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意外と気が合う
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その夜。
ミレーヌにドレスを見繕ってもらった私は、夕食の場に訪れた。
今日は歓待の意もこめて、宴を開くらしい。
食堂に着くと、食欲をそそる香りが漂った。
すでに夕食の準備は済んでいるようだ。
「お待たせしました、エルヴィス様」
エルヴィス様もすでに着席していらしたので、慌てて彼のもとに向かう。
彼はじっと私の方を見つめて……髪の合間からちゃんと見えているのかな?
「う」
「う……?」
「……か、かわいいな。そのドレス、よく似合っている」
「あ……ありがとうございます。ふふっ……」
「いつかディアナ嬢に合ったドレスを買いに行こう。数日後には取り寄せるか、買いに出かけたいな」
かわいい……とはもったいないお言葉をいただいた。
他人に褒められたことなんてほとんどないから、こういうときにどう反応していいか困ってしまう。
耳の端に熱さを覚えつつ、案内されたエルヴィス様の隣席に座った。
「今日は……君がアリフォメン侯爵家に来てくれたことを祝い、祝宴を開く。とは言っても、身内で祝うだけの食事だが。当家の料理が口に合えば嬉しい」
運ばれてきたのは前菜のカプレーゼ。
見た目はすごく鮮やかで美しい。
口に運ぶと、一瞬でバジルの香りが広がった。
トマトのみずみずしさと、チーズの芳醇な風味……!
「す、すごくおいしいです!」
「ああ、それはよかった。うちの料理人は国でも選りすぐりの人材だからな。マズい料理を作る方が難しいだろう。そのうちディアナ嬢の好きな食べ物を聞かせてほしい」
「はい! あと、エルヴィス様のお好きな食べ物もお聞きしたいです。私も少しは料理やお菓子づくりの心得がありますので……機会があればエルヴィス様のために作りたいですね」
「つ、妻の手料理だと……!? 架空の話だと思っていたが、実在するのか……」
「エルヴィス様がお望みなら、いくらでもお作りします。ただ、太らないように注意しないといけませんね……!」
侯爵家に嫁げたのは幸福だ。
けれど、幸せ太りしないように気を遣わないといけない。
実家だとお金がなくてお菓子も満足に食べられなかったけれど、ここではたくさん食べてしまいそうだから。
「あ、それとですね。エルヴィス様はガーデニングが趣味だとお聞きしました。私もガーデニングが好きなんですよ」
「なに……? ご令嬢は土に触れるのが嫌かと思っていたが」
「そんなことはありませんよ。土を見て、花が育ちやすいかどうかまで見分けられます。私の好きな花は……ハイビスカスですね!」
「ハイビスカスか……! ディアナ嬢はいいセンスをお持ちだな。俺もあの花は好きだ。夏が近づいてきたから、庭園の日陰で育て始めているんだ」
「まあ……! 私もお手伝いしたいです! 肥料は何をお使いで?」
「骨粉を混ぜた発酵固形油かすだ。アリフォメン侯爵領はそこそこ温かい気候だから……」
私たちはガーデニングのお話に花を咲かせる。
料理を運ぶ使用人たちは、何がなんだかわからないという表情を浮かべていた。
思いのほか話は弾んで、趣味で入ったガーデニングの話から、領地の話や観光名所の話などに移って……相手が『陰険侯爵』とはまるで思えない会話だった。
気づけば時間はあっという間に過ぎていて。
料理のコースもデザートになっていた。
甘い果物を添えたパフェをほおばりながら、エルヴィス様とたくさんお話できたことを内心で喜ぶ。
「……ああ、もうこんな時間か。思っていたよりもディアナ嬢とは気が合いそうだ」
「そうですね! これからエルヴィス様と過ごす時間が楽しみです」
そう言うとエルヴィス様の口元がほころんだ。
……笑っていらっしゃる。
だけどやっぱり目が見えない。
「あの、エルヴィス様。その前髪は伸ばしているのですか?」
「これか。実に陰険らしいだろう? 夜会に嫌々ながらも参加せざるを得ないときがあるんだが、他人に話しかけられないように暗い見た目にしている。目元が見えないと怪しくて、話しかけづらいだろうからな」
「た、たしかに……わざと暗い振る舞いをされているんですね」
「俺はそのくらいがちょうどいい。お飾りの侯爵なんて自己主張するべきじゃないし、できるだけ周囲との関係も断つべきだ。『陰険侯爵』って二つ名も、わざと流布させたままにしているしな。……噂が変に広まっていつしかそう呼ばれていた」
自己肯定感が低い。
この一日だけで、エルヴィス様の性格がわかった。
彼は……見えない何かを恐れているのだ。
私も同じだからこそわかる。
実家にいたとき、いつも母や姉に遠慮していたみたいに。
抑圧されて、自分自身に蓋をしている。
「私、エルヴィス様のお顔が見てみたいです」
「……俺の顔が?」
「はい。夫の顔を見たい、そう思うのは当然のことでしょう? 安心してくださいね、これからの夜会……私も付き添うので。独りじゃありませんよ」
私が支えてあげればいい。
エルヴィス様にお世話になるだけじゃなくて、妻としての役目を。
彼が夜会を怖がって、人を拒んでいるのなら……その弱さを私が埋めてあげないといけない。
「……そうか。君がそう言うのなら……そうだな。わかった」
エルヴィス様はこくりとうなずいた。
「明日、美容師に頼んで髪を切ろう。だが、髪を切られる場面は恥ずかしいから見られたくないな」
「はい、エルヴィス様の新たな姿……楽しみに待っていますね!」
明日が待ち遠しい。
祝宴を共にして、私たち夫婦は仲を深められたと思う。
この調子で……誰よりも仲のいい夫婦を目指そう。
ミレーヌにドレスを見繕ってもらった私は、夕食の場に訪れた。
今日は歓待の意もこめて、宴を開くらしい。
食堂に着くと、食欲をそそる香りが漂った。
すでに夕食の準備は済んでいるようだ。
「お待たせしました、エルヴィス様」
エルヴィス様もすでに着席していらしたので、慌てて彼のもとに向かう。
彼はじっと私の方を見つめて……髪の合間からちゃんと見えているのかな?
