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21. 居場所のために
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帝国に来てから時が経ち。
徐々にこちら側の暮らしにも慣れてきた。
聖女の名も認知されつつあるようで、外を歩いていると帝国貴族から挨拶されることも多くなった。
普段はアトロ殿下のような人に絡まれないよう、自分の宮殿に籠って生活している。
連日、瘴気払いの仕事を請けているが……これは私が望んだことだ。
王国で働いていた時代よりはかなり余裕のある生活が送れている。
また、暗殺者に襲われるようなことも起こっていない。
グリムからの報告によると、私が生きていることはゼパルグ殿下にまだバレていないらしい。
そうして日々を送ること数週間。
今日も起床し、鈴を鳴らす。
「おはようございます、エムザラ様!」
「リアナさん、おはようございます」
使用人も増えて顔を覚えてきた。
ただ……やはり最も信の置ける侍女はリアナだけ。
毎朝、彼女に身支度を任せることにしていた。
リアナは私の黒髪を梳きながら話す。
「それにしても……エムザラ様の髪のツヤ、すごくよくなりましたね。お顔の血色も改善していますし、目の下のクマもなくなっていますよ。帝国に来てから生活の質がかなり向上したみたいですね」
「そうでしょうか? 言われてみると、そんな気がします」
自分ではあまり意識していなかったが、知らず知らずのうちに生活が健全になっていた。
それに伴って疲労も取れているらしい。
心因性のストレスも減っていると思う。
「この調子で、聖女として相応の気品を兼ね備えたいものです。
……そういえば、今日の予定はなんでしたっけ?」
「今日はお久しぶりにバルトロメイ殿下とお話がある日ですね。近況の活躍について、ぜひエムザラ様とお話したいとのことです。帝国貴族間での評判はうなぎ登りで、平民の間でも噂が広がっているようですよ」
「有名になりすぎても困りますが……」
私が生きていることが王国に露呈してしまうかも。
しかし、いずれバレることは明白だ。
気にしても仕方ないだろう。
私は身支度を整え、いつも通りグリムと食事を囲む。
そしてバルトロメイ殿下のもとに向かった。
***
「来たか。聖女様、あれからお変わりありませんか?」
バルトロメイ殿下は常変わらぬ威厳で私を迎えた。
切れ長の赤い目からは、相変わらず野心のような、情熱のような感情が見て取れた。
何度か見かけたアトロ殿下は、逆に諦観のような気怠さをいつも湛えている。
グリムは私を座らせ、以前と同じように後方に立った。
バルトロメイ殿下とは向かい合って話すつもりはないらしい。
「はい、問題なく聖女としての務めを果たしています」
「それは何よりです。諸侯の間でも聖女様の噂は広まっています。この調子で帝国を脅かす瘴気を払っていただければ、私としては至上の幸福に違いありません」
バルトロメイ殿下はやがて帝国を担う継承者。
私の評判がどの程度で、待遇をどうすべきかについては熟考しているだろう。
「さて、例の話は考えていただけましたかな?」
「例の話……?」
何のことだかわからず、私は小首を傾げる。
ええと……話といえば、いくつか候補があるけれど……
「公爵位を聖女様に託すという話です」
ああ、その話……私としては返答は決まっていた。
こうして帝国で過ごすうちに、答えは見つかっていたのだ。
だが、まずは殿下の意向を聞いてみよう。
「バルトロメイ殿下としては、私に爵位を持ってほしいのでしょうか?」
「もちろんです。瘴気に脅かされているのは、何も帝国や王国だけではない。聖女様の存在は、諸外国との強力な外交の札となるでしょう。……おっと、そこで殺気を湛えた弟がいるので口を閉ざすとしよう」
「バルトロメイ。エムザラを政治の道具として扱うことはやめてくれ……そう言ったよな?」
私のために怒ってくれるグリムは優しい。
でも、帝国で使われるのは王国で使われるよりも待遇がいいので、あまり道具扱いされている感じはしない。
民も貴族も、みな私の仕事に感謝してくれるから。
「いいのです、グリム。私の好きでやっていることですので。それと……公爵位を賜るというお話、前向きに検討させていただきたいと思います」
「……! ありがとうございます、聖女様。あなたのご勇断に感謝申し上げます」
殿下は深々と頭を下げた。
私のような者に居場所をくれたのだから、むしろ私が下げたいくらいだ。
……私が公爵位を得れば、そこを安息の地とすることもできるだろうか。
少なくとも宮殿よりは安全かもしれない。
「以前にもお話しましたが……瘴気に呑まれ、領主が逃げ出した地があります。今は代理の侯爵が治めていますが、そこを聖女様に受け持っていただこうかと。名を『ルベルジュ公爵領』といいます」
「ルベルジュ公爵領。では、私の名も『エムザラ・ルベルジュ』となるのでしょうか?」
「ええ、完全に王国との縁を断っていただくことになりますね。そして、次にお願いしたいのがルベルジュ公爵領の瘴気払いです。……かなり広域にわたって瘴気が広がっていますので、一筋縄ではいかないと思いますが」
規模にもよるが、数日かかる場合もある。
どうやら次は気合を入れて当たらなければならないようだ。
