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16. 夢うつつ
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宮殿内は迷路のように広い。
そのうち慣れるだろうが、しばらく難儀しそうだ。
ひと通り部屋の視察を終えた私とリアナは、広間でグリムと話をしていた。
「選んだ侍従の中に、何人か監視役を忍ばせている。怪しい動きをする者がいたら、俺に報告するように言ってあるから安心してくれ」
「はい。しかし、どこに言っても確たる安全がないのは大変ですね。聖女に生まれた宿命でしょうか」
「エムザラ様はわたしがお守りします!」
「頼りにしていますね、リアナさん」
とにかく、王国にいるよりは格段に安全性が向上した。
帝国での振る舞いをどうするか、爵位を賜るかなども考えていかないと……
「ここまでずっと命を狙われる心労を背負ってきたんだ。当面は宮殿で休んでくれ。折を見て聖女の仕事もしていこう」
私が多くの煩悶を抱えるなか、グリムは労いの言葉をかけてくれる。
個人的には、一刻も早く瘴気は払うべきだと思う。
民のことを考えるなら、あまりゆっくりしている余裕はない。
「一部の瘴気は放置しておくと急速に拡大していきます。他の仕事はともかく、瘴気に関しては早めの対処をすべきかと」
「ふむ……専門家のエムザラが言うなら間違いないんだろうな。わかった、瘴気については迅速に仕事を手配しよう」
「ただ待っているというのも暇ですし、何かお手伝いできる政務などがあれば言ってくださいね。一応、王国では領地経営もやっていましたから」
「君には頭が上がらないな……負担にならない範囲でお願いするよ。わからないことがあれば、文官に聞いてくれ」
グリムはそう言うと、話も早々に立ち上がる。
それから彼は、めんどくさそうに立てかけてあったマントを羽織った。
「どちらへ?」
「父上……皇帝陛下に顔を出せと言われていてね。これから皇帝陛下にお叱りを受けて、第二皇子から嫌味を言われて、大臣に諌められて、それから……」
……すごく大変そうだ。
とはいえ、皇帝陛下の気持ちもわかる。
皇子が外国に忍び込んで密偵なんてしていたら、外交問題に発展しそうで気が気でないだろう。
私を救出したから、もう密偵をするつもりはないとグリムは語っていたが。
「つらいときは言ってくださいね。私なんかでお力になれるかは疑問ですが……」
「むしろ俺の憩いは君だけだよ。帰ったら君の顔を見て癒されたい」
「私でよろしければ、いつでも」
怠そうに出かけるグリムを見送り、私は何をしようかと思案する。
というか、眠いかもしれない……長時間の馬車旅で私も疲れているみたいだ。
「リアナさん、私は眠いみたいです。少し自室でお休みしてもよいですか?」
「もちろんですよ。皇室のベッドってすごく気持ちよさそうですね……見に行ってみましょう!」
私は新たな寝室に向かい、就寝準備を始めた。
事前の予想どおり、皇室のベッドはとても快適で……深く、深く眠りに沈んでいった。
***
夢。
夢を覚えていることはあまりない。
別に聖女だから予知夢を見るとか、そういう力もなくて……私は安らかに眠れる、はずだった。
「気味の悪い人形め……! これ以上、私の顔に泥を塗ってくれるな!」
ゼパルグ殿下の罵倒が聞こえた。
いつものことだ。
婚約者だろうと関係ない。
私はずっと罵声を浴びせられ、社交の場で冷たい視線を受けて育ってきた。
「ねえ、お姉様? そんなに楽しくなさそうなのに、お姉様ってどうして生きてるんだっけ? ああ、聖女とかいうお役目があるから生きてるんだったわね!」
ベリスの嘲笑が聞こえた。
慣れている。
妹にすら見下される日々。
私は聖女として国に求められているのに、どうして妹の方が楽しそうに生きているのだろう。
そんな疑問はとうに捨て去った。
「エムザラ、お前はエイル家の希望だ! いいか、お前は何がなんでも殿下と結婚するのだぞ?」
お父様の命令が聞こえた。
知っている。
私はエイル家の財産だ。
そこに親子の情は感じられず、ただ金の塊として私を見るような目があった。
令嬢として生まれた宿命だ。
何もかも礼儀正しく、言われたとおりに。
自分の意思は必要ない。
そうして一生を終えるのだと思っていた。
なのに、それなのに。
「……俺と来い。俺が君を幸せにしてやる」
暗闇の中、一筋の光が射した。
とっくに見失ったはずの温もり。
あたたかい日差しのような。
私は……まっすぐに光の方へ走っていく。
後ろからまず闇の手が伸びてきて、今にも捕まってしまいそう。
早く、早く逃げて……!
早く逃げないと、彼のもとにたどり着けない……!
