呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第7章 文化祭

ファーストプリンス

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舞台に着地した異形の怪物。
獅子の頭に、竜の体躯、広げるは黒き鳥の羽。
民家すら体当たりで吹き飛ばせそうな巨躯。

突如として現れた怪物に、舞台は騒然となった。
獰猛なうなり声を上げて怪物は周囲を見渡している。

(あ、あれって……)

ノーラには見覚えがあった。
あれはたしか……フリッツが予知していた異形だ。
まさか文化祭の劇中に出没するとは。

これは演出などではない。
本物のイレギュラーだ。

咄嗟にノーラは走った。

「殿下!」

最優先で確保すべきはデニスの安全。
彼の目と鼻の先に怪物は舞い降りた。
あの怪物の正体がなんにせよ、早急にデニスを救出しなければ。

ノーラは駆け寄り、デニスの腕を引く。
触れただけで小刻みな震えが伝わってくる。
いきなり現れた怪物に度肝を抜かれたように、彼は目を見開いて怪物を見上げていた。

「殿下、こちらへ!」

腕を引くも、デニスの足は動かない。
劇の演出か、本当のイレギュラーか……判然とせず困惑する衛兵に、ノーラは視線で助けを求めた。
その間にも怪物は周囲を見渡し、大勢の人が座る観客席に視線を移した。

瞬間、デニスがノーラの腕を振り解く。

「――こちらだ!」

今までに聞いたことがないくらい、大きな声で。
デニスは怒号を張り上げた。
怪物の注意がデニスへと向けられる。

「この魔獣は、アガピトが使役する邪悪なる獣! 私がこの魔獣を打ち倒す!」

歓声が上がった。
例年はアガピトを倒し、マリレーナが歌っての閉幕だ。
今までにない演出に、観客たちは喝采を上げる。

だが、ノーラはこんな演出があるなど聞いていない。
もちろん他の出演者も。

「しかし……私の体には、まだアガピトから受けた毒が残っている……!」

デニスの視線を受け、ノーラは己に求められる役割を悟った。
彼はこのアクシデントを『劇』として昇華させるつもりだ。
怪物の注意を己が惹きつけ、客に被害を出さないように。

「では、クーロ王子! 私の聖なる歌で、あなたの邪毒を祓いましょう!」

「ああ、ありがとう! 君は下がっていてくれ……民を救うために、私は戦う!」

ノーラは舞台の端に寄り、裏に控えていた楽団に指示を出す。
そして高らかに歌を紡ぎだした。

同時、舞台上の怪物が咆哮を上げる。
デニスが風を宿した剣で怪物を斬り裂いたのだ。
アガピトとの戦いのように、形だけの演出ではない。
本物の魔術を剣に宿し、怪物と対峙している。

「デニス殿下、なんてかっこいいの……」
「がんばれー! 殿下ー!」
「今年のマリレーナ姫、歌がすごく上手いね……!」

美しい歌をバックに奮闘するデニス。
観客のほとんどが演出だと思い込み、感激の声を上げていた。

鋭く振るわれた怪物の爪牙が舞台を抉る。
巨躯の暴走によってセットが破壊され、最前列の観客たちが衛兵の誘導によって退避。

「っ……!」

鋭く剣を振るうデニス。
風を纏い、軽やかに足を運ぶ。

的確に、確実に。
怪物の足の腱、鱗のない腹部、首元を狙う。

幼少の砌より学んだ剣術と魔術。
過去の研鑽を糧にしても、デニスの剣は怪物に届かない。
徐々に後退していく。

(わたしがどうにかしないと……!)

デニスはこのアクシデントを『演劇』に組み込む選択をした。
だからこそ、守衛や他の出演者が助けに入ることはできない。
いま彼とともに舞台に立っているのはノーラだけ。
力になれるのは自分だけなのだから。

歌を乱すことなくノーラは進み出た。
右目を見せれば怯ませることができるかもしれないが……ここは大衆の前。
眼帯を外すわけにはいかない。

(それなら……)

魔力が迸る。
鈍色の靄がノーラの指先から生じ、膨張していく。

魔力と歌声の維持。
かなりの集中力を要するが、やれる。
今の自分ならできる。

魔術の形成が終わった瞬間、ノーラは靄を撃ち放つ。
靄は狙い通りに怪物の頭部を覆った。

『――!』

瞬間、怪物が怯む。
天敵でも現れたかのように、警戒した視線を虚空へ向けて。
魔物や動物が相手でも幻影魔術が効くことは実証済み。

「クーロ王子、今です!」

「ああ……ありがとう、マリレーナ姫!」

隙を晒した怪物。
丸太のような首元に、デニスの剣閃が鋭く叩き込まれる。

怪物は音にならぬ断末魔を上げ、その巨体を力なく倒した。
大きく揺れる舞台。
倒れゆく怪物を横目に、デニスは高々と剣を掲げる。

「――闇は払われた! 今、光に満ちた未来が始まったのだ!」

巻き起こった大歓声。
舞台は万雷の喝采と称賛に包まれる。
剣を掲げるデニスの手に、もはや震えはなく。


……かくして、邪悪なる魔法使いアガピトと、アガピトが使役する魔獣を倒したクーロ王子。
クーロ王子とマリレーナ姫は結ばれ、シュロイリス正教国とサーグリティア邪教国は和解。
両国はひとつになり……グラン帝国が建国された。

初代皇帝クーロは常に民を想い、マリレーナ姫は優しく勇ましい皇帝に寄り添い。
長く平和の世が続いたという。
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