呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第2章 入学

妙齢なる道徳騎士団

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「……最後になりましたが、新入生の皆さんの今後のご活躍を心からお祈り申し上げ、祝辞とさせていただきます」

生徒会長が在校生代表の式辞を終える。
瞬間、会場から万雷の拍手が鳴り響いた。
生徒会長はグラン帝国第二皇子デニス・イムルーク・グラン。
長い緑髪を持つ色白の美青年だ。

彼が述べたお手本のような式辞に、学生や教員たちは感心しているようだった。
さすがは帝国皇子と言ったところか。
世間での評判は第一皇子のラインホルトの方が良いようだが、デニスも負けず劣らず。

ノーラは無心で入学式が終わるのを待っていた。
正直、学園長の話とか生徒会長の話とか耳に入っていない。

「続きまして、新入生の代表の挨拶を行います。新入生代表、エルメンヒルデ・レビュティアーベより……」

 ◇◇◇◇

入学式を終え、その日は解散となった。
初日は簡単なガイダンスだけして終わりらしい。
担任の教師が教室を去り、放課になった瞬間に生徒たちが立ち上がる。

親しい仲同士で生徒たちが固まり、教室から去っていく中……ノーラは相も変わらず席に座って俯いていた。
やっぱり無理だ。
中等科から続いて入学した生徒が大半で、ノーラは部外者みたいなものだった。
普通の人間なら友達を作ろうと努力するのだろうが、彼女には難しすぎる。

次々と同じクラスの生徒が去っていく。
これから昼食を食べに食堂にでも向かうのだろうか。
とりあえずノーラは誰もいなくなるまで沈黙して待っていた。

「……ちょっと、あなた」

「…………」

「ねえ」

「…………」

「聞いてるの!?」

「はやぁいいっ!?」

背後から大声が響き、ノーラは奇声を上げる。
自分に話しかけてくる人などいないと思い込んでいたので、完全に意識の外だった。
ガタンと机を震わせて振り返ると……そこには例のツンデレ令嬢こと、バレンシアが立っていた。

「あっ、あっ、すみません」

相変わらず鋭い視線でノーラを睨みつけてくる。
腕を組んで仁王立ちするバレンシアに萎縮してしまう。

「いつまでそこにいるの?」

「いえ、お構いなく……あの、わたしなんか気にしないでください」

「べ、別にあなたを気にしてるわけじゃないわ。その……教室の鍵を閉めないといけないから。先生から鍵を預かっているのよ。早く教室を出てもらわないと困るわ」

「あっそうなんですね。お邪魔して誠に申し訳ございません。今すぐに消えます」

聞くや否や、ノーラは猛烈な速さで荷物をまとめて立ち上がる。
今すぐにでも学生を辞めてしまおう。
そう思っていたノーラにとって、できるだけ人と関わる事態は避けたかった。
しかしバレンシアは走り去ろうとする彼女の手をぐっと掴み、待ったをかける。

「ひいっ!?」

「待ちなさい。リボンが解けかけてるわ。あとシャツが出てる。ニルフック学園の生徒として、もう少し容姿に気を遣いなさい」

「す、すみません……」

バレンシアはノーラの服装を正す。
生徒一名の恥はニルフック学園全体の恥。
そう考えると、やっぱり自分は学生なんかできそうにない……とますますノーラは自信を喪失していくのだった。
学園の顔に泥を塗るのは御免だ。

バレンシアが服を直していると、不意に小さなくぐもった音が響く。
ぐぅ……と腹の虫を鳴らしたのはノーラ。
彼女は過呼吸気味になりながら顔を赤らめた。

「そういえば、もうすぐ昼食の時間ね。あなた、ニルフック学園の中等科には通っていなかったんでしょう? それなら食堂の使い方も知らないだろうし、わたくしが教えてあげるわ」

