呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第9章 惑わぬ佯狂者の殉教

シュログリ教

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一般クラスの放課後。
ノーラは教室に残ってバレンシアと雑談していた。

「……そういうわけでね、シュログリ教のお祭りに招待されたんだけど」

「すごいじゃない。シュログリ教の神楽といえば、国内でも有数の大規模な祭事。巫女長から招待を受けるなんて、とても幸運なことね。普通は見たくても見られないものなのよ」

「へー……でも、その宗教のことをよく知らないのに、お祭りに参加するのはマナーがなってないんじゃないかって」

「たしかに……グラン帝国に住んでいるのに、シュログリ教のことを全く知らないのは珍しいわね。昔は国教でもあったのに」

ニルフック学園にも、シュログリ教徒のための礼拝堂が建てられている。
一般教養すら知らないノーラは異端の内に入るだろう。

祭事を楽しみたいのなら、前提知識はあった方がいい。
加えて恥をかかないためにも。
歴史や文化の知識は生きるのに必須ではないが、知っておいて損はないのだ。

「簡単に勉強しておこうかな。でも……どこから手をつけたらいいんだろう?」

「礼拝堂にでも行ってみたらどうかしら? シュログリ教はかなり大規模な宗教だけあって、門戸は広く開かれているわ。礼拝堂にも概要を説明する資料くらいはあるんじゃないかしら」

「なるほど……行ってみる! ありがとう」

放課後、ノーラはさっそく礼拝堂へ足を運んでみることにした。

 ◇◇◇◇

黄金色に輝く建物へと入り、静謐な雰囲気に息を呑む。
聖歌を詠じる者、聖典を読みふける者。
一切の喧騒を許さぬ空気が漂っている。

(ここが礼拝堂……初めて入ったけど、懐かしい感じがするなぁ)

きょろきょろと周囲を見渡しながらノーラは歩く。
どこへ向かえばいいものか。

シュログリ教について記した書物なんかがあれば、手っ取り早いのだが。
あちこち巡っていると、不意に背後から声がかかった。

「お嬢さん、お嬢さん。何かお探しかな?」

振り向くと、そこには薄い青髪の少年が立っていた。
礼拝堂だから気を遣っているのか、彼は声をひそめてノーラに囁く。

生徒会経理、ガスパル・カーマ・テミッシュ。
文化祭で悪の魔法使いアガピトを演じていた侯爵令息である。

「ガスパル様……こ、こんにちは」

「ノーラ嬢がここにいるのは初めて見たよ。もしかして君もシュログリ教徒だったのかい?」

「い、いえ……信徒ではないんですけど、シュログリ教のことを知ろうとしていて……」

ノーラはここに訪れた経緯を簡潔に話した。
ガスパルは不敵に笑い、礼拝堂の出口へと踵を返す。

「ふふっ……なるほど。ついてくるといい。君の望みを叶えよう」

思いがけず遭遇した知己。
ノーラは安堵し、ガスパルの後に続いた。
礼拝堂を出て、そのまま右の方へ進む。

「どちらへ行かれるのですか?」

「礼拝堂の隣にある史料館だよ。シュログリ教について説明するなら、そこがベストだと思ってね。……ただ、史料館はほとんど学生に使われていない。存在すら知らない人が大半さ。ふふっ、悲しいね」

ノーラも史料館なる存在は知らなかった。
よくよく見ると、礼拝堂の隣に小さな建物がある。

建物に入り、ガスパルは灯りの魔石を起動した。

「僕の実家、ウォラム侯爵家は宗教派に属する。シュログリ教とも密接な関係があるのでね……わからないことがあれば遠慮なく聞いてほしい」

遠慮なく、と言われても。
まったくの素人ゆえ何を聞けばいいものか。
史料館の書棚から聖典を抜き取り、ノーラは小首を傾げた。

「ええと。聖典を開くと、いきなり小難しい文章が並んでいるのですが……起源? みたいなものを教えてもらってもいいですか?」

「ああ、基礎中の基礎だね。僕たち人間が神を崇める理由……それはもちろん、神に恩があるからさ」

ガスパルはそう言いながら、壁に張られた世界地図を指でなぞる。

「人間が神々より享受してきたブレッシングは数えきれない。原初の時代から言葉を授かり、数式を施され、農耕の知恵をもたらされ。魔物の脅威から守られ、自然災害から守られてきた。人々はそんな神々に対し、畏敬をこめて宗教を作ったというわけだね」

実際に神と呼ばれる生物がいる。
神と呼ばれる生物たちは人間に智慧を授け、遙か昔から庇護してきた。
他国の人間と言葉を交わせるのも、人が魔法を使えるのも、すべて神々のおかげと言っても過言ではない。

「それで、グラン帝国のあたりを見守っていたのがシュログリ教の主神……焔神様なんですね」

「その通り。このアントス大陸周辺は、主に焔神様、海神様によって見守られてきた。だからシュログリ教は一神教ではなく、焔神をメインに据える多神教なのさ」

「へぇ……多神教なのは初めて知りました。勉強になります」

「君が見にいくという神楽も、すべての神々に対して捧げられるものだ。多くの神を認めるからこそ、シュログリ教は他の宗教とも仲が良い。龍神を主神とするジャルマ教、海神を主神とするフェルベイン教とかとね」

ふむふむ……とうなずきながら、ガスパルの話を頭に叩き込む。
神楽が焔神のみならず、すべての神に捧げられるという情報を知っているだけでも、視点が変わってくるだろう。

「でも、わたしは神様を見たことがないんですよね。これって変わってるんでしょうか?」

「いや、大半の人は見たことがないんじゃないかな。もはや魔物は人類の脅威ではなくなっているし、自然災害への対処も身につけた。神様の出るシーンはほとんどなくなっているのさ」

「では、現代の人たちは神様から受けてきた恩を忘れることなく、信仰を続けてるんですね。えらいです!」

「ふふっ……そういうこと。恩を忘れない敬虔さ、すばらしいだろう?」

部屋の隅に鎮座する燭台を手に取ったガスパル。
シュログリ教のモチーフが刻まれた燭台を、うっとりとした視線で眺める。

「最後に焔神様が姿をお見せになったのは、二十年ほど前だったかな。ずいぶんと昔の話だ」

一度でいいから神様の御姿を拝んでみたいものだ。
だんだんと宗教絡みの歴史にも興味がわいてきた。

「もう少しここで調べてみますね。ていねいに教えてくださってありがとうございます」

「お安いご用だよ。いつでも頼ってくれたまえ。夕刻には礼拝堂と史料館は閉まるから、気をつけるんだよ」

小さく笑ってガスパルは去っていく。
深々と礼をして彼を見送った後、ノーラは史料を読み耽った。
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