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17. 聖女と皇子
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「…………」
寝つけなかった私は、宮殿にある執務室を訪れた。
以前は当代皇帝陛下の母が使っていたらしいが、今は誰も使っていない。
埃をかぶった本を引き出し、資料に目を通している。
これから私が暮らすことになる国のことだ、多少の風俗や歴史は知っておかなければならないだろう。
何より帝国の重要な文献が興味深くて、つい読み漁ってしまう。
一般には公開されていない文書なども閲覧できた。
……あとで読んだのがバレたら怒られるかもしれない。
ここクラジュ帝国は、大陸で最盛を誇る超大国だ。
それゆえ周辺諸国からも脅威に見なされている。
私の祖国、サンドリア王国もまた帝国を恐れる国のひとつ。
国際緊張にあるわけではないが、帝国の脅威は国防上で無視できないものになっていた。
だからこそ帝国との境目に位置するロックス伯も苦労していたわけで。
「――瘴気」
瘴気に関する文献に、まず目を通した。
瘴気は数百年ごとに周期的に噴出し、同時に聖痕をもつ聖女が生まれる。
代々の聖女は多くの国を巡礼し、瘴気を払ってきたそうだ。
私もいま、この文献で初めて知った情報だが……機密情報ではないようだ。
つまり、王国は意図して私に『聖女の歴史』を伝えてこなかった。
使いやすい道具として育て上げるためだろうか。
サンドリア王国は聖女を他国に貸し出さず、暗殺を企てた。
……正確に言えばゼパルグ王子殿下の独断だ。
グリムやバルトロメイ殿下、ロックス伯の怒りももっともなのだろう。
他の国が窮乏に瀕しているにもかかわらず、自分の国だけを助けようとしたのだから。
私に関する国際状況はそんなところだ。
あとは……帝国のことを知らないと。
「これ……」
続いて手に取ったのは皇族の系譜。
気になっていた点がある。
私は皇族の系図がまとめられた書物をパラパラとめくり、最後の方に目を通した。
当代皇帝ヘルフリート陛下には四人の妻がいる。
正妻との間に生まれたのが第一・第二皇子。
先程お会いしたバルトロメイ殿下と、まだお会いしていないアトロ殿下だ。
そして、側室との間に子を設けないはずの皇帝だが……側室が生んでしまったのが第三皇子のグリムらしい。
皇帝は正妻よりも側室を愛しており、側室の懇願によってグリムは皇子として扱われることになったという。
薄々、彼がどういう立場なのかわかってきた。
他の皇子の立場であれば煩わしいだろうし、使用人たちからしても取り入っても意味のない存在だ。
それどころかグリムが他の皇子の謀殺を企てる可能性だってある。
私はグリムが権力に興味なんかない人だと知っているけど。
『俺がどこで死のうが、どれだけ危険に身を晒そうが、外国で野垂れ死のうが、あなたにとっては何も被害はない。むしろ目障りな奴が減って助かるはずだ』
ふと、グリムがバルトロメイ殿下に向けて放った言葉が想起される。
彼の言葉の意味もわかってしまった。
過剰に必要とされ、人形のように支配された私とは真逆。
彼は誰にも必要とされず、自分の意思で生きてきたのだ。
だからこそ皇子が他国で暗殺者をやる、などという事態も黙認されていた。
だって、グリムが死んで困る人など帝国にはいないのだから。
「…………」
グリムは私を助け、幸せにすると言ってくれた。
でも……私は施されているだけなのだろうか?
それでいいのかな……?
