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第11章 裁判
仕切り直し
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「それでは開廷します。被告人は証言台へ」
ファブリシオの宣言とともに、裁判が再開する。
判決を言い渡すときだ。
トマサは足を震わせて前へ出た。
趨勢を見るに、原告側が圧倒的に有利。
大きな刑罰を受けることは火を見るよりも明らかだった。
「判決を言い渡します。主文、被告人を六年の禁固刑に処す」
しばし法廷は水を打ったように静まり返った。
ファブリシオが下した六年の禁固刑。
これはあまりにも刑罰として軽すぎる。
下された判決に対し、周囲も理解が及んできたのだろうか。
傍聴席が徐々に騒がしくなる。
「静粛に。判決理由について述べます」
ファブリシオは書状を開き、淡々と理由を読み上げ始めた。
「第一に、被告人は原告の子女エレオノーラ・アイラリティルに対し、暗殺の指令を出した。これは複数の証拠から見て明らかであり、被告に殺意があったことは明白である。帝国法第67条に基づき、要人暗殺の教唆として、禁固刑を適用する」
聞いていておかしな点はない。
ならば、なぜここまで刑罰が軽いのか。
これではまるで――
「邪法の行使が認められなかった……?」
ノーラの頭に降って湧いた疑念。
それに応じるようにファブリシオは続けた。
「第二に、被告人は邪法を用い、原告の子女らに危害を加えた可能性が示唆された。しかし邪法はいまだ不明瞭な部分も多く、提示された証拠、および証言は明らかな信憑性を伴わない。これは証拠不十分とし、刑罰は適用しない」
つまり、トマサに認められた罪は暗殺の教唆のみ。
裁判官らの決定にも理はあるものの、あまり納得はできない。
異議ありと言わんばかりにアスドルバルが叫んだ。
「お、お待ちを! 被告人の不審は明らか……今一度、邪法の行使について再審を求めます!」
「すでに審理された判決は覆りません」
アスドルバルは何度か訴えたものの、ファブリシオは頑として動じず。
裁判長として当然の、毅然たる姿勢だ。
もう少し厳しい処罰を求めていたが……裁判の末にこうなったのなら仕方ない。
ノーラがそう思い、父を宥めようとした瞬間。
法廷に厳かな声が響きわたった。
「妙だな、ファブリシオ裁判長」
傾聴。
自然な発声でありながら、万人の意識を惹きつけるようなカリスマ。
声の主……ラインホルト皇子は、ゆっくりと裁判官らが座る席へ歩いていく。
「殿下。妙、とは……判決についてのご意見でしょうか?」
「証拠不十分……まあ多少強引にせよ、理はある判決やもしれん。話は変わるが……貴殿の派閥はどこだったかな?」
ファブリシオは眉をひそめた。
話が変わりすぎだ。
急に政治的な派閥の話をし始めたラインホルトに、面々は奇異の目を向けた。
「貴殿の実家、イスネトス伯爵家は公爵派に属している。その事実を念頭に置いて……皇族のみに認められた権限を行使し、審理を今一度行う!」
どよめきが上がった。
皇族の特権、帝国裁判への干渉。
歴史的に見ても滅多に行使されない権利が、いま行使されたのである。
禁固六年で済むと思っていたトマサ。
彼女は驚くべき事態に、ただ唖然として立ち尽くしていた。
「裁判長は私が代わる。法務官の資格を持っているのでな。……構わんな、ファブリシオ?」
「そ、それは……」
「これは許可を求める問いではない。意味は理解しているな?」
「はっ」
実質的な強制だ。
法的機関の重要性が高まりつつある時代。
昔のように貴族や皇族が好き勝手に罪を裁き、反乱の芽を摘んでいた世情とは違う。
それでもなお、皇族の特権だけは現代にも残っていた。
そんな時世において、ラインホルトは皇族の特権を使ってでも裁判を仕切り直した。
これが意味するところはなんなのか。
裁判長の席に座ったラインホルトは、冷徹な視線で法廷を見渡す。
「邪法の行使。これはグラン帝国の明日を脅かす、重大な議題である。もう少し詳しく状況を明らかにしようではないか。未知であるからこそ……な」
「で、殿下! 私にお話しできることは何もござません、心当たりもありませんわ!」
身を震わせながらトマサは陳じる。
ラインホルトが『派閥』の話を始めた時点で、トマサの背には冷たい汗が伝っていた。
「そうか。では、貴女の無罪を証明するためにもさらに精査しなければならんな。原告側からさらに詳しく話を聞くとしよう。……特に『呪われ姫』の話はよく聞きたいものだ」
「――でしたら、まずは俺に証言台に立つことをお許しください」
不意に法廷の入り口から声がした。
後れてやってきた原告側の一員。
「貴殿は……」
「ネドログ伯爵令息、ランドルフ・テュルワと申します。ヘルミーネ・アイラリティルの婚約者であり、被告の邪法に関して証言を行いたく存じます」
「ふむ、良いだろう。ランドルフ・テュルワ。貴殿を証人として許可する」
ランドルフは「準備することがある」と言い残し、城を離れていた。
ようやく戻ってきた彼はヘルミーネを一瞥し、証言台へ進み出る。
「俺が証言するのは……前イアリズ伯爵夫人、エウフェミア・アイラリティルの死について。この一件は被告人の嫌疑と大きく関係があります」
耳を疑った。
唐突に出てきたエウフェミアの名に、ノーラもアスドルバルも硬直していた。
エウフェミアの死因は重篤な魔力欠乏。
ノーラを出産した後に罹った病による死だ。
