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14. 帝国へ
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乾いた風が吹く。
この風の匂いも、広がる丘陵も、何もかもが私の故郷とは違うものだった。
彼方にうっすらと巨大な影が見えた。
さながら巨大な塔のような……車窓からグリムが影を指さす。
「あれが世界で最も大きいとされる、帝国城の一角だ。ようやく近づいてきたな」
近づくにつれ、徐々にその輪郭がはっきりとしていく。
たしかに言われてみると城のように見えた。
その付近に、いくつも巨大な建築物が隣接しているのも見えてくる。
もうすぐ……帝都に到着する。
国境を越えてからは何もかもが新鮮な光景で、ここまで着くのは意外とあっという間だった。
「エムザラ様。長時間お座りですが、お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
リアナが風で乱れた髪を整えてくれる。
誰かに丁寧に扱われるって、くすぐったい気分だ。
彼女も外国に出るのは初めてのことらしい。
旅慣れたグリムと、私と同じく初心者のリアナ。
二人がいるおかげで安心できた。
どんどん王国が遠ざかって、帝都が近づいていく。
私は――新たな人生を迎えられるだろうか。
それとも、これまでと同じように『聖女』に縛られた人形になるだろうか。
決めるのはきっと、私自身の決断なのだろう。
***
端的に言うと、規模が違った。
帝都は王都と違って人口や経済規模が桁違いで、さすが王国最大の脅威とみなされているだけはある。
帝国の伯爵ですら、王国の侯爵に匹敵するだろう。
大通りには店が立ち並び、香ばしい食べ物の匂いが漂っている。
人があふれんばかりに流れる大通りを避けて、私たちの馬車は街道を走って行った。
そんな帝都でも一際目を惹く、中央に立つ大宮殿。
私は宮殿のひとつに貴賓として訪れた。
リアナは外の馬車で待機している。
「城がいくつも連なっているようです」
「複数ある宮殿は、各皇族が管理している。この宮殿は第一皇子のバルトロメイ・レクタリアの管轄にある」
「グリムは第一皇子の直属なのですか?」
「……いや、直属というのは違うな。この宮殿に帰ってくることはあまりなかったよ。しばらく王国で密偵をしていたから」
あまり帰ってこないと言いつつも、グリムは実家のように宮殿の中を進んでいく。
貴賓室と書かれた場所の前に到着すると、近衛兵が敬礼した。
「グリム様! そちらが聖女様ですか?」
「ああ、聖女エムザラ様だ」
「お会いできて光栄です、聖女様。さあ、中へどうぞ」
衛兵に促されて貴賓室の中に入る。
横長のソファに一人の青年が座っていた。
男性にしては長めの赤髪、紫紺の瞳。
ひと目で高貴な人物だと見て取れた。
体格がよく、まっすぐに背筋を伸ばした偉丈夫。
「聖女様、よくぞ参られました。私はクラジュ帝国第一皇子、バルトロメイ・レクタリア。遠路はるばるお疲れでしょう。そちらにお座りください」
「聖女エムザラ・エイルと申します。失礼します」
私は恐る恐る対面に着席した。
バルトロメイ殿下は、私の後ろで壁にもたれかかっているグリムに話しかける。
「グリム。よくぞここまで聖女様をお連れしてくれた。お前にも礼を言わねばならないな」
「俺はバルトロメイに命じられてエムザラを助けたわけじゃない。あくまで彼女に命を救ってもらった過去から、その恩返しに……」
「ああ、その話はいい。お前から百回は聞いたぞ」
「…………」
そう言われると、グリムは不機嫌そうに黙り込んでしまった。
百回も話してるんだ……
「さて、聖女様。王国での一件は聞いております。
まさか婚約者の王子に命を狙われるとは……サンドリア王国は聖女様を何だと思っているのやら」
