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第12章 呪われ公の絶息
始動
しおりを挟むエルメンヒルデを伴って学園へ戻ったノーラ。
クラスNの教室には新たな顔ぶれが二つあった。
「コルラードさんに……バレンシアも!」
「よっ、ノーラ! エルメンヒルデもいるじゃないか!」
「まったく……お馬鹿さんたちが次々と集まってくるわね。わたくしも人のことは言えないけれど」
友が駆けつけてくれた事実を受け、ノーラの心は奮い立つ。
二人の顔を見ているだけで、どことなく安心感がある。
喜びも早々に、後ろから顔を出したフリッツの表情は浮かなかった。
彼はどこか歯切れ悪そうに尋ねる。
「ピルット嬢、お帰りなさい。エルメンヒルデさんがいるということは……宗教派の協力は?」
「はい、得られました! とは言っても……直接的な戦力の供与はなしで、支援のみに留まるそうです」
ノーラの報告を受け、デニスは胸を撫で下ろした。
「それだけで充分です。戦に発展させるつもりはありませんから。まさか本当に支援を取りつけてしまうとは……ありがとうございます、ノーラさん」
心なしかデニスの笑みもぎこちない。
空気が重いというか、言葉を発しがたい雰囲気が漂っている。
もしかして自分がいない間に何かあったのだろうか……とノーラは訝しんだ。
「あ、あの……なんかあったんすか?」
ノーラが視線を巡らせると、皆はそれとなく視線を逸らす。
そんな彼らに代わるようにフリッツが沈黙を破った。
「実は、私の未来予知が働いたのです。今から二週間後……ペートルス卿は処刑される」
「……! 制限時間はあと二週間ってことですか」
「ええ。私の役立たずな予知も、今回ばかりは光りましたね。とても短い期限ですが……どうにかしなくては」
「急ぎましょう。大丈夫、わたしたちならやれます」
二週間と言わず、できるだけ早くペートルスを助けたい。
何が要因で処刑が早まるかわからない以上、早く動くに限るだろう。
次いでバレンシアとコルラードに視線を向ける。
「それで……バレンシアとコルラードさんはどうしてここに?」
「父上が動いたわ。アンギス侯爵家の騎士団が、皇城の防衛に配置された」
ノーラははて、と首を傾げた。
「あー……なんだっけ? アンギス侯爵家の騎士団といえば、秀麗なる同担騎士団みたいな……帝国随一の騎士団なんだよね!」
「壮麗なる慟哭騎士団だよ、ノーラちゃん……」
エルメンヒルデが引きつった顔で間違いを訂正する。
「ま、まあ……名前はどうでもいいのよ。問題はルートラ公爵令息の処刑が執り行われる皇城に、アンギス侯爵家の騎士団が配置されたということ。指令を出したのはラインホルト殿下。あの方はなんとしても処刑を邪魔させないつもりだわ」
政情に疎いノーラでも、デカい騎士団が動いたということは理解できた。
ペートルスを処刑したいラインホルトの麾下にあるということは、つまり敵ということで。
デニスは苦しげに肩を落とした。
「すでにペートルスは皇城へ移動されています。私たちはどうにか皇城へ忍び込み、ペートルスを助ける計画を立てていたのですが……これでは計画を練り直さなくてはなりませんね。兄上は本当に手強い相手です」
「そう落ち込むなって、殿下! 鼠一匹でも入りこめりゃ勝機はあるさ!」
「コルラード殿、殿下に気安く触れないでください。不敬ですよ?」
デニスの肩を叩いて励ますコルラードを、セリノが苛立たしげに引きはがす。
今にも斬りかかりそうな怒気を湛え、額に青筋を浮かべている。
そんなセリノを宥めつつ、デニスは仕切り直した。
「さ、さて……バレンシアさん。軍事に知悉するあなたならば、どうにか活路を見出すことはできませんか?」
