呪われ姫の絶唱

朝露ココア

文字の大きさ
上 下
174 / 216
第11章 裁判

祝宴、そして

しおりを挟む
翌朝。
ノーラは一枚の手紙を認め、テラスから紙鳩を飛ばした。
無事に相手のもとへ届くだろうか。

「……誰宛てなの?」

「うおっ!? ヘ、ヘルミーネ……いつから見てたんだよ」

ノーラが声を上げると、テラスの縁で羽を休めていたツグミが驚いて飛び立った。
こちらを覗き見ているヘルミーネの目元は赤い。
昨夜に泣き腫らしたようだった。

「ペートルス様宛て。ルートラ公爵家に飛ばしたから、もしかしたらペートルス様じゃなくてルートラ公爵様に届いちゃうかもしれないけど。そうならないことを祈るよ」

「ふーん……ルートラ公爵が極悪人ってわかったのに、ペートルス様を信じようっていうの?」

「公爵様とペートルス様は違うでしょ。わたしはペートルス様を信じてるよ」

「ずいぶん妄信してるじゃない。お姉様って幸せそうで羨ましいわ」

妄信というか、これまでの付き合いを鑑みて信頼に値すると判断しているのだが。
ヘルミーネには今までの出来事をすべて語ったわけでもないし、自分とペートルス関係性などわかるまい。

「そういうヘルミーネはペートルス様に欲情してたじゃん。お前のアレはどうなったの?」

「別にいいわよ。私にはペートルス様なんて高嶺の花だったんだわ。こんな状況になってもあの方を信じ続けるなんて、まだお姉様の方が相応しいでしょう」

「相応しいとかそういう話じゃねぇんだけどな……まあいいや。一階に行こう。お父様が待ってる」

今日の伯爵家は騒がしい。
エレオノーラの帰還祝いということで、祝宴が開かれる。
ささやかなものでいい……と言ったのだが、父がどうしても盛大な祝いにしたいようで。
伯爵家総出の祝宴になる予定だ。


一階の広間に降りると、そこには豪勢な食事が並べられていた。
父は姉妹の姿を見つけるや否や、軽い足取りで歩いてきた。

「おはよう、二人とも。昨日はよく眠れたか?」

「はい。お父様こそ眠れていないのでは?」

「まあ、私は祝宴の準備や裁判の後始末をしていたからな。歳を取るとそこまで寝なくても良くなるのだよ、はっはっは!」

「お父様、テンション高いわね……」

ヘルミーネはいつになく高揚している父を後目に、給仕の手伝いをするランドルフに寄って行った。

「おはよう、ヘルミーネ。お前は席に座って待っていてくれ」

「私も手伝うわよ。バタークッキーはもちろん用意しているのよね?」

「ああ、料理人たちは抜かりなく用意していたぞ。ディンブラの紅茶もそろそろ淹れようか」

二人は厨房の奥へ消えていく。
そんな彼らの背中を眺め、ノーラは父に尋ねた。

「お父様。ヘルミーネのことなんですけど……ちゃんとイアリズ伯爵家の娘として認めてくださるんですよね?」

「無論だ。トマサに罪はあれど、あの子に罪はない。ま、まあ……お前が個人的に受けた嫌がらせ等に関しては、お前が仕返しをしたいのならすればいいが」

「そんなみみっちいことしませんって。でも、あいつがランドルフと結ばれるとなると……ネドログ伯爵夫人になるんですよね。イアリズ伯爵家には男子がいませんし、後継ぎはどうするんですか?」

エウフェミアが夭逝した都合上、イアリズ伯爵家には男児がいない。
ノーラが後を継ぐつもりもないし、どうするのだろうか。
アスドルバルは悩ましげにうなった。

「あまり考えておらんのだ。民の暮らしに影響が出なければ、家の存続はそこまで気にしておらんのだよ。後継ぎとして養子を取るか、ネドログ伯爵家に領地を引き継ぐか、お前の子を後継ぎにするか、あるいは私の死後に爵位を陛下に返上するか……そこは追々考えるとしよう」

難しい話はやめだ、とアスドルバルはグラスを手に取った。
使用人がグラスにワインをなみなみと注ぐ。

祝宴の幕が上がった。

 ◇◇◇◇

酒を飲むのは遠慮しておいた。
なにぶんノーラは酒を飲むとしおらしくなる気があるので、何も話せなくなりそうだ。
代わりに豪勢な料理に舌鼓を打ち、屋敷の人々と交流していた。

「使用人、ほとんど知らない人になってる……」

暗殺疑惑があって入れ替えたり、ノーラへの嫌がらせに加担していた使用人をほぼ全員処断したり。
アスドルバルの改革によって使用人の顔ぶれは大きく変わっていた。
小さいころに見たことのある人は片手で数えるくらいしかいない。

「十年か」

離れで暮らして八年、外に飛び出して二年が経とうとしている。
そりゃ顔ぶれも変わるだろう。

父は白髪が増えた、頼もしいと感じるようになった。
ヘルミーネはお洒落に着飾るようになった、意外と仲よくなれた。
ランドルフはずっと背が高くなった、なんだかんだで騎士らしい部分もあると知った。

記憶の中の面影は、今とずっと乖離している。
自分は何が変わったのだろう。

「わかんね」

思考を放棄してノーラはチキンを口に放り込んだ。
自分のことを俯瞰して見るのは難しいものだ。

今こうして自分がイアリズ伯爵家に戻ってきた。
その事実を受け止めた上で、過去は振り返らずに進めばいい。
あとはニルフック学園を卒業してからの進路と、ルートラ公爵との問題をどうするかを考えるだけだ。

難しいことはさておいて、とりえず目前の御馳走をたいらげよう。
そう思い、ノーラが料理を品定めしているときのことだった。

「伝令、伝令ーッ!」

急に広間の扉が開き、衛兵が血相を変えて入ってきた。
彼は全速力でアスドルバルのもとに駆け寄ると、跪いて書簡を差し出した。
アスドルバルは怪訝な表情で書簡を受け取る。

「なんだ、祝いの席だぞ」

「も、申し訳ございません! 火急の報告ゆえ、お許しください……」

息も絶え絶えに、汗を垂らして衛兵は頭を下げた。
アスドルバルはのっぴきならない事態と判断し、書簡を開いて内容を検める。

報告を読み進める彼の顔はどんどん青く染まっていった。
緊迫感のある静寂が広間に満ちる。
嫌な予感しかしないが、それでもノーラは聞かざるを得ない。

「何があったんですか、お父様」

わずかに乱れたアスドルバルの呼気。
彼は震える声で宣告した。


「――ペートルス卿が、謀反を起こした」
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...