「私の命を狙ったのは、王国ではなくゼパルグ殿下個人です」
「それはそうでしょう。ですが、その他にも聖女様に対する仕打ちの数々、聞き及んでおります。聖女様を軟禁し、半ば強制的に仕事をさせる。教育と称して体罰紛いの暴力を働く。幼少期から、ひどい仕打ちを受けてきたことを」
バルトロメイ殿下の言葉は事実だ。
だけど、私は仕方ないと思っていた。
貴族令嬢に対する仕打ちではないと知ってはいたけど、叫んだところで助けてくれる人はいない。
味方など一人もいなかったのだから、どんなことでも甘んじて受け入れるしかなかったのだ。
「帝国は約束しましょう。あなたを丁重にもてなし、名誉ある聖人として讃えることを」
「その……そういうのはいいのです。聖女としての役目は果たします。だから普通に、幸せに暮らしたいというのが私の願いでした」
そのとき、会話を静観していたグリムが口を開く。
「バルトロメイ。エムザラに『聖女』という重荷を背負わせるのはやめてほしい。栄誉も栄光も勝手に浴びせればいいが、それに相応しい振る舞いを彼女に求めないでくれ。
……そうだろう?」
グリムの問いに私は首肯する。
色々と疲れている。
ただ静かに暮らしたい……そんな願望が私の胸中にあった。
普通の暮らしを続けることで、聖女という役目や、自分の心とどう向き合うかが見えてくるだろう。
「なるほど、承知した。
……今、帝国は危機的状況にあります。人口が増える一方で、瘴気は蔓延し人の生存領域は減っている。そんな帝国の未来のため、聖女様の『お力』が必要なのです。あなたに聖女相応の振る舞いや、強引な婚約は求めません。
どうか、私たちに力を貸していただけますか?」
その問いに対する答えは決まっている。
私は元より、帝国に力を捧げるために来たのだから。
力を捧げる代償として求めるのは……グリムとの明るい未来だ。
「もちろんです。聖女の力で、帝国の未来を切り開きましょう」
「……! ありがとう、ございます……!」
バルトロメイ殿下は笑顔を浮かべて頭を下げた。
この風の匂いも、広がる丘陵も、何もかもが私の故郷とは違うものだった。
彼方にうっすらと巨大な影が見えた。
さながら巨大な塔のような……車窓からグリムが影を指さす。
「あれが世界で最も大きいとされる、帝国城の一角だ。ようやく近づいてきたな」
近づくにつれ、徐々にその輪郭がはっきりとしていく。
たしかに言われてみると城のように見えた。
その付近に、いくつも巨大な建築物が隣接しているのも見えてくる。
もうすぐ……帝都に到着する。
国境を越えてからは何もかもが新鮮な光景で、ここまで着くのは意外とあっという間だった。
「エムザラ様。長時間お座りですが、お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
リアナが風で乱れた髪を整えてくれる。
誰かに丁寧に扱われるって、くすぐったい気分だ。
彼女も外国に出るのは初めてのことらしい。
旅慣れたグリムと、私と同じく初心者のリアナ。
二人がいるおかげで安心できた。
どんどん王国が遠ざかって、帝都が近づいていく。
私は――新たな人生を迎えられるだろうか。
それとも、これまでと同じように『聖女』に縛られた人形になるだろうか。
決めるのはきっと、私自身の決断なのだろう。
***
端的に言うと、規模が違った。
帝都は王都と違って人口や経済規模が桁違いで、さすが王国最大の脅威とみなされているだけはある。
帝国の伯爵ですら、王国の侯爵に匹敵するだろう。
大通りには店が立ち並び、香ばしい食べ物の匂いが漂っている。
人があふれんばかりに流れる大通りを避けて、私たちの馬車は街道を走って行った。
そんな帝都でも一際目を惹く、中央に立つ大宮殿。
私は宮殿のひとつに貴賓として訪れた。
リアナは外の馬車で待機している。
「城がいくつも連なっているようです」
