呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第12章 呪われ公の絶息

孤独、弱きを閉ざす

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瞬間的に室内が凍り付く。
足元に駆け巡った薄氷は、近衛兵たちの足元を覆う。

「何が起こった……!?」

ラインホルトは驚愕の表情で足元を見つめる。
兵士たちの足首より下が氷に沈み、動かない。

氷の発生源は部屋の入り口。
二名の兵士がそこに立っている。
近衛兵の制服に、目深に被った兜。
一見すれば城の兵士にしか見えない。

「貴様ら……なんのつもりだ!?」

「なんのつもり、ですって? ただ恩人たちの助けとなるために馳せ参じた次第でしてよ」

「ふふっ……生徒会役員として、生徒会長を助けるのは道理さ」

二人の兵士は目深に被っていた兜を脱ぎ捨てる。
学園の華、二輪が顔を出した。

「エンカルナ様、ガスパル様……!」

「やあ、ノーラ嬢。手を貸すというプロミス、忘れてはいないだろうね? ほらこの通り、君や殿下の道を阻む者は氷漬けさ」

「まったく……こんな真似をするなんて、家が取り潰されても文句は言えないわね。そうなることも覚悟の上だけれど」

窮地での救い。
これは偶然ではなく必然。
デニスが仕組んだ予定調和に他ならない。

ラインホルトをも凌ぎ、独力で読みきった結果だ。

「まさか……この私が出し抜かれるとは……!」

「セリノ、ペートルスを」

「はっ!」

セリノが眠るペートルスを抱え上げる。
そうしてペートルスが救出される間も、兵士たちは一切の身動きが取れなかった。

「監視塔の頂上へ向かいなさい。退路はそこしかない」

「後のことは僕たちに任せてくれたまえ。……可能な限り、ラインホルト殿下を縫い止めよう」

「ありがとうございます。さあ、行きましょう! ノーラさん、セリノ!」

凍り付く兵士たちの横を抜け、三人は走る。
退路は監視塔の頂上――エンカルナはそう語った。
本来はアリアドナの魔法で飛んで脱出する予定だったが、彼女はエリオドロの足止めに回った。

ならば、残された脱出手段は。
ノーラはデニスの作戦をすべて理解しているわけではない。
それでも仲間を信じてデニスの後に続く。
背後にはペートルスを抱えたセリノの姿。
彼を連れて、必ずここから抜け出してみせる。

「……検討を祈るわ」

離脱した三人を見送り、エンカルナは呟いた。
さて気丈に振る舞ったは良いものの。

「ロダナフ侯爵令嬢、ウォラム公爵令息。この始末……どうつけてくれる?」

目前に立つラインホルトの怒気に、両者とも冷や汗をかいていた。

「ふふ……殿下。ここは僕たちの命乞いに免じて、見逃してはくれないかな?」

「断る。デニスの読みと、貴殿らの勇気には深甚たる敬意を表する。だが……これは遊びではない。国の未来を賭けた局面だ。ゆえに、私も慈悲は持たん」

なにゆえラインホルトが恐れられるのか。
答えは明白。
彼には隙がなく、かつ容赦もないゆえに他ならず。

ラインホルトは右手の指輪に魔力を籠めた。
同時、足元の氷結を解く熱気が迸る。

「すべての障害を想定している。すべての不足を想定している。まだ私は止められんぞ、愚弟よ」

 ◇◇◇◇

屋上にたどり着く。
強い風がノーラの頬を撫でた。

「屋上に行けってエンカルナ様は言いましたが……何も、ない気がします?」

しきりに周囲を見渡せど、見えるものは特にない。
ただ青空が彼方まで広がり、眼下に広がる城内を眺望できるだけ。

デニスもまた縋る気持ちで空を仰ぎ見る。
エンカルナとガスパルの乱入は作戦の内だったが、屋上に行く旨は事前に知らされていなかった。

「セリノ、何か聞いてるかい?」

「いえ……申し訳ございません。ですが、エンカルナ殿が無意味な助言をするはずがありません」

「必ず何かあるはずです! よく探してみましょう!」

ノーラはセリノに抱えられたペートルスを見て心を奮い立たせた。
せっかくここまで来たのだ。
あと少しで彼を皇城から連れ出せる。
諦めてたまるものか。

血眼になって探す。
何か、何かあるはずだと。

「いえ……駄目です。ここは諦めて、別の道から抜け出しましょう」

しばし手がかりを探し、デニスは割り切った。
このまま無駄に時間を浪費するよりも、早々に別の脱出経路を見るべきだ。

「――いや、退路などない。貴公らの戦いはここで終わりだ」

「っ……まさか!」

再び、その声が響く。
あまりにも早すぎる。
咄嗟に振り向いたデニスの視線の先……階下に続く扉から、ラインホルトが姿を見せた。

彼に続いて近衛兵たちが次々と突入。
先程と同様、ノーラたちを取り囲んだ。

「あの二人は……」

「安心しろ、手荒な真似はしていない。私は帝国の安寧を重んじるがゆえに、名家の子息を傷つけることはせん。そもそもお前が無駄な働きをしなければ、彼らと軋轢を生むこともなかったのだがな」

「デニス様、どうしますか?」

どうするか尋ねつつ、ノーラはまだまだ抵抗するつもりだった。
もう命だって惜しくはない。
ここで諦めてペートルスが処刑されるくらいなら――最期まで足掻いてやる。

「もちろん抗います。人生に一度の反抗期くらい、器の大きな兄上は許してくださるでしょう」

「よっしゃ! そうこなくっちゃ、ですね!」

デニスの勇ましい返事を聞いたノーラは歓声を上げる。
しかし、前途多難。
まずはこの局面をどう切り抜けるか。

「ここまで逃げおおせたことは評価しよう。デニスよ、お前もずいぶんと成長したものだ。だが……兄には敵わない」

ラインホルトが片手を挙げると、一斉に包囲網が作られる。
一糸乱れぬ動きで近衛兵たちはノーラを取り囲み、今度こそは逃がすまいと隙間なく取り囲んだ。

「積み重ねた歳月が、帝国への想いが、厳しい現実を直視する眼差しが、このラインホルトには遠く及ばない。帝国の舵を取れるのは、圧倒的な実力だけだ」

好き勝手に言ってくれる……とセリノは唇を噛んだ。
相手がラインホルトでなければ、即座に不敬者だと斬り捨てていたところだ。

だが、当のデニスは。
あくまで落ち着いて天を仰いでいた。

「……それは違うと思いますよ、兄上」

「ふむ……」

「巡り合わせ、その根源となる絆。一人で背負う兄上と、多くの人に支えられなければ立てない私。どちらもきっと正しいのでしょうね」

不意に視界が暗くなった。
照りつける陽光が遮られたのだ。

いつしか響いていた鈍い羽ばたきの音。
吹き荒れる乱気流。
睥睨する白亜の竜。

ペートルスの愛竜、テモック。
彼の竜は静かに眠るペートルスを見つめていた。
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