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アルバの高等学園編

魔術陣技師国家試験

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 兄様と父様と共に王宮に馬車で向かう。
 今日は魔術陣技師国家試験の日だ。
 受かると宮廷魔術陣技師になり、大手を振って魔術陣用の専用紙と専用インクを大量発注出来るようになる。そして自動的に所属は王宮付。外で魔術陣を悪用できないように、資格を取らないと他人に売ることができず、資格を取ると王宮で管理されることになる。
 俺の場合、まだ高等学園生だから、受かっても所属は卒業してからになる。とはいえ、過去に学生時代に魔術陣技師の国家資格に受かった人は片手に余る程度らしく、それだけ難しいのかなとちょっとビビった。

「はぁ~……緊張します……」


 顔の前で両手を合わせていると、隣に座った兄様がそっと俺の肩を抱いた。
「大丈夫。アルバの魔術陣はなんの問題もなく発動してるじゃないか。試験に受かるかどうかの基準は、魔術陣が発動するかどうかというものらしいからきっと大丈夫だよ」
「はい……頑張ります。緊張で手が震えないように……」

 バクバクする心臓を深呼吸で宥めながら、停められることなく王宮の敷地内に入っていく馬車の窓を見る。
 今日も天気いいなあ。俺が試験をしている間、兄様も父様もここで仕事をしてるんだな。

「これで受かれば、僕もお二人と一緒に通えるってことですよね。それを励みに頑張ります」
「「アルバ……」」

 兄様と父様が顔を綻ばせた。

「サリエンテ公爵家の穀潰しと言われないように、精一杯魔術陣で稼ぎますね!」

 ぐっと拳を握って気合いを入れるために宣言すると、二人の目が残念な子を見るような目つきに変わった。

「うちは一応結構裕福なんだけどね……」

 義父が寂しそうにぽつりと呟いたけれど、だからって俺が穀潰しでいいわけがないからね。頑張って一杯稼ぐよ。


 表向きのきらびやかな王宮ではなく、兄様と義父がいつも通っている方の裏の建物に一緒に向かった俺は、試験会場である西棟と呼ばれる棟に向かった。兄様は中央にある陛下の執務室へ、義父は東棟にある王宮をまとめる部署が詰め込まれた政務棟にいる。
 もし俺が受かったら、卒業してからこの西棟の方に通うようになるらしい。こっちは王宮の政務じゃなくてそれ以外のことが詰め込まれているらしい。王宮図書館の書庫もこの棟にあるんだとか。見てみたいなあ。
 西棟の二階に昇り、廊下を歩いていると、手に「会場」と描かれた紙を持った人が立っていた。
 長期休暇とその後に俺の魔術陣の家庭教師となってくれた王宮魔術陣技師のノイギア先生だった。

「あ、ノイギア先生! 今日は先生は試験官なんですね」
「おはようございますアルバ君。いいえ、僕は案内係ですよ。だからほら」

 と手に持った紙をひらひらさせた。裏側には、失敗しただろう魔術陣が途中まで描かれているので、廃棄用紙をリサイクルしているようだ。

「中に入って開始まで待っていてくださいね。今日の試験を受けるのは、三人です。中に魔術陣の参考資料などもありますから、見ているといいですよ。それと、試験中もその参考資料をみることが出来ますから。椅子を立ってもいいですし。要は技術が伴っていれば大丈夫という割と気楽な試験なので、気負いなく受けてくださいね」
「はい。ありがとうございます」

 にこやかに中へ案内される。ここをどうぞと試験概要の書かれた紙のおいてある立派な机を薦められて、俺はそっと腰を下ろした。
 ノイギア先生が廊下に戻っていくと、俺はその部屋をぐるりと見回した。
 後ろにある棚には、ズラリと本が並んでいる。
 今座っている机は、うちの執務室で義父が使っているような重厚な作りの立派な机だ。その机の上にも『魔術陣理論』『魔術陣基礎構築』などの参考資料が立てられている。
 概要をサッと読み、机の引き出しに専用紙とインクが入っているのを確認する。始めの合図があったら引き出しから取り出して使用するらしい。
 今回の試験の課題は『水攻撃魔術陣』『防御魔術陣』『治癒魔術陣』の三種類の発動確認だった。

