呪われ姫の絶唱

朝露ココア

文字の大きさ
上 下
15 / 216
第1章 呪縛

料理と趣味

しおりを挟む
入浴後、エレオノーラは食堂を訪れる。
部屋の長テーブルのそばにはペートルスが座っていた。
彼は部屋に入ったエレオノーラを見るや否や立ち上がる。

「こんばんは、レディ。いつにも増してお綺麗になられたね。ドレスもよくお似合いだ」

「あ、ああっ……お世辞をどうもありがとうございます。本当にわたしなんかがペートルス様と一緒にお食事を囲んでもよろしいのですか?」

「いつも一人で食事をしていて寂しいんだよ。君が一緒にいてくれると嬉しいな」

まるで息を吐くように浮いた言葉を投げつけてくる。
これが貴公子というやつか。
エスコートされてエレオノーラは主賓の上座に座る。

「ああ、そうだ。レオカディアはどうかな? 君を不安にさせるようなことはなかった? 不満があれば別の侍女に交代してもらうけど」

「はい。すごく優しくて……安心、させてくれます。ありがとうございます……あの人がいいです」

「そうか。君にそこまで信頼されるなんて、レオカディアを侍女に選んだのは正解だったようだね。うん、少し嫉妬してしまうかな」

壁際に控えるレオカディアは誇らしげに胸を張っていた。
ペートルスの嫉妬など受けようものなら、エレオノーラはきっと泡を吹いて失神する。
レオカディアは肝の据わった女性らしい。

食堂に着いてから、ずっとエレオノーラはソワソワしていた。
そして前菜が運ばれてきたとき、その緊迫は頂点に達する。

「あ、あ、あ、」

「うん、それは何か言いたいことがある『あ』だね。どうかした?」

「あ、あの……わたし、マナーがわからなくて。小さいころに覚えたマナーとか、ぜんぶ忘れてて……カトラリーの使い方とか、あの、」

「構わないよ。正式な食事の場でもないんだし、気にせず食べてくれ。それとも……僕が手取り足取り教えようか?」

「い、いえ……できるだけ、可能な限り早く、可及的速やかに、マナーを勉強させていただきます。ペートルス様のお手を煩わせるわけにはいきません」

まさか自分が他人と会食するなど思っていなかったので。
エレオノーラは作法を遥か過去に置いてきた。
カトラリーの使い方を見て幻滅されてしまったらどうしようか、不安で仕方なかったのだ。

とりあえずペートルスの許しは得たので安堵する。
ようやく落ち着きを取り戻したエレオノーラは、目の前に置かれている料理を見た。
パイみたいな料理……としかエレオノーラの貧弱な語彙では形容できない。
さっき料理人が二人の目の前で切り分けていた。

「それはルートラ公爵領の食材を使ったパテ・ド・ロワ。雌の鹿、幼竜、トリュフ、フォアグラ、チェリーを使っている。食べられないものはあるかな?」

「……?」

「ああ、マジックマッシュルームは使っていないから安心して。そこら辺の貴族みたいに意地の悪い真似はしないよ」

「???」

ペートルスの言葉が微塵も理解できなかった。
とりあえずおいしそう。
エレオノーラは適当にうなずいておいた。

実を言うと、前菜に興奮作用のある茸を用いる貴族が多いのだ。
前菜の段階で味が微妙だと思われてはいけないので、帝国ではそういう習慣が根づいていた。
もちろんエレオノーラはそんなことを知るはずもなく、ペートルスの言葉の意味も伝わっていない。

ペートルスが食べ始めたのを見て、エレオノーラもおずおずと追従。
不慣れなナイフの使い方に注意し、慎重に切って口へ運ぶ。
瞬間、彼女は硬直した。

「うんっ……!?」

「どうした!?」

「ま!」

一瞬喉を詰まらせたのかとペートルスは狼狽したが、二の句を継いだエレオノーラを見て腰を落ち着ける。
エレオノーラの瞳は輝いていた。
これは――人生史上、最も美味いと言っても過言ではない。

「大丈夫? 苦手な味じゃなかったかな?」

「は、はい! すごく、おいしいです……!」

「それはよかった。前菜は僕が作ったんだよ。他の料理は料理人に作らせたけど、久しぶりに料理でもしたいと思ってね」

「えっ、ペートルス様が作ったんですか……? すっすごいですね……」

「本格派の料理人には劣るよ。あくまで菓子作りのついでに鍛えた調理スキルだから」

そうは言っても美味しすぎる。
余り物のような料理ばかり食ってきた日々に比べれば、本当に質が違う。
……というか幼少期は普通にイアリズ伯爵家の料理人の料理を食べていたが、そのレベルすらも遥かに凌駕している。

「な、なんでも……できる、天才?」

「次期ルートラ公爵として、何でもできなければいけないからね。立場には相応の能力が求められる。『完璧』になるのが僕の役目だ」

少し声のトーンを落としてペートルスは言った。
そして目が笑っていない。
なんか地雷を踏んだ気がするので、エレオノーラは慌てて話題を切り替えた。

「だだっ、そ、そういえばっ……わた、わたしの滞在許可とか。公爵様に取れましたかっ?」

「つつがなく。定期的にイアリズ伯爵とも連絡を取り、暗殺の犯人を特定するべく動く所存だ。この城にいても絶対に安全とは限らないから、できるだけ誰かと一緒に行動してほしい」

「わかりました。じゃあ、レオカディア様と一緒に」

そういえば暗殺未遂の話もあったな……と思い出す。
犯人は十中八九ヘルミーネかランドルフ、あるいはその両名だと思うのだが。
あんな連中のことを思い出しても気分が悪くなるだけなので、こちらに関しては父とペートルスに一任しよう。

前菜に続いてスープは出てくる。
これ以降のコースは料理人が作ったものだというが、こちらもびっくりするほどおいしかった。

「…………」

しかし、食事を進めるにつれ沈黙が増す。
エレオノーラは話の引き出しが少ないし、ましてや自分から話題を切り出すことなど不可能に近い。
先程のようにペートルスの地雷を踏まない限り、向こうから話しかけられるのを待つのみ。
必死に彼から振られる話を切り返していくしかない。

「レディ、趣味は?」

「趣味……歌、ですかね」

「そうだね。君の歌声はとても美しかった。僕もいつか君のために曲のひとつでも作りたいものだ。他に趣味はあるかい?」

「ほ、他には……うーん。絵を描くこととか、読書とか……それくらいです。薄っぺらい人間ですごめんなさい」

引き籠りのやることなんて限られている。
面白い返答ができなくて困ったものだ。

「そんなことないよ。どれも素晴らしい趣味だと思う」

「ペートルス様のご趣味は……?」

「僕の趣味か。え、ええと……ああ、うん。僕も君と同じだよ。よく音楽や絵画を鑑賞したり、名著を読んだり……大体の人の趣味に合わせられる」

趣味って合わせるものなのかな……?
エレオノーラは内心でそう思ったが、口に出すことは控えた。

趣味とは基本的に環境に依存するもので、エレオノーラも母の影響で歌を好きになり、そして引き籠りの経験から絵や小説の鑑賞に耽るようになった。
公爵令息ともなれば、趣味に充てる時間はあまりないのかもしれない。

四苦八苦してペートルスとの会話に興じながら、エレオノーラは夕食を終えた。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...