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12. 帝国の要求
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「聖女様、あなたは帝国で公爵位を賜ることになりました」
一瞬、伯爵代理が何を言っているのか理解できなかった。
言われた言葉をよく咀嚼し、再考してみる。
私が……公爵になる?
王国の侯爵令嬢なのに、帝国の公爵に……?
荒唐無稽な話だ。
「……どうしてそうなったのですか?」
「聖女という存在は極めて重要です。王国は貴女の重要性を理解できていなかったようですが、世界を救うほどの力が聖女には備わっているのですから。貴女を殺そうとし蔑ろにした王国に、もはや聖女を擁する権利はないでしょう。
それに帝国の爵位を継げば、王国も簡単に手出しできなくなります。刺客など仕向けようものなら、国際問題になるでしょうなぁ」
でも、急な話すぎて困ってしまう。
聖女という身分・役割に窮屈さを感じていたのに、さらに事の規模が大きくなっている気がする。
私の迷いを感じ取ったのか、後ろからリアナが問いを重ねる。
「しかし、いきなり公爵というのはエムザラ様には荷が重いのでは? それに、帝国の諸侯は納得しているのですか?」
「女公という形で統治してくださっても構いませんし、面倒なら文官などを代理に据えてもらっても構わないそうですぞ。また、帝国の重鎮たちも瘴気の災害を鎮めてもらえるのなら……と、聖女様を歓迎する姿勢です」
私のような者が爵位を得たところで、領民が困るだけではないだろうか。
別に領地経営は苦手ではないが、王国と帝国とでは勝手が違う。
領地経営を有能な臣下に任せる領主もいるし、帝国としては『聖女が帝国の爵位を持っている』ということが何よりも重要だと思われる。
こんなとき、グリムだったら……ううん。
グリムの判断にばかり頼るのはよくない。
彼にも心労をかけてしまうだろう。
私の判断で決めなければならないのだ。
聖女の役目さえ果たせば、責任の重い爵位から逃げることだってできるだろう。
「あの、そのお話は……マクシミリアン様と、誰が議論してお決めになられたのですか?」
「マクシミリアン様とグリム様を中心に、帝国の皇帝や宰相とお決めになったようですな。いやはや、私には雲の上の話すぎますが……」
「では、その件について……今はまだ保留ということでよろしいでしょうか。まずは帝国に行ってから考えたいのです」
曖昧な提案だが、どうか受け入れてほしい。
まだ心の決心がついていないのだ。
伯爵代理はしかと頷いた。
「うむ、ではマクシミリアン様にはそのように伝えておきましょう。
ああ、それとリアナ。貴女も聖女様の侍女として、帝国に向かうことが決まりました。聖女様をしっかりと支えてさしあげてください」
「……! なるほど、それでわたしも呼ばれたのですね! まだエムザラ様のお世話ができるなんて……とても嬉しいです、がんばります!」
私としても、リアナが一緒に来てくれるのは安心できる。
国境を越える不安は大きい。
侍女が一人でもいてくれてら、どんなに心が穏やかになるだろうか。
帝国に行く話が済んだところで、話題は王国に切り替わる。
「もうひとつ、伝えておくべき事項がありました。
ゼパルグ第一王子殿下には、聖女様が亡くなられた状態で発見された……と報告を入れておいたことはご存知ですね?」
「はい。いつまでも騙しておけるとは思えませんが……」
「そうですな。国境を越えるまでバレなければ良いのです」
これから帝国で瘴気が払われることが露呈すれば、同時に私の生存も明らかになるだろう。
聖女には奇妙な法則があり、数十年に一度しか誕生しない。
そして、同時に複数人の聖女は存在しない。
つまり、『帝国の聖女』と呼ばれる存在が現れれば……それは他ならぬ私ということになる。
「申し上げにくいのですが、ゼパルグ第一王子殿下が貴女の妹君……ベリス・エイル侯爵令嬢と婚約を結ばれたとか」
ベリスがゼパルグ殿下と。
あまり意外でもない。
あの二人が通じ合っているのは知っていた。
「そうですか。あの二人も望みの婚約が成立して、嬉しいことでしょう」
その話を私にして、何を伝えたいのか。
もう私には関係のない人たちなのに。
「ロックス家としては、そろそろ王国を見限って帝国につく頃合いかと思っているそうです。
無能なゼパルグ王子殿下を王位に就かせるか、それとも失脚させるか……それには貴女の存在が重要なのです」
「……? すみません、どういうことでしょうか」
「いえ、それについては後ほどお話ししましょう。今はとにかく帝国へ向かうことをお考えくだされ」
「……わかりました」
伯爵代理の言葉が腑に落ちなかったが、今はあまり考える必要がないことなのだろう。
私も王国のことに関しては、あまり思い出したくない。
「そろそろグリム様も久方ぶりに戻ってくるでしょうな。帝国へ出立する心構え、よろしくお願いしますぞ」
ようやく国境を越える日が近づいてきた。
私は期待と不安を抱えて頷いた。
一瞬、伯爵代理が何を言っているのか理解できなかった。
言われた言葉をよく咀嚼し、再考してみる。
私が……公爵になる?