「水と防御と治癒か……」

 防御魔術陣はアビスガーティアンのときにちゃんと発動したからいいとして、水攻撃の魔術陣って描いたことがなかったかも。炎は成功したけど。それと治癒。じわじわ疲れが取れる魔術陣ならもう描き慣れてるんだけどあれって治癒魔術陣に入るのかな。
 その概要には注意事項なども書かれていた。
 この部屋から出てはダメ、部屋の中は歩いてもいい。でも他の人の魔術陣に手を加えてはダメ。後ろにある魔術陣の本は見てもいいしお手本にしてもいい、何なら模写してもいいらしい。要は発動するかどうかが一番の決め手なんだそうだ。
 それなら簡単だと思うんだけど、と首をかしげてしまう。見ながら書いたら誰だって描ける、よね。俺が最初に成功したのって十二歳の時だから。
 なのにどうして魔術陣技師は狭き門なんだろう。
 目の前に立てられている魔術陣基礎構築の本を手に取り、開こうとしたところで、もう一人の受験生が入ってきた。
 兄様達よりも年上だと思われる青年と目が合うと、青年は目を瞠った。

「どうして子供が……」
「受験資格は子供だろうと大人だろうと誰だってありますよ」

 ノイギア先生がにこやかにそう言い放つと、青年は苦虫を噛み潰したような顔で席に着いた。
 それから間もなく最後の受験生が席に着いたところで、試験官が三人ほど入ってきた。丁寧に魔法で施錠すると、正面に立って概要に書いてあったことを口でもう一度説明してくれた。
 その後試験官が一人一人受験生の机の脇に移動してから、「始め」の声が部屋に響いた。
 引き出しを引いて専用紙とインク瓶を取り出すと、義父に貰った綺麗な青い羽根のついたペンを手に取った。


 ますは治癒魔術陣か水魔術陣か……。あのじわじわ治るヤツでいいかな。一度描いてみて、試験官に質問してもいいかな。それとも……
 ハッとしてさっき取り出しただけで中を見なかった本を引っ張り出し、開いてみる。

「水と治癒……」

 基礎治癒というページを開くと、俺がいつも描いているものとは違う魔術陣が出てきた。基本の語彙は同じだから、治癒分類でいいかな。この基礎治癒って魔術陣、うちの魔術陣の本の中にはなかったなあ。もっともっと一杯魔術陣に関する本があるってことか。
 後ろをチラリと見ると、本当にズラリと魔術陣の本が並んでいた。
 試験の時間は特に決められていない。だいたい日暮れまでだそうだ。発動せず失敗しても、次に描いて成功すればそれでいいらしい。ちゃんと発動する人はこれから手にペンが馴染んでどんどん上手くなっていくからってノイギア先生が教えてくれた。
 ってことは、試験中は後ろの本も確認し放題か。

「ちょっと後ろの資料を見てきてもいいですか?」
「はい。断らなくても大丈夫ですよ。この部屋の中なら好きに動いて下さい。ただ、他の方の邪魔だけはしないよう」
「わかりました」

 カタリと椅子から立ち上がって、足早に本棚の前に立つ。
 あああやっぱり。うちにない本がかなりある。っていうか魔術陣の本は外では見たことないから本当は門外不出的なものなのかな。学園の図書室ではそういえば見かけなかったかも。
 ワクワクしながら一冊を手に取って、開いてみると、そこには使う言葉の種類によって効果がまったく違うことが図解で載っていた。すごい。思わず試験であることも忘れて読み込んでしまいそうになる。
 魔術陣を三つほど眺めて、そういえばこれ試験だったと思い出した俺は、その本をそっと戻して今度は水攻撃系の本を手にした。
 他の受験生はまったく机から動くことなくペンを動かしている。ちゃんと覚えてるってことかな。俺が覚えてるのなんて転移の魔術陣となんちゃって治癒魔術陣と防御魔術陣くらいなのに。あれくらいになってから受けた方が良かったのかな。でも使えればオッケーって言ってたし、受けてみて雰囲気だけ味わうのもありだよね。学園を卒業するまでに資格を取れればいいか。
 うん、と一人頷いて、水攻撃の魔術陣が描かれている本を手に取った。他にも各属性の魔術陣の本があって、多種多様な内容に胸が熱くなった。これ、魔術陣技師になったら読み放題?
 やる気出てきたなあ!

