婚約者から用済みにされた聖女 〜私を処分するおつもりなら、国から逃げようと思います〜

朝露ココア

文字の大きさ
上 下
22 / 35

22. ルベルジュ公爵領

しおりを挟む
ルベルジュ公爵領。
事前に宮廷の記録を読んで調査を進めておいた。

ルベルジュ公爵領は、もともと貿易が盛んな領地で、毛織物の生産が盛んな地域だったという。
良質な水が流れ、繁栄を誇っていたのは過去の話。

今や三割近い土地が人の住める場所ではなくなっている。
美しい景色は廃れ、賊が蔓延り、規模も小さくなり……前当主のオダリス・ルベルジュ公爵は失踪。
元使用人の話によると、オダリス元公爵は事件に巻き込まれたわけではなく、責務を放棄して他国へ逃げたらしい。

今はペドロ侯爵という方が代理で治めている。
とはいえ、ペドロ侯爵も自領の経営に手一杯で……あまりルベルジュ公爵領の経営には手が回っていないようだ。

「……こんな感じです。瘴気のせいでかなり衰退してしまったようですね」

私の説明を受けたグリムは考え込んだ。
これから代理で治めているペドロ侯爵に会いに行く予定で、その打ち合わせをグリムと行っていた。

「なるほど。君の話はわかりやすいな。
 ……公爵領の三割近い瘴気を払うとなると、かなり骨が折れるんじゃないか?」
「ええ。何十日、何か月にもわたって浄化を進めていくことになるでしょう。このまま放置すれば広がっていくので、見過ごすという手はありませんが」

私はルベルジュ公爵領の領主になることを決意した。
必ず、かつての繁栄を取り戻さなくてはならない。

「……俺は心配だよ。君が無茶をしてしまうんじゃないかって。聖女の役割は大きいが、それだけ負担もかかることになる」
「大丈夫です。自分の疲労くらいコントロールできますよ。王国にいたときのように、無理やり働かされているわけでもありませんから。……それに、私はルベルジュ公爵領の民を救ってさしあげたいのです。故郷が徐々に死んでいく様を見るのは、とてもつらいことでしょう」

義務ではなく本心で。
私は自分の力で救える民は救いたいと思う。
別に、王国にいたころはこんなこと感じなかったけれど……帝国に来て聖女の仕事をしているうちに、そう思うようになった。

グリムは私の言葉を聞いて、満足そうに頷いた。

「エムザラの意思なら尊重しよう。しかし……驚いたな、君が公爵になる決断をするとは」

私が帝国貴族となること。
その話を切り出された瞬間、グリムに計画を打ち明けるいい機会だと思った。

「あの、グリム。グリムは、その……あまり宮廷には居たくないのですよね?」
「そうだな。アトロや、俺を邪険にする派閥とよく遭遇するから……あまり宮廷周辺では暮らしたくない。いつ殺されるかわかったものじゃないし。
 ……自分が暗殺者をしていた以上、殺されても文句は言えないが」

グリムは自嘲するように笑う。
彼はよく、こうして自虐的な笑みを浮かべる。
私はそんな彼の表情を、できるだけなくしてあげたいと思う。
心から笑えるように……グリムが私に笑顔を取り戻そうとしてくれるように。

「それなら、私がルベルジュ公爵位を賜った暁には……私のそばで暮らしませんか?」

私の提案に彼は目を丸くした。

「そ、それは……告白なのか?」
「あ、えっと……いえ、あの……」

告白。
私はグリムが幸せに暮らす先を提供しようと思っただけだ。
でも、今の提案は告白のようにも捉えられかねない。
言ったあとに気づいてしまった。

赤面して俯く私に対して、グリムは優しく言葉をかけた。

「告白かどうかは置いておいて、君の提案は嬉しいよ。これからもエムザラのそばで生きられるなら、俺にとってこれ以上の喜びはない。前向きに考えさせてもらうよ」
「……! はい、お願いします」

私としても、彼が一緒にいてくれたら安心できる。
叶うことなら、ずっと一緒に……

「さて、そろそろ時間だ。まずは現地……ルベルジュ公爵領に向かうとしよう」

……そうだ、まずは公爵領を浄化しないと。

私は未来への夢想を断ち、ひとまず目の前の問題に対処することにした。

 ***

ルベルジュ公爵領の一角に、避難民が集まる屋敷があった。
私とグリム、リアナはそこを訪れて真っ先にペドロ侯爵と面会する。

ペドロ侯爵は痩せ身の中年男性で、目の下のクマが印象に残った。
よほど疲れているのだろう。

彼は私を見ると、疲労の濃い顔でも応対用の笑顔を浮かべる。

「おおっ、聖女様! よくぞ来てくださいました!」
「聖女エムザラ・エイルと申します。よろしくお願いいたします」
「ささ、どうぞこちらへお座りください。グリム殿下も、どうぞ」

私はペドロ侯爵から現状を聞く。
おおむね私が調査した通りの話だ。

「……とまあ、こんな感じですな。非常に逼迫しておりまして、前領主が逃げ出したのも理解できてしまうほどに。まあ、民の心情を思えば許されたことではありませんが」

惨憺たる状況だ。
そして、この現状は私にしか解決できない。

「私が瘴気をすべて払います。次期領主として、恥じぬ成果を出してみせましょう」
「おお、なんと心強いお言葉! 何か手伝えることがあれば、私も全力で支援させていただきますぞ!」

手伝えることといえば、私が順調に瘴気を払えるように環境を整えてほしいが……その前に。
まず最優先ですべきことがある。

「ペドロ侯爵様。まずは瘴気に追われ、避難してきた人々と話をさせていただけませんか?」

私の要求にペドロ侯爵は驚いたように顔を上げた。
しかし、動揺せずに頷く。

「もちろんです。民のことを第一に考えるとは、なんと慈悲深いお心をお待ちなのでしょうか。どうか、民の嘆きをお聞き届けください」

実際の苦難を聞かねばならない。
ただ瘴気を浄化するだけではなく、どのように復興していきたいのか……それも考えなくてはならないから。

私はルベルジュ公爵領を追われた民たちに話を聞きに行った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...