無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア

文字の大きさ
上 下
17 / 31

食事会への招待

しおりを挟む
夕刻、エルヴィスと一緒に博物館を訪れる。
普通のご令嬢なら博物館は興味をそそられないだろう。
しかし、そこは変わり者の夫婦。
私もエルヴィスもすごく興味津々に展示品を眺めていた。

「あの美術品……すごく綺麗です」

「ああ、翼の銀盾か。隣国である帝国との友好の証に、百年前にわが国へ贈られたものだな。わが国からは引き換えに国章の蝶をあしらった剣を送ったそうだ。展示されているのは模造品で、本物は大公閣下がお持ちだとか」

「へぇ……今後も近隣諸国との友好が続けばいいですね」

先程からこんな感じで、エルヴィスはあらゆる事物に対して造詣が深い。
彼の博識に感激するとともに、この才能を腐らせておくのはもったいないとも思う。

そんなこんなで博物館を見学していると。

「あら? そちらにいらっしゃるのは……ディアナ嬢ではありませんか?」

不意に声がかかって振り返る。
そこには華美なドレスに身を包んだご令嬢がいた。
燈色の髪をくるくると巻き、猫のような赤い瞳でこちらを見ている。
周囲には屈強な従者も侍らせていて、すごく令嬢らしいオーラが漂っている。

「あ、セレスト様……!? お久しぶりです」

ビュフォン伯爵令嬢セレスト様。
あまり親しい令嬢ではない……というよりも私に友人の令嬢なんていないが、顔くらいは合わせたことがある。
私はセレスト様を存じ上げているけれど、セレスト様が私のことを認知しているなんて思わなかった。
だって身分が上の方だし……夜会にはほとんど出たことがないし。

「ごきげんよう。あなたも博物館の鑑賞が御趣味ですの? 姉のドリカ嬢とはすごく嗜好が違っていらっしゃるのね……」

「あはは……いつも姉がご迷惑をおかけしています」

苦笑いするしかない。
姉が好き勝手に社交界で振る舞うせいで、私に対しての印象も悪くなっている。

「ところで、そちらの方は?」

……あ。
どう説明しよう。
エルヴィスはちゃんと自己紹介できるのかな。

そんな私の心配は杞憂に終わる。
セレスト様の視線を受けたエルヴィスは、きっちりと礼をする。

「お初にお目にかかります。私はエルヴィス・アリフォメン。以後お見知りおきを」

「……えっ!? エルヴィスがちゃんと自己紹介できた!?」

「お、俺だってディアナの前でいつまでも怯えているわけにもいかないし、勇気を出してそれらしく振る舞ってみたんだ……」

「すごい、すごいです! すごく貴公子に見えました!」

照れて縮こまるエルヴィスを褒めそやす私。
そんな私たちを、セレスト様は目を見開いて凝視していた。

「ア、アリフォメン侯爵閣下……!? いえ、わたくしが伝え聞くアリフォメン侯爵閣下は、とにかく陰気で無口で、髪をだらりと伸ばした不潔男。領地経営や社交はすべて妹君に丸投げし、挙句の果てには従弟の子爵の言いなりになっている『陰険侯爵』なのですが……!?」

「……こうして聞くと、俺ってかなりの恥だよな。もう出家してリアに跡を継がせようかな。とりあえず俺が消えればいいんだよな」

「エルヴィス、卑屈モードにならないでください……せっかくかっこよく自己紹介できたのに」

噂されていたほど陰気ではないし、無口でもないし、決して悪人ではない。
貴族の噂には悪い尾ひれがつくものなのだ。
今のエルヴィスを見て……少なくとも外見では『陰険』などと言う人はいないだろう。

「実は私たち、婚姻することになったんです。まだ正式な発表はしていませんが……」

「まあ……! それってかなりの大ニュースでは? なかなか社交界に出ないお二人が結婚だなんて……きっと色々な噂が飛び交いますわね」

「そうだな。俺たちの結婚式にはひとつ問題がある。夫妻ともに招く友人がほとんどいないということだ。夜会に出ず、交友関係を広げていないからな」

またもやエルヴィスが自虐的に笑った。
そう……彼の言葉は本当だ。
私もエルヴィスも交友関係が狭すぎて、結婚式が寂しくなりそう……!