「い、いえ……そこまでしていただく義理は、わたしには」

「いいから来なさい。あなたの挙動不審な態度、見ていて腹が立つわ。一刻も早く普通に振る舞えるように、わたくしが交流してあげようと言っているの。さあ、行くわよ!」

「は、はっ、はぁいっ!」

強引に連れ出されたノーラ。
バレンシアの言うことはもっともで、ノーラのビクビクした態度は不快感を覚える人もいるだろう。
きっとこのバレンシアというツンデレは、自分を気にかけてくれているとかそういうことではなく、哀れな小動物を哀れむような気持ちで接してくれているのだ。
ノーラは勝手にそう思い込むことにした。

 ◇◇◇◇

食堂は大勢の人で賑わっていた。
年次に関わらず、和気あいあいと生徒たちが交流している。

食堂は三階建てで、一階が普通の調理場と長テーブル。
二階は茶会用のカフェテリアになっていて、三階は……ノーラにはよくわからなかった。

「あ、あのぉ……あ、なんてお呼びすればいいんだろう」

「バレンシアって呼んで。呼び捨てでいいわ。わたくしもあなたのことはノーラって呼ぶわ。このニルフック学園では、生徒は身分に関係なく接するように言われているのよ。……表向きはね」

うんざりしたようにバレンシアは呟いた。
みなが等しく学ぶ場であるという理念から、校則的には身分差が存在しないことになっている。
もっとも実態はバリバリの格差があり、身分が高いほど学園内での地位も高くなるのだが。

「それで? 何かわからないことはある?」

「あの、ババッ、ババ……ィアさん」

「今ババアって言った? さん付けもしたわね?」

「いい、いい、い、いえっ!? バババババッ、バレンシア! あの、三階は、どういう場所なんですか!?」

いきなり耳元で叫んだノーラに、バレンシアは思わず顔をしかめた。
この女は声の調整という概念を知らないのだろうか。
とはいえ素直に呼び捨てしてくれたことに対してはまんざらでもない気持ちで、バレンシアは得意気に答える。

「三階は大貴族が料理人を呼んで、オーダーメイドで作らせる場所よ。親睦を深めたい相手に、自分の家の料理人の腕を披露し合ったりするの。大貴族じゃなくても利用はできるけど、そんなことができるのは大貴族くらいよね。もちろん、わたくしもたまに使うわ」

「へ、へぇ……バレレンシッシアは、すごい家の出なんですよね? あの、周りの令嬢やつらを従えていましたし」

「バレレンシッシアって誰よ。それにあの令嬢たちは勝手にわたくしを崇めてるだけ。わたくしは名高き『壮麗なる慟哭騎士団』を擁するアンギス侯爵家の令嬢よ」

(なんか中二っぽいワードと固有名詞が出てきた……)

名高きなんちゃら騎士団、なんちゃら侯爵家。
そう言われても世間に疎いノーラにはなんのことやら。
とりあえず肯定しておこう。

「へぇーっ! そ、そうなんですね。バレンシアはあの『妙齢なる道徳騎士団』を擁する侯爵家の出なんですね! すごーい、です!」

「…………ノーラ。あなた、変わってるってよく言われない?」

なんだか付き合うのも馬鹿らしくて、バレンシアは舌を巻いた。
そういえばこのノーラという少女は平民だった。
貴族社会の話をしたところで理解できるわけがない。

「ま、まぁ……ノーラも一度くらいなら利用する機会はあるんじゃない? あなたはクラスNなわけだし、会食する機会もあるでしょう」

「あ、それ。そのクラスえぬっつーのは、なんでしょうか? もしかして平民を隔離する場所みたいな感じですかね……?」

「ちょっと待って。今の言葉、誰にも聞かれてないわよね」

急にノーラの口元が塞がれる。
バレンシアはモゴモゴするノーラの口を塞ぎながら、慌てて周囲を見渡した。
どうやら他の生徒には聞かれていないらしい。

「ふぅ……よかった。あのね、クラスNを侮辱することはこの学園では許されないの。まさかクラスNの存在も知らないで入学してくる人がいるなんて……信じられない。なんのために入学してきたのかしら」

入学してきたというか、勧誘されたので流れで入学した。
ペートルス曰く『普通の学園だから気負わなくてもいいよ』とのことだったので、特に事前の下調べもせずに来てしまった。
全部ペートルス様のせい。

「とりあえず、食事をしながら話しましょうか。注文はこっちよ」
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