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第一話 入学式は波乱の幕開け≪前篇≫
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伊豆南高校は、静岡県伊豆半島の南の田舎町の山間にある、全校生徒720人程度の県立高校である。1クラス定員40人の難解大学への進学コースで理数系科目に特化した理数科が各学年に1クラスずつ、他に1クラス定員40人の一般的な普通科が各学年に4クラスずつある男女共学の高校だ。数年前までは同じ町にもう1つ県立高校があったのだが、少子高齢化の影響を受けて廃校、現在の伊豆南高校に吸収合併された。
伊豆南高校は部活動も盛んである。バレー部、テニス部、陸上部、サッカー部、卓球部、野球部、ゴルフ部、水泳部、剣道部、弓道部などの運動部系が多数。そして美術部や、手芸部、吹奏楽部、科学部、パソコン部、文芸部、料理部などの文化部系も同じように多い。運動部系は様々な大会に出場経験と実績を残し、その部活に入部することを目的として、この高校に進学してくる生徒は珍しくない。
塚原明香里もまた、とある部活に入部することを目的に、この学校に進学した一人である。
2016年4月上旬、この日の天気は朝から雲一つない快晴。風も少なく、暖かい春の陽気が心地よい。その心地よさのせいなのか、それとも別の理由があるからなのか、今日の明香里は朝から機嫌がとても良かった。その別の理由があるとするのならば、おそらく今日、明香里が伊豆南高校の入学式に新入生の一人として出席するからだろう。明香里はこの日が来るのをずっと待ち望んでいたのだ。
朝、目覚まし時計が鳴るよりも早く目が覚めた明香里は、自分の部屋のクローゼットを開けて、大切にしまってあった衣装ケースを取り出して、自分のベッドの上に置いた。そしてなぜか深呼吸をして息を整えた後、唾をゴクリと飲みながら衣装ケースをゆっくりと丁寧に開けた。そのケースに入っていたのは、新品の伊豆南高校の女子用の制服だった。その制服を手に取った明香里は、ギュッとその制服を胸に抱きしめ、今日から高校生になることを肌で感じた。
その制服一式を着た後、明香里は自分の部屋に置いてあるスタンド鏡の前に立ち、マジマジと自分の今の姿を見た。
身長は155センチ程度の痩せすぎず太りすぎない丁度良い体格だが、胸が同年代の一般女子の大きさより1ランクか2ランクほど大きいのが少し目立つ。顔は一般的な顔立ちより少し上の笑顔がとても可愛らしい美人系。肩の少し先まで届くほどの長い黒髪は、学校の規則で、既定の長さを超えた長髪の場合は髪を結ばなければならない為、大人可愛いロングポニーテルにした。胸元に赤色のリボンが付いた紺のブレザーと、赤いチェックの入ったスカートがとても良く似合う。
「うん、バッチリ!」
身支度を整えると、明香里は自分の部屋を後にして、台所へと向かった。台所に着くと、椅子の背もたれに掛けておいたピンク色のエプロンを羽織った明香里は朝食の支度を始めた。
しばらくして朝食の支度を終えると、ふと隣の居間に目をやった。そこには、テーブルの上にフタが開いたビール缶が数本と少々残ったおつまみのお菓子が乱雑に置かれていた。そして、そのテーブルで下半身を隠すように、40代半ばの中年男性が豪快にイビキをかきながら眠っていた。テーブルから少し離れた場所に置かれたテレビは点けっぱなしで、全国放送の朝のニュース番組が映し出され、若い女性が屋外に出て今日の天気を伝えていた。それを見た明香里は、ハァ~とため息をついて、寝ている男性に駆け寄った。
「ちょっとお父さん、起きて。朝だよ。」
体を何度か揺すっても、父である塚原幸彦は中々起きようとしなかった。
「いつまで寝ているのよ、お父さん! 朝だってば!! 早く起きて!!」
やはり、幸彦は起きなかった。それどころか、あまりに寝心地が良いのか、口元からヨダレを流し、畳が一部濡れていた。それを見た明香里は、体のどこかでピキッと何かが鳴ったかと思うと「仕方ないか」と言って、テーブルをずらし、幸彦の全身が見えるようにした。そして、息をゆっくり吸って整えると、明香里は勢いよく幸彦の後尻を足で強く蹴った。蹴った瞬間、ドカッと鈍い音がした。
「痛ぇッ!! 何しやがんだ、明香里!!」
「おはよう、お父さん。目、覚めた?」
「“目、覚めた?”…じゃねえよッ!! 何で尻を蹴るんだ! 痔にでもなったら、どうすんだ!?」
「起きないからよ!」
「起きないって、口で起こしていないだろ!!」
「口で言ったわよ。何度も、何度も! でも起きないし、ヨダレを垂らして気持ちよさそうに寝ているし…」
「だからって何も尻を足で強く蹴って起こす事はないだろうに…」
「だったら、明日から耳の穴に熱湯をかけてやるから。しかも最初から。」
「最初から!? 最初は声を掛けろよ! それでなかったら、体を揺すったり…」
「足で尻を蹴ったり?」
「そう、足で尻を蹴って…って、違う!! それをパターンの中に入れるんじゃねえよ!!」
「分かったよ。じゃあ、口の中に溢れるくらいの熱湯を入れる事にするから。これで良い?」
「ちっとも良くないッ!!」
「それより父さん、酒臭~い。飲みすぎ!」
