呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第10章 飢える剣士の復讐

歳月は人を待たず

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冬休み明け。
クラスNの教室にて、ノーラは机に突っ伏していた。

彼女のそばにはペートルスが静かに座り、物音を立てないように書類を整理している。
ノーラが深い眠りに落ちかけた瞬間、教室の扉が勢いよく開け放たれた。

「おっはようございまーす!」

「おはよう、レディ・エルメンヒルデ。お元気そうで何より」

相変わらず元気溌剌なエルメンヒルデ。
彼女は死んだようにぐったりとするノーラを見て、頬をツンツンとつつく。

「ノーラちゃん? 眠いの?」

「うるせぇな……わたしはね、この二日間で、課題をぜんぶ終わらせたんだ。変な騒動もあったし、もうほぼ寝てないっていうか……」

「へー! 課題を溜め込んだのは自業自得だねぇ! 変な騒動っていうのは……例の件か」

三日前、学園で起こった騒動。
合成獣が大量に出現し、その飼い主が学園長で……という話。
耳ざとい者はすでに把握している。

そのうち生徒たちも真相を知ることになるだろう。
ヴェルナーがアルセニオを殺したという事実は伏せられて。
あの事実は生徒会の面々とペートルス、ノーラだけの機密情報ということになった。

あの日からヴェルナーの姿は見えない。
今日はクラスNで顔を合わせる日だから来てくれるだろうか。
……とノーラは淡い期待を抱いていた。

そのとき、ガタリと扉が開く。
入ってきたのは……ヴェルナーではなく、二年生ペアだった。

「よーっす」

「おはようございます、みなさん」

いつもの席にマインラートとフリッツが座る。
着席するや否や、フリッツはペートルスに尋ねた。

「ペートルス卿。ずいぶんと学園の花壇や石畳が荒れていましたが……何があったのですか? 一部の建物も崩壊していましたし」

「ええと……色々とね。そのうち仔細が説明されるよ」

「なんだ、フリッツは知らないのかよ。学園長が悪さをしたらしいぜ。……で、まあ。学園長はお亡くなりになったそうだ」

「なんと……!? 私がいない間にそんな事件が……ご冥福をお祈りしなければ」

フリッツはアルセニオに対して祈りを捧げる。
表向きは善良で、特に問題ない学園長であり侯爵だったのだ。
事情を知らない者はショックを受けるだろう。

逆に言えば、フリッツ以外の面々はアルセニオの裏の顔を知っていたことになる。
やはり彼らの情報収集力は並みのものではない……とノーラは感心した。

「……時間だね。冬休み明け、初回のクラスNの講義を始めようか」

時間になったところでペートルスが切り出す。
しかしフリッツが待ったをかけた。

「ヴェルナー先輩がまだいらしていないようですが……待ちますか?」

「彼は少し事情があって欠席だ。次に来るのはいつになるかわからないけれど……待ってあげてくれ」

「承知しました。講義を始めましょう」

何かを察したようにフリッツはうなずく。
こういうとき、場慣れした社交界の花は強い。

ノーラはポケットに入れたままの首飾りを握りしめた。
いつか帰ってきてくれる。
今はそう信じるしかない。

 ◇◇◇◇

講義後。
ノーラは早々に寝ようと、早足で部屋に帰宅した。

「あれ。レオカディア様?」

「おはようございます、ノーラ様」

部屋の前にはレオカディアが立っていた。
彼女がノーラの部屋に来るときは、決まって何か用事があるときだ。
心当たりを探っていると……思い当たる節が。

「あ、舞踏会っすか?」

「ご明察です。もうすぐ冬の舞踏会がありますので、そちらの準備の打ち合わせをと思いまして」

「忘れてました……ドレスの準備は今回も一任して大丈夫そうでしょうか」

「お任せを。お相手は手配できましたか?」

今回も夏の舞踏会と同様に、一曲だけ踊って退場する予定だ。
しかし……ヴェルナーは不在。
となると、他に候補を考えなければならない。

候補としてはフリッツとか、前回は予定があって出られなかったコルラードとか。
前と比べて交友関係も広がっているので、なんとかなるかもしれない。
ダンスの復習もしておかなくては。

「ペートルス様は今年もノエリア様と?」

「はい。結局、あのお方は最後まで他家のご令嬢と踊ることはありませんでした。『学園最後の舞踏会はお嬢様以外と踊るのではないか』という噂が流れていますが、根も葉もない噂でございます」

「そっすか。まあ、ペートルス様らしいっていうか……考えなしに他の令嬢を拒んでいるわけじゃないと思うんです。まともに見えるけど結構な社交嫌いで、他人に深く立ち入られたくないっていうのもあると思いますけど」

レオカディアは目を丸くしてノーラの言葉を聞いていた。

「ノーラ様……すばらしいですね」

「へ? 何がですか?」

「ペートルス様のことをよく見抜けているな……と、感服したのです。長らく侍女として勤めている私でさえ、あのお方の底を垣間見たことはほとんどありません。ノーラ様はとても観察眼に優れておられるのでしょう」

「う、うーん……そう、なんでしょうか?」

ノーラの観察眼が優れているというよりは。
ペートルスが自分の本質を、少しだけ曝け出してくれた瞬間があるから。

脳裏に過ぎったのは砂銀の日の出来事。
あの日の彼は普段よりもどこか清々しく見えた。
きっとあの姿がペートルスの本質なのだろう。

「この一年間で、クラスNの人たちのことが理解できた気がするんです。でも……ペートルス様だけは、まだ深い場所まで理解できていないような気がして」

「ならば、さらに時間をかけてペートルス様のことを知っていけば良いのです。学園を卒業後も、ペートルス様はノーラ様のことを気にかけてくださいますから」

レオカディアの言葉には、主に対する全幅の信頼が滲んでいた。
まったくもってノーラも同意だ。
ペートルスは自分が『もういい』と言うまで、世話を焼いてくれるのだろう。

だが、それだけではいけない。
ノーラは自分が何かペートルスに返せる恩はないかと考えていた。
ペートルスだけではなく、クラスNや学園の友人たちに対しても。
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