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35. 誰よりも幸せに(完)
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夜、バルコニーを訪れた。
グリムがひそかに佇んでいる。
風に揺れて靡く白髪、夜景を眺める紅の瞳。
いつ見ても絵になる美しさを湛えている。
私は美しさに一瞬足を止めてから、ゆっくりと彼のもとへ。
「こんばんは。寒い中、お待たせしました」
「夜分に悪いな。どうしても伝えなくてはならないことがあって。さっき話しそびれた二つ目の朗報についてだ」
朗報なら身構える必要はない。
私は安心して耳を傾ける。
「今日、兄上と陛下から許可をもらってきた。あとは君に許可をもらえればいいんだが……」
「……? 許可、ですか? 私にできることなら遠慮せずに言ってください」
遠慮せずに……と言ったのにグリムは逡巡している。
朗報だとしても話しづらい内容なのだろうか。
彼は瞳を揺らして迷って、少しバルコニーを歩いて迷って。
やがて口を開いた。
「もしも君にとって迷惑な申し出だったら、断ってくれて構わない。
だが……俺は君を幸せにするために全力を尽くす」
急にグリムは跪いた。
その動作に私は咄嗟に後退った。
「グリム……!? どうしたのですか?」
皇子が膝をつくなど許されない。
たとえ私が聖女だとしても。
咄嗟に彼に手を伸ばそうとした瞬間、グリムはその手を取る。
「――エムザラ・ルベルジュ公。君に婚約を申し込む。
こんな俺だが、君を幸せにできる人は……俺しかいないと思った。君に助けてもらったあの日、君を連れ出したあの日……何度も感じたことだ。君が運命の相手だと」
「グリム……」
告白。
愛を伝えられたことなんてないから、戸惑ってしまった。
だけどグリムの言葉は嬉しくて。
今までにないくらい、自分の胸が高鳴っているのを感じた。
そうだ……彼の言葉は本当で。
私を幸せにしてくれるのは目の前の彼しかいない。
「どうか、この美しい手に口づけすることを許してほしい。
そして……君と共に未来を歩む資格を俺に与えてほしい」
返答は決まっていた。
私が何よりも望んだ未来。
私のような人形には不釣り合いだと思っていたけれど。
でも、もう人形じゃない。
私が私の意志で未来を選べるのなら。
「こちらこそ……よろしくお願いします。
私と一緒に生きてくれますか、グリム」
そっと手の甲に口づけが届く。
私はいま……誰よりも幸せだ。
***
春夏秋冬はいくつも廻る。
ルベルジュ公爵領の瘴気はほとんど払われ、活気が戻っていた。
そんな中、私は今日も領主の仕事を片づけて庭園に向かう。
「グリム!」
美しい花に囲まれて本を読むグリム。
私はまっすぐに彼のもとに走って行った。
「おっ、と……エムザラ。転んだら危ないじゃないか」
「ふふ、ごめんなさい。お仕事が終わったので、早くあなたに会いたくて」
「そんなに慌てなくても俺は逃げないよ。隣、座るか?」
グリムが隣に布を敷いてくれたので、遠慮せず座る。
彼に頭を預けると身を引き寄せてくれた。
「疲れてないか? 最近の君はすごく元気だけど、疲れが溜まっていないか心配になるよ」
「大丈夫ですよ。それどころか、日増しに元気になっていく気がします。
だって、今の私は……すごく幸せなんですから」
こんなに素敵な婚約者がいてくれること。
それが私の何よりの支えになっていて、原動力になっていた。
「……笑うようになったな。花のように美しく、心から幸せを感じて笑ってくれている……そんな笑顔だ」
グリムの前だと自然に笑顔がこぼれる。
まったく感情を動かせなかった私に、色々な感情を教えてくれた。
人形を脱ぎ捨てて、私は人になったから。
「約束、果たしてくれましたね」
「ふっ……そうだな。おまけに俺も幸せを掴めた。君と出会わなければ、俺はずっと不幸なままだっただろう」
「お互いさまです。だから、これからも……支え合って生きていきましょうね」
「ああ、また約束だ。ずっと幸せな未来を描いていこう」
そっと指を重ねた。