と、明香里は鼻を手で摘まんで言った。
「良いじゃねぇか。仕事が忙しくて疲れたから、その体を休める為に飲んだんだよ。」
「休める為って、病院の先生からお酒飲むのを控えてくれ、って言われているでしょ。逆に体を弱めてどうするのよ!」
「飲みたいんだから、仕方ねぇだろ。」
「ねえ父さん、今日が何の日か分かっている?」
「あ゛?」
「“あ゛?”じゃなくて! 今日は私の入学式よ、入・学・式!!」
「お~、そうかそうか。中学に入学、おめでとう。」
「私は今日から高校生よッ!!」
「じゃあ、その入学式に行ってくれば良いじゃないか。」
「行ってくればじゃなくて、親もその入学式に出席しなきゃなんないの!!」
「ああ、そりゃ無理だ。」
「…は? 何で無理なのよ。仕事は休みを取ったんでしょ?」
「それが大事な会議が急に入ってな。それにどうしても出なけりゃならん。だから、俺は欠席と言う事で。」
大事な会議があるのならば酒臭くなるほど飲むな、とツッコミしたいところだが、それよりも言いたい事があった。
「欠席って…。幼稚園…いいえ、小学校も、中学校も、入学式や卒業式、今まで全部欠席しているじゃない!!」
「仕方ないだろ。仕事が忙しいんだから。」
「仕事仕事って…。私の入学式と仕事、どっちが大切なの!?」
「そりゃオメェ、仕事に決まっているだろ。仕事をして、給料を貰わなければ俺やオメェは生きていく事ができない。学校にだって行くことだってできないだろ。高校は義務教育じゃなくなって、授業料や教科書代など色々お金が掛かるんだから。」
「…何よそれ。」
明香里の中に、怒りが満ちた。にも関わらず、幸彦は平然とした顔をしながら明香里に言った。
「あ、明香里。朝飯の用意は出来ているのか?」
その言葉にカチンときた明香里は無言のまま来ていたエプロンを脱ぎ、幸彦の顔に目掛けて、そのエプロンを強く投げつけると、そのまま自分の部屋に戻った。自分の部屋に戻った明香里はドアを閉めると、涙を流しながら床に崩れ落ちた。
ここまで読めば、明香里に母親はいないのか、と疑問に思う人もいるだろう。そう、明香里に母親はいない。明香里がまだ物心がつく前に、明香里の母・塚原安恵は突然家を出て行ったのである。母の顔も言葉も、明香里の記憶の中にはうっすらとしか残っていない。家を出て行った理由は、おそらく幸彦が原因だろう。何かと仕事第一主義で、子育てを手伝わなかったに違いない。それで安恵は愛想を尽かしたのだろう。明香里が今日まで生きてこられたのが不思議なくらいだ。
今回の入学式も、明香里の親は欠席…。今まで幸彦は仕事が多忙との理由で、入学式や卒業式、参観日、運動会、発表会など何一つ出席してこなかった。いくら仕事が忙しいと言えど、明香里にとってはとても許せなかった。周りの同級生たちや友人の親がいつも羨ましかった。父親が仕事で忙しいなら、母親が出席してほしかった。でも、今の明香里に母親はいない。父親か母親が座る席は、いつも、そして今日も空席のままなのだ。
もし母親が今目の前に現れるとしたら、今までの怒りをすべて吐き出したい。どうして自分も一緒に連れ出してくれなかったのだろうか。母は、自分の子さえも見捨ててしまったのか。そう思うだけで怒りが込み上げてくる。
不幸な家庭環境ではあるが、それでも明香里は夢見ることがある。それは、一度でも良いから、両親揃って、輝いている私を見に来てほしい。立派な晴れ姿を、両親に間近で見てもらいたい。それが明香里の夢である。そして、その夢を少しでも叶えさせる為、明香里はこの学校に進学を決意したのだ。
その夢を忘れなかった明香里は、涙を拭いて前を向き、そして立ち上がった。ベッドの上に置かれた高校のカバンを手にし、明香里は玄関へと向かった。台所の横を通り過ぎる時、幸彦が「おい明香里。オメェ、朝飯は食べなくて良いのか?」と声を掛けてきたが、明香里は返事もせず、学校指定の革靴を履いて家を出た。
「何を怒っているんだ、アイツは? …って言うか、オメェの分のこの朝食はどうするんだ?」
と、幸彦は台所の食卓の上に残された、手付かずの明香里の朝食を見た。
前を向いて家を出たのは良いものの、高校の最寄駅に向かう途中の電車の中でお腹の虫が鳴り響き、朝食を済ましてから家を出れば良かった、と恥ずかしながら後悔した明香里だった…。
最寄駅から徒歩で15分、国道から離れた静かな小高い丘の上に県立伊豆南高校がある。駅から高校に向けて歩いて行くと、少しずつ学生やその親らしき人影が高校に向かって歩いて行く姿がチラホラと見え始めた。おそらく、学生は明香里と同じ新入生で、親はその入学式に出席するのだろう。本当なら明香里の横にも親が一緒にいるはずだったのだが…、と嘆きたいがもうやめた。キリがないし、落ち込んでいてもしょうがない。
高校の校門前までやってくると、大勢の新入生たちやその親らしき人々、そしてそれを出迎える在校生徒らで溢れていた。明香里はその人込みの中を掻き分けながら、新入生受付へと進んで行った。
生徒用玄関前には、新入生のクラス分け名簿がクラスごとに貼りだされて掲示されていた。そこにも大勢の新入生や親たちが集まっていた。まるで高校受験の合格発表のような光景だ。新入生たちはその名簿を見て、自分がどのクラスに所属する事になったのかを確認したあと、各クラスの新入生受付へと進んでいった。明香里もクラス分け名簿を見ようと、人込みの中へと入って行った。
