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食事会への招待
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夕刻、エルヴィスと一緒に博物館を訪れる。
普通のご令嬢なら博物館は興味をそそられないだろう。
しかし、そこは変わり者の夫婦。
私もエルヴィスもすごく興味津々に展示品を眺めていた。
「あの美術品……すごく綺麗です」
「ああ、翼の銀盾か。隣国である帝国との友好の証に、百年前にわが国へ贈られたものだな。わが国からは引き換えに国章の蝶をあしらった剣を送ったそうだ。展示されているのは模造品で、本物は大公閣下がお持ちだとか」
「へぇ……今後も近隣諸国との友好が続けばいいですね」
先程からこんな感じで、エルヴィスはあらゆる事物に対して造詣が深い。
彼の博識に感激するとともに、この才能を腐らせておくのはもったいないとも思う。
そんなこんなで博物館を見学していると。
「あら? そちらにいらっしゃるのは……ディアナ嬢ではありませんか?」
不意に声がかかって振り返る。
そこには華美なドレスに身を包んだご令嬢がいた。
燈色の髪をくるくると巻き、猫のような赤い瞳でこちらを見ている。
周囲には屈強な従者も侍らせていて、すごく令嬢らしいオーラが漂っている。
「あ、セレスト様……!? お久しぶりです」
ビュフォン伯爵令嬢セレスト様。
あまり親しい令嬢ではない……というよりも私に友人の令嬢なんていないが、顔くらいは合わせたことがある。
私はセレスト様を存じ上げているけれど、セレスト様が私のことを認知しているなんて思わなかった。
だって身分が上の方だし……夜会にはほとんど出たことがないし。
「ごきげんよう。あなたも博物館の鑑賞が御趣味ですの? 姉のドリカ嬢とはすごく嗜好が違っていらっしゃるのね……」
「あはは……いつも姉がご迷惑をおかけしています」
苦笑いするしかない。
姉が好き勝手に社交界で振る舞うせいで、私に対しての印象も悪くなっている。
「ところで、そちらの方は?」
……あ。
どう説明しよう。
エルヴィスはちゃんと自己紹介できるのかな。
そんな私の心配は杞憂に終わる。
セレスト様の視線を受けたエルヴィスは、きっちりと礼をする。
「お初にお目にかかります。私はエルヴィス・アリフォメン。以後お見知りおきを」
「……えっ!? エルヴィスがちゃんと自己紹介できた!?」
「お、俺だってディアナの前でいつまでも怯えているわけにもいかないし、勇気を出してそれらしく振る舞ってみたんだ……」
「すごい、すごいです! すごく貴公子に見えました!」
照れて縮こまるエルヴィスを褒めそやす私。
そんな私たちを、セレスト様は目を見開いて凝視していた。
「ア、アリフォメン侯爵閣下……!? いえ、わたくしが伝え聞くアリフォメン侯爵閣下は、とにかく陰気で無口で、髪をだらりと伸ばした不潔男。領地経営や社交はすべて妹君に丸投げし、挙句の果てには従弟の子爵の言いなりになっている『陰険侯爵』なのですが……!?」
「……こうして聞くと、俺ってかなりの恥だよな。もう出家してリアに跡を継がせようかな。とりあえず俺が消えればいいんだよな」
「エルヴィス、卑屈モードにならないでください……せっかくかっこよく自己紹介できたのに」
噂されていたほど陰気ではないし、無口でもないし、決して悪人ではない。
貴族の噂には悪い尾ひれがつくものなのだ。
今のエルヴィスを見て……少なくとも外見では『陰険』などと言う人はいないだろう。
「実は私たち、婚姻することになったんです。まだ正式な発表はしていませんが……」
「まあ……! それってかなりの大ニュースでは? なかなか社交界に出ないお二人が結婚だなんて……きっと色々な噂が飛び交いますわね」
「そうだな。俺たちの結婚式にはひとつ問題がある。夫妻ともに招く友人がほとんどいないということだ。夜会に出ず、交友関係を広げていないからな」
またもやエルヴィスが自虐的に笑った。
そう……彼の言葉は本当だ。
私もエルヴィスも交友関係が狭すぎて、結婚式が寂しくなりそう……!