「なるほど、炎と変わりないのか……」

 基本は炎と殆ど一緒で、応用の魔術陣になるとかなり難しくなるんだ。
 なるほど、と本を閉じでもう一度棚に並んでいる本の背表紙を読む。
 魔術陣関連の本がここに凝縮されてるみたいだ。それとも俺のうちに魔術陣の本があったほうが珍しい感じなのかな。
 気になる題名の本をチェックしつつ、椅子に戻る。
 俺のところに立っていた試験官が心なしかホッとした顔をした。
 さっきの魔術陣を思い出しながら、水の魔術陣を丁寧に描いていく。
 魔術陣を一枚描ききるのには、だいたい三十分から一時間ほど掛かる。これをノイギア先生に聞いたら、プロよりも早いとおそわった。装飾文字の練習自体は五、六歳の辺りから初めてたから、トータル十年。これで慣れないんだったら才能なしだよねえ。
 それにしても、試験官達は俺たちが試験を終えるまでずっとつきっきりなのかな。大変だね。
 


「出来ました」

 一番最初にその声を上げたのは、二番目に入ってきた青年だった。
 俺が最後の防御の魔術陣を描いている途中に、青年は隣に立っていた試験官に三枚の魔術陣を渡していた。

「では、隣の部屋で作動確認してみましょう」

 試験官に促され、青年が席を立つ。俺がその背中に視線を向けていても、青年は周りなどまったく気にせずに堂々と部屋を出て行った。
 さ、俺も最後の仕上げをしないと。
 最後に文字を描き入れ、防御の魔術陣を描き上げる。
 これはアビスガーディアンの攻撃も防げたから、防御力は抜群だと思う。

「出来ました」

 俺が顔を上げると、やっぱり試験官はホッとしたように顔を綻ばせた。

「では、確かめてみましょう」

 こちらです、と前に立った試験官の後をついていく途中、残りの一人の青年とパチリと目が合った。
 青年は眉根を寄せて、困惑したような顔を俺に向けていた。それ、どんな感情?
 

 試験官に連れてこられた部屋には、数名の人が待ち構えていた。胸に同じ意匠の小さなピンをつけているので、きっと全員魔術陣技師達だと思う。先に出た人はまた別の部屋に案内されたみたいで、その部屋にはいなかった。
 用意されていた椅子で座って待つように言われたんだけれど……

「治癒魔術陣……これは中級の継続型ですね。作動は問題なしです」
「こちらは水攻撃の初級魔術陣……ちょっと威力が低いですが、問題なく作動しました」
「防御魔術陣は……うわ! 何だこの広範囲防御壁は!」
「え、こんなの書庫にあったか?」
「防御魔術陣は皆一人分の身を守るものくらいしか作ってないだろ。これは探す必要があるな。素晴らしい……」

 あれ、試験どうなったって疑問に思うほど、作動確認する人達が俺の魔術陣で大盛り上がりに盛り上がってしまった。

「サリエンテ公爵ご子息様、この魔術陣はどこで覚えました?」

 役目を終えて消えて行こうとする魔術陣を見せられて、俺は困惑しながら口を開いた。

「うちの書庫にあったのですが、もしや違法な魔術陣とか、そういうものでしょうか……?」

 ガクブルしながら確認すれば、全員が慌てたように首を横に振った。

「そんなことはありません! ただ、私たちが普段描く魔術陣とはまた違ったものでしたので……」
「そうだったんですね! 実はそれアビスガーディアンの攻撃も防げたから、使っちゃダメとなるとかなり防御力に問題が出るかなって」