「う」
「う……?」
「……か、かわいいな。そのドレス、よく似合っている」
「あ……ありがとうございます。ふふっ……」
「いつかディアナ嬢に合ったドレスを買いに行こう。数日後には取り寄せるか、買いに出かけたいな」
かわいい……とはもったいないお言葉をいただいた。
他人に褒められたことなんてほとんどないから、こういうときにどう反応していいか困ってしまう。
耳の端に熱さを覚えつつ、案内されたエルヴィス様の隣席に座った。
「今日は……君がアリフォメン侯爵家に来てくれたことを祝い、祝宴を開く。とは言っても、身内で祝うだけの食事だが。当家の料理が口に合えば嬉しい」
運ばれてきたのは前菜のカプレーゼ。
見た目はすごく鮮やかで美しい。
口に運ぶと、一瞬でバジルの香りが広がった。
トマトのみずみずしさと、チーズの芳醇な風味……!
「す、すごくおいしいです!」
「ああ、それはよかった。うちの料理人は国でも選りすぐりの人材だからな。マズい料理を作る方が難しいだろう。そのうちディアナ嬢の好きな食べ物を聞かせてほしい」
「はい! あと、エルヴィス様のお好きな食べ物もお聞きしたいです。私も少しは料理やお菓子づくりの心得がありますので……機会があればエルヴィス様のために作りたいですね」
「つ、妻の手料理だと……!? 架空の話だと思っていたが、実在するのか……」
「エルヴィス様がお望みなら、いくらでもお作りします。ただ、太らないように注意しないといけませんね……!」
侯爵家に嫁げたのは幸福だ。
けれど、幸せ太りしないように気を遣わないといけない。
実家だとお金がなくてお菓子も満足に食べられなかったけれど、ここではたくさん食べてしまいそうだから。
「あ、それとですね。エルヴィス様はガーデニングが趣味だとお聞きしました。私もガーデニングが好きなんですよ」
「なに……? ご令嬢は土に触れるのが嫌かと思っていたが」
「そんなことはありませんよ。土を見て、花が育ちやすいかどうかまで見分けられます。私の好きな花は……ハイビスカスですね!」
「ハイビスカスか……! ディアナ嬢はいいセンスをお持ちだな。俺もあの花は好きだ。夏が近づいてきたから、庭園の日陰で育て始めているんだ」
「まあ……! 私もお手伝いしたいです! 肥料は何をお使いで?」
「骨粉を混ぜた発酵固形油かすだ。アリフォメン侯爵領はそこそこ温かい気候だから……」
私たちはガーデニングのお話に花を咲かせる。
料理を運ぶ使用人たちは、何がなんだかわからないという表情を浮かべていた。
思いのほか話は弾んで、趣味で入ったガーデニングの話から、領地の話や観光名所の話などに移って……相手が『陰険侯爵』とはまるで思えない会話だった。
気づけば時間はあっという間に過ぎていて。
料理のコースもデザートになっていた。
甘い果物を添えたパフェをほおばりながら、エルヴィス様とたくさんお話できたことを内心で喜ぶ。
「……ああ、もうこんな時間か。思っていたよりもディアナ嬢とは気が合いそうだ」
「そうですね! これからエルヴィス様と過ごす時間が楽しみです」
そう言うとエルヴィス様の口元がほころんだ。
……笑っていらっしゃる。
だけどやっぱり目が見えない。
「あの、エルヴィス様。その前髪は伸ばしているのですか?」
「これか。実に陰険らしいだろう? 夜会に嫌々ながらも参加せざるを得ないときがあるんだが、他人に話しかけられないように暗い見た目にしている。目元が見えないと怪しくて、話しかけづらいだろうからな」
「た、たしかに……わざと暗い振る舞いをされているんですね」
「俺はそのくらいがちょうどいい。お飾りの侯爵なんて自己主張するべきじゃないし、できるだけ周囲との関係も断つべきだ。『陰険侯爵』って二つ名も、わざと流布させたままにしているしな。……噂が変に広まっていつしかそう呼ばれていた」
自己肯定感が低い。
この一日だけで、エルヴィス様の性格がわかった。
彼は……見えない何かを恐れているのだ。
私も同じだからこそわかる。
実家にいたとき、いつも母や姉に遠慮していたみたいに。
抑圧されて、自分自身に蓋をしている。
「私、エルヴィス様のお顔が見てみたいです」
「……俺の顔が?」
「はい。夫の顔を見たい、そう思うのは当然のことでしょう? 安心してくださいね、これからの夜会……私も付き添うので。独りじゃありませんよ」
私が支えてあげればいい。
エルヴィス様にお世話になるだけじゃなくて、妻としての役目を。
彼が夜会を怖がって、人を拒んでいるのなら……その弱さを私が埋めてあげないといけない。
「……そうか。君がそう言うのなら……そうだな。わかった」
エルヴィス様はこくりとうなずいた。
「明日、美容師に頼んで髪を切ろう。だが、髪を切られる場面は恥ずかしいから見られたくないな」
「はい、エルヴィス様の新たな姿……楽しみに待っていますね!」
明日が待ち遠しい。
祝宴を共にして、私たち夫婦は仲を深められたと思う。
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