「ふふ、アリフォメン侯爵閣下は意外とおもしろい方ですわね。スリタール嬢もどんな方か知りたいわ。なんだか興味が湧いてきました。ねえ、式に招く友人がいないのなら、これから作ればよろしいのではなくて?」
「ゆ、友人を作るだと……!? すまないが俺には無理だ。ディアナに任せた」
「ええっ!? エルヴィスにとって難しいことは、私にとっても難しいんです! 二人で乗り越えましょうよ……」
セレスト様がさらに高笑いする。
私たちの会話って、傍から聞いたら相当おかしいんだろうなぁ……。
「お二人とも、この後の予定は空いていらして?」
「はい、空いていますよ」
「わたくし主催の食事会がありますの。参加されてみない?」
食事会……というと夜会よりは小規模で、身内の集まりみたいなものか。
多くの貴族が集まる場は緊張するけど、それくらいなら……。
「でも、よろしいのですか? 飛び入り参加は失礼では……」
「主催者のわたくしが招くのですから、問題ありませんわ。わたくしの気の置けない友人たちを集めますから、そこまで緊張されなくても結構。家令にはお二人が来るかも……と伝えておきますから、気が向いたら来てくださいまし」
優雅に礼をしてセレスト様は去っていく。
ど、どうしよう……社交の場に招かれてしまった!
こんな事態は私にとって初めてだ。
そして、隣に立つエルヴィスは……
「……俺が社交? 食事会? いや、違う……何かの間違いだ。きっとディアナだけが招かれたんだろう、そうだろう……他の貴族に囲まれるなんて冗談じゃない。絶対に舌を噛む、惨めに転ぶ。俺は逃げるぞ、堂々と逃げるぞ……」
「な、情けなさすぎる……エルヴィス、気をたしかに!」
エルヴィスの肩を揺らし、彼を正気に引き戻す。
私がものすごく説得に説得を重ねて、慎重に議論した結果……セレスト様の夜会に向かうことになったのだった。
普通のご令嬢なら博物館は興味をそそられないだろう。
しかし、そこは変わり者の夫婦。
私もエルヴィスもすごく興味津々に展示品を眺めていた。
「あの美術品……すごく綺麗です」
「ああ、翼の銀盾か。隣国である帝国との友好の証に、百年前にわが国へ贈られたものだな。わが国からは引き換えに国章の蝶をあしらった剣を送ったそうだ。展示されているのは模造品で、本物は大公閣下がお持ちだとか」
「へぇ……今後も近隣諸国との友好が続けばいいですね」
先程からこんな感じで、エルヴィスはあらゆる事物に対して造詣が深い。
彼の博識に感激するとともに、この才能を腐らせておくのはもったいないとも思う。
そんなこんなで博物館を見学していると。
「あら? そちらにいらっしゃるのは……ディアナ嬢ではありませんか?」
不意に声がかかって振り返る。
そこには華美なドレスに身を包んだご令嬢がいた。
燈色の髪をくるくると巻き、猫のような赤い瞳でこちらを見ている。
周囲には屈強な従者も侍らせていて、すごく令嬢らしいオーラが漂っている。
「あ、セレスト様……!? お久しぶりです」
ビュフォン伯爵令嬢セレスト様。
あまり親しい令嬢ではない……というよりも私に友人の令嬢なんていないが、顔くらいは合わせたことがある。
私はセレスト様を存じ上げているけれど、セレスト様が私のことを認知しているなんて思わなかった。
だって身分が上の方だし……夜会にはほとんど出たことがないし。
「ごきげんよう。あなたも博物館の鑑賞が御趣味ですの? 姉のドリカ嬢とはすごく嗜好が違っていらっしゃるのね……」
「あはは……いつも姉がご迷惑をおかけしています」
苦笑いするしかない。
姉が好き勝手に社交界で振る舞うせいで、私に対しての印象も悪くなっている。
「ところで、そちらの方は?」
……あ。
どう説明しよう。
エルヴィスはちゃんと自己紹介できるのかな。
そんな私の心配は杞憂に終わる。
セレスト様の視線を受けたエルヴィスは、きっちりと礼をする。
