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第11章 裁判
祝宴、そして
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翌朝。
ノーラは一枚の手紙を認め、テラスから紙鳩を飛ばした。
無事に相手のもとへ届くだろうか。
「……誰宛てなの?」
「うおっ!? ヘ、ヘルミーネ……いつから見てたんだよ」
ノーラが声を上げると、テラスの縁で羽を休めていたツグミが驚いて飛び立った。
こちらを覗き見ているヘルミーネの目元は赤い。
昨夜に泣き腫らしたようだった。
「ペートルス様宛て。ルートラ公爵家に飛ばしたから、もしかしたらペートルス様じゃなくてルートラ公爵様に届いちゃうかもしれないけど。そうならないことを祈るよ」
「ふーん……ルートラ公爵が極悪人ってわかったのに、ペートルス様を信じようっていうの?」
「公爵様とペートルス様は違うでしょ。わたしはペートルス様を信じてるよ」
「ずいぶん妄信してるじゃない。お姉様って幸せそうで羨ましいわ」
妄信というか、これまでの付き合いを鑑みて信頼に値すると判断しているのだが。
ヘルミーネには今までの出来事をすべて語ったわけでもないし、自分とペートルス関係性などわかるまい。
「そういうヘルミーネはペートルス様に欲情してたじゃん。お前のアレはどうなったの?」
「別にいいわよ。私にはペートルス様なんて高嶺の花だったんだわ。こんな状況になってもあの方を信じ続けるなんて、まだお姉様の方が相応しいでしょう」
「相応しいとかそういう話じゃねぇんだけどな……まあいいや。一階に行こう。お父様が待ってる」
今日の伯爵家は騒がしい。
エレオノーラの帰還祝いということで、祝宴が開かれる。
ささやかなものでいい……と言ったのだが、父がどうしても盛大な祝いにしたいようで。
伯爵家総出の祝宴になる予定だ。
一階の広間に降りると、そこには豪勢な食事が並べられていた。
父は姉妹の姿を見つけるや否や、軽い足取りで歩いてきた。
「おはよう、二人とも。昨日はよく眠れたか?」
「はい。お父様こそ眠れていないのでは?」
「まあ、私は祝宴の準備や裁判の後始末をしていたからな。歳を取るとそこまで寝なくても良くなるのだよ、はっはっは!」
「お父様、テンション高いわね……」
ヘルミーネはいつになく高揚している父を後目に、給仕の手伝いをするランドルフに寄って行った。
「おはよう、ヘルミーネ。お前は席に座って待っていてくれ」
「私も手伝うわよ。バタークッキーはもちろん用意しているのよね?」
「ああ、料理人たちは抜かりなく用意していたぞ。ディンブラの紅茶もそろそろ淹れようか」
二人は厨房の奥へ消えていく。
そんな彼らの背中を眺め、ノーラは父に尋ねた。
「お父様。ヘルミーネのことなんですけど……ちゃんとイアリズ伯爵家の娘として認めてくださるんですよね?」
「無論だ。トマサに罪はあれど、あの子に罪はない。ま、まあ……お前が個人的に受けた嫌がらせ等に関しては、お前が仕返しをしたいのならすればいいが」
「そんなみみっちいことしませんって。でも、あいつがランドルフと結ばれるとなると……ネドログ伯爵夫人になるんですよね。イアリズ伯爵家には男子がいませんし、後継ぎはどうするんですか?」
エウフェミアが夭逝した都合上、イアリズ伯爵家には男児がいない。
ノーラが後を継ぐつもりもないし、どうするのだろうか。
アスドルバルは悩ましげにうなった。
「あまり考えておらんのだ。民の暮らしに影響が出なければ、家の存続はそこまで気にしておらんのだよ。後継ぎとして養子を取るか、ネドログ伯爵家に領地を引き継ぐか、お前の子を後継ぎにするか、あるいは私の死後に爵位を陛下に返上するか……そこは追々考えるとしよう」
難しい話はやめだ、とアスドルバルはグラスを手に取った。
使用人がグラスにワインをなみなみと注ぐ。
祝宴の幕が上がった。
◇◇◇◇
酒を飲むのは遠慮しておいた。
なにぶんノーラは酒を飲むとしおらしくなる気があるので、何も話せなくなりそうだ。
