呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第6章 差別主義者の欺瞞

不敬罪

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仕事には一週間と経たずに慣れた。
自分で言うのもなんだが、ノーラは適応力が高い方だと思う。
アリアドナも早々にノーラを認め、それぞれ別ルートで手分けして仕事を行うことになっていた。

毎日適度に歩けるし、魔力操作の運動もできるし。
実に健康的な夏季休暇の日々を送っている。
人形を動かしながら、最近流行りのラップとやらを口ずさむ。

「Yo, Yo, Check it out!
 朝起きて コーヒー飲んで
 でも牛乳なくて 泣きそうなんだ
 机の上には 謎のペンケース
 中身は全部 昨日の夢」

歌が好きなノーラ。
帝都ではどんな歌が流行っているのかと調べたら、まさかのラップであった。
意外と世間のノリは軽い。
礼儀作法が云々言っている時代も、もうすぐ終わるのかもしれない。

「お腹がグルグル 空っぽだぜ
 食糧庫見ても ネズミ笑ってる
 夢は大きく 財布は小さく
 でもポケットには 希望の歌」

自画自賛ながら、ノーラは即興で歌詞を作るのが上手い方だ。
言葉選びのセンスは絶望的だが、リズムに乗ったリリックは作ることができる。
決して他人に聞かせられないという点が珠に瑕かも。

「……あの、すみません」

「Yo, これが俺の変なラップ
 笑顔忘れずに 前に進もうぜ
 変な日々も 宝物に変えて
 Let's keep it real, これが俺の生き様!」

ノーラがドヤ顔で決めポーズして振り返った瞬間。
謎の青年と目が合った。

「……ひぃいいっ!?」

「わぁあああっ!?」

瞬間的にノーラが飛び退くと同時、青年ものけぞった。
互いに奇声を上げて硬直。

だがしかし、ノーラはその人に見覚えがあったのだ。
男性にしては長めに伸びた濃い緑の髪。
中性的な顔立ちに、どこか怯えを帯びた瞳。

「でんっ……かっ!」

グラン帝国第二皇子、デニス・イムルーク・グラン。
そしてニルフック学園の生徒会長でもある。
そりゃ皇子なんだから城にいて当然だ。
当然なのだが、あまりにも唐突な遭遇にノーラの動揺は極点に達した。

そして今しがたの乱暴な歌を皇子に聞かれてしまったという事実。
ラップが駄目というわけではないが、明らかに貴族社会には浸透していない文化だ。

「え、ええと……すみません。眼帯をつけた青髪の子……学園で見覚えがあって声をかけてみたんですけど……」

「は、はい。クラスNのノーラ・ピルットと申します……」

「で、ですよね。人違いじゃなくて良かった。私はデニス。ニルフック学園の生徒会長をしています」

「存じ上げております」

学園におけるデニスの存在感は尋常ではない。
大抵彼の周りには人だかりができているし、噂がしきりに流れてくる。
ペートルスに並ぶ人気者と言えるだろう。
知らないわけがない。

気まずい雰囲気が漂う中、目を合わせずにデニスが尋ねてきた。

「ど、どうしてあなたがお城に……? 見たところ、魔法人形の操作をしているみたいですが」

「マインラート様に魔術師が不足しているって言われて、夏休みの間だけお手伝いすることになったんです。決して怪しい者ではございません」

「なるほど……マインラートの紹介でしたか。クラスNの生徒は優秀ですからね。協力してくださり、ありがとうございます」

デニスは深々と頭を下げた。
皇族がこうも簡単に頭を下げるべきではないと思うが。

そこでいったん会話が途切れる。
しばしの気まずい沈黙が流れ、ノーラは手持ち無沙汰に人形を動かした。

「先程、聞きなじみのない歌を歌われていましたが……」

「え、そ、そうですかね? 聞き間違えじゃないですかぁ?」

「いえ、そんなことはありません。妙に耳に残る歌詞で、独特な趣がありました。あれはなんという歌なのですか?」

「い、いやぁ……」

口ごもる。
どうにか誤魔化せないものだろうか。
ノーラの仕事に対する不誠実さと、絶望的な歌詞センスが同時に露呈してしまう。

「今のはわたしが即興で考えた歌です。くだらないものなのでお気になさらず」

「そうなのですか……!? 今の歌詞を即興で、しかもあんなに上手に……!」

デニスは存外に目を見開いた。
ノーラとしては早々にこの場を離れたいところなのに、何を言っても彼が食いついてくる。
誰かにこの光景を見られたら打ち首になるかもしれない。

「ジャンルはどういうものなのですか?」

「ジャンルは……ラップ、といいます。ですが庶民の流行で、貴族の方々が歌うには適さないものですので……はい」

「ラップ……なるほど。わが国の民では、そのような歌が流行しているのですね。皇子ながら民の暮らしには疎く……情けない限りです」

「あの、わたしが殿下にラップを教えたなんて知られたら、マインラート様から怒られるのでぇ……どうか内密にお願いいたします」

顔を真っ赤にさせたり、青ざめたりさせながらノーラは懇願した。
殿下に庶民の文化を吹き込んだ不敬者は誰だ――と城で騒ぎになること間違いなし。

「ああ……もちろん他言はしませんよ。自分の影響力の大きさは理解していますから。でも……マインラートは怒らないと思いますよ」

「えっ? うーん……マインラート様は貴族の文化に誇りを持ってそうだし、平民の文化とかいちばん嫌いそうですが。『こんな汚い歌を殿下に教えやがって』と激怒しそうです」

事あるごとに平民を見下すマインラート。
貴族と平民とを峻別する彼が、世俗の文化など好むわけがない。
ましてや国の象徴とも言える皇子を、庶民の文化で染めるなど許すわけもなく。
普通に事が露呈すればぶん殴ってきそう。

「マインラートは誰よりも民に触れ、その本質を理解している。世俗に混じることにも抵抗はなく、実に平等に民を見ていると思います。そして民に対する理解が、貴族に求められる最優先の姿勢だとも知っていて。区別はしますが、差別はしない人でしょう」

「え、えぇ……? どちら様の話ですか?」

ノーラの知ってるマインラートと違う。
もしかしてデニスの語っているマインラートは、同名の別人ではないだろうか。
それとも学園に通ってるマインラートは影武者だったり?

「それでは、私はここで失礼します。周りにバレないよう、ラップとやらも学んでみたいですね。それでは……この夏休みの間、城の人形をよろしく頼みます」

「は、はい。お気をつけて」

「よろしければ、またあなたの歌を聞かせてくださいね」

ぎこちない笑みを浮かべて、デニスは去っていった。
ペートルスと比べたら表情に自然さが欠ける。
きっと彼は皇族として振る舞うことに、まだ抵抗があるのだろう。

恥ずかしい歌を聞かれたことは忘れるようにして。
ノーラは現実逃避するように作業に戻った。
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