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第12章 呪われ公の絶息
黄金の呼び声
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手紙の差出人はノエリア・ウィガナック。
内容は極めて簡潔に『ニルフック学園にいらしてください』というものだった。
ペートルスの敗北に茫然自失とする中、ノーラはフリッツに導かれてニルフック学園へ向かった。
封鎖された門を飛び越え、学園の敷地内へ。
相も変わらず人気はなく、虚しい風音のみが響く。
「ノエリア嬢……ペートルス卿の妹君でしたね。私もほとんど話したことはありませんが。外国へ留学中だったと思いますが、いつの間にお帰りになられたのでしょう」
「…………」
フリッツが沈黙を掻き消そうと話し続ける。
しかし、ノーラはどう返答すればいいのかわからなかった。
先程から、ペートルスの敗北を聞いたときからずっとそうだ。
思考が乱れ、何を言おうとしても舌の根が動かない。
隣に並ぶフリッツもノーラの状況は理解している。
だからこそ、少しでも気分を和らげようと言葉を紡ぎ続けていた。
「ひとまずノエリア嬢を探しましょう。このタイミングでピルット嬢宛の手紙を出す……というのは、意図が読めませんね」
おそらくペートルスの一件と関係はあるのだろう。
しかし、事ここに至りノーラを求めるのは何故か。
「人を探知できる魔法を使えたらよかったのですが……私の実力不足で手間取ることになりそうです。申し訳ない」
「い、いえ……フリッツ様もお忙しいなか、一緒についてきてくれて感謝しています。本当にありがとうございます」
戦は反乱軍の敗北……という形で収束する。
そんな中、伯爵家の嫡子たるフリッツも暇ではないのだ。
何があるのかわからない、無人の学園に来てくれることが。
そしてノーラのそばにいてくれることが何よりも頼もしかった。
「……当たり前ですよ。あなたには返しても返しきれぬ恩がある。……っと、あれは?」
フリッツは校舎の最上階を見て目をすがめた。
視線の先、ゆらめく赤い炎がある。
それはまるで自分の居場所を知らせるように煌々と輝いていた。
場所は――クラスNの教室だ。
「あそこに誰かいるようです。参りましょう」
「……はい」
不安が拭いきれない。
それでもなお、ノーラは歩みを進めた。
◇◇◇◇
「ごきげんよう、ノーラ嬢」
芸術品かと見紛うような美貌、黄金の体現者。
差し迫った事態にもかかわらず、ノエリア・ウィガナックは優雅にカーテシーした。
「それと……セヌール伯爵令息も」
「ごきげんよう、ルートラ公爵令嬢。まさか本当に学園にいらっしゃるとは……」
「お尋ねされたいことは多くあるかと存じますが、まずはおかけくださいな」
ノエリアに言われるがまま、ノーラとフリッツは腰を下ろす。
テーブルには湯気の立つ紅茶と茶菓子が置かれており、彼女の手際のよさが窺える。
呑気に茶会などしている場合ではないが、こんな状況でも令嬢としての矜持を忘れない。
「時間がありません。本題から入りましょう」
ノエリアは微笑を崩し、淡々とした声色で言い放った。
「兄……ペートルスが反乱を起こし、破れました。グラン帝国を大きく揺るがした戦火は収束するでしょう。……兄の処刑という結末を迎えて」
「……!」
息を呑む。
最もノーラが恐れていた展開だ。
心のどこかで薄々感じてはいたが、蓋をしていた。
だが……現実的に考えれば。
三大派閥の長に対して反乱を起こした人間が、見逃されるわけがない。
それがたとえ長の孫であったとしても。
ノエリアに対し、フリッツは憂いを帯びた表情で返す。
「これまで築き上げてきた信頼に対し、ペートルス卿が与えた衝撃は大きい。彼を生かしておけば公爵派のみならず、皇帝派、宗教派にとっても危険分子となる。三大派閥は例外なくペートルス卿の処刑に賛同するでしょう……というのが、私の予想です」
「さすが、聡明であらせられますね。セヌール伯爵令息のおっしゃる通り、善良な顔をしていた兄が突如として牙を剥いた。この衝撃は大きく、また諸侯の警戒心を高めさせる要因となりました。この事態には祖父も焦っていることでしょう。公爵派の損害は大きいながらも、兄の処刑という責をもって事を収めるに違いありませんわ。今般明らかになった祖父の非道や犯罪も、兄に罪をなすりつけて事なきを得る腹積もりです」
祖父ならばやりかねません、とノエリアは言葉を結んだ。
彼女が国外に留学していたのはペートルスの命。
悪辣なる祖父から利用されることを避けるために、留学という名目で退避していたのだ。
しかし、こうなっては呑気に留学などしている場合ではない。
「よく、わかりません……けど、わたしは嫌です」
フリッツやノエリアがしている政治的な話はよくわからない。
それでもノーラは震える声で本音を吐いた。
なんの論理もなく、展望もなく。
ただペートルスが生きていてほしいという想いだけがある。
ノーラの本音を聞き、ノエリアは短く息を吐いた。
呆れのような、安堵のような。
なんとも言えぬ表情でノーラを見る。