トマサが嫁いできたのはそれから一年後のことで、まったく関係がないはずなのだが……。
「――エウフェミア・アイラリティルは病死したのではありません。被告人に殺されたのです」
ファブリシオの宣言とともに、裁判が再開する。
判決を言い渡すときだ。
トマサは足を震わせて前へ出た。
趨勢を見るに、原告側が圧倒的に有利。
大きな刑罰を受けることは火を見るよりも明らかだった。
「判決を言い渡します。主文、被告人を六年の禁固刑に処す」
しばし法廷は水を打ったように静まり返った。
ファブリシオが下した六年の禁固刑。
これはあまりにも刑罰として軽すぎる。
下された判決に対し、周囲も理解が及んできたのだろうか。
傍聴席が徐々に騒がしくなる。
「静粛に。判決理由について述べます」
ファブリシオは書状を開き、淡々と理由を読み上げ始めた。
「第一に、被告人は原告の子女エレオノーラ・アイラリティルに対し、暗殺の指令を出した。これは複数の証拠から見て明らかであり、被告に殺意があったことは明白である。帝国法第67条に基づき、要人暗殺の教唆として、禁固刑を適用する」
聞いていておかしな点はない。
ならば、なぜここまで刑罰が軽いのか。
これではまるで――
「邪法の行使が認められなかった……?」
ノーラの頭に降って湧いた疑念。
それに応じるようにファブリシオは続けた。
「第二に、被告人は邪法を用い、原告の子女らに危害を加えた可能性が示唆された。しかし邪法はいまだ不明瞭な部分も多く、提示された証拠、および証言は明らかな信憑性を伴わない。これは証拠不十分とし、刑罰は適用しない」
つまり、トマサに認められた罪は暗殺の教唆のみ。
裁判官らの決定にも理はあるものの、あまり納得はできない。
異議ありと言わんばかりにアスドルバルが叫んだ。
「お、お待ちを! 被告人の不審は明らか……今一度、邪法の行使について再審を求めます!」
「すでに審理された判決は覆りません」
アスドルバルは何度か訴えたものの、ファブリシオは頑として動じず。
裁判長として当然の、毅然たる姿勢だ。
もう少し厳しい処罰を求めていたが……裁判の末にこうなったのなら仕方ない。
ノーラがそう思い、父を宥めようとした瞬間。
法廷に厳かな声が響きわたった。
「妙だな、ファブリシオ裁判長」
傾聴。
自然な発声でありながら、万人の意識を惹きつけるようなカリスマ。
声の主……ラインホルト皇子は、ゆっくりと裁判官らが座る席へ歩いていく。
「殿下。妙、とは……判決についてのご意見でしょうか?」
「証拠不十分……まあ多少強引にせよ、理はある判決やもしれん。話は変わるが……貴殿の派閥はどこだったかな?」
ファブリシオは眉をひそめた。
話が変わりすぎだ。
急に政治的な派閥の話をし始めたラインホルトに、面々は奇異の目を向けた。
「貴殿の実家、イスネトス伯爵家は公爵派に属している。その事実を念頭に置いて……皇族のみに認められた権限を行使し、審理を今一度行う!」
どよめきが上がった。
皇族の特権、帝国裁判への干渉。
歴史的に見ても滅多に行使されない権利が、いま行使されたのである。
禁固六年で済むと思っていたトマサ。
彼女は驚くべき事態に、ただ唖然として立ち尽くしていた。
「裁判長は私が代わる。法務官の資格を持っているのでな。……構わんな、ファブリシオ?」
「そ、それは……」
「これは許可を求める問いではない。意味は理解しているな?」
「はっ」
実質的な強制だ。
法的機関の重要性が高まりつつある時代。
昔のように貴族や皇族が好き勝手に罪を裁き、反乱の芽を摘んでいた世情とは違う。
それでもなお、皇族の特権だけは現代にも残っていた。
そんな時世において、ラインホルトは皇族の特権を使ってでも裁判を仕切り直した。
これが意味するところはなんなのか。
裁判長の席に座ったラインホルトは、冷徹な視線で法廷を見渡す。
「邪法の行使。これはグラン帝国の明日を脅かす、重大な議題である。もう少し詳しく状況を明らかにしようではないか。未知であるからこそ……な」
「で、殿下! 私にお話しできることは何もござません、心当たりもありませんわ!」
身を震わせながらトマサは陳じる。
ラインホルトが『派閥』の話を始めた時点で、トマサの背には冷たい汗が伝っていた。
「そうか。では、貴女の無罪を証明するためにもさらに精査しなければならんな。原告側からさらに詳しく話を聞くとしよう。……特に『呪われ姫』の話はよく聞きたいものだ」
「――でしたら、まずは俺に証言台に立つことをお許しください」
不意に法廷の入り口から声がした。
後れてやってきた原告側の一員。
「貴殿は……」
「ネドログ伯爵令息、ランドルフ・テュルワと申します。ヘルミーネ・アイラリティルの婚約者であり、被告の邪法に関して証言を行いたく存じます」
「ふむ、良いだろう。ランドルフ・テュルワ。貴殿を証人として許可する」
ランドルフは「準備することがある」と言い残し、城を離れていた。
ようやく戻ってきた彼はヘルミーネを一瞥し、証言台へ進み出る。
「俺が証言するのは……前イアリズ伯爵夫人、エウフェミア・アイラリティルの死について。この一件は被告人の嫌疑と大きく関係があります」
耳を疑った。
唐突に出てきたエウフェミアの名に、ノーラもアスドルバルも硬直していた。
エウフェミアの死因は重篤な魔力欠乏。
ノーラを出産した後に罹った病による死だ。
トマサが嫁いできたのはそれから一年後のことで、まったく関係がないはずなのだが……。
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