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第4章 儚き天才の矜持
舞踏会ってなに?
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過去を省みず、過ちを繰り返すのが愚者。
ならば未来を見据え、危難を除くが天才である。
手元で転がした輝き。
石に綴じられた光彩、未来へ伝う魔力。
電灯に、浴場に、かまどに。
あらゆるエネルギーを生む魔石が嵌め込まれている。
精緻な計算の末、徹底的な魔力分配の末、生み出された魔石による伝導。
偉大なる発明だ。
ここ数十年で帝国中に普及した大発見だ。
夜闇の中、あたたかな光を放つ魔石が見えた。
「…………」
今や人類の叡智の結晶。
数年前までは忌憚すべき偽りの石くれ。
私は……あの光が嫌いだ。
人の手で創られた光など、あまりにも邪悪だ。
空に瞬く天光こそ美しい。
大いなる天神の、星神の導きである。
「兄上」
――私は必ず。
◇◇◇◇
風薫る初夏。
時は移ろい、ノーラが入学してから三ヶ月の月日が経った。
新年度の生活にも慣れてきたのか、生徒たちはどこか浮ついた雰囲気だ。
夏用の白いカーディガンを羽織り、ノーラはクラスNの教室へ向かっていた。
隣にはエルメンヒルデの姿もある。
「……それでさぁ、エルンが緑のドレス着てただけで、デニス殿下に媚びてるとか言われてさぁ? 媚びてねーつーの!」
「はははっ! でもエルン、基本男に媚びるスタンスじゃん?」
「何言ってんのノーラちゃん!? 私まーったく媚びたりしてないけど!?」
「じゃあその甲高いメス声はなんだよ。わたしかわいいです……みたいな声と体型しやがってよ」
「声と体型は生まれつきだよー! そんなこと言ったらノーラちゃんだってかわいいよねぇ。その言葉づかいは改めた方がいいと思うけど。最初はもっとお淑やかな子かと思ったのに……三ヶ月経ったらもうコレだよ」
「うっ。自然とね、信頼してる奴が相手だとね、こうなっちまうんだ」
すっかり二人は仲良し。昵懇の仲である。
ノーラが付き合う友人の中でも、エルメンヒルデは最も親しい友人の一人になっていた。
最低でも週に二回のペースで会い、同じ学年と性別なのだから仲良くならない方が難しい。
そして警戒心が薄れるにつれ、ノーラ本来の性格が出始めてしまっていた。
本性を隠すのって難しい。
「ま、いいよいいよ。エルンは寛大だからね。てか堅苦しくされた方がめんどくさいし……おはようございまーす!」
「おはようござます」
クラスNの扉を元気よく開け放つ。
最初は絢爛豪華に感じていたこの教室も、慣れればいつもの光景。
先客はフリッツだけのようだ。
「おや、お二人とも。おはようございます。今日もお元気そうですね」
フリッツは七色に光る石を磨く手を止め、二人に会釈した。
ノーラは一番奥の席が空いていることに違和感を覚える。
「あれ、ペートルス様はまだ来てないんですね。いつもならわたしたちより先に来てるのに」
「用事があって今日は休むようです。飛竜に乗って学園から飛んでいきましたよ」
「ふーん。ペートルス様がいないのに、クラスNの講義がまともに進むんですかね。マインラート様はやる気ないし、ヴェルナー様はだんまりだし」
ペートルスの存在は超重要。
彼がいないと、とかくあらゆる状況が進まない。
ヴェルナーは興味を失し、マインラートは寝て、エルメンヒルデは思考放棄し始める。
「フッ、何をおっしゃいますか。ペートルス卿に代わる仕切り役と言えば、このフリッツがいるではありませんか。大船に乗ったつもりでお任せを」
「最近ね、フリッツ様が泥舟に見えて仕方ないんすよ。有能風無能といいますか」
「ほう……ピルット嬢も言うようになったではありませんか。しかし私は天才、天才なのです……! 場を掌握する能力にも長けているはずです!」
フリッツの自信はどこからくるのか。
ノーラは苦笑いしながら自分の席に鞄を放り投げた。
彼は二年生の中でも成績首位、そして武芸にも優れ女子生徒たちからの評判も上々。
しかし自信があるときほど失敗することが多いように感じられた。
ノーラが入学したてのころ、魔術の教えを乞うたときだってそうだ。
結局ヴェルナーの方が教えるのが上手かったり。
得意気な顔をするフリッツに、エルメンヒルデが思い出したように駆け寄っていく。
「あっそうだ。フリッツせんぱーい。これ、頼まれていた布です」
「おお……これがシュログリ教の総本山だけで作られる『白銀の麗布』……! 私の銀髪にぴったりですね。ありがとうございます」
エルメンヒルデが手渡した銀色の布。
フリッツはそれを見て満足そうに微笑んでいる。
どうしてエルメンヒルデがフリッツに布を贈るのか?