***
「っ!?」
目を覚ます。
窓の外は夕焼けで染まっている。
夢……嫌な夢だった。
もう思い出したくないのに、どうして夢を見て想起してしまうのか。
いつか安らかに眠れる日は来るのだろうか。
痛む頭を抑えて身を起こす。
「…………」
このままベッドに潜っても眠れないだろう。
少し、出歩こうかな。
そのうち慣れるだろうが、しばらく難儀しそうだ。
ひと通り部屋の視察を終えた私とリアナは、広間でグリムと話をしていた。
「選んだ侍従の中に、何人か監視役を忍ばせている。怪しい動きをする者がいたら、俺に報告するように言ってあるから安心してくれ」
「はい。しかし、どこに言っても確たる安全がないのは大変ですね。聖女に生まれた宿命でしょうか」
「エムザラ様はわたしがお守りします!」
「頼りにしていますね、リアナさん」
とにかく、王国にいるよりは格段に安全性が向上した。
帝国での振る舞いをどうするか、爵位を賜るかなども考えていかないと……
「ここまでずっと命を狙われる心労を背負ってきたんだ。当面は宮殿で休んでくれ。折を見て聖女の仕事もしていこう」
私が多くの煩悶を抱えるなか、グリムは労いの言葉をかけてくれる。
個人的には、一刻も早く瘴気は払うべきだと思う。
民のことを考えるなら、あまりゆっくりしている余裕はない。
「一部の瘴気は放置しておくと急速に拡大していきます。他の仕事はともかく、瘴気に関しては早めの対処をすべきかと」
「ふむ……専門家のエムザラが言うなら間違いないんだろうな。わかった、瘴気については迅速に仕事を手配しよう」
「ただ待っているというのも暇ですし、何かお手伝いできる政務などがあれば言ってくださいね。一応、王国では領地経営もやっていましたから」
「君には頭が上がらないな……負担にならない範囲でお願いするよ。わからないことがあれば、文官に聞いてくれ」
グリムはそう言うと、話も早々に立ち上がる。
それから彼は、めんどくさそうに立てかけてあったマントを羽織った。
「どちらへ?」
「父上……皇帝陛下に顔を出せと言われていてね。これから皇帝陛下にお叱りを受けて、第二皇子から嫌味を言われて、大臣に諌められて、それから……」
……すごく大変そうだ。
とはいえ、皇帝陛下の気持ちもわかる。
皇子が外国に忍び込んで密偵なんてしていたら、外交問題に発展しそうで気が気でないだろう。
私を救出したから、もう密偵をするつもりはないとグリムは語っていたが。
「つらいときは言ってくださいね。私なんかでお力になれるかは疑問ですが……」
「むしろ俺の憩いは君だけだよ。帰ったら君の顔を見て癒されたい」
「私でよろしければ、いつでも」
怠そうに出かけるグリムを見送り、私は何をしようかと思案する。
というか、眠いかもしれない……長時間の馬車旅で私も疲れているみたいだ。
「リアナさん、私は眠いみたいです。少し自室でお休みしてもよいですか?」
「もちろんですよ。皇室のベッドってすごく気持ちよさそうですね……見に行ってみましょう!」
私は新たな寝室に向かい、就寝準備を始めた。
事前の予想どおり、皇室のベッドはとても快適で……深く、深く眠りに沈んでいった。
***
夢。
夢を覚えていることはあまりない。
別に聖女だから予知夢を見るとか、そういう力もなくて……私は安らかに眠れる、はずだった。
「気味の悪い人形め……! これ以上、私の顔に泥を塗ってくれるな!」
ゼパルグ殿下の罵倒が聞こえた。
いつものことだ。
婚約者だろうと関係ない。
私はずっと罵声を浴びせられ、社交の場で冷たい視線を受けて育ってきた。
「ねえ、お姉様? そんなに楽しくなさそうなのに、お姉様ってどうして生きてるんだっけ? ああ、聖女とかいうお役目があるから生きてるんだったわね!」
ベリスの嘲笑が聞こえた。
慣れている。
妹にすら見下される日々。
私は聖女として国に求められているのに、どうして妹の方が楽しそうに生きているのだろう。
そんな疑問はとうに捨て去った。
「エムザラ、お前はエイル家の希望だ! いいか、お前は何がなんでも殿下と結婚するのだぞ?」
お父様の命令が聞こえた。
知っている。
私はエイル家の財産だ。
そこに親子の情は感じられず、ただ金の塊として私を見るような目があった。
令嬢として生まれた宿命だ。
何もかも礼儀正しく、言われたとおりに。
自分の意思は必要ない。
そうして一生を終えるのだと思っていた。
なのに、それなのに。
「……俺と来い。俺が君を幸せにしてやる」
暗闇の中、一筋の光が射した。
とっくに見失ったはずの温もり。
あたたかい日差しのような。
私は……まっすぐに光の方へ走っていく。
後ろからまず闇の手が伸びてきて、今にも捕まってしまいそう。
早く、早く逃げて……!
早く逃げないと、彼のもとにたどり着けない……!
***
「っ!?」
目を覚ます。
窓の外は夕焼けで染まっている。
夢……嫌な夢だった。
もう思い出したくないのに、どうして夢を見て想起してしまうのか。
いつか安らかに眠れる日は来るのだろうか。
痛む頭を抑えて身を起こす。
「…………」
このままベッドに潜っても眠れないだろう。
少し、出歩こうかな。
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