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アルバの高等学園編

予期せぬ依頼

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「どうして僕宛にこんなに手紙が来てるんでしょうか……」

 スウェンに渡された手紙十数枚を目の前に積んで、俺は首を傾げていた。
 長期休暇が終わり、また本格的に学園生活が始まってしばらくたった日のことだった。

「どうやらアルバ坊ちゃまにご依頼があるようですよ」
「依頼?」

 すでに中身は確かめられているらしい。封の開いている一番上を手に取ると、そっと中から便せんを取りだした。

「絵の依頼……一枚金貨五枚」

 眉の間に皺が寄る。
 さらにもう一枚手に取って便せんを引っ張り出すと、やっぱり同じようなことが描かれていた。しかもこっちは金貨七枚。
 次々出して中身を確認する。その間に、スウェンは家名がわかるようにと俺が見終わった便せんを封筒にしまってくれている。
 全部絵の依頼じゃん! なんで! 俺が絵を描いているのを知ってるの、うちの家族と友人家族くらいじゃなかったっけ! こんななんちゃら侯爵とか知らないんだけど!
 ほぼ中身も確認せず依頼以外の手紙がないか次々開けていくと、最後に封蠟されたままの手紙が出てきた。ミラ妃殿下だった。
 ピンク色でほんのり花の香りのするおしゃれな封筒をそっとペーパーナイフで開けると、手紙にはあんまりと言えばあんまりな内容が書かれていた。

『あまりにも依頼額が低いものはこっちで排除したよ。アルバ君が描いたっていうのは伏せているけれど、あまりにも君の描いた絵が素敵過ぎて、王宮に来る皆が是非描いて欲しいってめちゃくちゃ依頼殺到したの。やらなくてもいいし気になるなら受けてもいいけど、オルシス様に何かプレゼントしたいなら資金あってもいいのかなって思って。どちらにしても、私が返事するから決めたら手紙下さい。あ、あと魔術陣の家庭教師、派遣する?』

 王宮ですでにより分けられていたのか。って、こんな沢山描けるわけがない。
 っていうか、妃殿下達離宮に誰か入れてるの?
 疑問だらけのまま、ちょっと考えますとスウェンに答えて、魔術陣試験の勉強に取り組むことにする。
 家庭教師はちょっとありがたいかもしれない。でも、そうなるとたとえ金貨のためとはいえ、赤の他人の絵を描く時間を割くのはちょっと……。離宮にある絵を見て描いて欲しいっておもったんなら、あのクオリティを求めるはずでしょ。だったら無理だ。あれは陛下と妃殿下相手だったから描けただけで、普通に描いてもそこらへんにあるような凡庸な絵にしかならないよ。

「全部断ろっと」

 よし、と一つ頷いて、魔術陣で使われている単語の書き取りを再開する。
 休暇中に魔術陣を教えに来てくれた人が、より詳しい魔術陣の単語辞書を一冊くれたんだ。まだまだ知らない言葉が沢山あって、しかも装飾がまた繊細で、それを描けるようになったらもっといい魔術陣を作れると聞いてしまってはやらないわけにはいかない。
 奥が深い、魔術陣。
 俺の技量だったら一応合格は出来るだろうって言われたけど、やっぱりちゃんと合格したいよね。試験代が結構高いから余計に。
 一度開いていた魔術陣用辞書を閉じると、俺は引き出しから便せんを取り出した。
 うちの家紋が透かしで入っている便せんに、全て断って下さいと書いて封をすると、腰を上げた。
 スウェンに頼んでもすぐ届けてくれると思うけれど、兄様なら直接渡してくれるからその方が絶対に安心。
 俺は部屋を出て、玄関の方に向かった。
 あと二時間もすると日付が変わるという時間帯。兄様と義父がもうそろそろ帰って来るはず。
 手紙を手に階段を降りていると、ちょうど外に馬車の着く音が聞こえた。
 義父達をお迎えするために並ぶ使用人の間を縫って、俺も一番玄関から近い場所に立った。

「お帰りなさい、兄様、父様!」

 ドアが開いた瞬間声を掛けると、二人がまったく同じ顔で目をまん丸にしていた。
 その後すぐに兄様が近寄って来て、ただいまのハグをしてくれた。

「アルバがお出迎え嬉しいよ。まだ寝なくて大丈夫なの?」
「はい。ちょっと勉強をしていました。兄様にお願いがあって」
「僕に? 何。何でも言って。何でもするよ」

 疲れているだろうに嫌な顔一つせずにニコニコしている兄様に内心「慈悲深い女神かな?」と手を合わせた俺は、手にしていた手紙を兄様に差し出した。

「これを明日、ミラ妃殿下に渡して欲しいんです。今日手紙をいただいて。返事を書いたんですが、兄様に渡してもらうのが一番安心だから……という口実で兄様の顔を見に来てしまいました」

 本音をダダ漏れさせた俺に、周りが生暖かい視線を向けてくる。
 兄様も柔らかくて素晴らしい笑顔を浮かべて、「いいよ」と頷いてくれた。

「それだけ? 他にお願いはない? 妃殿下と文通してるとかちょっと嫉妬してしまうけれど、妃殿下はアルバびいきだから仕方ない」

 笑顔でそんなことを言う兄様に、俺はにへらと笑み崩れた。嫉妬。嫉妬してくれるんだ。嬉しい。

「内容は、王宮に届く絵の依頼を全て断ってっていうものなのですが……あの離宮、そんなに人を招くんでしょうか。お二人とも一番リラックスできる空間だとおっしゃっていたはずなのに……」