代わりに豪勢な料理に舌鼓を打ち、屋敷の人々と交流していた。
「使用人、ほとんど知らない人になってる……」
暗殺疑惑があって入れ替えたり、ノーラへの嫌がらせに加担していた使用人をほぼ全員処断したり。
アスドルバルの改革によって使用人の顔ぶれは大きく変わっていた。
小さいころに見たことのある人は片手で数えるくらいしかいない。
「十年か」
離れで暮らして八年、外に飛び出して二年が経とうとしている。
そりゃ顔ぶれも変わるだろう。
父は白髪が増えた、頼もしいと感じるようになった。
ヘルミーネはお洒落に着飾るようになった、意外と仲よくなれた。
ランドルフはずっと背が高くなった、なんだかんだで騎士らしい部分もあると知った。
記憶の中の面影は、今とずっと乖離している。
自分は何が変わったのだろう。
「わかんね」
思考を放棄してノーラはチキンを口に放り込んだ。
自分のことを俯瞰して見るのは難しいものだ。
今こうして自分がイアリズ伯爵家に戻ってきた。
その事実を受け止めた上で、過去は振り返らずに進めばいい。
あとはニルフック学園を卒業してからの進路と、ルートラ公爵との問題をどうするかを考えるだけだ。
難しいことはさておいて、とりえず目前の御馳走をたいらげよう。
そう思い、ノーラが料理を品定めしているときのことだった。
「伝令、伝令ーッ!」
急に広間の扉が開き、衛兵が血相を変えて入ってきた。
彼は全速力でアスドルバルのもとに駆け寄ると、跪いて書簡を差し出した。
アスドルバルは怪訝な表情で書簡を受け取る。
「なんだ、祝いの席だぞ」
「も、申し訳ございません! 火急の報告ゆえ、お許しください……」
息も絶え絶えに、汗を垂らして衛兵は頭を下げた。
アスドルバルはのっぴきならない事態と判断し、書簡を開いて内容を検める。
報告を読み進める彼の顔はどんどん青く染まっていった。
緊迫感のある静寂が広間に満ちる。
嫌な予感しかしないが、それでもノーラは聞かざるを得ない。
「何があったんですか、お父様」
わずかに乱れたアスドルバルの呼気。
彼は震える声で宣告した。
「――ペートルス卿が、謀反を起こした」
ノーラは一枚の手紙を認め、テラスから紙鳩を飛ばした。
無事に相手のもとへ届くだろうか。
「……誰宛てなの?」
「うおっ!? ヘ、ヘルミーネ……いつから見てたんだよ」
ノーラが声を上げると、テラスの縁で羽を休めていたツグミが驚いて飛び立った。
こちらを覗き見ているヘルミーネの目元は赤い。
昨夜に泣き腫らしたようだった。
「ペートルス様宛て。ルートラ公爵家に飛ばしたから、もしかしたらペートルス様じゃなくてルートラ公爵様に届いちゃうかもしれないけど。そうならないことを祈るよ」
「ふーん……ルートラ公爵が極悪人ってわかったのに、ペートルス様を信じようっていうの?」
「公爵様とペートルス様は違うでしょ。わたしはペートルス様を信じてるよ」
「ずいぶん妄信してるじゃない。お姉様って幸せそうで羨ましいわ」
妄信というか、これまでの付き合いを鑑みて信頼に値すると判断しているのだが。
ヘルミーネには今までの出来事をすべて語ったわけでもないし、自分とペートルス関係性などわかるまい。
「そういうヘルミーネはペートルス様に欲情してたじゃん。お前のアレはどうなったの?」
「別にいいわよ。私にはペートルス様なんて高嶺の花だったんだわ。こんな状況になってもあの方を信じ続けるなんて、まだお姉様の方が相応しいでしょう」
「相応しいとかそういう話じゃねぇんだけどな……まあいいや。一階に行こう。お父様が待ってる」
今日の伯爵家は騒がしい。
エレオノーラの帰還祝いということで、祝宴が開かれる。
ささやかなものでいい……と言ったのだが、父がどうしても盛大な祝いにしたいようで。
伯爵家総出の祝宴になる予定だ。
一階の広間に降りると、そこには豪勢な食事が並べられていた。
父は姉妹の姿を見つけるや否や、軽い足取りで歩いてきた。
「おはよう、二人とも。昨日はよく眠れたか?」
「はい。お父様こそ眠れていないのでは?」