「そうね……厳しいですわ。正攻法ではどうしようもないと思います。わたくしも積極的に協力したいけれど……表立って父上とは対立できないから、アンギス侯爵家の権力を使ってどうにかすることもできない。ここはやはり、『裏をかく』ことが得意な方の出る幕ではなくて?」
そう言ってバレンシアはコルラードを見た。
彼は少し気恥ずかしそうに頭を掻く。
「俺か? まあ……策を思いつかないわけじゃないけど。いくら兵を連ねようが、結局は『組織』だからな。組織を無力化する方法はいくらでもあるんだよ。……通用するかはわからないけどな」
そう言うと、コルラードは袖口から黒い紙鳩を天に飛ばした。
◇◇◇◇
「…………っ!」
廃屋に身を隠すイトゥカは、物音に咄嗟に顔を上げた。
しかし入ってきた巨漢を見て構えた短刀を下ろす。
「イニゴさん。首尾はどう?」
反乱軍が敗走し、ペートルスの部下たちは各地に散った。
今はどうにか主を救出するべく奔走している最中。
イニゴは疲労の濃い顔に無理やり笑顔を浮かべる。
「ミクラーシュから連絡がありやした。マインラート様との交渉は失敗に終わったと」
「そっか……でも先生を責めたって意味ないよ。マインラートって人は元々勝ち馬に乗る予定だったんでしょ? 協力してくれるわけがないし」
「まあ、そうですなぁ……」
イニゴはペートルスの従者として付き添ってきた日々を思い出す。
ペートルスと話しているマインラートは、どうにも打算だけで動くような人間には見えなかったが。
それでもこの状況を打開するのは無理があると踏んだのだろう。
「ま、俺ぁ一人でもペートルス様のために動く所存です。誰が協力しようがしまいが、知ったこっちゃねぇ」
「もちろんあたしも、ペイルラギも、ミクラーシュ先生もお供するよ! だってペートルス様には命を救っていただいたご恩があるもん」
「頼もしい限りです。しかしなぁ……この局面をどう打開したもんかねぇ」
◇◇◇◇
「さて……これで防備は成ったか。簡単に手出しはできまい」
ラインホルトはひと仕事を終え、目頭を押さえた。
ここ最近は多忙を極めている。
弟は勝手なことを言って城を飛び出してしまうし、頼れるペートルスは反乱を起こして失敗した。
帝国を一人で背負っている気分だ。
仮にペートルスが勝ってくれれば、理想的な方向に国政が進んだのだが。
そんなラインホルトのそばに立っていた男……『サンロックの賢者の賢者』アロルド。
彼は壁にもたれかかり、じっくりとラインホルトを眺めていた。
「大変そうだなぁ。国のために東奔西走……泣けるぜ」
「賢者よ。貴殿には陛下の治療を頼んでいたはずだが……進捗はどうなのだ。他人事ではないのだぞ」
「それがどうにもねぇ。ありゃ加齢に伴う病だから、魔法でどうにかすんのは難しいわな。まあ最大限の延命はするが」
「それでいい。陛下には一秒でも長く皇帝として君臨してもらう。今この状況で陛下が亡くられては、乱世どころの話ではなくなる」
孫という唯一の敵を失い、ルートラ公爵が勢いをつけている。
そしてデニスとの関係性も微妙な今……皇帝が死ぬのは絶対に避けねばならない事態だ。
せめてもう少し政局が落ち着いてから代替わりしたい。
「ともかく、貴殿には陛下の治療を継続してもらう」
「承知だ。しかし……いいのかい? なんだか反乱軍の残党とか、動きがきな臭いみたいだが」
「問題ない。この程度の障害、捌いてみせる。仮に私の思い通りにならなかったとしても……帝国の未来が善くなるために舵を取る。それが皇族の責務だ。……ただし、どうしてもという場合には貴殿にも協力を仰ぐかもしれん」
ここ最近の無理が祟ったのだろう。
強烈な眠気がラインホルトを襲う。
瞳を閉じて俯いたラインホルトに、アロルドはそっと安眠の魔法をかけた。
「殿下の坊ちゃんもまあ、国を想ってるんだろうさ。自分だけが国の未来を築けると思っている。ただ……国は一人で背負うもんじゃねぇ。自分を支えてくれる奴はいつもそばにいる……そう気づけたのなら、きっと坊ちゃんは名君になれるさ」
