婚約者から用済みにされた聖女 〜私を処分するおつもりなら、国から逃げようと思います〜

朝露ココア

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8. ロックス伯

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雨が止んだ後、東方にある駅舎へ向かう。
途中で馬車を手配してロックス伯爵領に入った。

温暖な帝国が近いこともあり、私の領地とはみられる植生も異なってくる。
車窓から眺めると、色とりどりの花畑が見えた。

「きれい……」
「ロックス伯の趣味はガーデニング。とにかく自然の景観を保護する法律を整備しているようだ」

噂から悪い人の印象を抱いていたが、意外と自然を大切にする性格でもあるようだ。
なんというか、ロックス伯はちぐはぐな印象を受ける。

親帝国派だったり、王国に献身的だったり。
狡猾な性格と噂されたり、人情に厚いと噂されたり。
実際に見てみないと、どんな人かわからない。

「ロックス伯爵領に入ってからは、簡単にゼパルグ王子の私兵も追ってこられないはずだ。
 ……見えてきたな、アレが伯爵家だよ」

グリムの示した方角を見ると、赤レンガの屋敷が見えてきた。
王国の屋敷とはかなり趣が違う。

一言で言えば、すごく鮮やか。
これまでの道と同様に、花々が咲き誇っている。
水路もしっかり整備されていて、景観が重視されている気がした。

それでも警備面がおろそかになっているわけではない。
衛兵が厳重に警備をして、私たちの馬車も警戒されていた。

「こっちだ」

グリムは馬車を降りて、衛兵に手を振る。
そして正門ではなく裏口の方へ向かっていく。
私も彼に続いて裏口に歩いて行った。

「おや、グリム様。ご主人様にご用ですか?」
「ああ、頼む」

裏口の警備兵に話をすると、すんなりと中に通してもらえた。
グリムがどういう立場なのか、よくわからない。


応接間にて待つこと数分。
使用人に導かれて、腰の曲がった老年の男性が現れた。
グリムが手を引いたので、立ち上がってカーテシーする。
彼がロックス伯爵なのだろう。

「爺さん、ごきげんよう。彼女はエムザラ・エイル。ご存知のとおり、聖女様だよ」
「お初にお目にかかります、エムザラ・エイルです」

ロックス伯爵は一瞥もせず、私たちの向かいの席に座った。
紅茶を一口すすり、彼はため息をついた。

「うむ。……まさかあの馬鹿王子、婚約者であり聖女でもある、エイル侯爵令嬢に刺客を向けるとはな。呆れてものも言えんわい。どう報告したものか……」

いきなり愚痴をこぼす伯爵。
彼は紅茶に続き、焼き菓子をまとめて口に放り込んだ。
そして、また紅茶を飲んで……

「……爺さん。俺は話をしに来たんだ。茶会がしたくて来たわけじゃない」
「ほっほほ。すまんの。美味くてつい、な。
 で、話とはなんじゃ。とりあえず聖女様を救ってくれたことには礼をしておこうかの、グリム様よ」
「そりゃどうも。話っていうのは、エムザラを帝国に逃がしたいって話。それまで匿ってくれると助かるんだけど。国境沿いは間違いなくゼパルグ王子の手勢が張っている。ロックス家の協力なくして、帝国に逃げることは難しいだろう」

グリムの話を聞いた伯爵は黙っていた。
おそらく考え事をしている最中なのだろう。
私は口を挟まず、黙ってグリムの隣に座っていた。

「……おい、爺さん?」
「ん? なんだったかのう……」
「チッ……はぁ、もういいや。そこの使用人さん、さっきの話を聞いていただろう?」

グリムは伯爵から目を逸らし、後ろに控える使用人に話しかけた。
このお爺様は……話を聞いているのだろうか?
まともに政務ができそうには見えない。

「聞いておりましたよ、グリム様」
「ロックス伯に今の話を伝えておいてくれ。エムザラをこの家で匿ってもらえると助かるんだが」
「承知しました」

そう言うと、使用人の一人が急ぎ足で部屋から出て行く。
私は何が起こったのかわからず、呆然としていた。

「あの、グリム。どういうことですか? ロックス伯は目の前のお爺様では?」
「ああ、彼は代理人だよ。ただの痴呆爺さん。ロックス伯は滅多に社交に顔も出さないし、客人と会うにも代理を立てる。かなり用心深い性格なんだ」

立場が立場なだけに、用心深い性格なのだとグリムは語った。
やはり全容の掴めない人だ。
そんな人の屋敷に置いてもらって、大丈夫なのだろうか。

「聖女の重要性を考えれば、暗殺者など入り込めないほど厳重な警備を敷いてもらえるはずだ。
 ……これ以上、君に聖女の役目を被せるのは俺としても心苦しい。しかし、安全と引き換えだと思ってしばらく我慢してくれ」
「大丈夫です。……グリムは離れませんよね?」
「そう心配そうな顔をするな。俺が君を手放すわけがないだろう」

彼がいてくれれば何でもいい。
どうせ私など、実家のエイル家では空気同然に扱われていたのだから。
私が重んじられたのは、聖女としての役目を果たすとき、そして王子の婚約者として扱われるときだけだった。
どこへ行こうとも、グリムがいればそれでいいと思った。


しばらく待つと、先程の使用人が入ってくる。

「エムザラ様、グリム様。ロックス伯が面会を希望されております。
 こちらへどうぞ」
「へぇ……彼が直接会いたいとは珍しい。行こうか」
「はい」

私たちは使用人に案内され、本物のロックス伯と会うことになった。
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