 よかった、と胸を撫で下ろすと、部屋の中にいた人達が皆目を剥いた。

「「「「厄災の魔物アビスガーディアン……!?」」」」
   

 しばし、その部屋の中の時が止まった。
 
 俺の横に立っていた試験官はすぐに復活して、汗を拭きながらそっと教えてくれた。

「皆、同じ家門で魔術陣の勉強をするので、試験で提出される魔術陣は今まで代わり映えしなかったんです。それがアルバ様が提出したものは従来のものとはまったく違ったので、皆技術者魂が暴走してしまったようですね」
「そうだったんですね」

 確かに、この試験を知っている魔術陣技師がいるところだと、試験内容も熟知しているから、それに対しての勉強をさせるんだろうな。だから、皆無難に難しくない魔術陣を提出するのか。
 それは試験官も飽きるよね。

「まあ、基本的な知識とちゃんと使える魔術陣を描ける技術があるんなら受かるので、簡単な魔術陣でいいんですけどね」
「むしろ普通の治癒魔術陣を描いたことがないです」

 治癒魔法でなんとかなるからね。でも治癒できないくらい遠くにいた場合を考えると、ちゃんと傷を即座に治せる魔術陣は描けるようになったほうがいいのかもしれない。よもやあのお綺麗なご尊顔に傷なんて残ったら……!
 ……っ、それはそれで、格好いいかもしれないけれども!

 深呼吸をして落ち着くと、試験官が一枚の封書を渡してくれた。

「開けて、内容を読んでください。そして、両方にサインを入れ、一枚を提出したら、今日は終了です」
「はい」

 言われた通りに封を開けて中を取り出すと、二枚の誓約書のようなものが出てきた。
 一枚は合格だよ、だから国の所属になるからね、という合格通知と、もう一つは、国のお抱え魔術陣技師になるという誓約書。内容に納得して署名すると、魔法の誓約と同じ機能を持つらしい。
 サラサラと名前を書き、誓約書を渡す。
 しっかりとそれを受け取った試験官は、俺のサインを確認すると、しっかりとしまい込み、にこやかに笑って手を差し出した。

「これからは私たちの仲間ですね。あんな防御魔術陣を描けるアルバ様が来て下さるとはとても心強いです。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」

 手をしっかりと握って頷く。

「魔術陣に関する知識は、所属してから徹底的にたたき込みますね。アルバ様は学園卒業後に所属になります。これは、この試験を受けて合格したら絶対です。その気持ちがないと、受験資格すらありません。なにせ魔術陣は犯罪にも使える取扱がとても難しいものですから。卒業するまでは、魔術陣の売買は控えてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」

 頷いた瞬間、部屋にいた人達がわーッと歓声を上げた。

「よかったああ! 人が足りなすぎて激務だったんだよ! 大歓迎するよ!」
「最近手首痛かったから交代要員が来るの嬉しい!」

 え、もしかしてそんなに激務なの……? 
 ちょっとだけドン引きしていると、試験官が手をパンパンと叩いた。

「アルバ様はまだ高等学園一年生だ。仕事に入るのは、卒業後だよ」

 その言葉を聞いた瞬間、今まで喜んでいた人達が崩れ落ちた。

「二年半がにくい……!」
「せめて半年……」
「もういっそ中退してここに来るのも」

 もしかしてヤバい場所なんだろうか。
 チラリと試験官を見上げて一歩下がると、試験官は慌てて「フレンドリーな職場だから!」とヤバげなフォローをしていた。ブラック企業ほどそういうことを言うんだよ……?


 帰りの馬車は、とても和やかだった。
 兄様と義父が俺の合格にめちゃくちゃ喜んでくれたから。

「本当におめでとう。アルバだから絶対に受かるとは思っていたけれど、とても誇らしいよ」
「本当に、絶対に受かるのはわかりきっていたけれど、実際にこうして合格通知を見るととても感慨深いね」
「ふへへへ、これで、卒業したらまた兄様と一緒に馬車で出仕できると思うと……!」

 ぐっと手を握りしめて叫ぶと、二人ともフッと生暖かい目になった。
 あ、そっちね、って思われてそう。
 だって、俺が魔術陣技師を目指したのは、大々的に魔術陣を大量生産して兄様達に持たせるのと、兄様と一緒に王宮に通うのが目的だもん。純粋に魔術陣で世の中を良くしようなんてこれっぽっちも思ってないよ。言わないけど。


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