私も彼を助けて、幸せにできたら。
そのためには何が必要なのだろう。
「――あ、いたいた! エムザラ様!」
「……リアナ」
慌てて本を閉じ、書棚にしまう。
あとで埃をすべて取っておかないと、どの書物を読んでいたかバレてしまう。
忘れないように掃除しておこう。
「何も言わず寝室から出てすみません。私にご用ですか?」
「さきほどグリム様がお帰りになられました。グリム様からの伝言があり、『明日の朝、皇帝陛下がエムザラに挨拶をしたいと言っていたから俺と一緒に来てくれ』……だそうです」
「わかりました。明日は寝坊しないように、早めに寝ましょう」
しばらく文献を読んでいたら、眠気も蘇ってきた。
また悪夢を見ないといいが……
「何を読んでいらしたのですか?」
「これから帝国で暮らすのですから、ある程度の知識は抑えておこうかと思いまして。適当に目を通していただけです」
「なるほど。意識がお高い……さすがエムザラ様ですね!」
「ありがとうございます。文献を読んだだけで褒められるのは初めてです……」
若干困惑しながら執務室を出る。
リアナは少し人を褒めすぎるきらいがあるようだ。
周囲から険しい声しか向けられなかった王国の環境、聖女として丁重に扱われすぎる今の環境。
どちらも……悩ましいものだと思う。
私は明日の朝に遅刻しないよう、再び寝室で眠りに入った。
寝つけなかった私は、宮殿にある執務室を訪れた。
以前は当代皇帝陛下の母が使っていたらしいが、今は誰も使っていない。
埃をかぶった本を引き出し、資料に目を通している。
これから私が暮らすことになる国のことだ、多少の風俗や歴史は知っておかなければならないだろう。
何より帝国の重要な文献が興味深くて、つい読み漁ってしまう。
一般には公開されていない文書なども閲覧できた。
……あとで読んだのがバレたら怒られるかもしれない。
ここクラジュ帝国は、大陸で最盛を誇る超大国だ。
それゆえ周辺諸国からも脅威に見なされている。
私の祖国、サンドリア王国もまた帝国を恐れる国のひとつ。
国際緊張にあるわけではないが、帝国の脅威は国防上で無視できないものになっていた。
だからこそ帝国との境目に位置するロックス伯も苦労していたわけで。
「――瘴気」
瘴気に関する文献に、まず目を通した。
瘴気は数百年ごとに周期的に噴出し、同時に聖痕をもつ聖女が生まれる。
代々の聖女は多くの国を巡礼し、瘴気を払ってきたそうだ。
私もいま、この文献で初めて知った情報だが……機密情報ではないようだ。
つまり、王国は意図して私に『聖女の歴史』を伝えてこなかった。
使いやすい道具として育て上げるためだろうか。
サンドリア王国は聖女を他国に貸し出さず、暗殺を企てた。
……正確に言えばゼパルグ王子殿下の独断だ。
グリムやバルトロメイ殿下、ロックス伯の怒りももっともなのだろう。
他の国が窮乏に瀕しているにもかかわらず、自分の国だけを助けようとしたのだから。
私に関する国際状況はそんなところだ。
あとは……帝国のことを知らないと。
「これ……」
続いて手に取ったのは皇族の系譜。
気になっていた点がある。
私は皇族の系図がまとめられた書物をパラパラとめくり、最後の方に目を通した。
当代皇帝ヘルフリート陛下には四人の妻がいる。
正妻との間に生まれたのが第一・第二皇子。
先程お会いしたバルトロメイ殿下と、まだお会いしていないアトロ殿下だ。
そして、側室との間に子を設けないはずの皇帝だが……側室が生んでしまったのが第三皇子のグリムらしい。
皇帝は正妻よりも側室を愛しており、側室の懇願によってグリムは皇子として扱われることになったという。
薄々、彼がどういう立場なのかわかってきた。
他の皇子の立場であれば煩わしいだろうし、使用人たちからしても取り入っても意味のない存在だ。
それどころかグリムが他の皇子の謀殺を企てる可能性だってある。
私はグリムが権力に興味なんかない人だと知っているけど。
『俺がどこで死のうが、どれだけ危険に身を晒そうが、外国で野垂れ死のうが、あなたにとっては何も被害はない。むしろ目障りな奴が減って助かるはずだ』
ふと、グリムがバルトロメイ殿下に向けて放った言葉が想起される。
彼の言葉の意味もわかってしまった。
過剰に必要とされ、人形のように支配された私とは真逆。
彼は誰にも必要とされず、自分の意思で生きてきたのだ。
だからこそ皇子が他国で暗殺者をやる、などという事態も黙認されていた。
だって、グリムが死んで困る人など帝国にはいないのだから。
「…………」
グリムは私を助け、幸せにすると言ってくれた。
でも……私は施されているだけなのだろうか?
それでいいのかな……?
私も彼を助けて、幸せにできたら。
そのためには何が必要なのだろう。
「――あ、いたいた! エムザラ様!」
「……リアナ」
慌てて本を閉じ、書棚にしまう。
あとで埃をすべて取っておかないと、どの書物を読んでいたかバレてしまう。
忘れないように掃除しておこう。
「何も言わず寝室から出てすみません。私にご用ですか?」
「さきほどグリム様がお帰りになられました。グリム様からの伝言があり、『明日の朝、皇帝陛下がエムザラに挨拶をしたいと言っていたから俺と一緒に来てくれ』……だそうです」
「わかりました。明日は寝坊しないように、早めに寝ましょう」
しばらく文献を読んでいたら、眠気も蘇ってきた。
また悪夢を見ないといいが……
「何を読んでいらしたのですか?」
「これから帝国で暮らすのですから、ある程度の知識は抑えておこうかと思いまして。適当に目を通していただけです」
「なるほど。意識がお高い……さすがエムザラ様ですね!」
「ありがとうございます。文献を読んだだけで褒められるのは初めてです……」
若干困惑しながら執務室を出る。
リアナは少し人を褒めすぎるきらいがあるようだ。
周囲から険しい声しか向けられなかった王国の環境、聖女として丁重に扱われすぎる今の環境。
どちらも……悩ましいものだと思う。
私は明日の朝に遅刻しないよう、再び寝室で眠りに入った。
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