呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第2章 入学

青春の光

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「……報告を」

ルートラ公爵は淡々と促した。
ペートルスとは対照的に冷淡な相貌。
しかし感情を表に出さないという一点において、この両者は共通していた。

「学業は問題なく、成績首位を維持しています。人脈作りも順調に進み、大家の子息とはおおむね良好な関係を築きました」

「そうか。禁書はどうした」

「……どうやら学園長に警戒されているようでして。いまだ禁書庫への立ち入り許可は下りません。残りの一年間で目的を遂行します」

「場合によっては不正をもってしても構わん。卒業までには確実に禁書を得よ」

ペートルスは無言で首肯した。
ルートラ公爵の要求を拒むという選択肢は彼にはない。
公爵側もその旨を理解しており、命令だけを下して話題を進める。

「次だ。お前の飼っているアレ……『呪われ姫』のことだ。学者の報告によれば、これ以上の進展は見られそうにないと。ソレイユ出身の元教授でも手詰まりか。所詮は贋作ということだ」

「彼女の呪いには個人的に興味があったのですが。できればもう少し研究を進めたいところです」

「好きにせよ。まったく……八年間で何も成熟していないとはな。お前のソレに比べれば、まるで進歩がない。これ以上は金を注ぐ価値がないと判断し、儂はアレから手を引く」

ルートラ公はペートルスの耳元を見ながら嘆息した。

「――承知しました」

ペートルスは腹の内で悦に入る。
公爵が研究を諦めれば、エレオノーラの呪いの研究はより進むと確信があった。
彼女の呪いに関して、ペートルスは心当たりがあったために。

ようやく事態が進展する。
光明を得た彼は、久方ぶりに晴れ晴れしい気分を味わった。

「では、これにて失礼いたします」

公爵の部屋を出たペートルスは、部屋の外で待機していた従者のイニゴに視線を向ける。
イニゴは大きな歩幅でペートルスに歩み寄り、離宮から城へ向かう彼に続いた。

「ペートルス様。なんか今日は機嫌が良さそうです?」

「こっちに帰ってくるのは嫌気が差していたけど、思わぬ収穫があってね。奴がエレオノーラの研究を打ち切るらしい。これでようやく邪眼の研究に着手できる。僕のものと違いを明らかにすれば、彼女の命を救える可能性もある。……間に合うかはわからないけどね」

「ほう……まあ、俺にゃ難しいことはよくわかんねぇですけど。どうするおつもりなんです?」

歩きながらペートルスは考え込む。
たしかに公爵はエレオノーラの研究を諦めると言ったが、それは公爵が根を張る場所から解放されることを意味していない。
このルートラ公爵領にいる限り、誰もがあの男の駒に過ぎないのだから。

「彼女、学園とか興味ないかな?」

「……うん? それってつまり……」

「とりあえず本人と相談してみるよ。学園に行けばクラスNの生徒の知見も得られる。卒業までの一年間でできることは限られるけど」

捉えた光明を逃すわけにはいかない。
一瞬の好機をふいにせず、慎重に地盤を固めることでペートルスは今の地位を築いてきたのだから。
公爵の愚かな判断も、偶然舞い込んだエレオノーラとの出会いも。
利用できるものはすべて利用する。

「ペートルス様もあと一年で卒業ですか……長いようで短い二年間でしたなぁ」

「僕にとってはとても長い二年間だったよ。苦しみをしのぐほど、時間は長く感じるものだ。あの老獪の命もあとわずかさ。……僕の命もね」

 ◇◇◇◇

「あー……いい。いいねぇ」

ニチャニチャと笑いながら、ぶつぶつとひとり言を呟きながら。
エレオノーラはベッドの上で小説を読んでいた。
読んでいるのは好きな作家の小説で、大昔の名著である。

大昔の本といっても、文章は現代人向けに書き直されたライトな文体で……気軽に読めるようになっていた。
いま読んでいるのは学園編で、推しがとにかくカッコいい場面である。

「わたしもこんな感じで青春を送りたい人生だった……まぁでも。わたしは主人公みたいに賢い女の子じゃないし、推しみたいな殿方を射止める能力はない。そもそも他人とまともに話せねぇ」

しょせんは絵空事。
創作の中の出来事で、青春とかあり得ない。
おそらくエレオノーラに呪いがなかったとしても、この小説のような日常は送れまい。

自分は生涯孤独の身で生きていくのだ。
暗殺を目論んだ犯人が捕まれば、このルートラ公爵家にいる理由もなくなる。
そして再び『呪われ姫』の檻に戻るのだろう。
右目を隠せば呪いが消えるという事実は得られたが、人前に出ても『その眼帯なーに?』と聞かれて気味悪がられるのがオチに違いない。

要するに自分とは無縁のキラキラした世界だからこそ、彼女は創作の世界に想いを馳せられるのだ。

「――エレオノーラ」

コンコン。
部屋の扉がノックされ、エレオノーラは慌てて本を枕の下にしまう。

「ど、どうぞっ!」

「失礼するよ。君に話があって来たんだけど、ちょうどいいタイミングだったようだ」

「えっ? ちょうどいい、とは?」

「今、青春を送りたいとか言っていただろう? そこで君にうってつけの話が……」

「あーっ!? あ、あ、きっ、聞いてたんですか!?」

いきなり爆音で叫んで飛び退くエレオノーラ。
相変わらずの奇行なれど、慣れたペートルスは淡々と話し続ける。

「盗み聞きするつもりはないんだよ。どうしても聞こえてしまうんだ……申し訳ないね」

「ペートルス様は……音を操る力をお持ちでしたよね。それと関係が?」

「ああ。音に対する感覚が拡張されているんだ。聴覚が優れているとか、そういう意味じゃなくて……とにかくあらゆる感覚を拡張して音と接している。だから小さな音でも聞こえてしまうんだ」

「な、なるほどぉ……きちぃな。参考までに音が聞こえない射程範囲を教えていただけると幸いです。あとペートルス様に音を聞かれないための工夫とかありましたら……」

「また今度ね。今は別の話をしよう」

今までエレオノーラは一人の時、数多の暴言を吐いてきた。
もしかしたらすべて聞かれているかもしれない……と思うと裸足で逃げ出したくなる。
まるで断頭台に立つかのような気持ちで、エレオノーラはペートルスの正面に座った。

「エレオノーラは今年で十六歳だったかな?」

「は、はい。望まれぬ生を受けること十六年、もうガキとしての言い訳が使えない年齢となりました」

「そうだね。一般的な貴族であれば中等学校から高等学校へ移り、本格的に大人としてみなされる頃合いだ。そこで提案があるんだけど……」

ペートルスは一枚の紙を差し出して。
その紙に目を落としたエレオノーラの手はものすごく震えだした。

「にゅ、入学届……?」

「――僕と同じ学園に通うつもりはない?」
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