この高校ではクラスを「HR(ホームルーム)」と呼び、1年生は「11HR(11 ホームルーム)」から「15HR」、2年生は「21HR」から「25HR」、3年生は「31HR」から「35HR」となっている。ちなみに、15HRと25HRそして35HRは理数系に特化した理数科で、それ以外のHRは一般的な普通科となっている。明香里は普通科で合格しているので、このクラス分けでは11HRから14HRの中のどこかに明香里の名前が書かれているはずだ。
明香里は、張り出されている新入生のクラス分け名簿一覧を、11HRから順番に見ていった。11HRに明香里の名前は無かった。そのまま12HRを見ていくと、そこに自分の名前が書かれているのを発見した。明香里は12HRだ。
明香里は12HRの新入生受付へと向かい、受付係の在校生から“祝 御入学”と書かれた紅白のリボンを制服の胸ポケットの部分に付けてもらい、入学のしおりなどの資料を受け取り、しおりに書かれた案内図を頼りに、4階の12HRの教室へと向かった。
校舎は屋上を含めると6階建てのL字型の建物だ。校舎内は、数年前に、吸収合併に対応する為、合併前の校舎をすべて取り壊した後、新しく建て直したものだそうだ。合併から数年が経っているはいるが、汚れや古びた箇所はあまり見受けられない。
また、設備も合併当時の最新のものが完備されているそうだ。その中でも校舎内にエレベーターが1台あるのだが、残念ながら車椅子など足が不自由な場合などの理由を除き、一般生徒の使用は不可らしい。教職員も非常時以外は使えない。もし使えれば、わざわざ階段で4階まで登る必要はなくなるが、間違いなくエレベーターは休憩時間などを中心に混雑するだろう。
他にも、各教室にはエアコンが完備されているそうだ。夏場は特にありがたいが、聞いたところによると、夏場でもエアコンを使う時はあまり無いらしい。エアコンといい、エレベーターといい、宝の持ち腐ればかりじゃないか。まあ、エアコンに関しては、夏場に全教室と職員室などで全機同時使用したら、その月の電気代がもの凄い額になるだろうから分からなくもない。
階段を使って4階まで辿り着いた明香里は、そのまま12HRの教室へ向かった。
教室の中には既に半分程度のクラスメイト達が自分の席に座っていた。教室に足を踏み入れると、そこにいたクラスメイト達の視線が一斉に明香里に向いた。彼らは明香里をどのように見ているのかは分からないが、明香里は軽く会釈しながら、黒板に書かれた座席表を見て、自分の席に向かった。
窓際の一番前から窓際に沿って縦に五十音順の出席番号で並んでいて、明香里の席は、少し窓際寄りのちょうど真ん中の位置だった。
明香里は、自分の席に座った。明香里の四方の席は、まだ到着していないのだろうか、それともトイレにでも行っているのだろうか、空席だった。でも、明香里の前の席は机の横にカバンが掛けられていた。おそらく、少しすればこのカバンの主が戻ってくるだろう。
何もする事がない明香里は、とりあえず受付で貰った入学のしおりに目を通し始めた。明香里の席から少し離れた席に座っている複数の男子が、明香里の方をチラチラと見ながら何か小声で会話していたが、明香里は気づかなかった。
「さっそくモテモテだねぇ~。」
「えっ?」
突然、誰かが明香里に声を掛けてきた。その声がした方向を向くと、明香里の前の席に、ミディアムヘアの女子生徒が明香里に体と顔を向けた状態で座っていた。
「…モテモテ?」
「あれっ、気づかなかったの? 周りを見てごらんよ。さっきから周りにいる男子たちがチラチラと何度も見ているんだから。」
そう言われて周りを見て見ると、次々と男子たちが慌てて明香里から目線を逸らしていたのが分かった。
「まあ見ちゃうのも分かるよ。可愛いもんね。胸も大きいようだし。」
「そ、そうでもないよ…。」
「どれくらい?」
「え?」
「ブラのサイズよ。」
「ええっ!?」
初対面でいきなり何を聞き出そうとしているのだ、この人は…。
「いいじゃん、教えてよ。ここだけの秘密にするからさ。」
と言って、その女子は自分の片耳に両手を当てると、そのまま明香里の口元に近づけてきた。しどろもどろする明香里だったが、そんな時タイミング良く「何をやっているんだ、オマエは?」と、突然、明香里とその女子の背後から、一人の男子がその女子の頭を拳で軽く叩いて言った。
「やっほー、颯太!」
「“やっほー”じゃないだろ。」
颯太と言うその男子は、背が180センチほど高く、どこか大人びていて、制服もピッタリ似合う、全体的に爽やかな、思わず明香里も一瞬見惚れてしまうくらいの好青年だ。
「…あ、ゴメン。俺、久坂部颯太。席は、キミの左隣。よろしく。」
「あ、塚原明香里です。よろしく。」
「そんで、コイツが…。」
「立花美緒。颯太とは小学校からの幼馴染なの。よろしく、明香里っち!」
「よ、よろしく…。(明香里っち、って…)」
「…って言うか、美緒! オマエ、高校まで俺に付いてくるなよ。しかも、どういうワケか、またまた同じクラスだし…。」
「そう言う颯太こそ、付いてこないでよ!」
「付いてこないで…って、俺は前期入試で、後期入試のオマエより先に合格したんだぞ!?」