「わかりました。やがて自分が治める領地になるのです。全霊で臨ませていただきます」
私は覚悟をもって頷いた。
徐々にこちら側の暮らしにも慣れてきた。
聖女の名も認知されつつあるようで、外を歩いていると帝国貴族から挨拶されることも多くなった。
普段はアトロ殿下のような人に絡まれないよう、自分の宮殿に籠って生活している。
連日、瘴気払いの仕事を請けているが……これは私が望んだことだ。
王国で働いていた時代よりはかなり余裕のある生活が送れている。
また、暗殺者に襲われるようなことも起こっていない。
グリムからの報告によると、私が生きていることはゼパルグ殿下にまだバレていないらしい。
そうして日々を送ること数週間。
今日も起床し、鈴を鳴らす。
「おはようございます、エムザラ様!」
「リアナさん、おはようございます」
使用人も増えて顔を覚えてきた。
ただ……やはり最も信の置ける侍女はリアナだけ。
毎朝、彼女に身支度を任せることにしていた。
リアナは私の黒髪を梳きながら話す。
「それにしても……エムザラ様の髪のツヤ、すごくよくなりましたね。お顔の血色も改善していますし、目の下のクマもなくなっていますよ。帝国に来てから生活の質がかなり向上したみたいですね」
「そうでしょうか? 言われてみると、そんな気がします」
自分ではあまり意識していなかったが、知らず知らずのうちに生活が健全になっていた。
それに伴って疲労も取れているらしい。
心因性のストレスも減っていると思う。
「この調子で、聖女として相応の気品を兼ね備えたいものです。
……そういえば、今日の予定はなんでしたっけ?」
「今日はお久しぶりにバルトロメイ殿下とお話がある日ですね。近況の活躍について、ぜひエムザラ様とお話したいとのことです。帝国貴族間での評判はうなぎ登りで、平民の間でも噂が広がっているようですよ」
「有名になりすぎても困りますが……」
私が生きていることが王国に露呈してしまうかも。
しかし、いずれバレることは明白だ。
気にしても仕方ないだろう。
私は身支度を整え、いつも通りグリムと食事を囲む。
そしてバルトロメイ殿下のもとに向かった。
***
「来たか。聖女様、あれからお変わりありませんか?」
バルトロメイ殿下は常変わらぬ威厳で私を迎えた。
切れ長の赤い目からは、相変わらず野心のような、情熱のような感情が見て取れた。
何度か見かけたアトロ殿下は、逆に諦観のような気怠さをいつも湛えている。
グリムは私を座らせ、以前と同じように後方に立った。
バルトロメイ殿下とは向かい合って話すつもりはないらしい。
「はい、問題なく聖女としての務めを果たしています」
「それは何よりです。諸侯の間でも聖女様の噂は広まっています。この調子で帝国を脅かす瘴気を払っていただければ、私としては至上の幸福に違いありません」
バルトロメイ殿下はやがて帝国を担う継承者。
私の評判がどの程度で、待遇をどうすべきかについては熟考しているだろう。
「さて、例の話は考えていただけましたかな?」
「例の話……?」
何のことだかわからず、私は小首を傾げる。
ええと……話といえば、いくつか候補があるけれど……
「公爵位を聖女様に託すという話です」
ああ、その話……私としては返答は決まっていた。
こうして帝国で過ごすうちに、答えは見つかっていたのだ。
だが、まずは殿下の意向を聞いてみよう。
「バルトロメイ殿下としては、私に爵位を持ってほしいのでしょうか?」
「もちろんです。瘴気に脅かされているのは、何も帝国や王国だけではない。聖女様の存在は、諸外国との強力な外交の札となるでしょう。……おっと、そこで殺気を湛えた弟がいるので口を閉ざすとしよう」
「バルトロメイ。エムザラを政治の道具として扱うことはやめてくれ……そう言ったよな?」
私のために怒ってくれるグリムは優しい。
でも、帝国で使われるのは王国で使われるよりも待遇がいいので、あまり道具扱いされている感じはしない。
民も貴族も、みな私の仕事に感謝してくれるから。
「いいのです、グリム。私の好きでやっていることですので。それと……公爵位を賜るというお話、前向きに検討させていただきたいと思います」
「……! ありがとうございます、聖女様。あなたのご勇断に感謝申し上げます」
殿下は深々と頭を下げた。
私のような者に居場所をくれたのだから、むしろ私が下げたいくらいだ。
……私が公爵位を得れば、そこを安息の地とすることもできるだろうか。
少なくとも宮殿よりは安全かもしれない。
「以前にもお話しましたが……瘴気に呑まれ、領主が逃げ出した地があります。今は代理の侯爵が治めていますが、そこを聖女様に受け持っていただこうかと。名を『ルベルジュ公爵領』といいます」
「ルベルジュ公爵領。では、私の名も『エムザラ・ルベルジュ』となるのでしょうか?」
「ええ、完全に王国との縁を断っていただくことになりますね。そして、次にお願いしたいのがルベルジュ公爵領の瘴気払いです。……かなり広域にわたって瘴気が広がっていますので、一筋縄ではいかないと思いますが」
規模にもよるが、数日かかる場合もある。
どうやら次は気合を入れて当たらなければならないようだ。
「わかりました。やがて自分が治める領地になるのです。全霊で臨ませていただきます」
私は覚悟をもって頷いた。
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