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第1章 呪縛
料理と趣味
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入浴後、エレオノーラは食堂を訪れる。
部屋の長テーブルのそばにはペートルスが座っていた。
彼は部屋に入ったエレオノーラを見るや否や立ち上がる。
「こんばんは、レディ。いつにも増してお綺麗になられたね。ドレスもよくお似合いだ」
「あ、ああっ……お世辞をどうもありがとうございます。本当にわたしなんかがペートルス様と一緒にお食事を囲んでもよろしいのですか?」
「いつも一人で食事をしていて寂しいんだよ。君が一緒にいてくれると嬉しいな」
まるで息を吐くように浮いた言葉を投げつけてくる。
これが貴公子というやつか。
エスコートされてエレオノーラは主賓の上座に座る。
「ああ、そうだ。レオカディアはどうかな? 君を不安にさせるようなことはなかった? 不満があれば別の侍女に交代してもらうけど」
「はい。すごく優しくて……安心、させてくれます。ありがとうございます……あの人がいいです」
「そうか。君にそこまで信頼されるなんて、レオカディアを侍女に選んだのは正解だったようだね。うん、少し嫉妬してしまうかな」
壁際に控えるレオカディアは誇らしげに胸を張っていた。
ペートルスの嫉妬など受けようものなら、エレオノーラはきっと泡を吹いて失神する。
レオカディアは肝の据わった女性らしい。
食堂に着いてから、ずっとエレオノーラはソワソワしていた。
そして前菜が運ばれてきたとき、その緊迫は頂点に達する。
「あ、あ、あ、」
「うん、それは何か言いたいことがある『あ』だね。どうかした?」
「あ、あの……わたし、マナーがわからなくて。小さいころに覚えたマナーとか、ぜんぶ忘れてて……カトラリーの使い方とか、あの、」
「構わないよ。正式な食事の場でもないんだし、気にせず食べてくれ。それとも……僕が手取り足取り教えようか?」
「い、いえ……できるだけ、可能な限り早く、可及的速やかに、マナーを勉強させていただきます。ペートルス様のお手を煩わせるわけにはいきません」
まさか自分が他人と会食するなど思っていなかったので。
エレオノーラは作法を遥か過去に置いてきた。
カトラリーの使い方を見て幻滅されてしまったらどうしようか、不安で仕方なかったのだ。
とりあえずペートルスの許しは得たので安堵する。
ようやく落ち着きを取り戻したエレオノーラは、目の前に置かれている料理を見た。
パイみたいな料理……としかエレオノーラの貧弱な語彙では形容できない。
さっき料理人が二人の目の前で切り分けていた。
「それはルートラ公爵領の食材を使ったパテ・ド・ロワ。雌の鹿、幼竜、トリュフ、フォアグラ、チェリーを使っている。食べられないものはあるかな?」
「……?」
「ああ、マジックマッシュルームは使っていないから安心して。そこら辺の貴族みたいに意地の悪い真似はしないよ」
「???」
ペートルスの言葉が微塵も理解できなかった。
とりあえずおいしそう。
エレオノーラは適当にうなずいておいた。
実を言うと、前菜に興奮作用のある茸を用いる貴族が多いのだ。
前菜の段階で味が微妙だと思われてはいけないので、帝国ではそういう習慣が根づいていた。
もちろんエレオノーラはそんなことを知るはずもなく、ペートルスの言葉の意味も伝わっていない。
ペートルスが食べ始めたのを見て、エレオノーラもおずおずと追従。
不慣れなナイフの使い方に注意し、慎重に切って口へ運ぶ。
瞬間、彼女は硬直した。
「うんっ……!?」
「どうした!?」
「ま!」
一瞬喉を詰まらせたのかとペートルスは狼狽したが、二の句を継いだエレオノーラを見て腰を落ち着ける。
エレオノーラの瞳は輝いていた。
これは――人生史上、最も美味いと言っても過言ではない。
「大丈夫? 苦手な味じゃなかったかな?」
「は、はい! すごく、おいしいです……!」
「それはよかった。前菜は僕が作ったんだよ。他の料理は料理人に作らせたけど、久しぶりに料理でもしたいと思ってね」
「えっ、ペートルス様が作ったんですか……? すっすごいですね……」
「本格派の料理人には劣るよ。あくまで菓子作りのついでに鍛えた調理スキルだから」
そうは言っても美味しすぎる。
余り物のような料理ばかり食ってきた日々に比べれば、本当に質が違う。
……というか幼少期は普通にイアリズ伯爵家の料理人の料理を食べていたが、そのレベルすらも遥かに凌駕している。
「な、なんでも……できる、天才?」
「次期ルートラ公爵として、何でもできなければいけないからね。立場には相応の能力が求められる。『完璧』になるのが僕の役目だ」
少し声のトーンを落としてペートルスは言った。
そして目が笑っていない。
なんか地雷を踏んだ気がするので、エレオノーラは慌てて話題を切り替えた。
「だだっ、そ、そういえばっ……わた、わたしの滞在許可とか。公爵様に取れましたかっ?」
「つつがなく。定期的にイアリズ伯爵とも連絡を取り、暗殺の犯人を特定するべく動く所存だ。この城にいても絶対に安全とは限らないから、できるだけ誰かと一緒に行動してほしい」
「わかりました。じゃあ、レオカディア様と一緒に」
そういえば暗殺未遂の話もあったな……と思い出す。
犯人は十中八九ヘルミーネかランドルフ、あるいはその両名だと思うのだが。
あんな連中のことを思い出しても気分が悪くなるだけなので、こちらに関しては父とペートルスに一任しよう。
前菜に続いてスープは出てくる。
これ以降のコースは料理人が作ったものだというが、こちらもびっくりするほどおいしかった。
「…………」
しかし、食事を進めるにつれ沈黙が増す。
エレオノーラは話の引き出しが少ないし、ましてや自分から話題を切り出すことなど不可能に近い。
先程のようにペートルスの地雷を踏まない限り、向こうから話しかけられるのを待つのみ。
必死に彼から振られる話を切り返していくしかない。
「レディ、趣味は?」
「趣味……歌、ですかね」
「そうだね。君の歌声はとても美しかった。僕もいつか君のために曲のひとつでも作りたいものだ。他に趣味はあるかい?」
「ほ、他には……うーん。絵を描くこととか、読書とか……それくらいです。薄っぺらい人間ですごめんなさい」
引き籠りのやることなんて限られている。
面白い返答ができなくて困ったものだ。
「そんなことないよ。どれも素晴らしい趣味だと思う」
「ペートルス様のご趣味は……?」
「僕の趣味か。え、ええと……ああ、うん。僕も君と同じだよ。よく音楽や絵画を鑑賞したり、名著を読んだり……大体の人の趣味に合わせられる」
趣味って合わせるものなのかな……?
エレオノーラは内心でそう思ったが、口に出すことは控えた。
趣味とは基本的に環境に依存するもので、エレオノーラも母の影響で歌を好きになり、そして引き籠りの経験から絵や小説の鑑賞に耽るようになった。
公爵令息ともなれば、趣味に充てる時間はあまりないのかもしれない。
四苦八苦してペートルスとの会話に興じながら、エレオノーラは夕食を終えた。
部屋の長テーブルのそばにはペートルスが座っていた。
彼は部屋に入ったエレオノーラを見るや否や立ち上がる。
「こんばんは、レディ。いつにも増してお綺麗になられたね。ドレスもよくお似合いだ」
「あ、ああっ……お世辞をどうもありがとうございます。本当にわたしなんかがペートルス様と一緒にお食事を囲んでもよろしいのですか?」
「いつも一人で食事をしていて寂しいんだよ。君が一緒にいてくれると嬉しいな」
まるで息を吐くように浮いた言葉を投げつけてくる。
これが貴公子というやつか。
エスコートされてエレオノーラは主賓の上座に座る。
「ああ、そうだ。レオカディアはどうかな? 君を不安にさせるようなことはなかった? 不満があれば別の侍女に交代してもらうけど」
「はい。すごく優しくて……安心、させてくれます。ありがとうございます……あの人がいいです」
「そうか。君にそこまで信頼されるなんて、レオカディアを侍女に選んだのは正解だったようだね。うん、少し嫉妬してしまうかな」
壁際に控えるレオカディアは誇らしげに胸を張っていた。
ペートルスの嫉妬など受けようものなら、エレオノーラはきっと泡を吹いて失神する。
レオカディアは肝の据わった女性らしい。
食堂に着いてから、ずっとエレオノーラはソワソワしていた。
そして前菜が運ばれてきたとき、その緊迫は頂点に達する。
「あ、あ、あ、」
「うん、それは何か言いたいことがある『あ』だね。どうかした?」
「あ、あの……わたし、マナーがわからなくて。小さいころに覚えたマナーとか、ぜんぶ忘れてて……カトラリーの使い方とか、あの、」
「構わないよ。正式な食事の場でもないんだし、気にせず食べてくれ。それとも……僕が手取り足取り教えようか?」
「い、いえ……できるだけ、可能な限り早く、可及的速やかに、マナーを勉強させていただきます。ペートルス様のお手を煩わせるわけにはいきません」
まさか自分が他人と会食するなど思っていなかったので。
エレオノーラは作法を遥か過去に置いてきた。
カトラリーの使い方を見て幻滅されてしまったらどうしようか、不安で仕方なかったのだ。
とりあえずペートルスの許しは得たので安堵する。
ようやく落ち着きを取り戻したエレオノーラは、目の前に置かれている料理を見た。
パイみたいな料理……としかエレオノーラの貧弱な語彙では形容できない。
さっき料理人が二人の目の前で切り分けていた。
「それはルートラ公爵領の食材を使ったパテ・ド・ロワ。雌の鹿、幼竜、トリュフ、フォアグラ、チェリーを使っている。食べられないものはあるかな?」
「……?」
「ああ、マジックマッシュルームは使っていないから安心して。そこら辺の貴族みたいに意地の悪い真似はしないよ」
「???」
ペートルスの言葉が微塵も理解できなかった。
とりあえずおいしそう。
エレオノーラは適当にうなずいておいた。
実を言うと、前菜に興奮作用のある茸を用いる貴族が多いのだ。
前菜の段階で味が微妙だと思われてはいけないので、帝国ではそういう習慣が根づいていた。
もちろんエレオノーラはそんなことを知るはずもなく、ペートルスの言葉の意味も伝わっていない。
ペートルスが食べ始めたのを見て、エレオノーラもおずおずと追従。
不慣れなナイフの使い方に注意し、慎重に切って口へ運ぶ。
瞬間、彼女は硬直した。
「うんっ……!?」
「どうした!?」
「ま!」
一瞬喉を詰まらせたのかとペートルスは狼狽したが、二の句を継いだエレオノーラを見て腰を落ち着ける。
エレオノーラの瞳は輝いていた。
これは――人生史上、最も美味いと言っても過言ではない。
「大丈夫? 苦手な味じゃなかったかな?」
「は、はい! すごく、おいしいです……!」
「それはよかった。前菜は僕が作ったんだよ。他の料理は料理人に作らせたけど、久しぶりに料理でもしたいと思ってね」
「えっ、ペートルス様が作ったんですか……? すっすごいですね……」
「本格派の料理人には劣るよ。あくまで菓子作りのついでに鍛えた調理スキルだから」
そうは言っても美味しすぎる。
余り物のような料理ばかり食ってきた日々に比べれば、本当に質が違う。
……というか幼少期は普通にイアリズ伯爵家の料理人の料理を食べていたが、そのレベルすらも遥かに凌駕している。
「な、なんでも……できる、天才?」
「次期ルートラ公爵として、何でもできなければいけないからね。立場には相応の能力が求められる。『完璧』になるのが僕の役目だ」
少し声のトーンを落としてペートルスは言った。
そして目が笑っていない。
なんか地雷を踏んだ気がするので、エレオノーラは慌てて話題を切り替えた。
「だだっ、そ、そういえばっ……わた、わたしの滞在許可とか。公爵様に取れましたかっ?」
「つつがなく。定期的にイアリズ伯爵とも連絡を取り、暗殺の犯人を特定するべく動く所存だ。この城にいても絶対に安全とは限らないから、できるだけ誰かと一緒に行動してほしい」
「わかりました。じゃあ、レオカディア様と一緒に」
そういえば暗殺未遂の話もあったな……と思い出す。
犯人は十中八九ヘルミーネかランドルフ、あるいはその両名だと思うのだが。
あんな連中のことを思い出しても気分が悪くなるだけなので、こちらに関しては父とペートルスに一任しよう。
前菜に続いてスープは出てくる。
これ以降のコースは料理人が作ったものだというが、こちらもびっくりするほどおいしかった。
「…………」
しかし、食事を進めるにつれ沈黙が増す。
エレオノーラは話の引き出しが少ないし、ましてや自分から話題を切り出すことなど不可能に近い。
先程のようにペートルスの地雷を踏まない限り、向こうから話しかけられるのを待つのみ。
必死に彼から振られる話を切り返していくしかない。
「レディ、趣味は?」
「趣味……歌、ですかね」
「そうだね。君の歌声はとても美しかった。僕もいつか君のために曲のひとつでも作りたいものだ。他に趣味はあるかい?」
「ほ、他には……うーん。絵を描くこととか、読書とか……それくらいです。薄っぺらい人間ですごめんなさい」
引き籠りのやることなんて限られている。
面白い返答ができなくて困ったものだ。
「そんなことないよ。どれも素晴らしい趣味だと思う」
「ペートルス様のご趣味は……?」
「僕の趣味か。え、ええと……ああ、うん。僕も君と同じだよ。よく音楽や絵画を鑑賞したり、名著を読んだり……大体の人の趣味に合わせられる」
趣味って合わせるものなのかな……?
エレオノーラは内心でそう思ったが、口に出すことは控えた。
趣味とは基本的に環境に依存するもので、エレオノーラも母の影響で歌を好きになり、そして引き籠りの経験から絵や小説の鑑賞に耽るようになった。
公爵令息ともなれば、趣味に充てる時間はあまりないのかもしれない。
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