「そうだっけ? 逆じゃなかった?」
「逆じゃないよ。オマエ、俺より頭悪いじゃんか。よくこの学校に入学できたよな。」
「私だって、やる時はやるんですよ~だ! もう分数や九九だって完璧にマスターしたんだから!!」
「それは小学校低学年レベルだぞ。ホントに大丈夫なのか、美緒。もう一回、中学校に入学した方が良いんじゃないか?」
「大丈夫! 何かあったら、明香里っちが助けてくれるし! ねえ、明香里っち!!」
「えっ、私!?」
「明香里っちが、テストの時、後ろから密かに答えを教えてくれる、って言うからさ!」
「それはカンニングじゃねぇか!! 自分でちゃんと解けよ。」
「じゃあ、颯太が答えを教えてくれるって!! やった~!!(喜)」
「だから、それはカンニングだって言っているだろ!! 何が“やった~!!”だ!?」
2人は、ホントに羨ましいくらい仲が良さそうだ。
そうこうしている間に、クラス内にはクラスメイト達が全員やって来ていた。そして、40代半ばくらいのイケメン男性と一緒に白と黒のワンピースを着た担任の先生らしき女性が、「皆さん、自分の席について下さい」と言って教室に入ると、教壇に立った。生徒達もすぐに自分の席につき、教壇に立つ女性とその横に立つ凛々しい男性を見た。
「おはようございます。そして、この県立伊豆南高校への入学おめでとう。私は、このクラスの担任の橋崎伊織と言います。教師になってまだ日が浅いし、慣れない点や至らない点があるかもしれないけど頑張る所存ですので、皆、よろしくね。」
クラスの男子生徒達の大半は、20代そこそこの若くて品のある女性担任にしばしば見惚れていたが、女子生徒達の大半の視線は、その女性担任の隣に立つイケメン男性を注目していた。
「そして私の隣に立っている男性は、このクラスの副担任をする事になった…。」
「織田かざ…」
その男性が途中まで名前を言いかけた時、担任の橋崎が慌てて大きな声でワザと咳払いをして遮った。そして、橋崎はなぜかその男性を慌てて廊下へと連れ出し、ヒソヒソ声で男性に何かを必死に伝えていた。明らかに様子がおかしいので、生徒達の間にザワメキが走った。ほんの少し経った後、橋崎が「失礼しました」と言って、その男性と共に再び教室に入り、教壇に立った。
「改めまして、私の隣に立っている男性は、このクラスの副担任の“恩田三郎”先生です。」
「…お、恩田だ。皆_みな_の者、以後よろしく頼む。」
その男性の声は、一言一句に強い威厳が感じられる声だった。それにしても、なぜ橋崎が慌てて遮り、その男性に自分の名前を改めて言わせたのか、その行動は謎である。
橋崎による簡単なオリエンテーションが終わったのち、担任教師たちの指示のもと、新入生たちは入学式が行われる体育館へと向かった。
体育館では、在校生や教職員や来賓、新入生の保護者達が、入場してくる新入生たちを吹奏楽部の演奏と共に拍手で迎えた。体育館の後ろ側は保護者席になっており、クラスごと沢山の保護者たちで埋め尽くされていたが、その中に明香里の父の姿は無く、1つ空席となっていた。
保護者達は体育館に入ってくる新入生の自分の子を見つけると、カメラやスマートフォンなどで撮影しようとするが、明香里が入場した時はそれがなかった。
明香里自身は父が来ない事は今朝の時点で知っていたが、やはり会場に父の姿が無いのは、入学式という祝いの舞台であっても、悲しくて寂しい感じがした。
新入生全員の入場が終わると、教頭の佐口吉徳の司会のもと、入学式が始められた。校長からの祝辞で、校長の白石八重子が壇上に立って祝辞を述べようとした時、突然、体育館後方の入口の扉がガラガラと大きな音を立てて開いた。
体育館にいた全員が一斉にその扉の先を見ると、そこに黒スーツを上下に身に纏い、黒いサングラスを装着し、手にはライフルやショットガンを手にした若い男性2人と、腰まで届く長い金髪姿のピストルを持った若い女1人が立っていた。彼らを見て、一同騒然となった。
「何だ、貴様らッ!!」
と、体格が大きい体育教師の後藤一之が、教職員席を勢いよく立ちあがり、彼らに向けて、体育館中に響き渡るくらいの大声で叫んだ。すぐ傍にいた教職員数名が圧倒されるくらいの怒号だ。
すると、ショットガンを片手に持ったリーゼント頭が特徴のリーダー格らしき男が、いきなり天井に向けて一発発砲した。その音に思わず、一同は驚き、そしてパニックになった。
「静かにしろ!! その場から動くな!! 全員、死にたくなければ、大人しく自分の席に座れ!!」
と、リーダー格らしき男が叫んだ。最初はパニックになっていたが、その男の言葉に全員已む得ず従った。ザワメキが走っていた体育館は静かになると、リーダー格の男は「結構、結構」と言いながら、ショットガンを自分の肩に載せ、堂々と舞台に向かって歩いて行った。その後ろを、銃を構えながら、もう一人の若い男と金髪の若い女が続いた。
舞台の両端には来賓者が数名ずついてテーブルの影に身を隠し、舞台中央にいた校長の白石は両手を小さく挙げたまま立っていた。リーダー格の男はそのまま舞台に上がり、舞台中央にいる校長の前に立った。もう一人の若い男と金髪の女は舞台に上がらず、それぞれ舞台前の左右に立ち、生徒達や教職員、保護者席に向かって銃口を向けて立った。