「まあ、私は祝宴の準備や裁判の後始末をしていたからな。歳を取るとそこまで寝なくても良くなるのだよ、はっはっは!」
「お父様、テンション高いわね……」
ヘルミーネはいつになく高揚している父を後目に、給仕の手伝いをするランドルフに寄って行った。
「おはよう、ヘルミーネ。お前は席に座って待っていてくれ」
「私も手伝うわよ。バタークッキーはもちろん用意しているのよね?」
「ああ、料理人たちは抜かりなく用意していたぞ。ディンブラの紅茶もそろそろ淹れようか」
二人は厨房の奥へ消えていく。
そんな彼らの背中を眺め、ノーラは父に尋ねた。
「お父様。ヘルミーネのことなんですけど……ちゃんとイアリズ伯爵家の娘として認めてくださるんですよね?」
「無論だ。トマサに罪はあれど、あの子に罪はない。ま、まあ……お前が個人的に受けた嫌がらせ等に関しては、お前が仕返しをしたいのならすればいいが」
「そんなみみっちいことしませんって。でも、あいつがランドルフと結ばれるとなると……ネドログ伯爵夫人になるんですよね。イアリズ伯爵家には男子がいませんし、後継ぎはどうするんですか?」
エウフェミアが夭逝した都合上、イアリズ伯爵家には男児がいない。
ノーラが後を継ぐつもりもないし、どうするのだろうか。
アスドルバルは悩ましげにうなった。
「あまり考えておらんのだ。民の暮らしに影響が出なければ、家の存続はそこまで気にしておらんのだよ。後継ぎとして養子を取るか、ネドログ伯爵家に領地を引き継ぐか、お前の子を後継ぎにするか、あるいは私の死後に爵位を陛下に返上するか……そこは追々考えるとしよう」
難しい話はやめだ、とアスドルバルはグラスを手に取った。
使用人がグラスにワインをなみなみと注ぐ。
祝宴の幕が上がった。
◇◇◇◇
酒を飲むのは遠慮しておいた。
なにぶんノーラは酒を飲むとしおらしくなる気があるので、何も話せなくなりそうだ。
代わりに豪勢な料理に舌鼓を打ち、屋敷の人々と交流していた。
「使用人、ほとんど知らない人になってる……」
暗殺疑惑があって入れ替えたり、ノーラへの嫌がらせに加担していた使用人をほぼ全員処断したり。
アスドルバルの改革によって使用人の顔ぶれは大きく変わっていた。
小さいころに見たことのある人は片手で数えるくらいしかいない。
「十年か」
離れで暮らして八年、外に飛び出して二年が経とうとしている。
そりゃ顔ぶれも変わるだろう。
父は白髪が増えた、頼もしいと感じるようになった。
ヘルミーネはお洒落に着飾るようになった、意外と仲よくなれた。
ランドルフはずっと背が高くなった、なんだかんだで騎士らしい部分もあると知った。
記憶の中の面影は、今とずっと乖離している。
自分は何が変わったのだろう。
「わかんね」
思考を放棄してノーラはチキンを口に放り込んだ。
自分のことを俯瞰して見るのは難しいものだ。
今こうして自分がイアリズ伯爵家に戻ってきた。
その事実を受け止めた上で、過去は振り返らずに進めばいい。
あとはニルフック学園を卒業してからの進路と、ルートラ公爵との問題をどうするかを考えるだけだ。
難しいことはさておいて、とりえず目前の御馳走をたいらげよう。
そう思い、ノーラが料理を品定めしているときのことだった。
「伝令、伝令ーッ!」
急に広間の扉が開き、衛兵が血相を変えて入ってきた。
彼は全速力でアスドルバルのもとに駆け寄ると、跪いて書簡を差し出した。
アスドルバルは怪訝な表情で書簡を受け取る。
「なんだ、祝いの席だぞ」
「も、申し訳ございません! 火急の報告ゆえ、お許しください……」
息も絶え絶えに、汗を垂らして衛兵は頭を下げた。
アスドルバルはのっぴきならない事態と判断し、書簡を開いて内容を検める。
報告を読み進める彼の顔はどんどん青く染まっていった。
緊迫感のある静寂が広間に満ちる。
嫌な予感しかしないが、それでもノーラは聞かざるを得ない。
「何があったんですか、お父様」
わずかに乱れたアスドルバルの呼気。
彼は震える声で宣告した。
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