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「エムザラ……俺と来い。俺が君を幸せにしてやる」
「……ぇ」
耳を疑った。
目の前の彼が、私を幸せにする?
だって彼は私を殺しに来た刺客で……
「……殺さないのですか?」
「殺す代わりに、君の人生を俺がもらう。ああ、君からすれば死ぬよりも嫌な事態かもしれないが……必ず最後には幸せにしてみせる」
「ですが、あなたはゼパルグ殿下の勅命を受けて暗殺に来ています。私を殺さなければ、任務を果たせません。そうすれば、かえってあなたが死罪になってしまいます」
彼は私の手を取ったまま、決して離そうとはしない。
私もまた離れる気はなかった。
「暗殺はゼパルグ王子の独断だ。国王の許可を受けていないから、公然と問題にはできないだろう。彼のような愚かな人間に、君は相応しくない。
ゼパルグ王子が君から笑顔を奪ったのなら……俺は彼を許せない」
どうして彼はここまで、私を助けようとするのだろう。
ついさっきまで殺そうとしていたのに。
「あなたのお名前、まだ聞いていません」
「俺の名はグリム。……ただの刺客だ」
名前の響きからして、たぶん外国の人だ。
でも、今はそんなことどうでもよかった。
どうしても尋ねたいことがある。
「グリム。どうしてあなたは、私を助けてくれるのですか?」
「俺は……君の態度が気に入らなかっただけ。その張り付けたような笑顔を見ていると、本当の笑顔を見たくて仕方なくなる。
……あの日みたいに笑ってほしい」
彼の言葉の意味はよくわからなかった。
私、グリムとどこかで……
「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
そのとき、けたたましい声が部屋の外から響いた。
ドアノブをガチャガチャとひねり、強引に鍵のかかった扉を開けようとしている。
「行こう」
「行くって、どちらへ……?」
「逃げるんだよ。この国から、聖女としての役目から、君を不幸にする全てから。
この国にいても、やがて殺されるだけだ」
グリムは窓を開け放ち、私の体を軽々と抱きかかえた。
ふわりと甘い匂いが漂う。
そのまま月光のもとに跳躍し、庭にそっと降り立つ。
彼は私を下ろして手をそっと引いた。
急いでいるのに優しくて、転ばないようにリードしてくれている。
エイル家の庭を横断。
ふと、庭の隅に生えている一本の木が視界に入った。
目の前を走るグリムと、その木を見て――
「……ぁ」
そうだ、あのときの。
あのときの"彼"によく似ている。
でも、別人かもしれない。
あのときは死にかけていた少年の名前を聞けなかったから。
尋ねる自信はなかった。
そのまま通り過ぎていく。
屋敷を抜け、そのまま貴族街の路地裏に入り込む。
人の気配はない。
私は息切れを抑えて、その場に座った。
「はぁ……はぁ……」
「走らせてすまない。やはり俺が抱えて走った方がいいか」
「いえ、大丈夫です。でも……私、本当にこんなことをしてもいいのでしょうか……今からでも戻った方がいいかもしれません」
まだ戻るのは間に合う。
でも、戻ったところで再びゼパルグ殿下に命を狙われる。
殿下の刺客に命を狙われたなんて奏上しても、陛下には信じてもらえないだろう。
戻って死ぬか、グリムと一緒に逃げて生きるか。
悩んでいると、グリムは私の前に屈む。
目線を合わせて彼は言った。
「笑ってみろ」
「え……ご、ごめんなさい。わかりません」
グリムは真剣な表情のまま、再び要求する。
「趣味を言ってみろ」
「特にありません……」
「聖女をやってて楽しかったことは」
「覚えていません」
「好きな異性のタイプを言ってくれ」
「あ、えっと……わかりません……」
答えようのない質問を次々と。
グリムは何個か尋ねてから頷いた。
「なあ、何も答えられない人生に価値なんてあるのか?
そのまま死ぬのか?」
私の人生には価値がある。
少なくとも、聖女として人々に奉仕してきた。
貴族として政務をこなしてきた。
だけど、どうして何も答えられないのだろう。
本当に何も考えない人形だったのかな。
「……俺は小さいころ、ある少女に命を助けてもらったことがある。
当時の俺は大人に言われるがまま仕事をしていて、不意に殺されかけて……このまま何も世界のことを知らずに死ぬんだと思った。今の君と同じように。でも、俺の人生を変えてくれる人がいたんだ」
「それから……グリムの人生はどうなりましたか?」
「今は信念をもって仕事を続けている。自分が一番やりたいことを優先して、祖国のために尽くしている。
だから暗殺を反故にしてまで、エムザラを助けようとした。俺が君を笑顔にしたいと思ったから」
ああ、やはりそうなんだ。
話を聞いていると、グリムがあの日の少年だと察せられた。
「私が命を救ったから、あなたはこうして……来てくれたのですね」
「……! 覚えて、いたのか……!」
グリムが初めて驚いた表情を見せた。
彼の瞳が揺れている。
あの日に見た、綺麗な色と変わらない。
誰かから恩を返される。
今までにこんなことがあったかな。
いつも聖女の力を誰かのために使ってばかりで、私が得たものは……
「グリム、お願いがあります」
「ああ……遠慮なく言ってくれ。君のためならば、この命に代えても」
きっと、私は解放される瞬間を待っていたんだ。
その形が何であれ、死でも逃避でもよかった。
とにかく聖女という立場から解放されたい。
グリムなら、きっと私を救ってくれる。
私がかつて彼を救ったように。
「私を連れて……遠くへ逃げてほしいです」
「……ぇ」
耳を疑った。
目の前の彼が、私を幸せにする?