「お初にお目にかかります。私はエルヴィス・アリフォメン。以後お見知りおきを」
「……えっ!? エルヴィスがちゃんと自己紹介できた!?」
「お、俺だってディアナの前でいつまでも怯えているわけにもいかないし、勇気を出してそれらしく振る舞ってみたんだ……」
「すごい、すごいです! すごく貴公子に見えました!」
照れて縮こまるエルヴィスを褒めそやす私。
そんな私たちを、セレスト様は目を見開いて凝視していた。
「ア、アリフォメン侯爵閣下……!? いえ、わたくしが伝え聞くアリフォメン侯爵閣下は、とにかく陰気で無口で、髪をだらりと伸ばした不潔男。領地経営や社交はすべて妹君に丸投げし、挙句の果てには従弟の子爵の言いなりになっている『陰険侯爵』なのですが……!?」
「……こうして聞くと、俺ってかなりの恥だよな。もう出家してリアに跡を継がせようかな。とりあえず俺が消えればいいんだよな」
「エルヴィス、卑屈モードにならないでください……せっかくかっこよく自己紹介できたのに」
噂されていたほど陰気ではないし、無口でもないし、決して悪人ではない。
貴族の噂には悪い尾ひれがつくものなのだ。
今のエルヴィスを見て……少なくとも外見では『陰険』などと言う人はいないだろう。
「実は私たち、婚姻することになったんです。まだ正式な発表はしていませんが……」
「まあ……! それってかなりの大ニュースでは? なかなか社交界に出ないお二人が結婚だなんて……きっと色々な噂が飛び交いますわね」
「そうだな。俺たちの結婚式にはひとつ問題がある。夫妻ともに招く友人がほとんどいないということだ。夜会に出ず、交友関係を広げていないからな」
またもやエルヴィスが自虐的に笑った。
そう……彼の言葉は本当だ。
私もエルヴィスも交友関係が狭すぎて、結婚式が寂しくなりそう……!
「ふふ、アリフォメン侯爵閣下は意外とおもしろい方ですわね。スリタール嬢もどんな方か知りたいわ。なんだか興味が湧いてきました。ねえ、式に招く友人がいないのなら、これから作ればよろしいのではなくて?」
「ゆ、友人を作るだと……!? すまないが俺には無理だ。ディアナに任せた」
「ええっ!? エルヴィスにとって難しいことは、私にとっても難しいんです! 二人で乗り越えましょうよ……」
セレスト様がさらに高笑いする。
私たちの会話って、傍から聞いたら相当おかしいんだろうなぁ……。
「お二人とも、この後の予定は空いていらして?」
「はい、空いていますよ」
「わたくし主催の食事会がありますの。参加されてみない?」
食事会……というと夜会よりは小規模で、身内の集まりみたいなものか。
多くの貴族が集まる場は緊張するけど、それくらいなら……。
「でも、よろしいのですか? 飛び入り参加は失礼では……」
「主催者のわたくしが招くのですから、問題ありませんわ。わたくしの気の置けない友人たちを集めますから、そこまで緊張されなくても結構。家令にはお二人が来るかも……と伝えておきますから、気が向いたら来てくださいまし」
優雅に礼をしてセレスト様は去っていく。
ど、どうしよう……社交の場に招かれてしまった!
こんな事態は私にとって初めてだ。
そして、隣に立つエルヴィスは……
「……俺が社交? 食事会? いや、違う……何かの間違いだ。きっとディアナだけが招かれたんだろう、そうだろう……他の貴族に囲まれるなんて冗談じゃない。絶対に舌を噛む、惨めに転ぶ。俺は逃げるぞ、堂々と逃げるぞ……」
「な、情けなさすぎる……エルヴィス、気をたしかに!」
エルヴィスの肩を揺らし、彼を正気に引き戻す。
私がものすごく説得に説得を重ねて、慎重に議論した結果……セレスト様の夜会に向かうことになったのだった。
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