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33. さようなら
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「ゼパルグ殿下。私から言っておきたいことがあります」
私はゼパルグに面と向かって口を開いた。
決して目を逸らさずに、顔を歪める彼を見て。
「私は生まれてから聖女の役目を与えられ、同時に殿下の婚約者となりました。以来、ずっと私は王国に逆らわず、忠実に生きてきたと思います」
「ああ、そうだ……エムザラ、貴様は私の婚約者だった! だというのに帝国へ寝返るとは……サンドリアに対する裏切りではないか!」
「最初に裏切ったのは殿下です」
私は断言した。
悪いのは、非があるのはゼパルグであると。
今まで私の強めの語調を聞いたことがなかったからか、ゼパルグは口をつぐんだ。
「忠実に尽くし、あなたに嫌われようとも添い遂げようと思っていました。せめて聖女の役目だけは果たし、立派な令嬢であろうと。
ですが、あなたは私を殺そうとした。これを裏切りだと言わず何と言うのですか?」
今では王国で一生を終えることなど考えられない。
私はルベルジュ公爵となり、本当に必要とされる立場を得たから。
いいように利用されるだけの人生ではない。
だからこそ憤りを覚える。
いったい私はどれだけ無体に扱われていたのか……と。
井の中の蛙だった。
自分の愚かしさを、国を超えることで知ったから。
「私はあなたを許す気はありません。人の命を奪おうと画策しながら、自分だけ幸せになろうだなんて……傲慢すぎませんか?」
「っ……!」
睨まれた。
けれど怖くはない。
相手がどれだけ怒っていても、偉大な人でも恐れないこと。
それが私が"人形"であった唯一の利点だと思う。
言葉に窮するゼパルグ。
代わりに後方のベリスが怒号を飛ばした。
「さっきから聞いてれば……あんた、何様よ!? 私と殿下の結婚式を邪魔しに来たの!?」
ベリスが勢いよく足を踏みだす。
だが、すぐに帝国兵が道を塞いで彼女は阻まれた。
グリムは呆れた口調で言い放つ。
「そうだ、俺たちは結婚式を邪魔しに来た。ゼパルグ王子の凶行を明らかにし、聖女への不敬を各国の重鎮の前で暴く。そのために来たんだ」
「何が……何が望みなのよ!? 私とゼパルグ殿下が結婚しなければいいの!? それとも謝罪すればいいの!?」
「そ、そうだ。エムザラ、私の謝罪が欲しいのか? たしかに暗殺を企てるのはやりすぎだったかもしれないな……?」
これは駄目だ……とグリムはかぶりを振る。
どうやら事態の深刻さを理解していないらしい。
どんどんゼパルグの無能さが明るみになっていく。
こんな人物を王位に据えるのは、サンドリア諸侯としても納得できないだろう。
様子を静観していたバルトロメイ殿下が動き出す。
彼の視線はサンドリア国王に向けられた。
「サンドリア王、この問答を見てどうお考えになる? 貴方はゼパルグ王子に何を思う?」
王はしばし頭を抱えていた。
しかし、やがて深くため息をつく。
「……失望したぞ、ゼパルグ。余は息子の無能さを見抜くことができんかった。これは余の責任でもあろう。エムザラにも悪いことをした。やはり王国で聖女を囲いすぎたのが裏目に出たのか……」
サンドリア王にどのような思惑があったのか。
ゼパルグの素性を見抜けなかった理由、聖女を無下に扱った理由。
そんなものは知らない。
ただ私が思うことは、起こってしまった悲劇に、私の傷心に対して責任を取ってほしいということだけ。
「ゼパルグよ。お主を幸せにするわけにはいかん」
「ち、父上……?」
「王位継承権は取り消させてもらおう。
……被害者のエムザラ、他国の諸侯に示しがつかん。サンドリアの未来を守るには、お主に責任を負ってもらうほかあるまい。無論、余も責を負う」
「な、な……!?」
これでいいかと確認するように、サンドリア王はバルトロメイ殿下に視線を向けた。
バルトロメイ殿下もうなずき返す。
目的は果たされた。
ゼパルグが継承権を失えば、次期国王となるのは親帝国派のオルランド第二王子だ。
「どうしてだ……父上! 私よりも、そんな女ひとりの方が価値があると言うのですか?!」
「そうだと言っておる。聖女が死んだと聞いたときは、わが国の損失に深く絶望したものよ。聖女はサンドリアのみならず、他国の邪を払う役目を持つ。お主がエムザラの暗殺を計画したことは、露呈すれば宣戦布告になりかねんものだった。だが……エムザラやバルトロメイ王子は場を穏便に済ませようとしてくれているのだぞ」
鋭い叱責にゼパルグは怯む。
剣呑な雰囲気を湛えるゼパルグとベリスのもとに、機会を見計らったかのようにオルランド第二王子がやってきた。
「兄上、エイル侯爵令嬢。申し訳ありませんが、ここまでです。賓客の皆さまにも事情を説明し、今宵はお帰りいただきましょう」
「オルランド……! お前まで私の肩を持ってくれないのか!?