クラスNの教室には新たな顔ぶれが二つあった。
「コルラードさんに……バレンシアも!」
「よっ、ノーラ! エルメンヒルデもいるじゃないか!」
「まったく……お馬鹿さんたちが次々と集まってくるわね。わたくしも人のことは言えないけれど」
友が駆けつけてくれた事実を受け、ノーラの心は奮い立つ。
二人の顔を見ているだけで、どことなく安心感がある。
喜びも早々に、後ろから顔を出したフリッツの表情は浮かなかった。
彼はどこか歯切れ悪そうに尋ねる。
「ピルット嬢、お帰りなさい。エルメンヒルデさんがいるということは……宗教派の協力は?」
「はい、得られました! とは言っても……直接的な戦力の供与はなしで、支援のみに留まるそうです」
ノーラの報告を受け、デニスは胸を撫で下ろした。
「それだけで充分です。戦に発展させるつもりはありませんから。まさか本当に支援を取りつけてしまうとは……ありがとうございます、ノーラさん」
心なしかデニスの笑みもぎこちない。
空気が重いというか、言葉を発しがたい雰囲気が漂っている。
もしかして自分がいない間に何かあったのだろうか……とノーラは訝しんだ。
「あ、あの……なんかあったんすか?」
ノーラが視線を巡らせると、皆はそれとなく視線を逸らす。
そんな彼らに代わるようにフリッツが沈黙を破った。
「実は、私の未来予知が働いたのです。今から二週間後……ペートルス卿は処刑される」
「……! 制限時間はあと二週間ってことですか」
「ええ。私の役立たずな予知も、今回ばかりは光りましたね。とても短い期限ですが……どうにかしなくては」
「急ぎましょう。大丈夫、わたしたちならやれます」
二週間と言わず、できるだけ早くペートルスを助けたい。
何が要因で処刑が早まるかわからない以上、早く動くに限るだろう。
次いでバレンシアとコルラードに視線を向ける。
「それで……バレンシアとコルラードさんはどうしてここに?」
「父上が動いたわ。アンギス侯爵家の騎士団が、皇城の防衛に配置された」
ノーラははて、と首を傾げた。
「あー……なんだっけ? アンギス侯爵家の騎士団といえば、秀麗なる同担騎士団みたいな……帝国随一の騎士団なんだよね!」
「壮麗なる慟哭騎士団だよ、ノーラちゃん……」
エルメンヒルデが引きつった顔で間違いを訂正する。
「ま、まあ……名前はどうでもいいのよ。問題はルートラ公爵令息の処刑が執り行われる皇城に、アンギス侯爵家の騎士団が配置されたということ。指令を出したのはラインホルト殿下。あの方はなんとしても処刑を邪魔させないつもりだわ」
政情に疎いノーラでも、デカい騎士団が動いたということは理解できた。
ペートルスを処刑したいラインホルトの麾下にあるということは、つまり敵ということで。
デニスは苦しげに肩を落とした。
「すでにペートルスは皇城へ移動されています。私たちはどうにか皇城へ忍び込み、ペートルスを助ける計画を立てていたのですが……これでは計画を練り直さなくてはなりませんね。兄上は本当に手強い相手です」
「そう落ち込むなって、殿下! 鼠一匹でも入りこめりゃ勝機はあるさ!」
「コルラード殿、殿下に気安く触れないでください。不敬ですよ?」
デニスの肩を叩いて励ますコルラードを、セリノが苛立たしげに引きはがす。
今にも斬りかかりそうな怒気を湛え、額に青筋を浮かべている。
そんなセリノを宥めつつ、デニスは仕切り直した。
「さ、さて……バレンシアさん。軍事に知悉するあなたならば、どうにか活路を見出すことはできませんか?」
「そうね……厳しいですわ。正攻法ではどうしようもないと思います。わたくしも積極的に協力したいけれど……表立って父上とは対立できないから、アンギス侯爵家の権力を使ってどうにかすることもできない。ここはやはり、『裏をかく』ことが得意な方の出る幕ではなくて?」