だって彼は私を殺しに来た刺客で……
「……殺さないのですか?」
「殺す代わりに、君の人生を俺がもらう。ああ、君からすれば死ぬよりも嫌な事態かもしれないが……必ず最後には幸せにしてみせる」
「ですが、あなたはゼパルグ殿下の勅命を受けて暗殺に来ています。私を殺さなければ、任務を果たせません。そうすれば、かえってあなたが死罪になってしまいます」
彼は私の手を取ったまま、決して離そうとはしない。
私もまた離れる気はなかった。
「暗殺はゼパルグ王子の独断だ。国王の許可を受けていないから、公然と問題にはできないだろう。彼のような愚かな人間に、君は相応しくない。
ゼパルグ王子が君から笑顔を奪ったのなら……俺は彼を許せない」
どうして彼はここまで、私を助けようとするのだろう。
ついさっきまで殺そうとしていたのに。
「あなたのお名前、まだ聞いていません」
「俺の名はグリム。……ただの刺客だ」
名前の響きからして、たぶん外国の人だ。
でも、今はそんなことどうでもよかった。
どうしても尋ねたいことがある。
「グリム。どうしてあなたは、私を助けてくれるのですか?」
「俺は……君の態度が気に入らなかっただけ。その張り付けたような笑顔を見ていると、本当の笑顔を見たくて仕方なくなる。
……あの日みたいに笑ってほしい」
彼の言葉の意味はよくわからなかった。
私、グリムとどこかで……
「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
そのとき、けたたましい声が部屋の外から響いた。
ドアノブをガチャガチャとひねり、強引に鍵のかかった扉を開けようとしている。
「行こう」
「行くって、どちらへ……?」
「逃げるんだよ。この国から、聖女としての役目から、君を不幸にする全てから。
この国にいても、やがて殺されるだけだ」
グリムは窓を開け放ち、私の体を軽々と抱きかかえた。
ふわりと甘い匂いが漂う。
そのまま月光のもとに跳躍し、庭にそっと降り立つ。
彼は私を下ろして手をそっと引いた。
急いでいるのに優しくて、転ばないようにリードしてくれている。
エイル家の庭を横断。
ふと、庭の隅に生えている一本の木が視界に入った。
目の前を走るグリムと、その木を見て――
「……ぁ」
そうだ、あのときの。
あのときの"彼"によく似ている。
でも、別人かもしれない。
あのときは死にかけていた少年の名前を聞けなかったから。
尋ねる自信はなかった。
そのまま通り過ぎていく。
屋敷を抜け、そのまま貴族街の路地裏に入り込む。
人の気配はない。
私は息切れを抑えて、その場に座った。
「はぁ……はぁ……」
「走らせてすまない。やはり俺が抱えて走った方がいいか」
「いえ、大丈夫です。でも……私、本当にこんなことをしてもいいのでしょうか……今からでも戻った方がいいかもしれません」
まだ戻るのは間に合う。
でも、戻ったところで再びゼパルグ殿下に命を狙われる。
殿下の刺客に命を狙われたなんて奏上しても、陛下には信じてもらえないだろう。
戻って死ぬか、グリムと一緒に逃げて生きるか。
悩んでいると、グリムは私の前に屈む。
目線を合わせて彼は言った。
「笑ってみろ」
「え……ご、ごめんなさい。わかりません」
グリムは真剣な表情のまま、再び要求する。
「趣味を言ってみろ」
「特にありません……」
「聖女をやってて楽しかったことは」
「覚えていません」
「好きな異性のタイプを言ってくれ」
「あ、えっと……わかりません……」
答えようのない質問を次々と。
グリムは何個か尋ねてから頷いた。
「なあ、何も答えられない人生に価値なんてあるのか?
そのまま死ぬのか?」
私の人生には価値がある。
少なくとも、聖女として人々に奉仕してきた。
貴族として政務をこなしてきた。
だけど、どうして何も答えられないのだろう。
本当に何も考えない人形だったのかな。
「……俺は小さいころ、ある少女に命を助けてもらったことがある。
当時の俺は大人に言われるがまま仕事をしていて、不意に殺されかけて……このまま何も世界のことを知らずに死ぬんだと思った。今の君と同じように。でも、俺の人生を変えてくれる人がいたんだ」
「それから……グリムの人生はどうなりましたか?」
「今は信念をもって仕事を続けている。自分が一番やりたいことを優先して、祖国のために尽くしている。
だから暗殺を反故にしてまで、エムザラを助けようとした。俺が君を笑顔にしたいと思ったから」
ああ、やはりそうなんだ。
話を聞いていると、グリムがあの日の少年だと察せられた。
「私が命を救ったから、あなたはこうして……来てくれたのですね」
「……! 覚えて、いたのか……!」
グリムが初めて驚いた表情を見せた。
彼の瞳が揺れている。
あの日に見た、綺麗な色と変わらない。
誰かから恩を返される。
今までにこんなことがあったかな。
いつも聖女の力を誰かのために使ってばかりで、私が得たものは……
「グリム、お願いがあります」
「ああ……遠慮なく言ってくれ。君のためならば、この命に代えても」
きっと、私は解放される瞬間を待っていたんだ。
その形が何であれ、死でも逃避でもよかった。
とにかく聖女という立場から解放されたい。
グリムなら、きっと私を救ってくれる。
私がかつて彼を救ったように。
「私を連れて……遠くへ逃げてほしいです」
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