……いや、まさか最初からそのつもりで……!?」
「さて、何のことでしょう。招待客の皆さまにはご迷惑をおかけしました。特に……聖女様。我が兄ゼパルグの愚行は末代までの恥。この場を借りてお詫び申し上げます」
ずいぶんと大がかりな舞台装置だった。
結婚式と偽った上での断罪。
成功するか不安だったが……ゼパルグの企みを白日の下に晒し、王位から退ける計画は成功した。
胸中の憤懣は晴れた。
これ以上、この場に留まる必要もない。
元婚約者や妹だった者の顔なんて、見たくもなのだから。
「それでは、ごきげんよう」
私たちは帝国流のカーテシーをしてその場を去った。
私はゼパルグに面と向かって口を開いた。
決して目を逸らさずに、顔を歪める彼を見て。
「私は生まれてから聖女の役目を与えられ、同時に殿下の婚約者となりました。以来、ずっと私は王国に逆らわず、忠実に生きてきたと思います」
「ああ、そうだ……エムザラ、貴様は私の婚約者だった! だというのに帝国へ寝返るとは……サンドリアに対する裏切りではないか!」
「最初に裏切ったのは殿下です」
私は断言した。
悪いのは、非があるのはゼパルグであると。
今まで私の強めの語調を聞いたことがなかったからか、ゼパルグは口をつぐんだ。
「忠実に尽くし、あなたに嫌われようとも添い遂げようと思っていました。せめて聖女の役目だけは果たし、立派な令嬢であろうと。
ですが、あなたは私を殺そうとした。これを裏切りだと言わず何と言うのですか?」
今では王国で一生を終えることなど考えられない。
私はルベルジュ公爵となり、本当に必要とされる立場を得たから。
いいように利用されるだけの人生ではない。
だからこそ憤りを覚える。
いったい私はどれだけ無体に扱われていたのか……と。
井の中の蛙だった。
自分の愚かしさを、国を超えることで知ったから。
「私はあなたを許す気はありません。人の命を奪おうと画策しながら、自分だけ幸せになろうだなんて……傲慢すぎませんか?」
「っ……!」
睨まれた。
けれど怖くはない。
相手がどれだけ怒っていても、偉大な人でも恐れないこと。
それが私が"人形"であった唯一の利点だと思う。
言葉に窮するゼパルグ。
代わりに後方のベリスが怒号を飛ばした。
「さっきから聞いてれば……あんた、何様よ!? 私と殿下の結婚式を邪魔しに来たの!?」
ベリスが勢いよく足を踏みだす。
だが、すぐに帝国兵が道を塞いで彼女は阻まれた。
グリムは呆れた口調で言い放つ。
「そうだ、俺たちは結婚式を邪魔しに来た。ゼパルグ王子の凶行を明らかにし、聖女への不敬を各国の重鎮の前で暴く。そのために来たんだ」
「何が……何が望みなのよ!? 私とゼパルグ殿下が結婚しなければいいの!? それとも謝罪すればいいの!?」
「そ、そうだ。エムザラ、私の謝罪が欲しいのか? たしかに暗殺を企てるのはやりすぎだったかもしれないな……?」
これは駄目だ……とグリムはかぶりを振る。
どうやら事態の深刻さを理解していないらしい。
どんどんゼパルグの無能さが明るみになっていく。
こんな人物を王位に据えるのは、サンドリア諸侯としても納得できないだろう。
様子を静観していたバルトロメイ殿下が動き出す。
彼の視線はサンドリア国王に向けられた。
「サンドリア王、この問答を見てどうお考えになる? 貴方はゼパルグ王子に何を思う?」
王はしばし頭を抱えていた。
しかし、やがて深くため息をつく。
「……失望したぞ、ゼパルグ。余は息子の無能さを見抜くことができんかった。これは余の責任でもあろう。エムザラにも悪いことをした。やはり王国で聖女を囲いすぎたのが裏目に出たのか……」
サンドリア王にどのような思惑があったのか。
ゼパルグの素性を見抜けなかった理由、聖女を無下に扱った理由。
そんなものは知らない。
ただ私が思うことは、起こってしまった悲劇に、私の傷心に対して責任を取ってほしいということだけ。
「ゼパルグよ。お主を幸せにするわけにはいかん」
「ち、父上……?」
「王位継承権は取り消させてもらおう。
……被害者のエムザラ、他国の諸侯に示しがつかん。サンドリアの未来を守るには、お主に責任を負ってもらうほかあるまい。無論、余も責を負う」
「な、な……!?」
これでいいかと確認するように、サンドリア王はバルトロメイ殿下に視線を向けた。
バルトロメイ殿下もうなずき返す。
目的は果たされた。
ゼパルグが継承権を失えば、次期国王となるのは親帝国派のオルランド第二王子だ。
「どうしてだ……父上! 私よりも、そんな女ひとりの方が価値があると言うのですか?!」
「そうだと言っておる。聖女が死んだと聞いたときは、わが国の損失に深く絶望したものよ。聖女はサンドリアのみならず、他国の邪を払う役目を持つ。お主がエムザラの暗殺を計画したことは、露呈すれば宣戦布告になりかねんものだった。だが……エムザラやバルトロメイ王子は場を穏便に済ませようとしてくれているのだぞ」
鋭い叱責にゼパルグは怯む。
剣呑な雰囲気を湛えるゼパルグとベリスのもとに、機会を見計らったかのようにオルランド第二王子がやってきた。
「兄上、エイル侯爵令嬢。申し訳ありませんが、ここまでです。賓客の皆さまにも事情を説明し、今宵はお帰りいただきましょう」
「オルランド……! お前まで私の肩を持ってくれないのか!?
……いや、まさか最初からそのつもりで……!?」
「さて、何のことでしょう。招待客の皆さまにはご迷惑をおかけしました。特に……聖女様。我が兄ゼパルグの愚行は末代までの恥。この場を借りてお詫び申し上げます」
ずいぶんと大がかりな舞台装置だった。
結婚式と偽った上での断罪。
成功するか不安だったが……ゼパルグの企みを白日の下に晒し、王位から退ける計画は成功した。
胸中の憤懣は晴れた。
これ以上、この場に留まる必要もない。
元婚約者や妹だった者の顔なんて、見たくもなのだから。
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