リーダー格の男は校長の前に置かれていたマイクスタンドからマイクを奪い取った。
「全員、その場で黙ってよく聞け。今、この学校は我ら“黒き光”が乗っ取った!!」
入学式に、思わぬ乱入者たち。この乱入者たちの行動が、明香里に大きな影響を及ぼすのだった…。
≪ 第二話 に続く ≫
伊豆南高校は部活動も盛んである。バレー部、テニス部、陸上部、サッカー部、卓球部、野球部、ゴルフ部、水泳部、剣道部、弓道部などの運動部系が多数。そして美術部や、手芸部、吹奏楽部、科学部、パソコン部、文芸部、料理部などの文化部系も同じように多い。運動部系は様々な大会に出場経験と実績を残し、その部活に入部することを目的として、この高校に進学してくる生徒は珍しくない。
塚原明香里もまた、とある部活に入部することを目的に、この学校に進学した一人である。
2016年4月上旬、この日の天気は朝から雲一つない快晴。風も少なく、暖かい春の陽気が心地よい。その心地よさのせいなのか、それとも別の理由があるからなのか、今日の明香里は朝から機嫌がとても良かった。その別の理由があるとするのならば、おそらく今日、明香里が伊豆南高校の入学式に新入生の一人として出席するからだろう。明香里はこの日が来るのをずっと待ち望んでいたのだ。
朝、目覚まし時計が鳴るよりも早く目が覚めた明香里は、自分の部屋のクローゼットを開けて、大切にしまってあった衣装ケースを取り出して、自分のベッドの上に置いた。そしてなぜか深呼吸をして息を整えた後、唾をゴクリと飲みながら衣装ケースをゆっくりと丁寧に開けた。そのケースに入っていたのは、新品の伊豆南高校の女子用の制服だった。その制服を手に取った明香里は、ギュッとその制服を胸に抱きしめ、今日から高校生になることを肌で感じた。
その制服一式を着た後、明香里は自分の部屋に置いてあるスタンド鏡の前に立ち、マジマジと自分の今の姿を見た。
身長は155センチ程度の痩せすぎず太りすぎない丁度良い体格だが、胸が同年代の一般女子の大きさより1ランクか2ランクほど大きいのが少し目立つ。顔は一般的な顔立ちより少し上の笑顔がとても可愛らしい美人系。肩の少し先まで届くほどの長い黒髪は、学校の規則で、既定の長さを超えた長髪の場合は髪を結ばなければならない為、大人可愛いロングポニーテルにした。胸元に赤色のリボンが付いた紺のブレザーと、赤いチェックの入ったスカートがとても良く似合う。
「うん、バッチリ!」
身支度を整えると、明香里は自分の部屋を後にして、台所へと向かった。台所に着くと、椅子の背もたれに掛けておいたピンク色のエプロンを羽織った明香里は朝食の支度を始めた。
しばらくして朝食の支度を終えると、ふと隣の居間に目をやった。そこには、テーブルの上にフタが開いたビール缶が数本と少々残ったおつまみのお菓子が乱雑に置かれていた。そして、そのテーブルで下半身を隠すように、40代半ばの中年男性が豪快にイビキをかきながら眠っていた。テーブルから少し離れた場所に置かれたテレビは点けっぱなしで、全国放送の朝のニュース番組が映し出され、若い女性が屋外に出て今日の天気を伝えていた。それを見た明香里は、ハァ~とため息をついて、寝ている男性に駆け寄った。
「ちょっとお父さん、起きて。朝だよ。」
体を何度か揺すっても、父である塚原幸彦は中々起きようとしなかった。
「いつまで寝ているのよ、お父さん! 朝だってば!! 早く起きて!!」
やはり、幸彦は起きなかった。それどころか、あまりに寝心地が良いのか、口元からヨダレを流し、畳が一部濡れていた。それを見た明香里は、体のどこかでピキッと何かが鳴ったかと思うと「仕方ないか」と言って、テーブルをずらし、幸彦の全身が見えるようにした。そして、息をゆっくり吸って整えると、明香里は勢いよく幸彦の後尻を足で強く蹴った。蹴った瞬間、ドカッと鈍い音がした。
「痛ぇッ!! 何しやがんだ、明香里!!」
「おはよう、お父さん。目、覚めた?」
「“目、覚めた?”…じゃねえよッ!! 何で尻を蹴るんだ! 痔にでもなったら、どうすんだ!?」
「起きないからよ!」
「起きないって、口で起こしていないだろ!!」
「口で言ったわよ。何度も、何度も! でも起きないし、ヨダレを垂らして気持ちよさそうに寝ているし…」
「だからって何も尻を足で強く蹴って起こす事はないだろうに…」
「だったら、明日から耳の穴に熱湯をかけてやるから。しかも最初から。」
「最初から!? 最初は声を掛けろよ! それでなかったら、体を揺すったり…」
「足で尻を蹴ったり?」
「そう、足で尻を蹴って…って、違う!! それをパターンの中に入れるんじゃねえよ!!」
「分かったよ。じゃあ、口の中に溢れるくらいの熱湯を入れる事にするから。これで良い?」
「ちっとも良くないッ!!」
「それより父さん、酒臭~い。飲みすぎ!」
と、明香里は鼻を手で摘まんで言った。
「良いじゃねぇか。仕事が忙しくて疲れたから、その体を休める為に飲んだんだよ。」
「休める為って、病院の先生からお酒飲むのを控えてくれ、って言われているでしょ。逆に体を弱めてどうするのよ!」
「飲みたいんだから、仕方ねぇだろ。」
「ねえ父さん、今日が何の日か分かっている?」
「あ゛?」
「“あ゛?”じゃなくて! 今日は私の入学式よ、入・学・式!!」
「お~、そうかそうか。中学に入学、おめでとう。」
「私は今日から高校生よッ!!」
「じゃあ、その入学式に行ってくれば良いじゃないか。」
「行ってくればじゃなくて、親もその入学式に出席しなきゃなんないの!!」
「ああ、そりゃ無理だ。」
「…は? 何で無理なのよ。仕事は休みを取ったんでしょ?」
「それが大事な会議が急に入ってな。それにどうしても出なけりゃならん。だから、俺は欠席と言う事で。」
大事な会議があるのならば酒臭くなるほど飲むな、とツッコミしたいところだが、それよりも言いたい事があった。
「欠席って…。幼稚園…いいえ、小学校も、中学校も、入学式や卒業式、今まで全部欠席しているじゃない!!」
「仕方ないだろ。仕事が忙しいんだから。」
「仕事仕事って…。私の入学式と仕事、どっちが大切なの!?」
「そりゃオメェ、仕事に決まっているだろ。仕事をして、給料を貰わなければ俺やオメェは生きていく事ができない。学校にだって行くことだってできないだろ。高校は義務教育じゃなくなって、授業料や教科書代など色々お金が掛かるんだから。」
「…何よそれ。」
明香里の中に、怒りが満ちた。にも関わらず、幸彦は平然とした顔をしながら明香里に言った。
「あ、明香里。朝飯の用意は出来ているのか?」
その言葉にカチンときた明香里は無言のまま来ていたエプロンを脱ぎ、幸彦の顔に目掛けて、そのエプロンを強く投げつけると、そのまま自分の部屋に戻った。自分の部屋に戻った明香里はドアを閉めると、涙を流しながら床に崩れ落ちた。
ここまで読めば、明香里に母親はいないのか、と疑問に思う人もいるだろう。そう、明香里に母親はいない。明香里がまだ物心がつく前に、明香里の母・塚原安恵は突然家を出て行ったのである。母の顔も言葉も、明香里の記憶の中にはうっすらとしか残っていない。家を出て行った理由は、おそらく幸彦が原因だろう。何かと仕事第一主義で、子育てを手伝わなかったに違いない。それで安恵は愛想を尽かしたのだろう。明香里が今日まで生きてこられたのが不思議なくらいだ。
今回の入学式も、明香里の親は欠席…。今まで幸彦は仕事が多忙との理由で、入学式や卒業式、参観日、運動会、発表会など何一つ出席してこなかった。いくら仕事が忙しいと言えど、明香里にとってはとても許せなかった。周りの同級生たちや友人の親がいつも羨ましかった。父親が仕事で忙しいなら、母親が出席してほしかった。でも、今の明香里に母親はいない。父親か母親が座る席は、いつも、そして今日も空席のままなのだ。
もし母親が今目の前に現れるとしたら、今までの怒りをすべて吐き出したい。どうして自分も一緒に連れ出してくれなかったのだろうか。母は、自分の子さえも見捨ててしまったのか。そう思うだけで怒りが込み上げてくる。
不幸な家庭環境ではあるが、それでも明香里は夢見ることがある。それは、一度でも良いから、両親揃って、輝いている私を見に来てほしい。立派な晴れ姿を、両親に間近で見てもらいたい。それが明香里の夢である。そして、その夢を少しでも叶えさせる為、明香里はこの学校に進学を決意したのだ。
その夢を忘れなかった明香里は、涙を拭いて前を向き、そして立ち上がった。ベッドの上に置かれた高校のカバンを手にし、明香里は玄関へと向かった。台所の横を通り過ぎる時、幸彦が「おい明香里。オメェ、朝飯は食べなくて良いのか?」と声を掛けてきたが、明香里は返事もせず、学校指定の革靴を履いて家を出た。
「何を怒っているんだ、アイツは? …って言うか、オメェの分のこの朝食はどうするんだ?」
と、幸彦は台所の食卓の上に残された、手付かずの明香里の朝食を見た。
前を向いて家を出たのは良いものの、高校の最寄駅に向かう途中の電車の中でお腹の虫が鳴り響き、朝食を済ましてから家を出れば良かった、と恥ずかしながら後悔した明香里だった…。
最寄駅から徒歩で15分、国道から離れた静かな小高い丘の上に県立伊豆南高校がある。駅から高校に向けて歩いて行くと、少しずつ学生やその親らしき人影が高校に向かって歩いて行く姿がチラホラと見え始めた。おそらく、学生は明香里と同じ新入生で、親はその入学式に出席するのだろう。本当なら明香里の横にも親が一緒にいるはずだったのだが…、と嘆きたいがもうやめた。キリがないし、落ち込んでいてもしょうがない。
高校の校門前までやってくると、大勢の新入生たちやその親らしき人々、そしてそれを出迎える在校生徒らで溢れていた。明香里はその人込みの中を掻き分けながら、新入生受付へと進んで行った。
生徒用玄関前には、新入生のクラス分け名簿がクラスごとに貼りだされて掲示されていた。そこにも大勢の新入生や親たちが集まっていた。まるで高校受験の合格発表のような光景だ。新入生たちはその名簿を見て、自分がどのクラスに所属する事になったのかを確認したあと、各クラスの新入生受付へと進んでいった。明香里もクラス分け名簿を見ようと、人込みの中へと入って行った。
この高校ではクラスを「HR(ホームルーム)」と呼び、1年生は「11HR(11 ホームルーム)」から「15HR」、2年生は「21HR」から「25HR」、3年生は「31HR」から「35HR」となっている。ちなみに、15HRと25HRそして35HRは理数系に特化した理数科で、それ以外のHRは一般的な普通科となっている。明香里は普通科で合格しているので、このクラス分けでは11HRから14HRの中のどこかに明香里の名前が書かれているはずだ。