「ふふ、アリフォメン侯爵閣下は意外とおもしろい方ですわね。スリタール嬢もどんな方か知りたいわ。なんだか興味が湧いてきました。ねえ、式に招く友人がいないのなら、これから作ればよろしいのではなくて?」

「ゆ、友人を作るだと……!? すまないが俺には無理だ。ディアナに任せた」

「ええっ!? エルヴィスにとって難しいことは、私にとっても難しいんです! 二人で乗り越えましょうよ……」

セレスト様がさらに高笑いする。
私たちの会話って、傍から聞いたら相当おかしいんだろうなぁ……。

「お二人とも、この後の予定は空いていらして?」

「はい、空いていますよ」

「わたくし主催の食事会がありますの。参加されてみない?」

食事会……というと夜会よりは小規模で、身内の集まりみたいなものか。
多くの貴族が集まる場は緊張するけど、それくらいなら……。

「でも、よろしいのですか? 飛び入り参加は失礼では……」

「主催者のわたくしが招くのですから、問題ありませんわ。わたくしの気の置けない友人たちを集めますから、そこまで緊張されなくても結構。家令にはお二人が来るかも……と伝えておきますから、気が向いたら来てくださいまし」

優雅に礼をしてセレスト様は去っていく。
ど、どうしよう……社交の場に招かれてしまった!
こんな事態は私にとって初めてだ。

そして、隣に立つエルヴィスは……

「……俺が社交? 食事会? いや、違う……何かの間違いだ。きっとディアナだけが招かれたんだろう、そうだろう……他の貴族に囲まれるなんて冗談じゃない。絶対に舌を噛む、惨めに転ぶ。俺は逃げるぞ、堂々と逃げるぞ……」

「な、情けなさすぎる……エルヴィス、気をたしかに!」

エルヴィスの肩を揺らし、彼を正気に引き戻す。
私がものすごく説得に説得を重ねて、慎重に議論した結果……セレスト様の夜会に向かうことになったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

デブサイクと言われる内気な旦那様ですが、中身は素敵な方なので見た目も改造しちゃいましょう!

下菊みこと
恋愛
優しい旦那様を幸せにしたい妻のお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

貧乏神と呼ばれて虐げられていた私でしたが、お屋敷を追い出されたあとは幼馴染のお兄様に溺愛されています

柚木ゆず
恋愛
「シャーリィっ、なにもかもお前のせいだ! この貧乏神め!!」  私には生まれつき周りの金運を下げてしまう体質があるとされ、とても裕福だったフェルティール子爵家の総資産を3分の1にしてしまった元凶と言われ続けました。  その体質にお父様達が気付いた8歳の時から――10年前から私の日常は一変し、物置部屋が自室となって社交界にも出してもらえず……。ついには今日、一切の悪影響がなく家族の縁を切れるタイミングになるや、私はお屋敷から追い出されてしまいました。  ですが、そんな私に―― 「大丈夫、何も心配はいらない。俺と一緒に暮らそう」  ワズリエア子爵家の、ノラン様。大好きな幼馴染のお兄様が、手を差し伸べてくださったのでした。

【完結】悪女を押し付けられていた第一王女は、愛する公爵に処刑されて幸せを得る

甘海そら
恋愛
第一王女、メアリ・ブラントは悪女だった。 家族から、あらゆる悪事の責任を押し付けられればそうなった。 国王の政務の怠慢。 母と妹の浪費。 兄の女癖の悪さによる乱行。 王家の汚点の全てを押し付けられてきた。 そんな彼女はついに望むのだった。 「どうか死なせて」 応える者は確かにあった。 「メアリ・ブラント。貴様の罪、もはや死をもって以外あがなうことは出来んぞ」 幼年からの想い人であるキシオン・シュラネス。 公爵にして法務卿である彼に死を請われればメアリは笑みを浮かべる。 そして、3日後。 彼女は処刑された。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

貧乏伯爵家の妾腹の子として生まれましたが、何故か王子殿下の妻に選ばれました。

木山楽斗
恋愛
アルフェンド伯爵家の妾の子として生まれたエノフィアは、軟禁に近い状態で生活を送っていた。 伯爵家の人々は決して彼女を伯爵家の一員として認めず、彼女を閉じ込めていたのである。 そんな彼女は、ある日伯爵家から追放されることになった。アルフェンド伯爵家の財政は火の車であり、妾の子である彼女は切り捨てられることになったのだ。 しかし同時に、彼女を訪ねてくる人が人がいた。それは、王国の第三王子であるゼルーグである。 ゼルーグは、エノフィアを妻に迎えるつもりだった。 妾の子であり、伯爵家からも疎まれていた自分が何故、そんな疑問を覚えながらもエノフィアはゼルーグの話を聞くのだった。

みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています

中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。

処理中です...