としての責任から逃げてはいけない。
知っている、封鎖した村の生き残りから非難を浴びていることを。
彼らは陳情の署名を送り、俺に責任を負うように求めている。
当たり前だ……俺が殺したんだから。
「……お兄様。いま、いい?」
扉を叩いてリアが入ってきた。
彼女は不安を瞳に湛えてこちらを見ている。
妹を心配させるとは……情けない兄だな。
「……ああ、リア。少し具合が悪いんだ……放っておいてくれるか」
「うん、その……あんまり無理しないでね。大丈夫だよ! 兄上ががんばってたこと、みんなわかってるから!」
「そうだな……だが、事実は事実として重く受け止めないと。ありがとう」
過程には意味がない。
統治者に求められるのは結果だけだ。
「あ、そうだ! 兄上にいいお知らせがあるの!」
「ん、どうした?」
「あのね……私も兄上のお力になれないかなって思って。流行り病の正体を探ってみたんだよ。そしたらね、疫病の正体が特定できたんだ!」
「――リアが?」
それからリアはたくさんの本を持ってきて、俺に疫病の解説を始めた。
正直、混乱していて何を言っているのかわからなかった。
いや、たぶん正常な状態でも……俺はリアの話についていけなかっただろう。
まだ年端もいかない少女が……信じられるか?
対して俺はなんなんだ?
ただ村人をいたずらに殺し、引き籠っているだけで。
こんなの……俺が領主である必要がないじゃないか。
***
疫病はリアの手によって撲滅された。
しかし、俺に対する民の反感は収まらず……いまだに情けなく引き籠っている。
最初は積極的に声をかけてくれた臣下たちも、もう俺に何も言わない。
諦められているんだ。
そんな折、耳に届いたのが反乱の鎮圧だった。
封鎖された村の生き残りが反乱を起こしていたが……従弟のアルバンが犠牲をひとりも出さずに収束させたらしい。
リアとそこまで変わらない歳なのに、俺の親族は有能ばかりだ。
「俺は……必要ない」
そのとき、やっと気づいた。
別に領主が俺である必要はない。
ただ前代侯爵の血を継いでいるだけだった。
長男に生まれただけだった。
能力なんてないし、器も領主のそれじゃない。
民が幸せになるための最善手は、俺が政治に干渉しないこと。
何も望まず、望まれず。
ただ転がっていればいい。
それが俺の役目だ。
次代の領主として俺は期待を一身に受けていた。
期待に応えなくてはならない、誰よりも優れた領主にならなければならない。
努力した。
誰よりも勉強して、作法を学び、父上の仕事にも携わって。
希望に満ちていた……なんて言いすぎかもしれないが、きっと民を幸せにできるのだと思い込んでいた。
両親が事故で死んだ日も、俺は人前で涙を流さなかった。
ひっそりと独りで泣いた。
立派な大人は涙を見せてはいけないから。
幼くして領主を継いで侯爵となり……俺は決意する。
両親に報いるためにも、必ず名君になると。
***
「……疫病?」
きっかけはひとつの報せだった。
侯爵領の辺境の村で、病が流行し始めているらしい。
俺は慌てて過去の事例に目を通した。
ええっと……こういうときはどう対処するべきなんだ?
最後に疫病が流行したのは、今から二百年以上も前か……当時は病が流行った場所を封鎖したらしい。
「いかがなさいますか、エルヴィス様」
「……村を封鎖する」
「それは……」
「もちろん村人たちからの反感は承知している。しかし、これ以上の拡大は防がなくてはならない。ただちに学者を集めて病を研究させよう。対処法を一刻でも早く見つけるぞ」
側近は渋々といった表情で出て行った。
何事も先例に倣うのが一番だ……少なくとも講義ではそう習った。
たった今、この瞬間までは。
俺が最も賢明だと勘違いしていたんだ。
***
「…………俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ……」
俺が殺した。
呑気に封鎖している間に、病は拡大してしまった。
村人のほとんどが死に絶えて……俺が殺したんだ。
俺が無能だったから民は死んだ。
正解なんて今もわからない。
けれど……俺が能無しだという厳然たる事実は明らかになった。
もうずっと自室に籠り切りだ。
早く……執務室に戻らないと。
領主としての責任から逃げてはいけない。
知っている、封鎖した村の生き残りから非難を浴びていることを。
彼らは陳情の署名を送り、俺に責任を負うように求めている。
当たり前だ……俺が殺したんだから。
「……お兄様。いま、いい?」
扉を叩いてリアが入ってきた。
彼女は不安を瞳に湛えてこちらを見ている。
妹を心配させるとは……情けない兄だな。
「……ああ、リア。少し具合が悪いんだ……放っておいてくれるか」
「うん、その……あんまり無理しないでね。大丈夫だよ! 兄上ががんばってたこと、みんなわかってるから!」
「そうだな……だが、事実は事実として重く受け止めないと。ありがとう」
過程には意味がない。
統治者に求められるのは結果だけだ。
「あ、そうだ! 兄上にいいお知らせがあるの!」
「ん、どうした?」
「あのね……私も兄上のお力になれないかなって思って。流行り病の正体を探ってみたんだよ。そしたらね、疫病の正体が特定できたんだ!」
「――リアが?」
それからリアはたくさんの本を持ってきて、俺に疫病の解説を始めた。
正直、混乱していて何を言っているのかわからなかった。
いや、たぶん正常な状態でも……俺はリアの話についていけなかっただろう。
まだ年端もいかない少女が……信じられるか?
対して俺はなんなんだ?
ただ村人をいたずらに殺し、引き籠っているだけで。
こんなの……俺が領主である必要がないじゃないか。
***
疫病はリアの手によって撲滅された。
しかし、俺に対する民の反感は収まらず……いまだに情けなく引き籠っている。
最初は積極的に声をかけてくれた臣下たちも、もう俺に何も言わない。
諦められているんだ。
そんな折、耳に届いたのが反乱の鎮圧だった。
封鎖された村の生き残りが反乱を起こしていたが……従弟のアルバンが犠牲をひとりも出さずに収束させたらしい。
リアとそこまで変わらない歳なのに、俺の親族は有能ばかりだ。
「俺は……必要ない」
そのとき、やっと気づいた。
別に領主が俺である必要はない。
ただ前代侯爵の血を継いでいるだけだった。
長男に生まれただけだった。
能力なんてないし、器も領主のそれじゃない。
民が幸せになるための最善手は、俺が政治に干渉しないこと。
何も望まず、望まれず。
ただ転がっていればいい。
それが俺の役目だ。
32
お気に入りに追加
1,310
あなたにおすすめの小説
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜
ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。
エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。
地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。
しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。
突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる