125 / 216
第9章 惑わぬ佯狂者の殉教
巫女の力
しおりを挟む
万物之道ハ 万象惹起ス
世界之理ハ 偽神知処ス
我駆動之柩
不断之行 久遠之步
拝察焔神 吾等ハ教令ス
拝察彼女 吾ハ救済ス
主佩 意志 継承
吾佩 仮死 健常
生死 魂魄 逓送ス
挙止 公理 輻輳ス
『――神様ならそうする』
◇◇◇◇
「へっ……へくちっ! ずずずずずっ……」
風邪をひいてしまった。
寒気の中、ノーラはベッドの上で悶えていた。
季節の変わり目は体調を崩しやすい。
寮の自室から窓の外を見やると、すっかり葉を落としきった枯れ木が見える。
暖房の魔石も近ごろは皆勤賞である。
「お腹空いた……でも外には出られない……」
あまりにも怠い。
食堂に行って誰かに風邪をうつすのも悪いし。
レオカディアに紙鳩でも飛ばして、食べ物を持ってきてもらうべきだろうか。
動く気が起きず、うだうだしていたときだった。
不意に部屋の扉がしつこく叩かれた。
ノック数、二秒につき七回。
乱打である。
『ノーラちゃーん。いるー?』
「いるいる。はよ入れ」
顔を覗かせたのはエルメンヒルデだった。
ベッドで寝込むノーラを見て、彼女はけらけらと笑った。
「風邪ひいたんだって? この軟弱者め」
「馬鹿は風邪ひかないらしいね。つまりわたしは馬鹿じゃないってことが証明されたんだよ。……で、エルンは何の用? わたしをからかいに来ただけ?」
「まさかぁ。エルンは優しいからね、ノーラちゃんの風邪を治しにきてやったんだよ」
自信に満ちた表情でノーラのそばに座り込んだエルメンヒルデ。
彼女はノーラの額に手を当てると、摩訶不思議な言葉を発し始めた。
「――」
徐々に室内に眩い輝きが満ち、温度が上がっていく。
エルメンヒルデの手から伝った魔力がノーラの全身を抱擁。
全身を苛んでいた倦怠感が一気に払われていく。
「お……おおおっ!? すげえ、寒気が消えていく!」
「――よし。これで治ったかな。もう大丈夫そ?」
「うんうん! まさかエルンにこんな力があったとは……」
「仮にも巫女ぞ? 風邪の治療くらいはできるって」
エルメンヒルデの力は謎に包まれている。
彼女がクラスNに所属する所以は『巫女の力』……すなわち巫術。
魔法だかなんだかわからない術を使いこなし、こうして人を助けることもある。
しかしエルメンヒルデは自分の力について話したがらず、研究にも消極的な節がある。
体調が快復して華やいだ気分のノーラは、勢いよくベッドから立ち上がった。
「ありがとね、エルン! 舐めてたけど意外とやるじゃん」
「ノーラちゃんはいつも一言多いんだよねぇ。付き合って約一年、舐められていると初めて知った冬の朝……」
「あー腹が減ったぜ。お風呂にも入りたいな。エルン、巫女の力で食べ物とか出せない?」
「巫女の力をなんだと思ってんの? 神様じゃないんだからさ。神様の代理だけど」
「エルンが自分の力を詳しく説明しないのが悪いよ。風邪が治せるなら、食べ物も出せると思うじゃん?」
エルメンヒルデは苦笑いする。
ノーラの言も一理あるが、さすがに都合よく解釈されすぎである。
「腹が減ったのなら食堂へ行きなさい。エルンは忙しいから、すぐにお暇するよ」
「忙しいって? なんか課題とかあったっけ」
「ううん、シュログリ教の行事が近くてさ。年末にエルンが舞をすることになってるんだ。その練習をしなくちゃ」
シュログリ教の伝統行事、年の瀬の巫女舞。
巫女長のエルメンヒルデは神楽を任されていた。
夏休みからずっと舞の練習を欠かさずに行っている。
「あー……大変そうだね。シュログリ教のお祭りとか少し興味あるけど、教皇領は結構遠いんだよな。帝国のいちばん西の方でしょ?」
「そうだよー。年末の神楽は冬休みと重なってるし、見にこれなくはないと思うよ? せっかくだからノーラちゃんにもシュログリ教のことを知ってほしいけどな」
グラン帝国は多神教国家ながらも、シュログリ教が強勢を誇っている。
建国から連綿と続く焔神への信仰。
このニルフック学園すらも、焔神からの神託で建てられたと聞く。
三大派閥のひとつに『宗教派』が数えられているように、シュログリ教の影響力はかなり強いのだ。
国内の権力者ならば、誰でもシュログリ教の恩恵を受けたいと思っている程度には。
「まあ、機会があればね。じゃ、わたしは飯食いに行ってくるから。エルンも部屋出ろー」
機会があればとかいう、二度と機会が訪れない言葉。
食堂の方へ向かうノーラの背を見つめ、エルメンヒルデは嘆息した。
「盲亀浮木 以詮術移行」