 そこだけは解せぬ、と首を傾げていると、兄様の視線がふい……と横に流れた。

「……いや、あそこは本当に親しい者しか招かないよ」
「では、どうしてなんちゃら侯爵などと僕とはまったく関係ない人から依頼が届くんでしょうか。もしかして陛下達と懇意にしているんですか?」
「なんちゃら侯爵……どこの侯爵かはわからないけれど、陛下達が懇意にしている人達は殆どアルバが知っている者たちだよ……」

 何やらとても言いづらそうに説明してくれる兄様は、いつものキレの良さがなくて、余計に首を傾げてしまう。

「じゃあなんでかな。僕まだ絵を外に売りに出してはいないのに……父様、僕の絵はここから外に流れたりはしてないですよね」
「そうだね。私は可愛い息子が心を込めて描き上げた絵を売る趣味はないよ。全て大事に飾っているよ。家に」
「そうですか。ありがとうございます」

 じゃあ、どうしていきなり依頼が来たのか。
 困惑していると、兄様が俺の前に屈んだ。

「アルバ、ごめんね、僕には止めることができなかった。むしろ、あの妃殿下を止めることが出来る人は、王宮にはいなかったんだ……」

 半眼の兄様が、俺の両肩に手を乗せた。
 顔は無になっている。そして遠い目をしている。
 困惑して後ろにいる義父に視線を向けると、義父も同じように遠い目をしていた。

「……妃殿下がな、アルバの描いた絵をとても気に入ってしまって……今、あの絵は離宮にはないんだ」
「あんな大きな絵を持ち歩いている……わけではないですよね……?」

 二人の様子に、どうやらあの何を描いてもいいよと了承を得て俺が全力で描いた甘々モードの絵は何かがあったんだと察してしまった。
 悪い予感が胸を過る。

「……執務室に、飾られている」

 こめかみを揉みながら暴露した義父の言葉に、俺は固まった。
 え、あの、ラブラブモードの絵が、執務室に……? 
 誰の目にも触れないッぽかったから思う存分妄想をこれでもかと詰め込んで描き上げたあの絵が……
 厳格な雰囲気の執務室に、あの二人のラブラブ絵がバーンと飾られているのを想像して、俺は眩暈がしそうだった。
 ミラ妃殿下、何やってんのーー! 恥ずかしすぎる……!

 どうしてあれほどの絵の依頼が来たのかの謎はようやく解けたわけだけれど。
 それを飾った瞬間から妃殿下がバリバリやる気を出して仕事がめっちゃ捗ってしまったので、兄様も止めるに止められなかったんだとか。しかも「アルバ君はこれを人目に触れちゃだめって言ってなかった!」などと法の目をくぐる詐欺師のような言い訳をしてミラ妃殿下は実績を作ってしまった。
 そんなことは言ってなかったけれども。そもそもは離宮に飾るものっていうから好き勝手描いたのに。それをよりによって執務室。
 お二人と側近、そして護衛以外にもたくさんの人がいて、人の出入りもそこそこある陛下の執務室にあの絵を飾るなんて。

「どんな罰ゲーム……」

 顔を覆って震えていると、今度は義父が俺の肩に手を置いた。

「いや、私もそこで初めて見せて貰ったけれど、あの絵はとても素晴らしかった。どうせなら謁見の間に飾ってもいいのではという出来だったよ」

 義父が慈愛の目で俺を見下ろす。そして同じ目線になっている兄様も俺をまっすぐ見ていた。
 兄様はその妃殿下の愚行を止められなかったからか、シュンとしている。その顔とても可愛いです。ごちそうさまです。
 俺はそっと兄様の手に自分の手を重ねた。

「名前は、出ていないんですよね。だからこそ王宮に依頼が行って、王宮からうちに回ってくるんですよね。だったら、問題ないです。謎の画家Aとでも言っといてくれれば、問題なしです。無名だと知られたら欲しいという人も減るでしょう」

 ニコニコと答えると、慈愛の目をしていた義父の顔まで凍り付いた。

「……無名でも、無名だからこそ、支援したいと思う人もいたりいなかったり……」

 義父にしては珍しく、やっぱり歯切れの悪い言葉でモニャモニャと言葉を濁す。
 支援かあ。それは無名の画家さん達にとってはありがたいね。

「是非無名の画家さん達に支援してあげて欲しいと伝えてくださいね。そうだ、兄様にご相談があってですね」

 俺が兄様の手を引くと、二人ともようやく無の顔から苦笑に変わった。

「アルバの部屋でいいかい?」
「ご飯を食べてからでいいんです。沢山働いてお腹すいているでしょう?」
「じゃあ、アルバの部屋で食べても? たまにはアルバも夜食を一緒に食べてくれる?」
「勿論!」

 行きましょう! と兄様の手を引くと、スウェンが隣にいた侍女長にそっと声を掛けていたのが見えた。きっとご飯を俺の部屋に運ぶように手配してくれたんだろう。流石スウェン。
 家庭教師、うちに派遣して貰ってもいいかな。それとも王宮に行った方がいいかな。そんな相談をしたかっただけなんだけど。思わぬ一緒のご飯で、俺はさっきまでの羞恥は消え去り、テンション爆上がりになったのだった。




 俺たちの去ったあと、義父がその後ろ姿を見ながら、「皆が支援したいのは、アルバなんだけどなあ……気付かないなら放置しようか」と溜息を呑み込み、スウェンにいたわりの視線を向けられていたのだった。
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