「……あなたもまた、そう思っていてくださったのですね。きっと兄も浮かばれることでしょう」
まるで故人を語るように。
寂し気に語るノエリア。
「――ですが、もう遅いのです。兄はすでに、死と等しい状態にあるのですから」
内容は極めて簡潔に『ニルフック学園にいらしてください』というものだった。
ペートルスの敗北に茫然自失とする中、ノーラはフリッツに導かれてニルフック学園へ向かった。
封鎖された門を飛び越え、学園の敷地内へ。
相も変わらず人気はなく、虚しい風音のみが響く。
「ノエリア嬢……ペートルス卿の妹君でしたね。私もほとんど話したことはありませんが。外国へ留学中だったと思いますが、いつの間にお帰りになられたのでしょう」
「…………」
フリッツが沈黙を掻き消そうと話し続ける。
しかし、ノーラはどう返答すればいいのかわからなかった。
先程から、ペートルスの敗北を聞いたときからずっとそうだ。
思考が乱れ、何を言おうとしても舌の根が動かない。
隣に並ぶフリッツもノーラの状況は理解している。
だからこそ、少しでも気分を和らげようと言葉を紡ぎ続けていた。
「ひとまずノエリア嬢を探しましょう。このタイミングでピルット嬢宛の手紙を出す……というのは、意図が読めませんね」
おそらくペートルスの一件と関係はあるのだろう。
しかし、事ここに至りノーラを求めるのは何故か。
「人を探知できる魔法を使えたらよかったのですが……私の実力不足で手間取ることになりそうです。申し訳ない」
「い、いえ……フリッツ様もお忙しいなか、一緒についてきてくれて感謝しています。本当にありがとうございます」
戦は反乱軍の敗北……という形で収束する。
そんな中、伯爵家の嫡子たるフリッツも暇ではないのだ。
何があるのかわからない、無人の学園に来てくれることが。
そしてノーラのそばにいてくれることが何よりも頼もしかった。
「……当たり前ですよ。あなたには返しても返しきれぬ恩がある。……っと、あれは?」
フリッツは校舎の最上階を見て目をすがめた。
視線の先、ゆらめく赤い炎がある。
それはまるで自分の居場所を知らせるように煌々と輝いていた。
場所は――クラスNの教室だ。
「あそこに誰かいるようです。参りましょう」
「……はい」
不安が拭いきれない。
それでもなお、ノーラは歩みを進めた。
◇◇◇◇
「ごきげんよう、ノーラ嬢」
芸術品かと見紛うような美貌、黄金の体現者。
差し迫った事態にもかかわらず、ノエリア・ウィガナックは優雅にカーテシーした。
「それと……セヌール伯爵令息も」
「ごきげんよう、ルートラ公爵令嬢。まさか本当に学園にいらっしゃるとは……」
「お尋ねされたいことは多くあるかと存じますが、まずはおかけくださいな」
ノエリアに言われるがまま、ノーラとフリッツは腰を下ろす。
テーブルには湯気の立つ紅茶と茶菓子が置かれており、彼女の手際のよさが窺える。
呑気に茶会などしている場合ではないが、こんな状況でも令嬢としての矜持を忘れない。
「時間がありません。本題から入りましょう」
ノエリアは微笑を崩し、淡々とした声色で言い放った。
「兄……ペートルスが反乱を起こし、破れました。グラン帝国を大きく揺るがした戦火は収束するでしょう。……兄の処刑という結末を迎えて」
「……!」
息を呑む。
最もノーラが恐れていた展開だ。
心のどこかで薄々感じてはいたが、蓋をしていた。
だが……現実的に考えれば。
三大派閥の長に対して反乱を起こした人間が、見逃されるわけがない。
それがたとえ長の孫であったとしても。
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「さすが、聡明であらせられますね。セヌール伯爵令息のおっしゃる通り、善良な顔をしていた兄が突如として牙を剥いた。この衝撃は大きく、また諸侯の警戒心を高めさせる要因となりました。この事態には祖父も焦っていることでしょう。公爵派の損害は大きいながらも、兄の処刑という責をもって事を収めるに違いありませんわ。今般明らかになった祖父の非道や犯罪も、兄に罪をなすりつけて事なきを得る腹積もりです」
祖父ならばやりかねません、とノエリアは言葉を結んだ。
彼女が国外に留学していたのはペートルスの命。
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しかし、こうなっては呑気に留学などしている場合ではない。
「よく、わかりません……けど、わたしは嫌です」
フリッツやノエリアがしている政治的な話はよくわからない。
それでもノーラは震える声で本音を吐いた。
なんの論理もなく、展望もなく。
ただペートルスが生きていてほしいという想いだけがある。
ノーラの本音を聞き、ノエリアは短く息を吐いた。
呆れのような、安堵のような。
なんとも言えぬ表情でノーラを見る。
「……あなたもまた、そう思っていてくださったのですね。きっと兄も浮かばれることでしょう」
まるで故人を語るように。
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