明香里は、張り出されている新入生のクラス分け名簿一覧を、11HRから順番に見ていった。11HRに明香里の名前は無かった。そのまま12HRを見ていくと、そこに自分の名前が書かれているのを発見した。明香里は12HRだ。
明香里は12HRの新入生受付へと向かい、受付係の在校生から“祝 御入学”と書かれた紅白のリボンを制服の胸ポケットの部分に付けてもらい、入学のしおりなどの資料を受け取り、しおりに書かれた案内図を頼りに、4階の12HRの教室へと向かった。
校舎は屋上を含めると6階建てのL字型の建物だ。校舎内は、数年前に、吸収合併に対応する為、合併前の校舎をすべて取り壊した後、新しく建て直したものだそうだ。合併から数年が経っているはいるが、汚れや古びた箇所はあまり見受けられない。
また、設備も合併当時の最新のものが完備されているそうだ。その中でも校舎内にエレベーターが1台あるのだが、残念ながら車椅子など足が不自由な場合などの理由を除き、一般生徒の使用は不可らしい。教職員も非常時以外は使えない。もし使えれば、わざわざ階段で4階まで登る必要はなくなるが、間違いなくエレベーターは休憩時間などを中心に混雑するだろう。
他にも、各教室にはエアコンが完備されているそうだ。夏場は特にありがたいが、聞いたところによると、夏場でもエアコンを使う時はあまり無いらしい。エアコンといい、エレベーターといい、宝の持ち腐ればかりじゃないか。まあ、エアコンに関しては、夏場に全教室と職員室などで全機同時使用したら、その月の電気代がもの凄い額になるだろうから分からなくもない。
階段を使って4階まで辿り着いた明香里は、そのまま12HRの教室へ向かった。
教室の中には既に半分程度のクラスメイト達が自分の席に座っていた。教室に足を踏み入れると、そこにいたクラスメイト達の視線が一斉に明香里に向いた。彼らは明香里をどのように見ているのかは分からないが、明香里は軽く会釈しながら、黒板に書かれた座席表を見て、自分の席に向かった。
窓際の一番前から窓際に沿って縦に五十音順の出席番号で並んでいて、明香里の席は、少し窓際寄りのちょうど真ん中の位置だった。
明香里は、自分の席に座った。明香里の四方の席は、まだ到着していないのだろうか、それともトイレにでも行っているのだろうか、空席だった。でも、明香里の前の席は机の横にカバンが掛けられていた。おそらく、少しすればこのカバンの主が戻ってくるだろう。
何もする事がない明香里は、とりあえず受付で貰った入学のしおりに目を通し始めた。明香里の席から少し離れた席に座っている複数の男子が、明香里の方をチラチラと見ながら何か小声で会話していたが、明香里は気づかなかった。
「さっそくモテモテだねぇ~。」
「えっ?」
突然、誰かが明香里に声を掛けてきた。その声がした方向を向くと、明香里の前の席に、ミディアムヘアの女子生徒が明香里に体と顔を向けた状態で座っていた。
「…モテモテ?」
「あれっ、気づかなかったの? 周りを見てごらんよ。さっきから周りにいる男子たちがチラチラと何度も見ているんだから。」
そう言われて周りを見て見ると、次々と男子たちが慌てて明香里から目線を逸らしていたのが分かった。
「まあ見ちゃうのも分かるよ。可愛いもんね。胸も大きいようだし。」
「そ、そうでもないよ…。」
「どれくらい?」
「え?」
「ブラのサイズよ。」
「ええっ!?」
初対面でいきなり何を聞き出そうとしているのだ、この人は…。
「いいじゃん、教えてよ。ここだけの秘密にするからさ。」
と言って、その女子は自分の片耳に両手を当てると、そのまま明香里の口元に近づけてきた。しどろもどろする明香里だったが、そんな時タイミング良く「何をやっているんだ、オマエは?」と、突然、明香里とその女子の背後から、一人の男子がその女子の頭を拳で軽く叩いて言った。
「やっほー、颯太!」
「“やっほー”じゃないだろ。」
颯太と言うその男子は、背が180センチほど高く、どこか大人びていて、制服もピッタリ似合う、全体的に爽やかな、思わず明香里も一瞬見惚れてしまうくらいの好青年だ。
「…あ、ゴメン。俺、久坂部颯太。席は、キミの左隣。よろしく。」
「あ、塚原明香里です。よろしく。」
「そんで、コイツが…。」
「立花美緒。颯太とは小学校からの幼馴染なの。よろしく、明香里っち!」
「よ、よろしく…。(明香里っち、って…)」
「…って言うか、美緒! オマエ、高校まで俺に付いてくるなよ。しかも、どういうワケか、またまた同じクラスだし…。」
「そう言う颯太こそ、付いてこないでよ!」
「付いてこないで…って、俺は前期入試で、後期入試のオマエより先に合格したんだぞ!?」
「そうだっけ? 逆じゃなかった?」
「逆じゃないよ。オマエ、俺より頭悪いじゃんか。よくこの学校に入学できたよな。」
「私だって、やる時はやるんですよ~だ! もう分数や九九だって完璧にマスターしたんだから!!」
「それは小学校低学年レベルだぞ。ホントに大丈夫なのか、美緒。もう一回、中学校に入学した方が良いんじゃないか?」
「大丈夫! 何かあったら、明香里っちが助けてくれるし! ねえ、明香里っち!!」
「えっ、私!?」
「明香里っちが、テストの時、後ろから密かに答えを教えてくれる、って言うからさ!」
「それはカンニングじゃねぇか!! 自分でちゃんと解けよ。」
「じゃあ、颯太が答えを教えてくれるって!! やった~!!(喜)」
「だから、それはカンニングだって言っているだろ!! 何が“やった~!!”だ!?」
2人は、ホントに羨ましいくらい仲が良さそうだ。
そうこうしている間に、クラス内にはクラスメイト達が全員やって来ていた。そして、40代半ばくらいのイケメン男性と一緒に白と黒のワンピースを着た担任の先生らしき女性が、「皆さん、自分の席について下さい」と言って教室に入ると、教壇に立った。生徒達もすぐに自分の席につき、教壇に立つ女性とその横に立つ凛々しい男性を見た。
「おはようございます。そして、この県立伊豆南高校への入学おめでとう。私は、このクラスの担任の橋崎伊織と言います。教師になってまだ日が浅いし、慣れない点や至らない点があるかもしれないけど頑張る所存ですので、皆、よろしくね。」
クラスの男子生徒達の大半は、20代そこそこの若くて品のある女性担任にしばしば見惚れていたが、女子生徒達の大半の視線は、その女性担任の隣に立つイケメン男性を注目していた。
「そして私の隣に立っている男性は、このクラスの副担任をする事になった…。」
「織田かざ…」
その男性が途中まで名前を言いかけた時、担任の橋崎が慌てて大きな声でワザと咳払いをして遮った。そして、橋崎はなぜかその男性を慌てて廊下へと連れ出し、ヒソヒソ声で男性に何かを必死に伝えていた。明らかに様子がおかしいので、生徒達の間にザワメキが走った。ほんの少し経った後、橋崎が「失礼しました」と言って、その男性と共に再び教室に入り、教壇に立った。
「改めまして、私の隣に立っている男性は、このクラスの副担任の“恩田三郎”先生です。」
「…お、恩田だ。皆_みな_の者、以後よろしく頼む。」
その男性の声は、一言一句に強い威厳が感じられる声だった。それにしても、なぜ橋崎が慌てて遮り、その男性に自分の名前を改めて言わせたのか、その行動は謎である。
橋崎による簡単なオリエンテーションが終わったのち、担任教師たちの指示のもと、新入生たちは入学式が行われる体育館へと向かった。
体育館では、在校生や教職員や来賓、新入生の保護者達が、入場してくる新入生たちを吹奏楽部の演奏と共に拍手で迎えた。体育館の後ろ側は保護者席になっており、クラスごと沢山の保護者たちで埋め尽くされていたが、その中に明香里の父の姿は無く、1つ空席となっていた。
保護者達は体育館に入ってくる新入生の自分の子を見つけると、カメラやスマートフォンなどで撮影しようとするが、明香里が入場した時はそれがなかった。
明香里自身は父が来ない事は今朝の時点で知っていたが、やはり会場に父の姿が無いのは、入学式という祝いの舞台であっても、悲しくて寂しい感じがした。
新入生全員の入場が終わると、教頭の佐口吉徳の司会のもと、入学式が始められた。校長からの祝辞で、校長の白石八重子が壇上に立って祝辞を述べようとした時、突然、体育館後方の入口の扉がガラガラと大きな音を立てて開いた。
体育館にいた全員が一斉にその扉の先を見ると、そこに黒スーツを上下に身に纏い、黒いサングラスを装着し、手にはライフルやショットガンを手にした若い男性2人と、腰まで届く長い金髪姿のピストルを持った若い女1人が立っていた。彼らを見て、一同騒然となった。
「何だ、貴様らッ!!」
と、体格が大きい体育教師の後藤一之が、教職員席を勢いよく立ちあがり、彼らに向けて、体育館中に響き渡るくらいの大声で叫んだ。すぐ傍にいた教職員数名が圧倒されるくらいの怒号だ。
すると、ショットガンを片手に持ったリーゼント頭が特徴のリーダー格らしき男が、いきなり天井に向けて一発発砲した。その音に思わず、一同は驚き、そしてパニックになった。
「静かにしろ!! その場から動くな!! 全員、死にたくなければ、大人しく自分の席に座れ!!」
と、リーダー格らしき男が叫んだ。最初はパニックになっていたが、その男の言葉に全員已む得ず従った。ザワメキが走っていた体育館は静かになると、リーダー格の男は「結構、結構」と言いながら、ショットガンを自分の肩に載せ、堂々と舞台に向かって歩いて行った。その後ろを、銃を構えながら、もう一人の若い男と金髪の若い女が続いた。
舞台の両端には来賓者が数名ずついてテーブルの影に身を隠し、舞台中央にいた校長の白石は両手を小さく挙げたまま立っていた。リーダー格の男はそのまま舞台に上がり、舞台中央にいる校長の前に立った。もう一人の若い男と金髪の女は舞台に上がらず、それぞれ舞台前の左右に立ち、生徒達や教職員、保護者席に向かって銃口を向けて立った。
リーダー格の男は校長の前に置かれていたマイクスタンドからマイクを奪い取った。
「全員、その場で黙ってよく聞け。今、この学校は我ら“黒き光”が乗っ取った!!」
入学式に、思わぬ乱入者たち。この乱入者たちの行動が、明香里に大きな影響を及ぼすのだった…。
≪ 第二話 に続く ≫
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