ノーラには解せなかった。
「なんすかそれ。今日ってフリッツ様の誕生日?」
「いえ、違いますよ。舞踏会で相手に贈るハンカチを作るのです。これは婚約者に贈るためのものですね。セヌール伯爵家の紋章を入れ、私の瞳と同じ色の糸を縫って」
フリッツに婚約者がいたことは初めて知った。
まあ、この年齢の令息ともなれば婚約者くらいいるものか。
ペートルスとヴェルナーにはいないらしいが。
「ピルット嬢とレビュティアーベ嬢も、そろそろ用意を始めないといけませんよ。でないと壁の花になってしまいます」
「エルンはもう準備万端! ドレスにハンカチーフ、お相手の手配も終わったよー。正直ダンスとかはめんどくさいけどねぇ……これも貴族のお役目ってやつ? ノーラちゃんはどう?」
どう、と聞かれても。
ノーラには二人が何を話しているのかさっぱりわからなかった。
「え、舞踏会ってなに?」
ならば未来を見据え、危難を除くが天才である。
手元で転がした輝き。
石に綴じられた光彩、未来へ伝う魔力。
電灯に、浴場に、かまどに。
あらゆるエネルギーを生む魔石が嵌め込まれている。
精緻な計算の末、徹底的な魔力分配の末、生み出された魔石による伝導。
偉大なる発明だ。
ここ数十年で帝国中に普及した大発見だ。
夜闇の中、あたたかな光を放つ魔石が見えた。
「…………」
今や人類の叡智の結晶。
数年前までは忌憚すべき偽りの石くれ。
私は……あの光が嫌いだ。
人の手で創られた光など、あまりにも邪悪だ。
空に瞬く天光こそ美しい。
大いなる天神の、星神の導きである。
「兄上」
――私は必ず。
◇◇◇◇
風薫る初夏。
時は移ろい、ノーラが入学してから三ヶ月の月日が経った。
新年度の生活にも慣れてきたのか、生徒たちはどこか浮ついた雰囲気だ。
夏用の白いカーディガンを羽織り、ノーラはクラスNの教室へ向かっていた。
隣にはエルメンヒルデの姿もある。
「……それでさぁ、エルンが緑のドレス着てただけで、デニス殿下に媚びてるとか言われてさぁ? 媚びてねーつーの!」
「はははっ! でもエルン、基本男に媚びるスタンスじゃん?」
「何言ってんのノーラちゃん!? 私まーったく媚びたりしてないけど!?」
「じゃあその甲高いメス声はなんだよ。わたしかわいいです……みたいな声と体型しやがってよ」
「声と体型は生まれつきだよー! そんなこと言ったらノーラちゃんだってかわいいよねぇ。その言葉づかいは改めた方がいいと思うけど。最初はもっとお淑やかな子かと思ったのに……三ヶ月経ったらもうコレだよ」
「うっ。自然とね、信頼してる奴が相手だとね、こうなっちまうんだ」
すっかり二人は仲良し。昵懇の仲である。
ノーラが付き合う友人の中でも、エルメンヒルデは最も親しい友人の一人になっていた。
最低でも週に二回のペースで会い、同じ学年と性別なのだから仲良くならない方が難しい。
そして警戒心が薄れるにつれ、ノーラ本来の性格が出始めてしまっていた。
本性を隠すのって難しい。
「ま、いいよいいよ。エルンは寛大だからね。てか堅苦しくされた方がめんどくさいし……おはようございまーす!」
「おはようござます」
クラスNの扉を元気よく開け放つ。