そう言ってバレンシアはコルラードを見た。
彼は少し気恥ずかしそうに頭を掻く。
「俺か? まあ……策を思いつかないわけじゃないけど。いくら兵を連ねようが、結局は『組織』だからな。組織を無力化する方法はいくらでもあるんだよ。……通用するかはわからないけどな」
そう言うと、コルラードは袖口から黒い紙鳩を天に飛ばした。
◇◇◇◇
「…………っ!」
廃屋に身を隠すイトゥカは、物音に咄嗟に顔を上げた。
しかし入ってきた巨漢を見て構えた短刀を下ろす。
「イニゴさん。首尾はどう?」
反乱軍が敗走し、ペートルスの部下たちは各地に散った。
今はどうにか主を救出するべく奔走している最中。
イニゴは疲労の濃い顔に無理やり笑顔を浮かべる。
「ミクラーシュから連絡がありやした。マインラート様との交渉は失敗に終わったと」
「そっか……でも先生を責めたって意味ないよ。マインラートって人は元々勝ち馬に乗る予定だったんでしょ? 協力してくれるわけがないし」
「まあ、そうですなぁ……」
イニゴはペートルスの従者として付き添ってきた日々を思い出す。
ペートルスと話しているマインラートは、どうにも打算だけで動くような人間には見えなかったが。
それでもこの状況を打開するのは無理があると踏んだのだろう。
「ま、俺ぁ一人でもペートルス様のために動く所存です。誰が協力しようがしまいが、知ったこっちゃねぇ」
「もちろんあたしも、ペイルラギも、ミクラーシュ先生もお供するよ! だってペートルス様には命を救っていただいたご恩があるもん」
「頼もしい限りです。しかしなぁ……この局面をどう打開したもんかねぇ」
◇◇◇◇
「さて……これで防備は成ったか。簡単に手出しはできまい」
ラインホルトはひと仕事を終え、目頭を押さえた。
ここ最近は多忙を極めている。
弟は勝手なことを言って城を飛び出してしまうし、頼れるペートルスは反乱を起こして失敗した。
帝国を一人で背負っている気分だ。
仮にペートルスが勝ってくれれば、理想的な方向に国政が進んだのだが。
そんなラインホルトのそばに立っていた男……『サンロックの賢者の賢者』アロルド。
彼は壁にもたれかかり、じっくりとラインホルトを眺めていた。
「大変そうだなぁ。国のために東奔西走……泣けるぜ」
「賢者よ。貴殿には陛下の治療を頼んでいたはずだが……進捗はどうなのだ。他人事ではないのだぞ」
「それがどうにもねぇ。ありゃ加齢に伴う病だから、魔法でどうにかすんのは難しいわな。まあ最大限の延命はするが」
「それでいい。陛下には一秒でも長く皇帝として君臨してもらう。今この状況で陛下が亡くられては、乱世どころの話ではなくなる」
孫という唯一の敵を失い、ルートラ公爵が勢いをつけている。
そしてデニスとの関係性も微妙な今……皇帝が死ぬのは絶対に避けねばならない事態だ。
せめてもう少し政局が落ち着いてから代替わりしたい。
「ともかく、貴殿には陛下の治療を継続してもらう」
「承知だ。しかし……いいのかい? なんだか反乱軍の残党とか、動きがきな臭いみたいだが」
「問題ない。この程度の障害、捌いてみせる。仮に私の思い通りにならなかったとしても……帝国の未来が善くなるために舵を取る。それが皇族の責務だ。……ただし、どうしてもという場合には貴殿にも協力を仰ぐかもしれん」
ここ最近の無理が祟ったのだろう。
強烈な眠気がラインホルトを襲う。
瞳を閉じて俯いたラインホルトに、アロルドはそっと安眠の魔法をかけた。
「殿下の坊ちゃんもまあ、国を想ってるんだろうさ。自分だけが国の未来を築けると思っている。ただ……国は一人で背負うもんじゃねぇ。自分を支えてくれる奴はいつもそばにいる……そう気づけたのなら、きっと坊ちゃんは名君になれるさ」
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