王国の侯爵令嬢なのに、帝国の公爵に……?
荒唐無稽な話だ。
「……どうしてそうなったのですか?」
「聖女という存在は極めて重要です。王国は貴女の重要性を理解できていなかったようですが、世界を救うほどの力が聖女には備わっているのですから。貴女を殺そうとし蔑ろにした王国に、もはや聖女を擁する権利はないでしょう。
それに帝国の爵位を継げば、王国も簡単に手出しできなくなります。刺客など仕向けようものなら、国際問題になるでしょうなぁ」
でも、急な話すぎて困ってしまう。
聖女という身分・役割に窮屈さを感じていたのに、さらに事の規模が大きくなっている気がする。
私の迷いを感じ取ったのか、後ろからリアナが問いを重ねる。
「しかし、いきなり公爵というのはエムザラ様には荷が重いのでは? それに、帝国の諸侯は納得しているのですか?」
「女公という形で統治してくださっても構いませんし、面倒なら文官などを代理に据えてもらっても構わないそうですぞ。また、帝国の重鎮たちも瘴気の災害を鎮めてもらえるのなら……と、聖女様を歓迎する姿勢です」
私のような者が爵位を得たところで、領民が困るだけではないだろうか。
別に領地経営は苦手ではないが、王国と帝国とでは勝手が違う。
領地経営を有能な臣下に任せる領主もいるし、帝国としては『聖女が帝国の爵位を持っている』ということが何よりも重要だと思われる。
こんなとき、グリムだったら……ううん。
グリムの判断にばかり頼るのはよくない。
彼にも心労をかけてしまうだろう。
私の判断で決めなければならないのだ。
聖女の役目さえ果たせば、責任の重い爵位から逃げることだってできるだろう。
「あの、そのお話は……マクシミリアン様と、誰が議論してお決めになられたのですか?」
「マクシミリアン様とグリム様を中心に、帝国の皇帝や宰相とお決めになったようですな。いやはや、私には雲の上の話すぎますが……」
「では、その件について……今はまだ保留ということでよろしいでしょうか。まずは帝国に行ってから考えたいのです」
曖昧な提案だが、どうか受け入れてほしい。
まだ心の決心がついていないのだ。
伯爵代理はしかと頷いた。
「うむ、ではマクシミリアン様にはそのように伝えておきましょう。
ああ、それとリアナ。貴女も聖女様の侍女として、帝国に向かうことが決まりました。聖女様をしっかりと支えてさしあげてください」
「……! なるほど、それでわたしも呼ばれたのですね! まだエムザラ様のお世話ができるなんて……とても嬉しいです、がんばります!」
私としても、リアナが一緒に来てくれるのは安心できる。
国境を越える不安は大きい。
侍女が一人でもいてくれてら、どんなに心が穏やかになるだろうか。
帝国に行く話が済んだところで、話題は王国に切り替わる。
「もうひとつ、伝えておくべき事項がありました。
ゼパルグ第一王子殿下には、聖女様が亡くなられた状態で発見された……と報告を入れておいたことはご存知ですね?」
「はい。いつまでも騙しておけるとは思えませんが……」
「そうですな。国境を越えるまでバレなければ良いのです」
これから帝国で瘴気が払われることが露呈すれば、同時に私の生存も明らかになるだろう。
聖女には奇妙な法則があり、数十年に一度しか誕生しない。
そして、同時に複数人の聖女は存在しない。
つまり、『帝国の聖女』と呼ばれる存在が現れれば……それは他ならぬ私ということになる。
「申し上げにくいのですが、ゼパルグ第一王子殿下が貴女の妹君……ベリス・エイル侯爵令嬢と婚約を結ばれたとか」
ベリスがゼパルグ殿下と。
あまり意外でもない。
あの二人が通じ合っているのは知っていた。
「そうですか。あの二人も望みの婚約が成立して、嬉しいことでしょう」
その話を私にして、何を伝えたいのか。
もう私には関係のない人たちなのに。
「ロックス家としては、そろそろ王国を見限って帝国につく頃合いかと思っているそうです。
無能なゼパルグ王子殿下を王位に就かせるか、それとも失脚させるか……それには貴女の存在が重要なのです」
「……? すみません、どういうことでしょうか」
「いえ、それについては後ほどお話ししましょう。今はとにかく帝国へ向かうことをお考えくだされ」
「……わかりました」
伯爵代理の言葉が腑に落ちなかったが、今はあまり考える必要がないことなのだろう。
私も王国のことに関しては、あまり思い出したくない。
「そろそろグリム様も久方ぶりに戻ってくるでしょうな。帝国へ出立する心構え、よろしくお願いしますぞ」
ようやく国境を越える日が近づいてきた。
私は期待と不安を抱えて頷いた。
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