最初は絢爛豪華に感じていたこの教室も、慣れればいつもの光景。
先客はフリッツだけのようだ。
「おや、お二人とも。おはようございます。今日もお元気そうですね」
フリッツは七色に光る石を磨く手を止め、二人に会釈した。
ノーラは一番奥の席が空いていることに違和感を覚える。
「あれ、ペートルス様はまだ来てないんですね。いつもならわたしたちより先に来てるのに」
「用事があって今日は休むようです。飛竜に乗って学園から飛んでいきましたよ」
「ふーん。ペートルス様がいないのに、クラスNの講義がまともに進むんですかね。マインラート様はやる気ないし、ヴェルナー様はだんまりだし」
ペートルスの存在は超重要。
彼がいないと、とかくあらゆる状況が進まない。
ヴェルナーは興味を失し、マインラートは寝て、エルメンヒルデは思考放棄し始める。
「フッ、何をおっしゃいますか。ペートルス卿に代わる仕切り役と言えば、このフリッツがいるではありませんか。大船に乗ったつもりでお任せを」
「最近ね、フリッツ様が泥舟に見えて仕方ないんすよ。有能風無能といいますか」
「ほう……ピルット嬢も言うようになったではありませんか。しかし私は天才、天才なのです……! 場を掌握する能力にも長けているはずです!」
フリッツの自信はどこからくるのか。
ノーラは苦笑いしながら自分の席に鞄を放り投げた。
彼は二年生の中でも成績首位、そして武芸にも優れ女子生徒たちからの評判も上々。
しかし自信があるときほど失敗することが多いように感じられた。
ノーラが入学したてのころ、魔術の教えを乞うたときだってそうだ。
結局ヴェルナーの方が教えるのが上手かったり。
得意気な顔をするフリッツに、エルメンヒルデが思い出したように駆け寄っていく。
「あっそうだ。フリッツせんぱーい。これ、頼まれていた布です」
「おお……これがシュログリ教の総本山だけで作られる『白銀の麗布』……! 私の銀髪にぴったりですね。ありがとうございます」
エルメンヒルデが手渡した銀色の布。
フリッツはそれを見て満足そうに微笑んでいる。
どうしてエルメンヒルデがフリッツに布を贈るのか?
ノーラには解せなかった。
「なんすかそれ。今日ってフリッツ様の誕生日?」
「いえ、違いますよ。舞踏会で相手に贈るハンカチを作るのです。これは婚約者に贈るためのものですね。セヌール伯爵家の紋章を入れ、私の瞳と同じ色の糸を縫って」
フリッツに婚約者がいたことは初めて知った。
まあ、この年齢の令息ともなれば婚約者くらいいるものか。
ペートルスとヴェルナーにはいないらしいが。
「ピルット嬢とレビュティアーベ嬢も、そろそろ用意を始めないといけませんよ。でないと壁の花になってしまいます」
「エルンはもう準備万端! ドレスにハンカチーフ、お相手の手配も終わったよー。正直ダンスとかはめんどくさいけどねぇ……これも貴族のお役目ってやつ? ノーラちゃんはどう?」
どう、と聞かれても。
ノーラには二人が何を話しているのかさっぱりわからなかった。
「え、舞踏会ってなに?」
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