世界之理ハ 偽神知処ス
我駆動之柩
不断之行 久遠之步
拝察焔神 吾等ハ教令ス
拝察彼女 吾ハ救済ス
主佩 意志 継承
吾佩 仮死 健常
生死 魂魄 逓送ス
挙止 公理 輻輳ス
『――神様ならそうする』
◇◇◇◇
「へっ……へくちっ! ずずずずずっ……」
風邪をひいてしまった。
寒気の中、ノーラはベッドの上で悶えていた。
季節の変わり目は体調を崩しやすい。
寮の自室から窓の外を見やると、すっかり葉を落としきった枯れ木が見える。
暖房の魔石も近ごろは皆勤賞である。
「お腹空いた……でも外には出られない……」
あまりにも怠い。
食堂に行って誰かに風邪をうつすのも悪いし。
レオカディアに紙鳩でも飛ばして、食べ物を持ってきてもらうべきだろうか。
動く気が起きず、うだうだしていたときだった。
不意に部屋の扉がしつこく叩かれた。
ノック数、二秒につき七回。
乱打である。
『ノーラちゃーん。いるー?』
「いるいる。はよ入れ」
顔を覗かせたのはエルメンヒルデだった。
ベッドで寝込むノーラを見て、彼女はけらけらと笑った。
「風邪ひいたんだって? この軟弱者め」
「馬鹿は風邪ひかないらしいね。つまりわたしは馬鹿じゃないってことが証明されたんだよ。……で、エルンは何の用? わたしをからかいに来ただけ?」
「まさかぁ。エルンは優しいからね、ノーラちゃんの風邪を治しにきてやったんだよ」
自信に満ちた表情でノーラのそばに座り込んだエルメンヒルデ。
彼女はノーラの額に手を当てると、摩訶不思議な言葉を発し始めた。
「――」
徐々に室内に眩い輝きが満ち、温度が上がっていく。
エルメンヒルデの手から伝った魔力がノーラの全身を抱擁。
全身を苛んでいた倦怠感が一気に払われていく。
「お……おおおっ!? すげえ、寒気が消えていく!」
「――よし。これで治ったかな。もう大丈夫そ?」
「うんうん! まさかエルンにこんな力があったとは……」
「仮にも巫女ぞ? 風邪の治療くらいはできるって」
エルメンヒルデの力は謎に包まれている。
彼女がクラスNに所属する所以は『巫女の力』……すなわち巫術。
魔法だかなんだかわからない術を使いこなし、こうして人を助けることもある。
しかしエルメンヒルデは自分の力について話したがらず、研究にも消極的な節がある。
体調が快復して華やいだ気分のノーラは、勢いよくベッドから立ち上がった。
「ありがとね、エルン! 舐めてたけど意外とやるじゃん」
「ノーラちゃんはいつも一言多いんだよねぇ。付き合って約一年、舐められていると初めて知った冬の朝……」
「あー腹が減ったぜ。お風呂にも入りたいな。エルン、巫女の力で食べ物とか出せない?」
「巫女の力をなんだと思ってんの? 神様じゃないんだからさ。神様の代理だけど」
「エルンが自分の力を詳しく説明しないのが悪いよ。風邪が治せるなら、食べ物も出せると思うじゃん?」
エルメンヒルデは苦笑いする。
ノーラの言も一理あるが、さすがに都合よく解釈されすぎである。
「腹が減ったのなら食堂へ行きなさい。エルンは忙しいから、すぐにお暇するよ」
「忙しいって? なんか課題とかあったっけ」
「ううん、シュログリ教の行事が近くてさ。年末にエルンが舞をすることになってるんだ。その練習をしなくちゃ」
シュログリ教の伝統行事、年の瀬の巫女舞。
巫女長のエルメンヒルデは神楽を任されていた。
夏休みからずっと舞の練習を欠かさずに行っている。
「あー……大変そうだね。シュログリ教のお祭りとか少し興味あるけど、教皇領は結構遠いんだよな。帝国のいちばん西の方でしょ?」
「そうだよー。年末の神楽は冬休みと重なってるし、見にこれなくはないと思うよ? せっかくだからノーラちゃんにもシュログリ教のことを知ってほしいけどな」
グラン帝国は多神教国家ながらも、シュログリ教が強勢を誇っている。
建国から連綿と続く焔神への信仰。
このニルフック学園すらも、焔神からの神託で建てられたと聞く。
三大派閥のひとつに『宗教派』が数えられているように、シュログリ教の影響力はかなり強いのだ。
国内の権力者ならば、誰でもシュログリ教の恩恵を受けたいと思っている程度には。
「まあ、機会があればね。じゃ、わたしは飯食いに行ってくるから。エルンも部屋出ろー」
機会があればとかいう、二度と機会が訪れない言葉。
食堂の方へ向かうノーラの背を見つめ、エルメンヒルデは嘆息した。
「盲亀浮木 以詮術移行」
2
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる