呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第12章 呪われ公の絶息

立ち上がる理由

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「わたしが……イアリズ伯爵令嬢、『呪われ姫』エレオノーラ・アイラリティルが。教皇聖下に協力を仰ぎます」

衝撃の告白だった。
ノーラの言葉に、面々は様々な反応を見せる。
驚愕し、困惑し、納得し。
しばしの沈黙が走る。

「ピルット嬢が……呪われ姫? イアリズ伯爵家に閉じ込められているという……っ!」

フリッツは何かに気がついたように顔を上げた。
彼の怪訝に細められていた瞳は、驚きに見開かれる。

「そうだ……どうして気づかなかったのでしょう。見る者を恐れさせる呪い……ピルット嬢の右目とまったく同じではないですか!」

いつか言おうと思っていた。
暗殺の主犯が義母とルートラ公だと知れた今、隠しておくべき理由はない。
今から自分はルートラ公に真向から立ち向かうのだから。

衝撃に呆然とするデニスに、そばで支えるセリノ。
その横に立つノエリアは得心したようにうなずく。

「あら。ここで告白されるのね」

「ノエリア様は……知っていたのですか?」

「兄が気にかけた女性ですもの。身辺くらいは調べますわ。とはいえ……さして意外な事実でもありませんでしたが」

兄は特殊な方ですから、とノエリアは半笑いで言った。
どこか寂寞と諦観が籠った声で。

もうそんな兄と会うことはないのだろう。
悲しそうに瞳を伏したノエリアの一瞬を、ノーラは見逃さない。

「ピルット嬢……じゃねえや、イアリズ伯爵令嬢。あんた貴族だったんだな」

マインラートの底冷えするような声が響く。
そうだ、ノーラが最も恐れていたのは彼の反応だ。
うわべは平民を見下しながらも、本心では貴族を軽蔑する彼の反応が……何よりも怖かった。

「今まで黙っていてごめんなさい。どうしても言えない理由があったんです」

「あぁ……そうか。全部得心が行ったよ。あんたが平民を名乗ってたわりに文化に疎かったのも、宗教派に伝手があるってのも……そういうことかよ」

マインラートは力なく息を吐いた。
それは傍から見て失望にも見える。

「ずいぶんと節穴だったよ……俺の目は。そうか、あんたがペートルス様の語っていた……馬鹿げてやがる」

くるりと踵を返した彼はそのまま教室の出口へ向かう。

「マインラート様……」

「『理由』がそう言うんじゃ仕方ねぇよ。後は勝手にやっとけ」

乱暴に扉を閉め、マインラートは出て行ってしまった。
彼の言葉の意味はわからなかったが……協力を得ることは難しそうだ。

後に残された面々に沈黙が漂う中、フリッツが切り出す。

「マインラートのことはお気になさらず。ピルット嬢……いえ、イアリズ伯爵令嬢。打ち明けてくださってありがとうございます」

「なんだか変な気分です。わたしのことは今まで通り呼んでください。その方が円滑にやり取りできますし」

「承知しました。では、ピルット嬢……話を戻しましょう。あなたには宗教派と交渉をしていただきます。その間、デニス殿下に連なる私どもは今後の策を練ります」

議論に戻る。
デニスがノーラの提案に対し、首を傾げた。

「しかし、イアリズ伯爵家は皇帝派に属していたはずです。ノーラさんと宗教派にはどういう関係が?」

「わたしの母……イアリズ前伯爵夫人のエウフェミアは、かつてシュログリ教の巫女長を務めていたのです。その縁もあって、教皇聖下とは知り合いでして」

ノーラの説明にノエリアがさらに補足する。

「……エウフェミア前夫人は、シュログリ教において非常に大きな影響力を持つ存在だったそうですわ。その力ゆえに、私の祖父……ルートラ公から命を狙われる羽目になりましたが」

「はい……わたしが何度か刺客に命を狙われていたのも、ルートラ公が裏で糸を引いていたそうで。義母もまたルートラ公の配下でした」

語れば語るほど、一同がルートラ公爵に立ち向かう理由が強固になっていく。
ノーラは右目と母の命の報いを。
ノエリアは兄と両親の報いを。
フリッツは兄の報いを。
まだまだ恨みを抱える人はいるに違いない。

デニスは拳を握りしめ、憤懣やるかたない様子を見せる。

「つい先日の裁判でも明らかになったことですが……ノーラさんを筆頭に、ルートラ公の陰謀による被害者は後を絶ちません。これ以上、ルートラ公の横暴は許しません。グラン帝国第二皇子として……帝国の未来を築く者として」

もう退くつもりはない。
デニスは徹底的にルートラ公と戦い、ペートルスを救うつもりだった。
臆病だった皇子の影は遥か彼方。
今や勇ましき先導者が在るのみ。

 ◇◇◇◇

「……お父様。どちらへ?」

アンギス侯爵令嬢、バレンシアは尋ねた。
視線の先には山を想起させるような巨漢。
彼……アンギス侯爵エリオドロは長いひげを弄びながら答える。

「ラインホルト殿下から招集がかかった。騎士団を率い、皇城の警備に当たるようにとな」

「警備……それはもしや」

「うむ! ペートルス卿の処刑に際して、余計な妨害が入らないように……とのことであろう」

ラインホルトが勅命を出したゆえに、ペートルスの処刑は皇城にて執行される。
デニスが不穏な動きを見せ、反乱軍の残党もどう動くかわからない。
警備を強化するのは当然と言えるだろう。

「心配は無用。我ら『壮麗なる慟哭騎士団』がいる限り、不足の事態はあり得ん!」

「……左様でございますか。ご武運を」

「時にバレンシアよ、お主はどうする。私とともに警備に当たるか?」

「いえ。わたくしは家で大人しくしております。お父様の供は兄上にお任せしましょう」

「そうか。では行ってくるぞ!」

とうとう帝国最大の騎士団が動いた。
皇帝派を最も強権たらしめる武力、その一角。
アンギス侯爵率いる騎士団を掻い潜ることは、とても一筋縄ではいかないだろう。

「親愛は正義に反するか。まったく……難しい命題ね」
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