未来を約束して、愛を伝え合って。
これからも私たちは生きていく。
誰よりも幸せに。
グリムがひそかに佇んでいる。
風に揺れて靡く白髪、夜景を眺める紅の瞳。
いつ見ても絵になる美しさを湛えている。
私は美しさに一瞬足を止めてから、ゆっくりと彼のもとへ。
「こんばんは。寒い中、お待たせしました」
「夜分に悪いな。どうしても伝えなくてはならないことがあって。さっき話しそびれた二つ目の朗報についてだ」
朗報なら身構える必要はない。
私は安心して耳を傾ける。
「今日、兄上と陛下から許可をもらってきた。あとは君に許可をもらえればいいんだが……」
「……? 許可、ですか? 私にできることなら遠慮せずに言ってください」
遠慮せずに……と言ったのにグリムは逡巡している。
朗報だとしても話しづらい内容なのだろうか。
彼は瞳を揺らして迷って、少しバルコニーを歩いて迷って。
やがて口を開いた。
「もしも君にとって迷惑な申し出だったら、断ってくれて構わない。
だが……俺は君を幸せにするために全力を尽くす」
急にグリムは跪いた。
その動作に私は咄嗟に後退った。
「グリム……!? どうしたのですか?」
皇子が膝をつくなど許されない。
たとえ私が聖女だとしても。
咄嗟に彼に手を伸ばそうとした瞬間、グリムはその手を取る。
「――エムザラ・ルベルジュ公。君に婚約を申し込む。
こんな俺だが、君を幸せにできる人は……俺しかいないと思った。君に助けてもらったあの日、君を連れ出したあの日……何度も感じたことだ。君が運命の相手だと」
「グリム……」
告白。
愛を伝えられたことなんてないから、戸惑ってしまった。
だけどグリムの言葉は嬉しくて。
今までにないくらい、自分の胸が高鳴っているのを感じた。
そうだ……彼の言葉は本当で。
私を幸せにしてくれるのは目の前の彼しかいない。
「どうか、この美しい手に口づけすることを許してほしい。
そして……君と共に未来を歩む資格を俺に与えてほしい」
返答は決まっていた。
私が何よりも望んだ未来。
私のような人形には不釣り合いだと思っていたけれど。
でも、もう人形じゃない。
私が私の意志で未来を選べるのなら。
「こちらこそ……よろしくお願いします。
私と一緒に生きてくれますか、グリム」
そっと手の甲に口づけが届く。
私はいま……誰よりも幸せだ。
***
春夏秋冬はいくつも廻る。
ルベルジュ公爵領の瘴気はほとんど払われ、活気が戻っていた。
そんな中、私は今日も領主の仕事を片づけて庭園に向かう。
「グリム!」
美しい花に囲まれて本を読むグリム。
私はまっすぐに彼のもとに走って行った。
「おっ、と……エムザラ。転んだら危ないじゃないか」
「ふふ、ごめんなさい。お仕事が終わったので、早くあなたに会いたくて」
「そんなに慌てなくても俺は逃げないよ。隣、座るか?」
グリムが隣に布を敷いてくれたので、遠慮せず座る。
彼に頭を預けると身を引き寄せてくれた。
「疲れてないか? 最近の君はすごく元気だけど、疲れが溜まっていないか心配になるよ」
「大丈夫ですよ。それどころか、日増しに元気になっていく気がします。
だって、今の私は……すごく幸せなんですから」
こんなに素敵な婚約者がいてくれること。
それが私の何よりの支えになっていて、原動力になっていた。
「……笑うようになったな。花のように美しく、心から幸せを感じて笑ってくれている……そんな笑顔だ」
グリムの前だと自然に笑顔がこぼれる。
まったく感情を動かせなかった私に、色々な感情を教えてくれた。
人形を脱ぎ捨てて、私は人になったから。
「約束、果たしてくれましたね」
「ふっ……そうだな。おまけに俺も幸せを掴めた。君と出会わなければ、俺はずっと不幸なままだっただろう」
「お互いさまです。だから、これからも……支え合って生きていきましょうね」
「ああ、また約束だ。ずっと幸せな未来を描いていこう」
そっと指を重ねた。
未来を約束して、愛を伝え合って。
これからも私たちは生きていく。
誰よりも幸せに。
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