「複数ある宮殿は、各皇族が管理している。この宮殿は第一皇子のバルトロメイ・レクタリアの管轄にある」
「グリムは第一皇子の直属なのですか?」
「……いや、直属というのは違うな。この宮殿に帰ってくることはあまりなかったよ。しばらく王国で密偵をしていたから」
あまり帰ってこないと言いつつも、グリムは実家のように宮殿の中を進んでいく。
貴賓室と書かれた場所の前に到着すると、近衛兵が敬礼した。
「グリム様! そちらが聖女様ですか?」
「ああ、聖女エムザラ様だ」
「お会いできて光栄です、聖女様。さあ、中へどうぞ」
衛兵に促されて貴賓室の中に入る。
横長のソファに一人の青年が座っていた。
男性にしては長めの赤髪、紫紺の瞳。
ひと目で高貴な人物だと見て取れた。
体格がよく、まっすぐに背筋を伸ばした偉丈夫。
「聖女様、よくぞ参られました。私はクラジュ帝国第一皇子、バルトロメイ・レクタリア。遠路はるばるお疲れでしょう。そちらにお座りください」
「聖女エムザラ・エイルと申します。失礼します」
私は恐る恐る対面に着席した。
バルトロメイ殿下は、私の後ろで壁にもたれかかっているグリムに話しかける。
「グリム。よくぞここまで聖女様をお連れしてくれた。お前にも礼を言わねばならないな」
「俺はバルトロメイに命じられてエムザラを助けたわけじゃない。あくまで彼女に命を救ってもらった過去から、その恩返しに……」
「ああ、その話はいい。お前から百回は聞いたぞ」
「…………」
そう言われると、グリムは不機嫌そうに黙り込んでしまった。
百回も話してるんだ……
「さて、聖女様。王国での一件は聞いております。
まさか婚約者の王子に命を狙われるとは……サンドリア王国は聖女様を何だと思っているのやら」
「私の命を狙ったのは、王国ではなくゼパルグ殿下個人です」
「それはそうでしょう。ですが、その他にも聖女様に対する仕打ちの数々、聞き及んでおります。聖女様を軟禁し、半ば強制的に仕事をさせる。教育と称して体罰紛いの暴力を働く。幼少期から、ひどい仕打ちを受けてきたことを」
バルトロメイ殿下の言葉は事実だ。
だけど、私は仕方ないと思っていた。
貴族令嬢に対する仕打ちではないと知ってはいたけど、叫んだところで助けてくれる人はいない。
味方など一人もいなかったのだから、どんなことでも甘んじて受け入れるしかなかったのだ。
「帝国は約束しましょう。あなたを丁重にもてなし、名誉ある聖人として讃えることを」
「その……そういうのはいいのです。聖女としての役目は果たします。だから普通に、幸せに暮らしたいというのが私の願いでした」
そのとき、会話を静観していたグリムが口を開く。
「バルトロメイ。エムザラに『聖女』という重荷を背負わせるのはやめてほしい。栄誉も栄光も勝手に浴びせればいいが、それに相応しい振る舞いを彼女に求めないでくれ。
……そうだろう?」
グリムの問いに私は首肯する。
色々と疲れている。
ただ静かに暮らしたい……そんな願望が私の胸中にあった。
普通の暮らしを続けることで、聖女という役目や、自分の心とどう向き合うかが見えてくるだろう。
「なるほど、承知した。
……今、帝国は危機的状況にあります。人口が増える一方で、瘴気は蔓延し人の生存領域は減っている。そんな帝国の未来のため、聖女様の『お力』が必要なのです。あなたに聖女相応の振る舞いや、強引な婚約は求めません。
どうか、私たちに力を貸していただけますか?」
その問いに対する答えは決まっている。
私は元より、帝国に力を捧げるために来たのだから。
力を捧げる代償として求めるのは……グリムとの明るい未来だ。
「もちろんです。聖女の力で、帝国の未来を切り開きましょう」
「……! ありがとう、ございます……!」
バルトロメイ殿下は笑顔を浮かべて頭を下げた。
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